25,訪れた転機
flying pumpkinに揃って向かい、いくつか料理を頼むと、そのうちの一つがミートパイで、いつかギルと来たその時に座った席をつい見やると、この夜はそこに男女の客が座っていて手紙だけで逢えない日々を過ごしている事が胸に切なさを呼び覚ました。
エスターの息子のグウィンは、本当に賢い少年で食べる姿もきちんとしていてきっとこの子ならどこに出しても恥ずかしくないだろうと思えた。
「それで……。帰って来て早々話をしたいというのは、それには準備が必要だと思うからで」
とニコルが話し出した。
「セシル、ミセス・アンドリュース。俺はantique roseを閉めて、フルーレイスへ移り住む」
「そんな……!」
帰ってくると思っていたのに……!
セシルは顔を青ざめさせた。
「アデルと向こうで住んで、アデルの親の店を継ぐんだ」
「なら、antique roseは今まで通り私が続けるわ」
まさか、兄が去りそして生まれ育った店も、無くなるなんてと
セシルは喪失感でいっぱいになってしまった。
「駄目だ。そんな……半端な事は出来ないし、第一俺はセシルには結婚して幸せになってほしい。だから、もし今結婚したいという相手が居ないなら、フルーレイスへ一緒に行こう。アデルの両親もセシルに是非来てほしいと言っている」
「突然、すぎるわ」
「だから、準備をするために戻ってきた。今期の社交シーズンが終わればそこで閉める。ミセス・アンドリュースには申し訳ないが、出来るだけ次の働くところを見つけたいと思っている」
「……残念だと思いますが、私ならご紹介は大丈夫です。また親戚が伝で次を探してくれるでしょうし」
エスターがそう言った。
「一緒に来てくれるだろう?」
「……フルーレイスには行きたくない」
「セシルは昔から行ってみたいと行っていたから、てっきり喜ぶかと」
「それは……昔の、話なの。とにかく………まだ先の、話よね?」
確かに、父がニコルだけを連れて行く度に行きたいとそう言っていた。女の子だから駄目だといつもマダム エメに預けられて置いていかれていたからだ。
「ああ。だけど、出来るだけantique roseをこのまま受け継いでくれる買い手を探す。ウェルズ侯爵夫人にも、そのお話をさせてもらった」
「うそ……」
「嘘じゃない。ウェルズ侯爵夫人は信頼出来る方だし、幅広い人脈をお持ちだ」
「けれど……antique roseは父さまの」
「だから、出来るだけそのまま、受け継いでくれる買い手を探すんだ。俺だって、遺したい」
「私はフルーレイスに行くか……、結婚するか、って事なの?」
「そうだ。セシルも年頃なんだし、恋人が……もしいるなら結婚もこれを機にすればいい。俺だって無理矢理引き裂くつもりなんてない。そうでなかったら、フルーレイスにも良い相手はたくさんいるぞ」
ニコルの話が、胸につかえて料理の味もわからず食欲も無くなってしまった。
しばらくギルと逢えていない、そんな時にこんな話は……。
聞くに絶えなかった。
簡単に……結婚して、と言える訳がない。そもそも、本来なら恋人にさえなれない人なのだろうと思う。
あんな立派な屋敷を使える親族がいる人なのだから。
でも、それをニコルにどう説明をすれば良い?
言えばきっと……そんな相手は諦めろ、フルーレイスへ行こうと言われるに違いない。
すでに春は訪れていて、季節は変わろうとしている。
(どうして………こんな時にも、逢いにもいけないの?……そうしてはいけないんだろう)
夢で逢えたとしても……それは夢でしかない。
それはなんて頼りない関係なのだろう
目の前には、二組の親子。そこには目に見えない絆がある。
それを見れば、何とも言えない気持ちが押し寄せた。
ギルとの先の事を、セシルは考えた事が無かったのだ。それは無意識にそんな未来はきっと来ることがないと思っているから、考えていなかったのだ。
ただ、逢って過ごすそれだけで良かった。
けれど、ニコルはセシルの幸せは結婚することだと考えている。
結婚ということを望まない訳ではない……けれど、住んでいる所すら知らないという現実は、セシルのそんなささやかな望みを打ちのめす程の事実だった。
春が来て、夏が終われば……。
そんなたったの数ヵ月先……。
どうすればこの現状を乗り越えられるんだろう
美味しかったはずのミートパイは、なんの味も伝えてこなかった。




