12,兄の結婚 (Gilseld)
王都へ帰ったその夜は、家族揃っての晩餐であった。
その席には、父であり王であるシュヴァルドと王妃 クリスタ。そこに、兄のエリアルドと、叔父のアルベルト、エセル妃、それから二人の娘で従姉妹のプリシラとアンジェリンが同席していた。
「エリアルド、来年はお前に結婚してもらうぞ」
シュヴァルドの言葉に、
「確定、ですか…」
エリアルドは微笑んで答えていて、そこからはどんな風に思っているのか、弟であるギルセルドにすら感情が窺えない。
「フェリシア・ブロンテ嬢は今年デビューする。自然な流れで、距離をつめろ」
「了解しました、父上」
父王の命令にエリアルドはそれだけを言うと優雅にグラスを口に運んでいて、むしろ彼の結婚話に緊張したのはギルセルドの方かもしれなかった。
国を背負う、この結婚。それが纏まれば、ギルセルドの事も新たな位置に変わり、セシルとの事も変化を見せるかも知れない。それが吉となるか凶となるのか、いや、吉にしなくては。
「で、そのフェリシア嬢は納得してるのですか?」
もしそうであれば、いい。
そうすれば、兄の結婚を心から喜べる、とそう思ったのだが
「していなくても、させるだろう。周りの大人たちが」
シュヴァルドの言葉にギルセルドは、すっと冷えるそんな気がしてしまった。この世界はまだ、そういう場所だ。
「かわいそう。まだデビューしてないのに、周りの女の子たちはこれから楽しもうとしてるのにね。16やそこらで決められた結婚なんて」
プリシラが唇を尖らせた。
「ゆっくりとさせてあげたいのは山々だけどね。この時期が限界だなぁ。カートライトが出てくるよ……あっちには、アイリーン嬢がいるからね」
伯父のアルベルトがそう言う、現当主のナサニエル・カートライト カートライト侯爵は新政派で現王家をなんとか失墜させる、もしくはとってかわり実権を握ろうとしている。王家にとっていわば危険な男だった。
「王太子妃の座を巡って、国が乱れるのはよろしくない。それに……エドワードに確認させたけど、フェリシア嬢は、王妃としての見た目は完璧。教育も完璧。誰も文句のつけようのない娘にそだったそうだよ。エリアルドとその子自身の意見なんて二の次だよ、な?」
アルベルトの発言に、
「お前は……相変わらずだな、口を慎め」
シュヴァルドは渋面を作った。
「取り繕った所で同じさ、それに、これは何年も前から決まってる事だ。そんなことは、エリアルド自身がより分かってるさ」
同じ兄弟でありながら、エリアルドとギルセルドでは立場が違う。エリアルドにばかり責任を押しつけているようで重苦しいが、この話が自分でなくて良かったと思ってしまったのも事実だった。
晩餐の後、王宮の一室で従兄弟同士でゆっくりとお酒を飲みながら談笑していて、
「兄上が結婚したら、次は誰の番かな?」
ギルセルドは従姉妹たちを見つめながら呟いた。
二人の従姉妹たちも結婚しても良い年頃だ。王家の未婚女性の二人の結婚も、また重要な役割を担う事になるだろう。
「次は私たちでしょ?そろそろ適齢期なのに」
プリシラがどこかに覚悟を秘めた目をしていた。
「実際のところさ、いなかった?」
エリアルドには誰かいなかったのだろうか?ギルセルドにとってのセシルのような……
「何がだ?」
「いいなと、思った女の一人や二人」
「…平等に…と、意識していたせいか。いいも嫌もないな」
エリアルドが柔らかい表情で言った。
この完璧な王子は、女性への気持ちも抑制してしまえるようだと、兄をギルセルドは見つめた。
「いかにも、王太子として優等生な兄上らしいな」
「お前こそどうなんだ」
「俺は…まぁ、それなりに大人しく女性たちとは語らったりしてるつもり」
まさか、ここで素直に言えるわけがない。その辺りの分別くらいは持ち合わせている。
「私は、ちゃんと恋愛して結婚したいな」
アンジェリンが言うと、
「それこそ、どうなの?私たちこそ難しいのじゃないの?」
プリシラが姉らしく嗜めた。
プリシラの言葉はギルセルドの心臓を抉るようだ。
「さぁな。それこそ、父上の意思もあるだろうな」
「それにしても、自然な流れでってなんなの?」
アンジェリンの言葉にエリアルドはさぁ、とだけ返している。その顔には微かな微笑が浮かんだだけで感情が伺えない。
「だいたい、どうして回りくどくするの?自然なとか言わないではい、この人で決まり!って発表すればいいじゃない」
「ばかね。貴族同士の色々は難しいのよ。だから、エリアルドとそのフェリシア嬢は自然な流れで、惹かれあって結婚しますよっていう体裁が必要なの」
「めんどくさいわね、それ」
「私たちはその自然な流れで、とやらを見れるのかしら?」
「さぁ、どうだかね」
エリアルドは淡々と答えた。
「なんだ?不服な訳?」
ギルセルドは、兄の気持ちが気になって仕方がない。
「若すぎるな、と」
「ん?若すぎる?」
確かにフェリシア・ブロンテは16歳で、兄は24歳になる。確かに若い。だからこそ王太子という身でありながら彼女がデビューするまでは結婚が決まらなかったわけだが。
「16歳からすれば、オジサンじゃないのか?私は」
自分が世嗣ぎの王子だと言うのは忘れてるのじゃないか?とこういう時は思う。しかも、弟の目から見てもエリアルドは母譲りの綺麗な顔だちをしていて、大半の女性ならあった瞬間に好意を抱くだろう。
「そこか……」
「そこだよ」
「まぁー珍しくはないわよね、それくらいの年齢差」
「20歳と、28歳ならいいが16歳と24歳というのはな」
エリアルドは額に軽く握った拳を当てている。しかし、アルベルトが言ったように、急がなくてはならない事情もある。
「嫌だって言うか?今から」
「軽く言うなギル」
エリアルドの中では、もう決まったことだから受け入れている。それだけが感じ取られた。
来年か……そこらに、エリアルドは結婚する。
そうすれば……、セシルを家族に紹介したい。エリアルドの決意と共に、ギルセルドもまた密やかに決意をしていた。




