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過ちの恋  作者: 桜 詩
20/60

20,夜のデート

 約束の日の店じまいは、とても浮わついていてセシルはいつもよりも早く作業を終わらせることが出来た。


「今日もお疲れ様でした」

エスターに労いの言葉を告げて、プレートをcloseに向けた扉を閉め、分かれると濃紺の騎士の制服を着た男性が二人、セシルへと近づいて来た。

「こんばんは」


「こんばんは……何か?」

「こちらの地区の配属になりました、第3騎士団のマーティン・バーデリーです」

マーティンと名乗ったのは、二人のうちの年上の方、

「同じくヒース・べレスフォードです。何かありましたらいつでも騎士団の詰所へ。場所はご存じですか?」

ヒースと名乗ったのはまだ若そうな騎士だった。

「ええ、もちろん。この先の、一画に……」

各地区毎に騎士団の詰所があるのはもちろん、知っているが訪ねたことはなかった。

「こちらのお店の方ですか?」

ヒースはさらに続けて話しかけてきた。

「ええ、店主の妹です」

「失礼ながら、男性の店主で?」

「ええ、それが何か?」

「いや、出てこられたのが女性が二人だったので、女性だけでは危ない事があるかもしれないと」

そのヒースの言葉にセシルは眉をひそめた。

ヒースはまだ10代後半くらいにも見え、短く整えた金髪と日焼けした肌、それから夜空のように濃い青い瞳をしていて、若々しくそして騎士らしく鍛えた逞しい体つきをしていた。


「何のおつもりか知りませんが……、少しも危険を感じたことはありません。あなたたちに声をかけられた事以外には」

セシルはそう言うと、一礼して立ち去ろうとした。


「気を悪くさせたらすみません。私は、まだ新人で、その……若くて可愛らしいあなたが心配で」

慌てて引き留めるような言葉にセシルは、足を止めた。

「ありがとうございます、サー・ベレスフォード。でも、私は今のところ、騎士の方にご用はありません」


「気を悪くしないで下さいよ。こいつは、悪いやつじゃありませんが、新しい任務に少し力が入りすぎたようですね」

「そのようですね。もうすこし、深呼吸なさったら?その勢いでは……女性は逃げたくなります」

セシルはマーティンの言葉に笑ってそして、辛辣かと思ったがつい口が滑ってしまった。

「名前を……教えてはもらえませんか?」

「……それは、あなたが騎士らしくなられた時に」

セシルはそれだけを言うと、さっさと身を離して歩き出した。

後ろでマーティンが笑ってるのが聞こえた。



早く帰って、色々と準備をしたかったのに、とセシルは少し八つ当たりをしてしまったかなと、ちらりと振り返った。

振り返ったのに気付き、セシルの発言を少しも気にしていない様子でにこやかに手を振るヒースに、セシルは苦笑して、軽く手を振り返した。



帰っていつものように、煮込んだ料理とそれからパンを食べて、お湯でさっぱりとさせて、髪を櫛梳ってそして……。


夜を、待った。


窓の、すぐ下で。


路を、見下ろせはしない。けれど、もしも気づかなかったら、そんな風に思うと離れられなくて。


服も、簡素なワンピースからやはりきちんとしたドレスへと迷って着替えて、髪の毛だって、結うか下ろすか、で無闇にいじって。


待ちわびた微かな音は、待ちすぎての空耳なのじゃないかと思いながらセシルはそっと窓を開けた。

指で上を指したギルは、部屋へと繋がる階段をあがり、それを見てセシルは扉を開けた。

「少し出掛けよう」

「こんな時間に?」

「そう、こんな時間に」

「少し待って」


靴とそれから、コートを羽織って下へ降りると、ギルの指笛でウォーレンの御する馬車が走ってきた。


セシルはこんな時間、と思ったが馬車から見える王都のあちこちの建物はまだランプの灯りが煌々と照らされていて、まだまだ人々が起きていると分かる。

馬車がどこへ向かうのか、聞いてはいけないのか、それともいいのか……。


やがてたどり着いたのは、小高い丘の上、そしてその夜空の下には美しい白い屋敷が浮かび上がっていた。


御者台から降りたウォーレンの案内で、正面の扉を開けてそして中へと足を踏み入れる。


前に訪ねた温室のあるガーデンに続いてまたしても、人気のない屋敷はシンと静まっていて立派な建物だけに、淋しさと寒さを感じてゾクリとしてしまう。

「ねぇ、ここは?」

「俺が使ってもいいっていう屋敷」

ギルの声も自然と小声ですぐそばで響く。

「使ってもいい?」

その言い方はどう判断するべきか……。


「この屋敷には……ほら」

ホールを抜けて、開いたバルコニーからは大きな湖が見え 、それから真ん丸な銀色の月が凍った湖面を照していた。

鏡面のようになったそこには、まるで宝石のような輝きがあり眩しく感じられる。

辺りが灯りがないだけに、その月の光が圧倒的な存在で、それはいまたった二人だけのために見せつけているようだった。


「すごい……」


感嘆して見ていると、後ろに立ったギルはネックレスを首に着けてきてくれたのだった。

「似てない?この景色と……」

キラキラと光るローズカットの宝石のついたネックレスは、セシルにとってはとんでもなく高価そうだったが、

「どうして……これを」

「男が、女性にアクセサリーを贈る理由は君が教えてくれた」

その言葉にセシルは笑った。

「そうだったわ、確かに」

「だから受け取って。返されたら、落ち込んで湖に投げ込むよ」


「それは勿体ないから、私が着けておくわね」

くすくすと笑った。

胸元で光るそれは、控えめな大きさではあるものの本当に月のように輝いていた。

「ありがとう、大切にする」


「夏になったら……ボート遊びをしよう」

「夏になったら……」

こんなにも広いから、ボート遊びもきっと楽しめるのだろう。

「楽しそうね」

「氷は……もう薄いから、スケートは出来ないけど」


スケート、と聞いて途端に寒さを思い出した。


ギルに促されて、人気のない屋敷を歩くと靴音が妙に響く。

「ねぇ、本当に私がいて怒られないの?」

「平気だ」


階段の上にある、部屋を躊躇いなく開けたギルは堂々とそこへと入る。暖炉には火があり部屋は暖かくなっていた。

暖炉の上のタペストリーには翼のある龍の紋章があって、ギルのシグネットリングはそれと同じだとぼんやりとおもった。


落ち着いたダークブラウンの室内は、落ち着いていて趣味の良さを感じさせた。


「行き先も言わずに、連れてきてごめん」

「……素敵な景色が見られたから、良いの」

「我が儘を聞いてくれる?」

「なぁに?」

「朝まで……帰さなくても?」


「朝まで……」

「嘘だよ。夜が明けるまでには……送る」


セシルの躊躇いを感じ取ったのか、ギルはそう言い直して頬に触れてきた。

「ギル、ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。悪いのは、俺だから」


恋人としての時間は限られていて、あまりにも短く。


何よりも……何かが隠されていると、セシルは感じていた。

だからか……こうして逢っている時は、迷子の子供みたいにすがり付いてしまう。


(隠されている事は……なに?)


ギルにとってはそんなにも、身分のないセシルとの関係は隠さなくてはならないのだろうか?



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