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過ちの恋  作者: 桜 詩
27/60

27,雨宿り

 ニコルたちとflying pumpkinで食事をした翌日、セシルは隣に住むビル・オハラに頼んで、ニコル宛に『しばらく休むからお店をお願い』と書いた手紙を託した。ビルは街中を走る貸し馬車の御者をしていて、仕事へ向かうついでにと頼んだのだ。


「どうかしたのか?」

「どうもしないわ。兄が帰って来たから少し甘えて、休もうと思っただけなの」

「そうか。それはいい、セシルはずっと頑張ってきたからな」

にこにことビルは伝言を引き受けてくれた。


具合が悪い訳じゃない、だけれど……勝手な事をしたり言ってくるニコルに、何とも言えない怒りがあるのだ。

ニコルが悪い訳じゃない、だからこそ今は気持ちの整理が必要だった。


店の事なら、エスターも要るしニコルが分からないような事は無いだろうから……。

そう思うと、今度は自分の存在意義が希薄に思えてさらに落ち込みそうになった。


じめじめとしていても仕方ない、とセシルはイーディが最後まで作った春らしいピンクのデイドレスを着て、白の帽子を被り外へと足を踏み出した。

そしてケイが傷物だと贈ってくれた新しいブーツは履き心地も良くて、そして艶やかだ。


街中へと出掛ければ、皆がそれぞれ思い思いに歩き買い物をしたりと今はとても浮き立っていて、セシルもその中の一人となりゆっくりと歩みを進めた。久しぶりの街歩きはただ単に歩くだけでもそれで満足したとも言える。


ところが帰る途中、陰っていた天候はついに崩れ始め、歩くのも困難な位の大降りになりセシルは店の軒先で雨宿りをすることにした。


「ついてない……せっかくの、下ろしたてが……」


走って帰るにしても、セシルの家まではまだまだ距離があった。そして今日はantique roseには寄りたくなかったし、そこまでもまだまだずぶ濡れになってしまう。


「すぐそこに、騎士団の詰所がある。雨宿りをしていくといい」

「え?」


そう言ってきたのは以前声をかけてきた騎士とは違う、濃紺の制服を着ている騎士だった。

黒い髪とそしてグレーの瞳が凛々しいスッキリとした容貌の彼は、

「これを被って」

肩に羽織っていたマントを外して、セシルにかけるとそれは頭からすっぽりと覆ってしまった。

「さ、行きましょう」

抱えられるように急ぎ足で向かったのは、ヒースが言っていた騎士たちの詰所で、中に入ると


「そこへ座って」

とその騎士は、椅子を示してくれた。


セシルが出したハンカチはレースの物でこういう時はほとんど役にたちそうになく、その騎士が出してくれたのは清潔そうなタオルだった。

「しっかりと拭いて、濡れたままでは風邪を引く」

「ありがとうございます」

受け取って、帽子を取り濡れた髪を拭き、ドレスを軽く水分をすいとるように押さえて拭く。


「降ってきたなぁ~」

どやどやと声がして、たくさんの騎士が入ってきた。


「おお!女!」

男所帯だから珍しいのかそんな声に思わずビクッとしてしまう。


「静かに」

と彼は大きくはないが、有無を言わせぬ口調で一言放った。

「師団長が、連れ込んだんですか?」

騎士の一人が恐る恐るという雰囲気で言えば、

「雨宿りをしてもらってるだけだ、連れ込んだとは人聞きが悪い」

そのやり取りを聞いて、拭いていたタオルを退けて見れば


「ああ!antique roseの!」

と目が合って大声をあげたのはセシルも知っているヒースだった。

「うるさいって、すみませんね」

と頭を押さえつけたのはマーティンだった。


「いえ、お邪魔をしてます」

戸惑いつつ、会釈をする。


「……ここは、男所帯で落ち着かないでしょう。馬車を出しましょう、お店か家かに送ります」

騎士に言われて、首を横に振る。


「いえ、雨宿りをさせてもらうだけで、そうまでしてもらうわけには……」

「いや、私には理由がある。あなたは私がまだ騎士になりたての頃、同じように雨宿りをさせてくださった。そして、店でお茶まで出して、もてなして頂いた、その時の恩があるのです」

ふいの微笑にセシルはまじまじとその顔を見て

「思い出しましたか?」

「ええ、そういえばそんな事も……」

確かにそんなことがあったと、言われて見れば思い出されるが目の前の騎士とすぐには結びつかなかった。

確かまだ父が居た頃だ。

店の近くで、雨に降られて雨宿りをしていた騎士を店へと連れて入ったことが確かにあった。


「私はここ、第18区の師団長をしてますイオン・マーキュリーといいます」

「団長さん、なのですね。ご立派になられていたので、すぐにはわからなくて申し訳ありませんでした。私はセシル・ハミルトンです」


「どうぞ、暖まります」

別の騎士がにこやかに湯気のたつお茶を淹れてくれて、セシルはそれを両手で受け取った。

「ディミトリアス、馬車を」

「了解」


「サー・マーキュリー、マントをありがとうございます。せっかくの物が濡れてしまいました」

セシルに貸しその肩に掛けられていたマントは雨を吸って、しっとりと濡れ重くなっていた。

「なんて事はありません。そういうものですから」

イオンはそれをセシルの手から引き取ると、そのまま肩に羽織り直した。


少し時がたち、馬車が用意され、セシルはイオンと共にその馬車に乗り家へと送ってもらうことになったのだ。


「……今日は、お店はお休みなのですか?」

イオンの騎士らしい実直な口調は、けれど女性を相手にだからかすこし柔らかい。

「兄が……店主が昨日帰って来たので、少しお休みを」

「そうですか」


それきり、会話は途絶えてセシルの住む集合住宅へとたどり着いた。


「本当にありがとうございました、とても……助かりました」

「いえ、お役にたてたのなら……それだけで」


馬車を降りて、屋根の下で馬車を見送り階段を上がって部屋へと入る。


濡れたドレスをかけて、そしてバスルームを使う。凝ったものを作る気にはなれなくて、野菜のスープとそれから焼いてあったスコーンでお腹を満たすことにして、机の横に置いた箱をそっと蓋を開けた。

貯まった手紙は、ギルと逢えない日の分だけ……。


窓を叩く雨の音は、次第に勢いを無くしていてやみそうな気配がしていた。


店にも行かず、何をしてるんだろう、と思いながらセシルは一番新しいギルの手紙を開いた。

毎日、扉の隙間に届けられるそれは……今日は朝に届いていた。


毎日欲しいとセシルは言ったけれど、届ける……例えばウォーレンにしてみればきっと大変なのだろうな、と。そう思った。


指先で文字をなぞれば、声が聞こえればいいのに。


慣れない事をして疲れてしまったのか……雨に濡れたから、体力を奪われてしまったのかそのまま、うとうととしてしまった。


少しだけ目を瞑るつもりで……。


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