1,変わったお客様
たくさんの作品から、アクセスして下さってありがとうございました(*^^*)
今回は身分違いのお話になります。
『レディたちの恋物語』シリーズですが、今回の主人公はレディじゃないのですが(*´-`)
最後までお読みくださると嬉しいです♪
セシル・ハミルトンは、小さいながらも貴族たちをはじめとした幅広い客層の来る女性向けの服飾雑貨を扱い、兄が店主を務める店〝antique rose〟で店番をしている。
店主である兄のニコルはフルーレイスに今は行ってしまい不在で、流行の最先端の物をイングレス王都の小さな店のantique roseに送り、それをセシルが考えて店に並べている。だから現在の実質の店長はセシルなのだ。
フルーレイスのレースや、流行の最先端の服飾雑貨などはとても人気があり、また隣接するドレスメーカーやシューズショップもとても人気があり、店の売れ行きは順調だった。
日が傾きだした、そんな夏の終わり。
日傘や扇を買っていった貴族の女性を見送り、そして店に入った所で続いて男性が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
声をいつものように、声をかけてそのお客が男性一人というのは少し珍しい事で、贈り物を探しに来たのだろうか?とセシルは少し離れて様子をみる。
男性はジャケットをざっくりと着こなしてその中にはタイを結ばす垂らしていて、僅かに開いたままのシャツから喉元が覗き、それに細身のパンツと街行く青年という風だった。
質の良さそうな服を着崩してしまっているのにどことなく品があり、お洒落だった。
何に興味を示しているのかとその視線を追いつつ見ていると、どうも外の方が気になるらしく陳列した美しい商品たちにほとんど神経はいっていないらしい。
買い物でないとすれば……と、さらに細かく観察を続ける。
帽子の下からは綺麗に切り揃えられた美しい金髪が覗き、指先は爪まで磨かれていて、中流よりはそれよりも上に属する上流に属する特権階級であると思われる。すっきりとした鼻梁と顎のラインは若々しくそして、滅多にないほどの端正な顔が見えセシルは思わずため息をつきそうになった。
まじまじと見つめるなんて失礼だと、思い直したけれど
「……何かお探しですか?」
気がつけばそう声をかけていた。
その外見から、その声はどんな言葉を発するのかを聴いてみたかったのかもしれない。
「……ああ、女性への贈り物はどういったものがいいのだろうか?」
艶のある声は、外見に違わずの美しいバリトンでドキドキとしながら聞いたその発音は予想通り、いうまでもなく訛りは一切ない。そして、高位にあたる男性に見られる傲慢さは感じられず紳士的な柔らかい口調だった。
「そうですね……お知り合いの女性にならこちらのレースのハンカチですとか、もう少し親密ならレティキュールや扇、もっと口説きたいのならやはりジュエリーでしょうか」
いつになくドキドキとしながらも、そう説明をすると彼はまじまじとセシルを見つめて少し笑った。
「なるほど……」
けれど、この人に女性を口説いたり親しくするのに、余計な贈り物は要らないだろう。目の前で微笑みを向ければ、向こうから手折られてきそうだ。
「そうは、言っても……それほどあなたはこちらの説明も商品も必要なさそうですわ」
そう言うとさらに彼は面白そうに唇を変えた。
「おさがしなのは……〝抜け道〟とか……?」
セシルがとっさに言えば、声に出して笑った。
店の外を気にしているようで、誰かに追われているのかと思ったけれど緊迫感はないとすれば、貴族か両家の子息で例えば、気にくわない相手から逃げているのかと思ったのだ。もしかすると、それは女性であるとか……。
女性が待ち伏せをしそうなくらいの、素敵な男性だとセシルは思ったからだ。
その声は店に明るく響き、セシルも少し微笑んだ。
「もう、大人だと言うのに過保護なんだ」
彼は肯定するようにそう答えたので、セシルはゆっくりと頷いた、その答えから逃げる相手は、家の雇い人かと予想出来た。やはりつまりは、そういうお家柄ということだ。
「お生まれは選ぶことは出来ません。ですが、時には違う自分になってみるのも必要でしょうね」
「俺は……来年成人なんだけどね、なかなか大人だと思ってもらえないらしい」
ということは彼は20歳らしい。若そうだと思ったが、まだ成人していないとまでは思わなかった。それは背が高くて、しっかりとした体つきなのとどこか、堂々とした仕草のためかも知れず、セシルにはわからないが、名家の人かも知れないと予想できた。
「必要なものはこちらですわ」
セシルは店の奥へと行き、裏にある小さな路地へと抜ける扉を案内することにした。
黙ってついてくる彼は、並べば長身だということがまざまざとわかる。
「名前を聞いても?」
わざわざ名前を聞くなんて……。
社交辞令だと思いながらも、笑みを浮かべて答えた。
「セシルです。セシル・ハミルトン」
「俺はギル………・ウィンチェスター」
その家名を聞いても、セシルにはピンとこない。
「サー?ロード?それともデューク?それとも……」
その言葉にまたギルは笑い
「ただのギルでいい。俺は今は……ただのギルだ」
「わかりましたわ、ギル」
セシルは扉を開けると
「なにも買わずで悪かったな」
「私は今日はあなたに恩を売りました。お気に召したら、またお越し下さい」
取って置きの笑みを見せる。
「じゃあ、きっと必ず来る」
「ではお待ちしております」
そんな言葉を交わして、ギルは店を後にして行った。
ギルが去ってから、少ししてまた男性の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「人を探してるのだが、背の高い金髪の男性が来ませんでしたか?」
その男性はきっちりとした服装で、やはり良い家柄の使用人に見えた。
「見ての通りこちらは女性向けのお店ですから……」
来たとも来ていないとも言ってはいないが男性は、慌てたようなそぶりで
「邪魔をしてしまった、すまない」
それだけを言い、店を出ていったのだ。
「……男性客はよく覚えてるのです……」
くすっとセシルは笑った。
そろそろ日がくれるので、お店は閉める頃だった。
「セシル、まだ店じまいはしないの?」
扉をそっと開けて覗いてきたのは、隣にある〝éclat〟というドレスメーカーのマダム エメである。フルーレイス人のマダム エメは、洗練されたデザインでとても人気があり彼女の元で修行している女の子たちも有望だ。
特に今隣ににこにこと立っているミリアは、まだ若いのに素質があるとマダム エメが自宅に住まわせて世話をしている。そのうちきっと立派なドレスメーカーになるとつねづね言っていて、少しずつミリアのデザインのドレスを作らせているそうで、セシルのドレスもミリアの作品だった。
貴婦人を相手にする仕事であるセシルにとって、装いはとても大切でセシルの身分には本来なら必要ない美しいデイドレスを着ている。それが叶うのも、マダム エメがこれも宣伝よと言って、材料費のみのただ同然で売ってくれているのだ。
もちろんセシルがニコルが送ってきてくれた生地を譲ったりもして所謂、持ちつ持たれつという形で商売を営んでいる。
反対隣は〝Feather〟という靴屋で店主を務めるのはケイ・フェザーといい、腕の良い靴職人で1度その靴を履いてしまうと他の靴を履くと足が辛く感じるほどだった。
親のいないセシルにとっては、マダム エメとケイが親のように気にかけてくれていた。
「もう、閉めようとしていたの」
マダム エメに微笑みかけると、セシルはopenをcloseへと変えた。いつも気にしてくれたのだと思うと、一人のセシルはとても心強い。
「そう、じゃあ良かったわ。帰りは気を付けてね」
うなずいて会釈をかわしあい、セシルもまた鍵をかけた。
antique roseから程近い治安の良い地域にある集合住宅にセシルは一人で住んでいる。周りにはセシルのように店を持っている人やそこに勤める人や貴族の屋敷に通う使用人が住んでいる。
帽子を被り、店を出てそして近くのパン屋でパンとそしてまた近くで野菜を買って家に帰るのだ。セシルの部屋は、2階にあり階段を上がった先に扉がある。
ドレスを丁寧に脱いで、ハンガーにかけて、そして簡単に煮込む料理をして、小さな狭いバスルームで髪と体を清める。これから迎える冬にはとても寒いけれど仕方がない。
一人の生活にも……すっかりと慣れた、だけれど食事をしながら誰とも話すことができないというのはとても、淋しい事でもあった。
特に今日のように信頼出来る人に話したいことがあるときには。
「ギル……」
たぶん偽名じゃないのかとふっと思ったけれど、唇にそっとのせてみた。
「本当に……また来てくれるのかな?」
セシルはその事を、少し期待している自分に気がついた。
小さな起き鏡を見ながら、薔薇の香りのするオイルで髪を手入れしてすべすべになるまですくとさらりとしたまっすぐのストロベリーブロンドになるのだ。
金髪に憧れたり、巻き毛に憧れたり、黒髪に憧れたりしてきて、昔は嫌いだったこの髪も、今ではちょっと綺麗だと思えるようになった。
街に住む娘にしては、背伸びしているけれど、貴婦人を装ってる訳では無い。きちんと手入れしてきた白い肌はきめ細かくて、もの凄い美女ではないけれど、ぱっちりとした金茶色の瞳は大きめなのと唇が小さめで少し幼く見えてしまうのはご愛敬の範囲内だ。
18歳……。
そろそろ周りは結婚を意識しているけれど、セシルにはお店がある。兄は戻ってきそうにないし、恋人もいない。
「兄さんが帰ってきたら……」
ふぅ……とため息をついた。
ニコルにはよほどフルーレイスの水が合っているようだ。
1年半、それだけの時をニコルと会っていない。