15,真夜中の逢瀬 (Gilseld)
恋に落ちる瞬間を見た。
まさにそんな気がしてしまったのは、王宮での新年の舞踏会だった。
兄のエリアルド王子とそして、これから婚約するフェリシア・ブロンテ。ダンスの途中に接触して体勢を崩した令嬢を支えたエリアルドの手際は咄嗟によく間に合ったものだと、ギルセルドは密かに感心した。
しかし、その二人が目があった瞬間……。
そこに何があったか、ギルセルドにはよく分かる。
まさに何ヵ月か前にセシルとあった瞬間に起こった事だからだ。
フェリシアと踊り終えたエリアルドに
「……運命的な演出だったな、一瞬で恋に落ちた……そんな風に見えた」
演出が真実になったような、そんな気がした。
「ああ……そうか。ギルにそう、見えたなら…完璧だ」
しかし、エリアルドの表情はよくわかりづらい。それは相手であるフェリシアの方もそうだった。
いっそ、何も知らされずに仕組まれていればもっと効果的になったのじゃないかと思ったが、それは後の祭りというものだ。
高い教育を施され、それをきちんと身につけてしまった者ほど胸の内はわかりづらいし、本人自身も心への抑制が効きすぎて本心が分からないのではないだろうか?
そんな風に思いながら、ギルセルドは自身さえ表面上は和やかな笑みを浮かべ、社交という名の仕事を果たしていく。
独身の王子の兄弟を結婚相手としたい貴族とその娘たちは多く、その全てに適度な距離を保ちつつ、機嫌を取るのはとても神経を使うことだった。
素直なセシルに無性に会いたくなった。
感情が直ぐに出てしまうセシルは、ギルセルドを見れば頬を染め声は高く澄んで、好意を真っ直ぐに伝えて来てくれる。
だから寄り添っても心地よくて、ギルセルドを幸せな気分にしてくれる。
「フリップ」
飲み物をフリップから受け取り、……これも他の人物から受け取ったものは口にしないという習慣からだ。ギルセルドは彼にしか聞こえない小さな声で呼び掛けた。
「どうされましたか?」
「今日の、お菓子がきっとあまってるだろう?それを箱に入れて部屋に届けておいてほしい」
「……会いにいかれるので?」
フリップの言いたいことはよく分かる。女性を訪ねる時間では無いくらい自覚はあった。
「渡したいだけだ」
「承知いたしました」
会場の一角には女性が好みそうなスイーツ類が並んでいる。きっとセシルも好きだろう。
しかし……王宮主催という事は、半端な時間には抜け出せないという事で……ギルセルドは義務的に挨拶を交わして、紹介されてダンスに誘う事になってしまう何人かの令嬢と踊り、儀礼的な会話を交わしてそれでラストダンスまではこなした。
エリアルドとフェリシアが人々の注目を浴びながら踊っていた。圧倒的な美貌を誇る少女は、エリアルドの相手として文句をつけさせないほどお似合いで、その美しさには力があった。
意味もなくきっと上手くいく、そんな予感がさせられた。それはギルセルドの希望的予測かも知れないが……。
部屋に戻ってみればもう、真夜中だった。
セシルは眠っているだろう、そんな事を思いながらも着替えて出掛けてしまう自分がいたのだ。
セシルの住まいは、王都の大通りの集合住宅。白い壁に黒のアイアンの手摺が高級感がある。ここにはいわゆるホワイトカラーという中流層や労働者階級でも上に属する人々が住んでいて、上品な界隈だ。
セシルの住まう窓、そこにめがけて小石を投げてノックする。
コツンコツンと、連続で鳴らし続けて、やはりもう寝てしまったか、と階段の上にある部屋へ続く扉にお菓子をかけていこうかと諦めかけた時、夜の静寂に窓が開く音がして、それは会えない事を覚悟して訪れていた期待半分の胸を弾ませた。
少し控えめに開いた窓から、髪を結わずに無防備な姿のセシルがギルセルドを見下ろして、はっとしたように目を見開いて一瞬で笑顔になる。
「ちょっと待ってて」
小さな声なのに、その唇の動きでしっかりと意味は通じて、コートを羽織ったセシルが階段を降りてきた。弾むような急ぎ足なのがセシルの喜びを伝えてきてギルセルドもまた頬を緩めた。
「とっても………驚いた」
くすくすと笑いながら前に立ったセシルは、ギルセルドの空いている手を取った。
「お菓子をお届けに」
おどけて言ったギルセルドに、セシルは目をぱちぱちさせてその反対の手にある箱を見つめた。
「あのね、こんな時間にしかも……二人きりになってしまうのに、部屋で一緒に食べましょうって誘ったら、あなたははしたない女だって軽蔑する?」
「……このまま、ありがとうと帰されたら俺はきっとがっかりするだろう。その招待は断ってしまうにはひどく、魅力的すぎる」
セシルは微笑んで辺りをきょろきょろとみて、ギルセルドの手を引いて階段を上がった。
いつも見送るだけの階段の上にある扉を開いて中に入ると、こじんまりとした部屋はセシルらしい、可愛いものがそこかしこに飾られていた。
部屋を飾るのはそれだけでなくふわりと漂うのは薔薇の香り。
いつもセシルからほんのりとするそれは、この部屋は身体に纏うように包み込んできた。




