39,夢の滞在
社交シーズンが終わり、お祭り騒ぎのような国をあげての結婚式は終わり、そしてニコルはフルーレイスへと妻子を連れて旅立った。ミリアは田舎の親元を訪ねるとしばらくは店を休みにして、セシルは約束通り湖の屋敷で過ごすことを決めた。そしてその事は、手紙を通してギルに伝えられた筈だった。
すでに夏は終わり秋が来ていた。
ギルと出会ってから1年を過ぎた……。そんな事を考えながら、ウォーレンの御する馬車に乗り、広すぎる屋敷へと向かったのだった。屋敷に着いたこの日は、屋敷の使用人であろう、ノヴェロ夫人をはじめとする数人に出迎えられてセシルはまたまごつきそうになる。
これはどう判断するべきなのだろう。
一体、ギルはどういうつもりなのか……。
セシルはここでどういう扱いになるのだろう。
前にも通された同じ部屋に入り、少したつとセシルは着てきたドレスを脱がされて用意されたドレス……それも胸元と肩のあいたイヴニングドレスだった。
白のレースとそこから淡いピンク色のドレスが覗いて可憐な雰囲気なのにどこか大人っぽい。
胸元には彩るように、カメオのチョーカーを着けられた。
「あの……」
「ギル様とこのあと晩餐を」
ノヴェロ夫人に一言告げられてセシルはただ頷いた。
分不相応な部屋もドレスも……それから使用人たちも……。セシルには戸惑うばかり。
けれど、ギルはここでならセシルとゆっくりと過ごせると、前から言っていたから、これは彼の望むことなのだとそう納得させた。
女の子なら、お姫さまに憧れる物でセシルだってそうだった。
それが叶えられたと、思えばいいと。
そして、ノヴェロ夫人が再びやって来て
「ギル様が、お戻りです」
「ありがとう」
出迎えを、なのだろうかそれとも晩餐をなのだろうか、判断がつかない。
立ち上がり、裾を直しそして部屋を出たけれど、長い裾は街歩きようのくるぶし丈に慣れているセシルには扱いが難しくまた高いヒールの靴も、歩くことさえ難しくしていた。
数歩歩くのさえ苦心しながら廊下へ出ると、そこにギルがディナージャケットを着て立っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま………、ドレス似合ってる。見違えた」
「ありがとう、でも歩くのさえ難しいわ」
「だから……エスコートがいるんだ」
出された肘に手をかけて、セシルはギルと共に歩き出した。
「フェリシア妃殿下が……いかに素晴らしく洗練されて優雅に歩いていたか、よーくわかるわ」
「妃殿下……見たの?」
「ミリアと一緒に……。ミリアがドレスを作ったのよ」
「ああ、そうか。セシルの友だちだったね」
あの様子なら、きっとエスコートがいなかったとしても美しく歩けるのだろう。
「あんなにたくさんにかしづかれて、お姫様するのも大変そうだわ。緊張しそう」
「セシルは……そう思うんだ?」
「きっと……そうね、そう生まれついてないからだわ」
椅子を引かれて、そこへ裾を苦心してさばいて座り向かい合わせにギルが座った。
「こんな風に……ドレスに着替えて、食事をするとか……」
「確かに……セシルのこれまでとは違うと思う。けど、場所に合わせて服装を変えるのは……まぁわかるだろう?」
「ええ、もちろん」
ギルの言いたいことは何となくだが理解は出来る。
「俺の……してる生活を、少しでもセシルにわかってほしいと思ってる。だから……セシルには馴染みがなくて、面倒すぎるかも知れないけど。時にはこうして付き合ってくれるとうれしい。それに、着飾ったセシルを見るのは……とてもいい」
「ギルが……そう望むなら」
三揃えを着た使用人の男性が給仕をしている。
セシルはギルが一つ一つ、教えてくるマナーを確かめながら食事を進めた。
「こんなにたくさん、食べるの……」
少しずつ、たくさんのお皿が次々と運ばれてきてセシルは少し弱音を吐いた。
「残してもいいよ」
「……なんだか勿体ないわ」
「大丈夫だ」
最後のシャーベットを食べると少しお腹が落ち着いた気がした。
セシルはギルと共に席を立ち、ダイニングルームの隣にある広間でソファに座った。
「なんだか……緊張してる?」
「するわ……だって…こんな所でこんな服を着て、どうやっても普通に過ごせない」
セシルがそう訴えると、
「慣れずに、血が出たら今度は俺が舐めて直すから」
「血が出るって……どうして」
「例えば裾を踏んで転んだり……」
ギルの言葉に思わず笑ってしまう。
「転んだりしたら、私の方がずっと被害が大きいわ」
「きっと、そういう時もセシルは可愛いんだろうな」
「子供扱い?」
「慣れない女性に、色々と教えるのは楽しいものなんだ」
「それだけ?」
「そう、それだけだ」
この滞在は……セシルにギルを明かそうとしている。そんな気がしてならない。でも、身分の違いならはじめから分かっていた。
これまでの事でそれは決定的で……。
なのにこれは、どういう意図?
いきなりドレスで晩餐をだなんて……彼の家族と会わせるという約束の為?
もしも、そうであるのなら会わせる前に、それなりの礼儀作法を戸惑わないようにというのも理解が出来るような気がした。
それと伝えないのは、セシルを気遣っているから?




