33,決意 (Gilseld)
春に行われる大舞踏会。
ほとんどの貴族が参列するそれは、王宮の正式行事でありギルセルドも、正装である濃紺の軍服を身に付けていた。
金の飾り緒それから紋章がついた濃紺の上着に、白の膝丈のズボン、それに黒いロングブーツ。
それに王子の証である冠を被り裾をひく毛皮つきのマント。全てを身につければうんざりするほどの重量となる。
権力の証であるそれは、一目でその身分を明かしていた。
貴族たちの挨拶が終わり、そして父であるシュヴァルドの口からエリアルドの婚約が発表されたのだった。
エリアルドとフェリシアが中央に出てはじめのダンスを踊れば、その美しい一対に、この国の未来さえ明るく感じさせた。
「ギルは、私とね」
従姉であるプリシラに微笑みかけ、ギルセルドはエスコートをしてダンスの輪へと入る。
「どんなものかと思ったけれど……、お似合いだし。それに」
「それに?」
「たぶん、エルは彼女が好きよね」
「だろうね」
プリシラの次は、アンジェリンと踊り終えれば、
「おめでとうございます、ギルセルド王子もこれでご自身の花嫁を落ち着いて探せますね」
等と話しかけられる。
「私はまだまだ兄に比べればまだまだ未熟です」
「確かに王太子殿下はご立派ですが、ギルセルド王子も負けてはおられませんよ。うちの姪もうっとりと見つめております」
その言葉を聞き終える前に、隣の別の貴族へと目を向ければ、被せるように話しかけてくる。苦痛な時間ではあるが、皆が牽制しあうこの現状に助けられているといっても過言ではない。
エリアルドの婚約が決まったとたん、令嬢たちはこれまで以上に思わせぶりなため息や大袈裟なまばたき。香水の香りを扇で送ってきたり、すぐ横でよろめいてみたり、うっかりハンカチやダンスカードを落としたり。
気がつけば、そういった令嬢に囲まれてギルセルドは談笑するはめになっていた。
(さて……誰からダンスへ誘うか……)
微笑をあくまで絶やさぬようにギルセルドは、押し退けるように前へ出てきた令嬢にダンスを申し込む。
争いになるのを避けるのも王子としての役目でもある。
当たり障りのない会話を心がけつつ、適度に視線を外し親密に見えないように心掛ける。
そして、また戻るとグラスを手渡される。
「喉が乾くでしょう」
「ああ、ありがとう」
口をつけた振りをして、さりげなく近づいたフリップの手にあるグラスと交換する。
ひたすらにそうやってやり過ごし、やがて永遠にも感じられた舞踏会は下がってもよい時間を迎えた。
会場を後にして夏の棟へ、そして部屋へと入り一番重量のあるマントをフリップに手渡した
「お疲れ様でした」
「ああ、ご苦労。グラスに細工していた令嬢はいたか?」
取り替えさせたグラスをフリップは調べていて、飲み物へ薬を仕込んでいた令嬢は次からはダンスへ誘わないようにしている。
「今日はさすがに少なかったかと」
「そうか」
被害が無かったとしても、やはりあまり気持ちの良いものではない。
「……こういう事があるから、より……殿下は惹かれてしまうのでしょうか」
それは何に対することか、ギルセルドは分かっている。
「ですが、エリアルド王子の結婚が決まった今、殿下はより気を付けなくてはなりません。街へはしばらく降りないで頂きたい」
「しばらく」
ギルセルドは呟いて
「フリップ。それは無理だ、協力すると私に言ったはず」
「……申し上げましたが今は時期が」
「いい時期などあるわけがない。それに……」
「それに?」
「最近、何か悩ませてる気がする。だから、手紙じゃなく顔を見たい」
「悩ませてる、ですか」
「言いたいことなのか、聞きたいことなのか……。それを言えなくさせてるのは、私なんだろう」
頭から銀色に、青色の宝石のついた冠をはずしてそれも、フリップに渡した。窮屈な軍服の襟を緩めブーツを脱いで床へ置く。
「………どう思う?セシルに、私の身分を伝えることを」
「それは何とも。お人柄は、殿下が一番ご存じなのでは?」
「伝えて……どう変わるか、それを知るのが怖い」
「殿下の口からまさかそんな弱気な発言を聞こうとは」
「弱気にもなる。セシルが……さっきまでの令嬢みたいに、地位に目の色を変えるとは思えないが、良くも悪くも普通の女性は……私に、というよりは身分に壁をつくる」
「それをどうされるかは、殿下の意思でしょう」
フリップの言葉にギルセルドは少し間を置いて、ひとつの指示をだした。
「シンストーンをいつでも使える状態に」
「心得ました」
フリップは次々と脱いだ正装を片付けて、ギルセルドは簡素な服だけになるとバスルームへと向かった。
そして、ゆっくりと湯船で手足を伸ばして答えの出ない思考を巡らせた。
「大丈夫だ……きっと、話せば分かってくれる」
聞きたくないと、セシルはあの時言った。
その言葉が、ギルセルドの思考に度々潜り込んでくる。
言っては居ないが、隠してはいない。そのつもりでいた、それが卑怯であると自覚しながら。
何も言っていないけれどセシルは、逢いに行ったりして追い返されるのが、さらに言えばそうしてしまうのが嫌なのだと。
つまりは、ギルセルドの身分を何となくでは気づいているのかも知れない。
それならば……少しずつ、明かすようにすれば。
お互いにとっていい道が開かれるかも知れない。ギルセルドは楽観的といえばそれまでだが、そう言い聞かせた。
ギルセルドは王子として生まれ、自分の意思を通すには、まずは自分の中の意思を明確にすることを分かっていた。
他の誰が不可能だと言ったとしても、自分が可能だと信じて貫く。何よりもまずはそこからなのだ。
心は、まっすぐで曇りはない。
その精神を作り上げて、ギルセルドは湯船から立ち上がった。
気配に、従者たちがタオルを渡しガウンを広げた。




