31,友の絆
本格的な春が来て、夏へと向かう頃。
店の2階にはニコルたち夫婦が過ごしていて、ニコルは時々出掛けているのはantique roseを売る為だろう。
セシルはエスターと変わらずに過ごしていた。
「セシル、いる?」
お店に来たのは、近頃は仕事が順調だからかどんどん自信がついたのか生き生きと輝くミリアだった。
「こんにちはミリア」
「ねぇ、少しだけ出掛けられない?」
「私なら大丈夫です。上にはニコルさんも居ますし」
エスターがやり取りを聞いて、にっこりと微笑みを向けてくれ
「じゃあ……兄さまに声をかけてくるわ」
セシルはニコルに出掛けることを伝えて、そして帽子を被りミリアと共に外へと向かった。
二人はロックハートへと向かい、アイスクリームを食べることにした。
「ね、セシル。私この間、セシルと恋人が歩いてる所見かけたの」
「そう、なの」
それはきっとflying pumpkinで夕食を一緒に食べた時だろう。
「私は、そういう人がいないからセシルの気持ちは分からないけれど……。私はセシルの味方でいたい」
「ミリア?」
「その人と、身分が違うというのは確実なの?」
「それは、間違いないわ」
セシルはミリアが言うように間違いなら良いと思う。
けれど逢う毎に、その差は埋められないのではないかと感じさせていた。
「私たちが、労働者階級だからって、それは私たちが悪い人間という訳じゃない。それから上流階級だって中流階級だって……同じ人だっていうのは同じよ」
「ありがとうミリア。でも……私も……どうするのが正しいのか、今では分からない。ただ一緒にいたい、その事がとても難しいの」
そうセシルが話すとミリアはじっと見返してくる。
「マダム エメが言ってたけれど、antique roseを閉めるって」
その事が今はまた一段と難しい問題となっている。
「兄さまはそうするって」
「でも、セシルは……彼がいるから、ここにいたいよね?」
「もちろん」
「あのね。私、王太子殿下のお妃になる令嬢の結婚式の衣装を作ることになったのよ。だからお店が持てそうなの。もちろん、マダム エメは知ってるわ。だからセシルを雇える」
「ミリア……!」
「ニコルとフルーレイスに行きたくないなら、そうして」
「ありがとう。心強い」
「その代わりお店番をしてもらうからね。セシル一人くらい雇っちゃうんだから」
ふふっとミリアは笑った。
「それをね、話したかったの」
ミリアはセシルの肩を抱き締めて
「みんなはセシルを心配して、傷つかないように守ろうとして反対してるけど、私はセシルが思うようにしてほしい。傷ついたって……たとえば、捨てられたって私は一緒にいて慰める。もしも子供を一人で育てないといけなくなったら、一緒に育てる。私たちは友達だから。そうでしょ?」
「ありがとう……滅茶苦茶、心強い。元気でたわ」
セシルは笑った。
「でも、子供って」
そんな事実は無いというのに。
「可能性の話。不実な男に孕まされて捨てられる、みんなセシルの事をそのよくある話と重ねてるから」
「やだ、もう」
しかし今、ミリアに言われるまでそんな可能性を考えたりしなかった。
「覚えていてね。私がいるから」
「でもミリアだって、いつか結婚をするでしょう」
「私は、マダム エメのように、独身でいたいの。綺麗なドレスを作るのが好き。だから、他の事は望みたくないの。でもね、代わりにセシルの事は応援して見守りたい」
ミリアはセシルの胸元に光るネックレスに視線を向けた。
「わかった……兄さまを、説得してみる」
「頑張って、セシル」
既に食べ終わったアイスは、透明のガラスに白い跡を残していて口の中にはほのかな甘さが残っていた。
「あ、ミリア。一緒に来てほしい所があるの」
「いいけど、どこなの?」
「騎士団の詰所。男所帯だから……一人では行きづらくって」
雨宿りをさせてもらった上に、送ってもらった御礼をまだしていなかったのだ。
antique roseには女性の物がほとんどなのだが、少しだけ男性の物もある。その中から、イオンへと手袋を用意していたのだ。
けれど、よく通りかかるマーティンとヒースに頼むのもおかしいし、かといって一人であの場所を訪ねて、男性へ贈り物を渡すのは躊躇われた。
「このあいだ、雨宿りをさせてもらった上に、送ってもらったの。そのお礼」
「セシルったら、律儀ね。そのままありがとうだけで良いのじゃない?」
「……わざわざ、出て来て下さったように見えたのだもの。親切を無下には出来ないでしょ?」
ミリアと並び、セシルは騎士団の詰所へと向かった。途中で差し入れとなるポテトブレッドを買って……。




