32,騎士団への贈り物 (Heath)
いつもなら、騎士団の詰所というものはでかい図体の男たちがそこかしこにうろうろとしていて、色で例えるなら紺と黒。
音で言うなら騒音だ。
汚さのレベルはこの第18区の詰所は、師団長のイオンが潔癖な所があるために清潔ではある。
ヒースが見回りから帰還して、そのいつもなら、紺と黒の空間にやけに華やかな物があると思わず目を向けてそこに、女性を二人見つけた。
そのお陰か騒音は、すっかりと鳴りを潜めて静かなものになっていた。
「あ!お二人はéclatの仕立てさんと、antique roseの妹さんですね!」
ヒースが声を思わずあげると、マーティンから拳骨がすかさず飛んできた。
「こんにちは、サー・べレスフォード」
「えっとセシルさんで合ってますよね?今日はどうしたんですか?」
「この前の、雨宿りのお礼を」
胸元は白のフリルと、リボンで飾られて外のドレスはローズカラーで、そこにさらさらのストロベリーブロンドが動きに合わせて体にそって動くのは、女性らしくて愛らしかった。
「というと、師団長にですよね!きっと喜ばれますよ、預かって………」
おきましょうかと言おうとしたところで、四方から拳骨が飛んできた。
「そういうものは、師団長の許可なく受け取っちゃだめなんだ。新人」
「ふぇい……」
「……一人で来にくいってセシルが言ってたの、わかった気がする」
éclatの仕立て屋の女性は、すっきりとした若草色のドレスを着ていて、ヒースにくすくすと笑っている。
「この前も思いましたけど、女の人って居るだけで華やかでいい匂いがしますね!」
ヒースは素直に褒めたつもりだったのだが、
「やめろ、お前は喋るな」
とマーティンに羽交い締めにされて、隅に連れていかれてしまった。
「お前ね、親しくもない男が匂いがとか言うと、変態だと思われるぞ」
こそこそと耳元で小さな声なのに怒鳴られた。
誰かが呼びにいっていたのか、イオンとディミトリアスが戻ってきた。
「あ……」
小さく反応したセシルは、笑顔で椅子から立ち上がるとイオンへお辞儀をした。
「先日はありがとうございました、お世話になったお礼にと思って来たのですけれど……これは皆さまで」
と大きめの箱を渡し、
「それから……大切なマントを、汚してしまいましたから、代わりにはならないかと思うのですけれど、よろしければお使い下さったらと」
小さな紙袋を差し出した。
「これは?」
イオンはそれを受け取らず、セシルを伺うように見た。
「手袋なのですけれど……あ、私ったら。何も考えずに身につけるものなんて。気が利かなくて申し訳ありません」
「いえ……そういう相手はいません。ですから、これは有り難く……」
イオンはセシルの手から紙袋を受け取り、中から黒の手袋を取り出して、嵌めていた古くなったそれを脱いで、着けた。
「古くなっていたので、ちょうど良かった。ありがとうございます、ミス ハミルトン」
めずらしく優しげな微笑みを見せる。
それにホッとしたようなセシルは、
「いえ、こちらこそ……。いつもお疲れ様です」
それだけを言うと、再びお辞儀をすると
「お騒がせしてしまいました」
「いえ、こんな所ですが……いつでもどうぞ」
二人が居なくなると、再び詰所は途端に空気が重くなった気がした。
「師団長、着け心地はいかがですか?」
ディミトリアスが言えば
「……悪いはずがない」
穏やかな声でそう答えていた。




