34,意思
セシルたちの住まう国、イングレス王国の世継ぎのエリアルド王子の婚約が発表されてその王宮のある王都は、お祝いのムードに溢れて活気がみなぎっていた。
お相手の令嬢はかねてから新聞を賑わせていたフェリシア・ブロンテ伯爵令嬢で絵姿を見るにとても美しい女性である。
街行く人たちは、それにかこつけてお酒を嗜んだり買い物をしてみたり、あやかって結婚を急いだりとそれぞれに影響を及ぼしていた。
そして……単なる、雑貨店の店員であるセシルにも。
その夜は、antique roseが例年より売り上げが良くニコルとアデルと食事に行くことにした。お店はÉtoileというフルーレイス風のお店へと行き、二人の娘であるローズはマダム エメに預けられていた。
ニコルとアデルはセシルからすると、あまり馴染みのない料理を楽しみ和やかにその場は終わりそうだった。
『兄さま、アデルさん』
セシルは覚悟を決めて、呼びかけた。アデルもいるので、フルーレイス語で話しかける。
『私……フルーレイスには行かない』
「セシル?なぜ」
「答えは一つなの。ここにいたいから」
「俺は、反対だ。年頃になった娘が一人でなんて」
ニコルは渋い顔を隠そうとはしない。
「この2年、そうだった」
「それは……。分かってるが」
「私だって……19になって、兄さまの言いたいことも分かる。でも、私の暮らしはここにあるの。兄さまたちとは一緒に暮らせない。お店を兄さまが売るなら……ミリアが、お店で雇ってくれるって」
そこまでセシルが言った所で、ニコルは酷く険しい顔になった。
ニコルの言うように確かにセシルは今、未婚の娘としてしてはならない事をしてしまってる。それは親がいないからこそ……。
「だめだ!」
それははじめて聞くニコルの叱責の声音だった。
「いくら親しいと言ってもミリアはお前の母でも姉でもない。マダム エメもケイおじさんも、お前の保護者にはなり得ない。21歳になるまでは他の誰でもない。俺がお前の保護者なんだ。夫がいない以上は!」
『ニコル、そんなに怒らないで。悪いのはニコルとそれから私よ、セシルは私たちに振り回されてる。嫌だと言ってるのに、無理矢理は良くないわ』
アデルがニコルの肩に触れて、落ち着かせようとしているように見えた。
『せめて……フルーレイスへ行くのを延ばすのはどうかしら?』
『延ばす?』
ニコルはアデルの方を向く。
『突然の話だもの。心の準備だって必要よ。生まれた所を簡単に離れがたいのはみんなそうだと思うわ。私だってそう。だからまずは、……シーズンが終わって、私たちはフルーレイスへ帰りましょう。セシルは、それでミリアの所で、働くなりそうして過ごして。例えば来年また同じくらいに……。私たちはもう一度迎えにくるから1度一緒にフルーレイスへ行ってみない?旅行気分で気軽に、もちろんその時に、一緒に暮らすと言ってくれたら嬉しいのだけど』
アデルの提案にセシルは頷いた。
これで、慌ててギルに話をしなくてすむかと思うと、ほっとさせられたし何よりもアデルはその時にも無理矢理連れていくとは言っていない。
『分かった。でも、延ばすだけだ。くれぐれもそれまで気をつけるんだ。兄の俺が言うのもなんだが………セシルは可愛いからな』
放ったらかしにしていたニコルがこんな事を今ごろ言うなんて、とまじまじと見てしまう。
『ね、セシル。ニコルはあなたが可愛いから心配してるの。悪い男に引っ掛からないか』
くすくすと笑いながら言うアデルは、ニコルを宥めて
『だめよ、セシルはローズとは違ってもう赤ちゃんじゃないのだもの。閉じ込めてなんておけないわ』
思わぬ所に味方がいた、とセシルは感謝の目を向けた。
それにしても、アデルはニコルの説得が上手だ。
『セシル』
『何?』
『俺はセシルを邪魔になんて思ってないからな』
その言葉にセシルは笑った。
『兄さま、私はむしろもう、大人だと言いたいの。保護者なんて……もういいの。気を使わないで』
ニコルが大切な人を得たように、今セシルも兄と暮らすよりも大切に想う人がいる。
だからこそ、ここから離れたくない。先の事は不透明でどうなるかはわからない。けれど、約束を信じてる。
だからこそ、焦らずに待ちたいのだ。
『セシル、たとえ血が繋がってなくても私はあなたを大切な妹だと思ってるわ。だから心から、私たちと来てほしい。そう思ってるの。それはそれだけは本当なの』
『ありがとう、アデルさん』
ニコルとアデルはお互いを大切に想い合ってる、それを感じ取れてセシルも幸せな気持ちになった。




