19,次の約束
社交シーズン、ギルはなかなか忙しくしているみたいだけれど、それでも……隙間を作ってだろうか、突然裏路地の扉をノックして訪れてくれたのだった。
「ギル、こっちから?」
セシルが開けながら聞くと、狭い路地から店へと入ってきた。
「店の表だと、女性客がいるのじゃないかと思ってさ」
「確かに……入りにくい?」
「とても、こちらから入っても、俺の事なら怒らないだろ?」
その言葉にくすくすと笑った。
「もちろん」
「忙しい?」
「ええ、王太子さまのロマンスのお陰かしら?」
「ロマンス、な」
「ブロンテ伯爵令嬢に負けられないわ!ってご令嬢がたくさん」
「………なるほど……」
キッチンに置いてあるテーブルの上にはまた新しいフェリシア・ブロンテ伯爵令嬢とエリアルド王子の記事が載っていた。
「もしも、このままご結婚になればさぞかし、華やかになるでしょうね。美しいお妃さまの誕生だもの」
実物はどうかはわからないけれど、新聞を見る限りはとても美しい少女らしい。
「ああ、そうだな」
何か気になる感じの言葉に、セシルはその表情を覗きこんだ。
「どうかしたの?」
「あ、いや。それよりも、その飾ってるのって」
ギルの視線の先には、押し花の額飾りがある。
「貰った花を押し花にしたの」
「綺麗に、残してくれたんだな」
「はじめて貰ったものだから、残しておきたかったの」
ギルの手に促されるように、キスを交わしてそして、腕に抱き寄せられた
「まだお店が開いてるのに」
ふふっと笑うと、
「知ってる」
「セシル!」
声が響いて、店から繋がる扉が開いた。とっさにギルとの距離を置いて、振り返った。
「ミリア?どうしたの?」
「あ、っと。お客さま?後にした方がいい?」
「いや、俺なら気にせず……。隅で、待ってて良いか?」
「あの、直ぐに済みます!」
ミリアは興奮したように、頬を紅潮させている。
「ウェルズ侯爵夫人が、私の独り立ちを助けてくださるって!」
「すごいじゃない!」
「この前に作ったドレスをお気に召して下さって……それで……そう」
ミリアはそこに置いたままの新聞を持って
「まだ、本決まりじゃないけれど、ブロンテ伯爵令嬢にドレスを作らせて下さるそうなの!今、注目のお嬢様によ」
「おめでとう!ミリアならきっと素敵なドレスを作れるわ!」
「もぅ、興奮して!店の他の子には言いづらいけど、セシルには一緒に喜んでくれると思ったら、居ても立っても居られなくて」
「よーく、分かるわ」
「じゃっ!戻るわね!」
興奮の残るまま、ミリアは言うと、ペコリとお辞儀を残して去って行った。
「友達?」
「そう、隣のエクラのドレスメーカーなの」
「興奮してたね」
「珍しいの、ミリアはいつもは大人しいの」
「そうか、それくらい嬉しかったんだな」
「みたいね」
もう一度ゆっくりと抱き締められて、それからキスを交わすと、
「行きたくないけど、そろそろいかないと」
「わかったわ…」
セシルは背伸びしてギルの首に手を添えて唇を合わせた。
「次はいつ逢えるのか……聞いたらダメ?」
考える風のその目線でいけなかったのかと心配になる。
「明日の、夜……また窓をノックする」
「待ってたり……しない、から。無理はしないで」
「約束する」
その言葉にセシルは胸に額をつけた。
「約束、ね。約束しちゃったら、破れないわよ?」
セシルは笑った。
「もちろんだ」
ゆっくりと離れて、そして部屋から出ていくのを眺めていると、この瞬間だけは幸福な気持ちを陰らせてしまう時で目を閉じたくなるのに、一瞬も見逃したくなくて……。
また、セシルは見送る側。
(どこへいけば……逢えるの?)
その問いは、理由もなく聞いてはいけないものだと、そう思っていた。
逢っている時間は、まるで秒針に羽が生えているかのように呆気ないのに、待つ時間は砂袋をつけたようにのろのろと進まない。
「帰られたのですね」
そっと控えめにノックしたエスターが、そう声をかけてきた。
「え?」
「話し声がしたので、ミリアさんを止めようとしたのですけど、ちょうどお客さまの……お相手をしていて」
申し訳なさそうに言われて
「大丈夫よ、気遣いをありがとう」
「……良かったら、何でも聞くわ。私の方が貴女よりもおねえさんだから」
「ありがとう、とっても頼りにしてる」
セシルは微笑むエスターに笑みを返した。
「私には女兄弟がいないから、そうしてくれるととても嬉しいの。例えば髪を結うのもね」
「ミセス・アンドリュース……、ありがとう。何もなくても、あなたが来てくれて私はとても、心強くなれたわ」
親もいず、兄も側に居ないけれどセシルには温かみのある人達が側にいるとそう感じていた。




