29,王妃のサロン (Queen)
王宮の王妃のサロンでは、お茶会がさっきまで開催されていて貴婦人たちがお喋りを堪能した後だった。
お開きになったその後、主であるクリスタ王妃とそして友人であるマリアンナとシエラはその場でまだゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「そういえばクリスタ……私、気になることがあるの」
マリアンナはこれを話したかった、とばかりに口を開いたが、周りに人が居ないことをさりげなく確認した。
「気になること?」
「そう。あなたの息子たちに関することかしら」
息子たち、と言われてクリスタはわずかにマリアンナの方へ体を寄せた。
「マリアンナ、あなたはどんな情報を握ってきたの?」
「情報、というよりは、憶測よ。きちんとは調べさせなかったの」
「あら、珍しい」
クリスタは目を少し見開いた。
「エスターが……ある女性の側にいるの」
「エスター?エスターと言うと……」
「私の姪のエスターよ覚えてない?」
「わかるわ。近衛をしてくれていたわね」
クリスタはゆっくりと頷いた。
「エスターは騎士団長の妻で、元騎士で……しかもウェルズの家の出。そして私の姪でもあるし」
シエラが呟いた。
エスターの父親はマリアンナの夫のベルナルドの弟のジェイクで母はシエラの妹のクリスティンという関係であった。
「そう、で、なぜ調べなかったかというと、うちのものたちが言うには……その近辺には訓練された者たちがいるみたいで、どうやらそれは王家の手の者じゃないかと。だから下手に手は出さない方が賢明だと」
「……ギルは近頃よく街へと降りているわ。それかしら?」
「街へ降りている、だけで?」
シエラが確認するように小首を傾げた。
「その者たちとエスターがそこにいるのは、偶然として片付けるには無理があるわね」
「そうなの。エスターは………見張り兼護衛なのじゃないかと思うの」
「見張る……。ただの女の子を?」
「それにしては、大袈裟過ぎるわ……だから」
「ギルセルド王子とセシルが恋仲だって事?」
シエラがそうマリアンナの言葉を継いだ。
「憶測よ、でも。セシルも恋人がいるそぶりだった」
「その、セシルというのはどういう子なの?」
「わたくしの贔屓にしてるお店の女の子よ。とても可愛い子」
「もし、ギルセルドとその子がそういう仲だとすれば……辻褄があう気がするわね」
クリスタは扇を閉じては開いてと繰り返した。
「どうする?」
「どうするも……ギルからは何も聞いて居ないし、それよりもエリアルドとフェリシアの方にばかり気が向いていて、全く気づいていなかったわ」
「きっと皆がそうよ。私だってエスターがそこに居なかったら気づかなかったと思うわ」
「………いざとなれば、うちの養女にしてもいいわよ」
シエラが微笑んで言った。
「うちは兄弟が多いもの。姪だと言えば、きっとそうだとみんな納得するに違いないわ」
「ありがとう。シエラ、それもまた、よくある手段の一つよね。それよりも、もしも本当にそうなら陛下がどう判断するかだわ。でも言いそうな事は分かってる」
「あなたはどうなの?クリスタ、万が一労働者階級の恋人を連れてきたら」
「陛下はきっと……反対するに決まってるから、私には息子たちの味方をして欲しいとこっそり思っているでしょうね。つまりは反対はしない、よ」
「さすがね、息が合ってる」
マリアンナはにっこりと微笑んだ。
「でも……なんだか信じられない。あの子が……私たちに隠して……そんな恋人がいるだなんて」
「エリアルド王子に比べると、隠し事が出来るように思えないものね」
「そこなの。そんな、内に秘めるなんて事無理だと思っていたわ」
「エスターに、ずばりと聞いてくる?」
マリアンナは自身の姪に真実を聞こうかと言うのだ。
「………いいえ、いいの。そっとしておくわ」
「フリップは、こうして耳に入ることを計算してた……でしょうね?」
ギルセルド付きの従者のフリップは、優秀な男である。先のことまで読んでいてもおかしくない。
「ええ、そうね。だから……陛下には私から密かに伝えておくわ。いざというときに、慌てなくて良いように」
「フリップの考えは、分からなくもないの。エリアルド王子の相手以上に……ギルセルドの相手は今はとても難しい。例えばエリーではフェリシアよりも家格があがるし、他国からでは障りがある。その他となると……これはまた……。借金まみれの家には資金の援助を、爵位が低いのに裕福な家には爵位を、要求を突き付けて来るかも知れない。来シーズンにはレナ・アシュフォードがデビューするけれど」
マリアンナは独り言のように語った。
「レナはでも……グランヴィル伯爵の実の娘じゃないものね。それにレディ グレイシア。彼女自身も元は貴族では無いわけだし、血筋にけちをつけられ易いわ」
シエラは頷きながらも否定を口にした。
「そうだから、むしろ、いっそ、それならば。ね」
クリスタは扇を置くとカップを揺らし、すこし残った紅茶を波打たせた。
「私の印象だけれど……セシルは、〝王子〟を受け止められないかも知れないわ。普通の女の子過ぎて……」
シエラの言葉にマリアンナは眉を寄せた。
「その通りよ。でも……変わるかも知れない」
「マリアンナ、あなたはどう思う?労働者階級の王子の恋人を」
「フェリシア・ブロンテのような絵にかいたような令嬢が未来の王妃となるのなら……。その弟の恋人をこの王都の住人は自分達が支える位の勢いで喜んで迎えるのじゃ無いかしら?貴族たちは受け入れない人も多いでしょうけれど。私はむしろ……時代にのってるのじゃないかとそう思うわ、だから……二人が意思を貫けるなら応援するわ」
「身分違いの恋の話はきっと、さぞかし同情を誘うに違いないわね、そういう話は……みなさんきっと大好物だもの」
「困ったわ………まだ何も分からないのに、こんな風にどうするかばかり考えて。絵にかいた料理をどうやって食べるか話しているみたい」
くすくすとクリスタは、笑った。
「……ある日突然、孫が登場したり」
「シエラったら」
「その既成事実を突きつけれたら………。たとえ王だって簡単に反対は出来ないでしょう」
「とにかく………エリアルド王子の結婚を、早くまとめてしまうべきだわ。そして世継ぎでも生まれれば………。その後ならどこかからギルセルド王子の事が漏れても安泰と言っていいのだから」
「フェリシアに……あの若い少女に負担ばかり強いてしまうわね。婚約期間くらい長くしてと思っていたけれど」
「それから………ギルセルド王子のお相手候補の精査ね」
「マリアンナ。あなた、別れさせるつもり?」
「備えはしっかりとしておくべきよ。二人が何らかで別れたなら、その時の為に。身分の違いは大きな壁よ」
「ああもう………。やっと一つが片付きそうだと思ったら」
クリスタは乱れてもない、髪を指先で整えた。
「片付きそう?」
「K候よ。二人の息子たちが協力してどうやら抑え込み成功」
「じゃあ、やっと」
「ええ、早速。婚約の発表とそれから結婚式の準備ね、もちろん………二人とも手伝ってね」
「ええ、もちろんだわ」
その言葉を最後に、3人は席を立ちいつも通りの優雅な仕草でサロンを立ち去る。




