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僕とチエと最後の時間

作者: 高遠 時貴

 薄暗い部屋の中に漂う線香の香りに、僕は目を覚ます。まだ明けぬ空は夜明けの朝日が来るのに備えようと、群青色の絵の具に水を混ぜたように少しずつ薄くなっていく。

 未だ寝ぼけ眼の僕は、敷かれた布団から身を起こし、背の小さな戸棚の上に視線を送る。しかしいくら目を眇めてみても、そこにはフサフサの毛並みを持った彼女は居らず、ツルリとした小さな壷を入れた木箱が鎮座していた。


 先日、飼っていた猫が死んだ。

 その猫は中学生の頃、部活の先輩が飼っていた猫がたくさんの子に恵まれたため、譲り受けた猫だった。名前はチエ。子猫の割に大人しく、人なつっこい性格で、出会ったばかりの僕に首を傾げて見上げていたのを今でも鮮明に覚えている。

 チエが亡くなってから初めて知ったが、最近では様々な見送り方があることを知った。土葬にするか、火葬にするか、自治体に頼むのか。どこかのペット霊園や納骨堂に納めるのか、自宅供養にするのか。両親に相談されたのは覚えているが、あまり覚えていない。結局、火葬にしてもらい、自宅供養にすることが決まった。これも、チエの死後から立ち直れずにいた僕を両親が気遣ってくれてのことのだと思う。

 諸々の手続きが終わり、落ち着いてきた頃、数日間実家に置いていた遺骨を僕の部屋へと運んだのが昨日のことだった。大学に進学したばかりのことを思い出していた。


 僕が大学進学に合わせて一人暮らしを始め、今も暮らして居ているこの部屋を借りてここに来た日、チエは僕の鞄に忍び込んでこの部屋にやってきた。最初こそ驚いたものの、実家からこの部屋に戻ってきて、チエの存在に気づいて次の日には実家に返す。そんな日が続いた。猫相手ではあるけれど、さながら密会でもしているようで何となく楽しかった。

 そうしている内に、あまりにも実家に返しても僕に付いてこようとするため、両親は仕方ないと僕にチエを預けるようになった。両親に何かあったときにチエを預かれるようにと、ペット可の部屋を借りたのが幸いだったが、あまりにも環境をしょっちゅう変えてしまうと、猫にストレスを与えてしまうと聞いたからだ。それでも、時々は両親が世話を見にこの部屋には来ていたし、実家に帰るときはチエと一緒に帰っていた。

 今の状況はまさに当時そのものだった。ただ、違うのはチエ自らではなく僕が運んだということ。仕方のないことではあるけれど、そのことが一層悲しい。

 二十歳を越えた男が、朝目覚めて直ぐに涙を流すというのも中々シュールではあると思う。それでも、朝目が覚めると彼女が先に起きていることが多く、僕を起こしてくれていた。そして、朝ご飯を強請(ねだ)るために僕の膝の上に乗って手や顔にすり付いたり、寝っ転がって甘えていた。その習慣とも言うべきことが、今後ずっと起きないと思うと寂しくて仕方がなかった。

「チエ・・・・」

「呼んだ?」

 しょんぼりと項垂れてチエの名を呼ぶと、背後から声が聞こえた。

 思わず振り返ると、そこには生前と全く変わらない彼女が行儀良く座っていた。

「チ、チエ?」

「もー、ずっとそうしている気?」

 間違いない、僕が呼んだときに反応した声がチエの口から発せられていた。しかし、どうしたことか、チエの言葉は頭の中で人間とそう変わらない言語にすり替えられているようで、チエの言っていることが分かる。まるで頭が自動翻訳機になった気分だ。

 思わずあんぐりと口を開いたままでいると、僕の膝の横にまで歩いてきて飛び乗ってきた。が、重さは感じられないし、チエが動いた軌跡を小さな光の粒が追いかけていた。

「チエ、君は・・・・」

「あんまりにも立ち直れないでいるから、見に来ちゃったよ。これじゃいつまで経っても成仏できないじゃないのさ」

「あ、えっと、ごめんなさい?」

「謝るくらいなら、さっさと立ち直って彼女の一人でも作って連れてきなさいよ。あたしがいる間、ずっとあたしを優先してたの知ってるんだから」

 確かに、今まで二人の女性と縁あって付き合っていたが、どちらも「猫と私、どっちが大事なのよ!」という台詞を言い残して僕の元を去っていった。僕は、どちらとも答えられなかった。今思えば、嘘でも彼女が大事だと言っておけばよかったのかもしれないが。

 それにしても、何故知っているのか。当時のことを思い出して首をひねった僕は、数分経ってようやく合点がいった。

「ああ、そっか。彼女に振られたら『振られたー、慰めてー』ってチエに言ってたっけ」

「そうよ。それでも三日もすればケロッとしてたけど」

 バレていた。飼っている猫にすら精神状態が知られていたとはなんとも情けない。

 当のチエはフン、と鼻で笑うと顔を洗い始めた。前足をなめて、額から鼻にかけて前足で擦る動作を目で追いながら、ああ、懐かしいなと思った。

 膝の上でブラッシングしたり、顔を洗っていたり、ただ眠っていたり。毎日必ず一回は膝の上に乗っていた気がする。

「今、懐かしいとか思ったでしょ」

「何で分かるの。もしかして、幽霊になって僕の心が読めるようになったとか?」

「まさか。何年の付き合いだと思ってんの。アンタの思っていることは、全部じゃないけど分かるよ。すぐ顔に出る方だし」

 僕が驚いた顔をしていると、再びフフンと鼻で笑って誇らしげに僕を見上げた。その仕草も、懐かしい。生前のチエといるようで、悲しいというより嬉しくて涙が出そうだった。おもちゃを投げてチエが拾って持ってくるとき、僕がこの部屋に帰ってくるのを待ち伏せしていたとき、いつもこの仕草をしていたのだ。

「そうだ、チエの好きだったおもちゃ、まだ残してあるんだ」

 チエが悠々と入るであろうおもちゃ箱を収納スペースから引っ張ってきて、小さい子がするみたいにひっくり返す。いろいろなおもちゃがガラガラと音を立てて落ちていき、耳障りな音が室内に響き渡った。

「あらまぁ、懐かしいね。これなんか、ずっと使ってたやつじゃないのさ。このぼろぼろじゃらし」

 クスクスと笑いながらチエが鼻先で指したのは、実家にいたころから使っていたおもちゃだった。使い捨ての割り箸の先にいくつものリボンを括り付けただけの、手作り満載の猫じゃらしだった。

「だって、ボロボロになったからって、新しいのを買ってきてもチエは全然反応しなかったじゃないか。だから、何回もリボンを付け直したりして今まで使ってきたんだよ」

「アンタが作ってくれたのが嬉しかったんだよ。外から買ってきた物なんて、匂いも違うし」

 僕がふうん、と言うと誤魔化すように顔を背けて再び顔を洗い始める。チエがいたずらをした時や、うっかりでも僕に怒られるようなことをしてしまったときにする癖だった。

「じゃあ、これは? 新聞紙ボール」

 絡まった猫じゃらしの中から、手のひらサイズの新聞紙の塊を取り出す。その名のとおり、新聞紙を何枚か重ねて丸めた、これまた手作り満載のボールだ。

「それも、まぁ、好きだったわ」

「じゃあ、これとってきてよ!」

 ポイッと軽く投げると、ボールが空中で弧を描き、チエの上を通って床に落ちる。だが、チエはボールを見つめたまま動こうとしない。

「どうしたの?」

「あたしさ、もうアンタとは遊べないんだよ。ほら、この通り」

 足音も無くボールのところまで歩いていくと、前足で猫パンチを繰り返す。しかし、一向にボールが転がる様子はなく、それどころか、チエの前足がボールを突き抜けているように見えた。

 ああ、本当にチエは死んでしまったんだ。

 そう改めて現実を見せられている様で、僕は茫然と前足を動かし続けるチエを見つめていた。

「年取って、手足も動かしにくくなったころからアンタの相手してあげられなくて、いつも悪いなって思ってたんだけどね」

 ふぅ、と息をついて前足を動かすのを止めるとボールを見つめて呟くように言った。

「あたしが昼寝してるっていうのに、アンタがバタバタと家に帰ってきてあたしを抱えたかと思ったら『あそぼ!』だったもんねぇ。あの頃はあたしもアンタも小さかったし、そんなに覚えているわけでもないけど、懐かしいもんだわ」

「あー、昼寝を邪魔したのは申し訳ないと思っているよ。でも、楽しかったろ?」

「まーね」

 座っている体勢から、前足を折ってうつぶせのように顔を床につけて僕を見上げる。体が弱る前からもだが、弱ってからはよくその体勢をするようになった。

「体の痛みとかは、ないの?」

「そりゃないよ。その代り、何にも触れないけどね」

 さっきのボールみたいに、とボールをちらりと見る。

「アンタが見えるようにと思って、この姿でいるんだけど、なんか疲れるのよねぇ。物は触れないし、気を抜くと床を突き抜けそうだし」

「えっ」

「冗談よ」

 床を突き抜けそうだと聞いて驚いた僕が、チエと床の間を覗こうと左頬を床にペッタリとくっつけると、クックッと体を揺らして笑って尻尾をユラリと揺らす姿が90度曲がって見える。その姿が不思議の国のアリスのチェシャネコを連想させた。

「騙したなー?」

「おもちゃで遊べないなら、これくらいいいじゃない」

「前にもそうやって、いたずらしたことあったよね。ティッシュ箱がボロボロにして中のティッシュを散乱させたり、買ったばかりのトマトを転がしていたりとか。トマトの時は本当に焦ったんだからね」

 部屋には粗末なものだが、ホットカーペットも敷いていて、その上で転がしていたものだから絶叫ものだ。

 現に、それを見た僕は危うく叫びだしそうだった。チエは賢いし、普段は僕に怒られるようなこともしなかったから、躾もそんなに苦労しなかった。なのに、時々とんでもないいたずらをするもんだから、僕もその時は肝を冷やすことも少なくなかった。

「チエのいたずらは洒落にならないものが多かったよなぁ」

「それは、アンタが相手してくれなかったりしたからさ。よく追い出したりしなかったもんだね」

 不思議そうにチエが首を傾げる。

「むしろ僕の方が、帰るのが遅くなってチエに寂しい思いさせたり、実家とこの部屋を行き来させてストレスかけさせたりしちゃって申し訳ないくらいだったからね。家出をしないでいてくれて感謝しているくらい」

「何言ってのさ。あたしは十分、充実した生涯を送ってきたよ。感謝するのはあたしの方。実は、それを言いにきたのよ。・・・単純に心配ってのもあったんだけどね」

 頭を掻きながら僕がそう言うと、チエは呆れたような、心配そうな声でそう言って、尻尾をユラリ揺らして立ち上がる。

「あたしがいなくてもしっかりやんなさいよね。じゃ、そろそろ行くから」

「えっ、もう? もう少し、いられないの?」

 僕が縋り付くように言うと、チエは残念そうに窓を見上げた。

「あたしがいられるのも、朝日が完全に昇りきる前までなんだよ。それ以上は、ちょっと無理かな。今日だけでも、結構疲れちゃったし。充実した生涯を送った上に、最期にアンタ話せて楽しかったよ。これ以上望むのは我儘ってもんさ」

 また視界が歪むのを感じて、服の袖口で乱暴に拭い取る。今はチエの姿を一瞬でも逃すわけにはいかなかった。

 チエはそれを見てコテンと一度首を傾げると、僕の膝の上に跳び乗って頬に擦り付き、今度は肩から跳んだのが何となく気配で分かった。

 膝から肩に跳び乗るときも、頬に擦り付くときも、肩から跳んだときも、まだチエが生きているような、そんな感覚だった。しかし、それもただの錯覚だということは後ろを振り向くとすぐに理解した。着地しているはずの彼女の姿は、どこにもなかったのだ。

 彼女がいなくなったとほぼ同時に、薄暗かった部屋に朝日が射して、彼女がいた痕跡を消してしまった。




 チエと最後の時間を過ごしたあの日からひと月経った頃だろうか。チエがいなくなったその時から心の奥がスウッと、何かが抜けていくような感じが消えずにいた。それが喪失感なのか、それ以外の何かなのか僕に知る由はない。

 チエと話ができたことで少しは立ち直ったものの、依然元気のない僕を心配した友人が、あるお店を紹介してくれた。もしかしたら、逆効果でまた気落ちするかもしれないと心配しつつ、連れてきてくれたお店は、猫カフェだった。

 時間制限付きで区切られた部屋にいる猫と戯れたり、その戯れている猫たちを眺めながら、ゆっくりとお茶をする。最近では、マナーの問題もあって、完全男子禁制、もしくは曜日によっては男子禁制にしているお店もあるようだったが、友人が紹介してくれたのは、ほぼ一見さんお断りのお店だった。猫カフェに出入りしている知り合いに紹介してもらうか、ただ猫を眺めるだけのカフェなら紹介なしに入れるため、カフェに一定期間通えば紹介なしに猫と戯れる部屋に入ることができる。もちろん、マナー違反をすれば出入り禁止になることは言わずもがなだが。

 一週間に三日程、猫カフェに通っていた僕は、店員さんに顔を覚えられたことはもちろん、僕のような常連さんにも顔を覚えられ、世間話をしにカフェで一日過ごすこともあった。

 猫カフェに通い慣れ始めたある日、いつもの席に座ろうとすると、既に先客が座っていた。特に予約制ではないし、店員さんに頼んで席を取ってもらうという制度はないため、座りたい席があるなら早いもの順、ということだ。

 先客は今まで僕があったことのある常連さんではないことはすぐに分かった。確かに、多くの常連さんを一人一人覚えているわけではないが、ほぼ確実といってもいいだろう。

 常連さんと話す話題は場所が場所だけに猫の話題がほとんだ。僕と同じような境遇の人も少なからずいて、最初こそ言えなかったが、ある常連さんが猫を亡くしたことを僕に打ち明けたことをきっかけに、僕もいろんな人に打ち明けるようになっていった。同じく猫を飼っている人はもちろん、猫好きだけど猫が飼えないという人も僕の話を親身になって聞いてくれた。それで、僕がいつも同じ席に座るのも、チエと似た猫がよく昼寝をする場所が一番見える席だから。だから、常連さんはあまりその席に座らない。もちろん、座りたいという人がいれば譲ることもあるし、席の独占もマナー違反だ。

 だから、その女性が座っていても、僕は何も言えない。それでも、やっぱりいつも座っている席と違う場所に一人で座っていると結構落ち着かなくて、女性の隣を一つ空けて座った。そこからでも、左斜めに視線を送れば、例の猫は見えなくもない。満足して、少し冷めたコーヒーを口に含む。

「あの」

 僕がだいぶコーヒーを飲み終えて、カップをソーサーに戻した時だった。さっきの女性が、気まずそうに話しかけてきた。

「はい」

「あの、もしかして私たちって知り合いですか?」

「? いいえ」

 尋ねられた内容の主旨がわからなかった。彼女とは今まで面識はなかったと思うし、今僕が否定した時点で記憶があってもなくても知り合いではないということだ。

「じゃあ、えーっと、貴方が探偵とか刑事さんとかですか?」

「?? いいえ」

 彼女に聞かれるほど頭に「?」が増えていく。何を勘違いしているのか、益々訝しんだ眼で僕を見ている。

 しばらく彼女が尋ねて僕が否定する、という問答を繰り返すと、彼女の方がもう尋ねることが尽きたのか、目線を泳がせたまま黙ってしまった。

「そこの席、落ち着きます?」

「えっ、あ、ハイ」

 どれくらい沈黙していたか、僕が耐えられなくて声をかけると、顔を俯かせていた彼女が驚いたように慌てて頷いた。

「僕もよくその席に座るんです。僕が飼っていた猫によく似た子がその近くで昼寝をするので、その席からだと・・・・ほら、その子です」

 僕が指さす先を追って彼女が視線を動かす。ガラス窓から少し離れたところに蹲っていた猫が、丁度起き上がって伸びをしているところだった。

「やっぱり、個々で柄は違うんでソックリで留まるんですけど、毛色は似ているし、似てる子でも似てない子でも猫は猫なんで、見てて和むんですよね」

 我ながら緩んだ頬をしているのを感じつつ、彼女が座る席のことを話すと、彼女は顔を真っ青にしてスツールから降りるなり、僕に頭を下げてきた。

「ご、ごめんなさい!」

 これは僕も流石に驚いて慌ててスツールを降りる。

「なんだかチラチラ見てくるなと思って、知り合いか、探偵の人か、刑事さんとか、もしかして、ふ、不審者とか思っちゃって。最近、猫カフェでもマナー悪い人もいるって聞いちゃってから、その偏見というか・・・・」

 なるほど、と僕も思わず頷いてしまった。

 僕は、今座っている席からもちろん他の猫も見ていたが、例のチエ似の猫を時々見ていた。その仕草が、彼女からしてみれば僕が彼女自身を見ていると勘違いしたのだろう。確かに、先ほど一回だけだが、僕のことをちらっと見てきたときにうっかり視線を合わせてしまった。そのことも原因かもしれない。それにしても、知り合いとか不審者という考えは分かるが探偵か刑事という考えは些かドラマの見過ぎではないだろうか。

「それは、完全に僕が悪いですね。すみませんでした」

「いいえ、私のただの勘違いです。本当にごめんなさい、何度も失礼なこと聞いてごめんなさい」

「いえいえ、勘違いさせたのは僕の方ですから。えっと、もしよければ、少しお話でもどうです? ここに来るくらいですし、猫、お好きなんですよね」

 実を言うと、彼女のことも少しだけ、ほんの少しだけ盗み見していた。だから、彼女が不安に思うのも仕方のないことだし、当たり前のことだ。これ以上話していると、墓穴を掘りそうだったので話を変えると、彼女の方もホッとした表情で柔らかく微笑んで頷いた。


***


 その後は、席はそのままに、お互いの二杯目のコーヒーと紅茶が冷めきるまで話し込んでいた。時々、猫を眺めてはどの子が好みかを言い合ったり、変な寝相をしている子猫を見つけては僕がそのまねをして彼女を笑わせていた。

 彼女はトモエさんといい、僕より一つ下らしい。彼女も猫を飼ってみたいと思っているらしく、そろそろ帰ろうと話が切れた時、「もしよければ今度、ペットショップか里親募集の猫を見に行きませんか」と誘われた。

 そのお誘いは正直嬉しかった。僕も機会があれば猫を見に行ってみようと思ったが、一人で行くとやはりチエのこと思い出して辛かったこともあって今まで行けずにいたから。

 それに、その日話しているだけでも彼女と過ごすのは楽しくて、今日のお詫びを理由にどこかに誘おうと思っていたところだった。

 先を越されて少し拍子抜けしたが、とりあえず連絡先を交換してスマホの画面を覗くと、彼女の「トモエ」の字が「知惠」と書くと知って思わずスマホの画面を二度見してしまった。

 僕は、チエはどうやらまだまだ心配していて、彼女が僕にトモエさんと出会わせたんじゃないだろうかとも思った。考えすぎだろうけど。

 緩む頬を抑えつつ、スマホのホーム画面に映るチエの写真を見ると、あの日と同じ声で「しっかりしなさいよね」と言っている気がした。


大学でのサークルにて、文化祭で無料配布した冊子に収録した作品。

原文そのままですので、後日改編するかもしれません。

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[一言] 切ないけど最後になんだかほっこりするいい作品でした! 自分の場合は猫じゃなくて犬でしたが、亡くなってしまった後の喪失感に非常に共感できました。主人公のちょっと不思議な体験も含めて、とても面…
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