22,騎士団 詰所 (Heath)
王立騎士団の第3部隊、第18区師団の詰所は上流の貴族たちが贔屓にする店の立ち並んでちたり、中流階級の住まいのある比較的安全な地帯にあり、その区画を担当している。
そういう上品な街並みという事もあり、ここに配属される者もそれなりの血筋や育ちの者が多かった。
ヒースもその例に漏れず、ベレスフォード伯爵の血族に連なっていた。ベレスフォードの土地は辺境にあり、ヒースは王都に憧れそして出て来て騎士団の訓練を受けてそしてようやく騎士としての身分を手に入れたばかりだった。
18歳のヒースは何もない、といって差し支えない度のつく田舎から王都へとやって来て、何もかもが洗練されて見えた。
格好いいと人気のある騎士の隊服を着ているのに、さっきからここにいる男たちのほとんどがお腹を抱えて笑っている。
その笑いの原因を作ったのは他ならぬ、新入りのヒースだった。
「そんなに笑いますか」
ぶすっと膨れて見せると、年若なヒースはさらに幼くさえ見えてしまう。
「お前には、都会の女はまだまだ早いということだな」
そうクールな表情で言ったのは、ヒースも憧れる先輩騎士のイオン・マーキュリーだった。イオンはまだ22歳と若いが第18区師団長であり、落ち着いたそのたたずまいと剣術の見事さは群を抜いていてこの詰所の騎士たちを見事に纏めていた。
すっきりとした切れ長のグレーの瞳と、それから黒い髪がより年齢よりも落ち着かせて見せて、街の女性達からもとても人気がある。
「こいつ、今日も名前すら教えてもらえなかった」
ヒースについているマーティン・バーデリーは一部始終を見ていたので、いまその話を笑いながら皆に話してしまったところだ。
「それにしても……やっぱり恋人がいたかぁ~」
残念そうに言うのは、副師団長のディミトリアス・ミラーである。
「めーちゃくちゃ……色男でした」
ヒースが言うと、ディミトリアスはちらりとイオンを見た。
「……ショックかな……」
「ショックかなって、どういう意味ですか?」
「お子さまは、分かるまで悩んでな」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、ヒースはまた膨れた。
「いいか、お子さま。名前を教えられない、ということはつまりきっぱりとお断り、という事だ。わかったか?」
「それくらい、わかってますって」
「んで、もって。あそこのお前がフラれた彼女は……狙ってる野郎がワサワサといる。だから不用意に近づいてみろ、恋人の男どころかそれ以前に、他の男から………きっと殺られるぞ」
「なんで、殺られるぞ、が笑顔なんですか」
「面白いから絶対、彼女の名前を教えんなよ」
ディミトリアスはゲラゲラ笑いながら通達した。
「名前くらい教えてくれたって!仲間じゃないですか」
「仲間だから、勉強させてやるんだろ?」
「それにしても、この辺の男じゃないんだよな?マーティン」
ディミトリアスが聞いた。
「そうです。それに……」
「それに?」
「なにか、あの周辺はザワザワします」
「探るか?」
ディミトリアスがイオンに向けて訪ねれば
「いや、止めておけ。あれは……関わるな。そういう種類のものだ」
イオンはそれがなにか、心得ているかのようだった。
「……心得た」
きっぱりと言い放ち、マントを払い再び黒の手袋を着けるイオンは文句なく格好いい。
「ヒース。お前もその隊服を着ている以上は行動に気を付けろ、街の女たちに軒並みからかわれる。そうなると……権威に関わる、心して行動するように」
「了解しましたぁ!」
ヒースがビシッと拳を左胸にぶつけて、
「あ、そっか。師団長も狙ってる野郎の一人なんですね!?」
そうヒースが叫ぶと、無言の拳があちこちから飛んで来た。
「一生そこで寝てろ」
ディミトリアスの低い低い声がヒースに落とされる。
「その辺にしておけ、新人いびりだと噂されても困る」
イオンが嗜めるように言った。
「ディミトリアス、後は任せた」
「了解。団長の所ですか?」
「そうだ」
騎士たちに見送られて、イオンは詰所を後にして騎乗して颯爽と駆けていった。
「かっこいいなぁー」
「お前ね、なんで変な所で鋭いわけ?そして無神経にもそれを言うなんてあり得ない」
マーティンがグリグリと拳で頭蓋骨を本気で潰しそうに押してくる。
「すみませんっ!!!」
ヒースはそう叫んだが、なかなか助けはやって来なかった。




