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過ちの恋  作者: 桜 詩
37/60

37,夜の湖

 ブレンダの忠告は、セシルの中の奥底の引き出しに仕舞うようにして、セシルは夏を迎えた。


 ある夜、いつも届けられる手紙で、ギルは夜に迎えの馬車を向かわせるからと告げられていて、時間通りに家の階段に立つと、いつものように魔法のように現れる馬車に乗りこむと、その馬車はセシルは湖の屋敷を目の前に迎えていた。

いつかここで見た大きな満月ではないけれど、煌々と照らす月は美しく夜空を彩っていた。


この夜の御者はウォーレンではなく強面の男で、しかも彼は無口だった。

降りるように促されて、セシルは屋敷へと足を踏み入れた。

中には老婦人が立っていて、

「セシル様ですね、こちらへ」

と案内される。


この屋敷でははじめてみる〝ひと〟であった。


「あの、あなたは?」

「この屋敷のメイド長のノヴェロです」

「ノヴェロ夫人……、あのギルは」

「まだお越しにはなられておりません。お部屋でお待ち下さい」


いつもの部屋とは違い、女性向けの部屋へ通されてセシルは戸惑いが隠せない。

「この部屋は」

「ご用の際はそちらの紐をお引き下さい。ベルが鳴りますから」

「ベル」

「私どもを呼ぶためのベルです」

「はい……」


なぜこうなのか意味もわからず、セシルは部屋に一人取り残された。部屋には着替えが畳んで置かれていて、それは高級そうなナイトドレスだった。サテンの靴も、飾りがついていて思わず可愛くて見いってしまった。


それ以外にも、女性向けの雑誌だとか小説だとか、細々と準備がされていたし、甘いポンチもきちんと冷えて置かれていた。

通された、ということはこれはきっとセシルの為に準備がされたのだと解釈して、本を読みながらポンチを飲むことにした。


座り心地の良すぎる椅子は、広々としているのにセシルは逆にそれが落ち着かない。ギルがこうした事に慣れているのなら、セシルの周りはなんて別世界だっただろう?

それなのにギルはいつも自然に振る舞ってどんな時も見下すような事も戸惑いを見せることもしなかった。


それを思うと、豪華すぎる贅沢すぎると文句めいた事を言うのは違う気がしてしまった。


そしてやがて、小説の半分を読み終えるくらいに、扉はノックされた。扉をそっと開けたセシルは、そこにいつもと違い夜会用の服なのか、テールコートをきっちりと着こなしたギルを見た。その姿はこの屋敷ではしっくりとしている。


金の髪は隙なくきっちりと後ろに撫で付けられ、首もとのタイは崩すことなく巻かれていて、そして手袋を嵌めたその手の、手首にはセシルの贈ったカフスボタンが、控えめに輝いていた。

決して高級品でないはずのカフスボタンなのに、そうして全てが完璧な中では、きちんとした品に見えて、彼自身がそれはそういう高貴な人なのだと息を飲ませた。


「お、かえりなさい」

「ただいま」

そう挨拶をして、軽くキスをされると


「カフス、着けてくれてありがとう」

「趣味がいいって、たくさんの人に褒められたよ」

「きっとそれは、ギルを褒めてるの」


つまらないその辺に転がる石だってギルが着ければ高級品になるに違いない。

「窮屈だから、着替えてくる。わりと早いから寝る暇はないよ」

「わかった」

くすっと笑いながら部屋に入っていくのを見送り、セシルは読みかけの本を元の場所へと戻した。


早いから、と言った通りに、思ったよりも早くにギルは再び扉叩いてきた。いつもより簡素なシャツとそれからズボンで手にはブランケットを持っている。


「どこかにいくの?」

「あれ?覚えてない?」

「覚えてって……」


「夏には、何をしようって言った?」

「ボート?」


笑顔で肯定したギルは、セシルの手を取ってバルコニーから下りて、湖の端を歩いてボート着きばへと導いた。


さすがに屋敷が屋敷なだけに、装飾の美しいボートが浮かんでいて、ギルは手を伸ばしてセシルをボートへと促した。

「あのね、私は泳げないの」

「大丈夫、俺は泳ぎが得意」


その言い方に否を言える筈もなくセシルは揺れるボートへと足を乗せた。


オールを漕ぎ、ゆっくりと動き出すボートは水音を夜の静寂を掻き分けて耳を刺激する。

水の上にいることに、はじめは緊張していたけれど目の前のギルが楽しそうで、セシルは次第に湖面を眺めたりする余裕も出てきた。

湖の真ん中で漕ぐのを止めたギルは

「こっちへ」

とセシルを促して、同じ向きに座らせて船底に寝そべり横へと手招きする。

「大丈夫だから」


ボートに横たわって怖々としがみつくようにしていると


「上を見て」

「上?」


真上には、月が、そしてキラキラとしてる満天の星。

揺れるボートの上にいると、まるで空に浮かんでるような気分になれた。

「空に浮かんでるみたい」

「だろ?」


「綺麗すぎて、怖いみたい」

掛けられたブランケットは、夏とはいえ夜風は冷たく、冷えてしまいそうな体を温めてくれる。


「ギルが私に見せてくれる世界は……いつも、そう。綺麗で凄くて……でもそれでいて、私の知る世界とは違いすぎて……怖い」

「それは……俺も入るのかな」

「ううん……、違う。……でもやはりそうかも」

セシルは空に手をかざした。


「怖いかもしれない、でも……ギルがいないと、私は……だめなの」


「怖がらないでほしい……。俺はいつだってセシルを護る、だから……俺に掴まって、その手を放さないように……」


かざしたその手を、ギルは包み込むように握った。

その手にはいつか交換した指輪が光っている。


「俺がちゃんとリードするから、信じて。すべてを預けて」

「その……先には……何が待ってるの?」

「心配ない」


言い聞かせるような、その言葉が不安を去らしてくれた訳じゃない。ただ、それだけの覚悟がギルにも必要なのだと朧気に理解したような気がして……。


星空がよりセシルをちっぽけな存在にしてしまった気さえした。

その度に、ギルの温もりがまた空に浮かばせるような心地にさせた。


「セシル、シーズンが終わったらで、いい。ここでしばらく過ごせない?」

「ここで?」

「もちろん、ずっと過ごせるならそれが一番だけど……」

「………ギルにそんな風に言われて、私はイヤだなんて言うことはないの」


「じゃあ、その答で俺は……残りのシーズンを頑張れる」

「ほんと?」

「ものすごくね」


起き上がったギルは、セシルを起こして再びオールを手にした。


「夜のボート遊びも、良いものだろ?」

「とても……気に入ったわ」


ここで二人でしばらく過ごすという。

それはどんな時間になるだろうか?

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