第7話 視察
鉄蔵と木蔵への依頼を快く請けてもらえた事もあって気分がいい。
加えて、二月にしては気候も穏やかで馬に乗って領内の視察をするにはもってこいの日和だ。
上機嫌で視察を続けていると、川の中に入っている子どもたちが目に止まった。
その数八名、年の頃は小学校低学年といったところだ。
幾ら穏やかな気候の昼間とはいっても二月だ。
さすがに川の水は冷たい。
俺が視線で善左衛門に問い掛ける。
すると、『もしかしたら、他領から流れ込んだのかも知れませんが』と前置きをして、心得たように説明を始めた。
「あれは浮浪児ですな。少しでも暖かい昼のうちに夕食の魚を獲っているのでしょう」
「我が領内にもあんな浮浪児は普通にいるのか? それと他領から流れ込んだかも知れないと言っていたが、我が領と比べて他領の浮浪児や野盗の数はどうなっている」
「どこの領内にも浮浪児や野盗はおります。美濃は浅井や織田との小競合いが続いているので国内の他領も同じような状態かと思います」
「浅井や織田も美濃と同じ感じか?」
「織田は国内も荒れているので美濃よりも酷い状態だと思われます」
「浅井はどうだ?」
「六角との小競合いが絶えませんのでやはり美濃より酷いと思われます」
自分のところがマシと思いたいのは分かるが……六角、浅井も織田と同じように調べさせるか。
桶狭間の戦いという歴史の一大イベントにどう絡むかも大切だが足元も大切だよなあ。
よし、彼らと話をしてみるか。
川の中に入っている子どもたちと話をしてみる事にした俺は馬を川原へと歩かせ、子どもたちに声を掛けた。
「おーい、お前たち。少し話を聞かせてくれ! もちろん、ただとは言わない。飯を食べさせてやろう」
「殿、お待ちをっ! おいっ! 二人とも後を追うぞ!」
背後から善左衛門の大声とそれに続く十助と右京の慌てた声が聞こえた。
よしよし、どうやらちゃんと付いてきているようだ。
◇
俺は弁当として持ってきていた握り飯を子どもたちに分け与える事にした。
十助と右京に命じて川原に焚き火を用意させる。
そして、子どもたちの目の前に握り飯を並べた。
俺一人分の握り飯では足りないので、善左衛門と十助、右京のために用意した握り飯も放出する。
握り飯を奪われた三人はもの凄く悲壮な顔をしていたが、今は泣いてもらう事にしよう。
俺は随行している家臣三人に向けて、いつもの仕返しとばかりに覇気にあふれんばかりの口調で叱咤する。
「お前たち、握り飯の一食くらいでなんて情けない顔をしているんだ。もっと毅然としろ、毅然と!」
「はい……」
「うう、楽しみにしていたのに」
「夕飯は握り飯を余分にお願いいたします」
俺の叱咤に十助と右京が涙を呑んで言葉を搾りだす。
善左衛門は抜け目なく補填を要求した。
そんな俺の部下たちとは対照的に、子どもたちは涙を流しながら握り飯を頬張っている。
お約束のように喉に詰まらせて咽ている子どもが続出だ。
こうして子供たちが貪るように握り飯を食べる姿は、見ていてほほ笑ましい。
だが裏を返せば慢性的に飢えているということだ。
なんとも胸の痛い話だ。
子どもたちが握り飯を食べ終えて、一息ついたところで話を始める事にした。
「坊主たちはどこからきたんだ? もともとこの川原にいた訳じゃないないだろう?」
俺の何でもないような質問に最初は答えづらそうにしていたが、それでもポツリポツリと答えだす。
「うん……違う」
「俺たち、お寺に世話になっているんだ」
「そう、お寺だよ」
お寺に世話になっている?
どういう事だ?
善左衛門の説明では浮浪児だとうということだったが……父親は戦死したとして母親はどうしたんだ?
「お寺に? お前たちの親もお寺に世話になっているのか?」
俺の質問に子供たちの表情が強張る。
やはり孤児か。
言い辛そうにしている子供たちをなだめながら聞き出すと、父親は戦死していた。
母親も病死や失踪と理由は違ったが、やはり子供たちの側にはいなかった。
「――――それで、皆はお寺に世話になっているんだ」
「……そうだよ、な?」
「うん、そう。お寺……」
反応したのは年長と思われる二人。
他の子供たちはうつむいてしまった。
おかしいよな。
浮浪児を保護するという行動に『さすがお寺だ』と感心したが、よく考えてみればこの時代の寺社がそんな奇特な事をするはずがない。
何よりも子供たちの反応がおかしい。
会話を始めたときには身体にある傷や痣は浮浪児なので普通に出来るものだと思っていたが、子供たちの様子を見ていると疑わしい。
そして一度疑い始めるともはや虐待の痕にしか見えない。
それだけではなかった。
子供たちが何かをしきりに気にするように周囲を見回したりそわそわしたりしている。
「どうした? 何を気にしているんだ?」
俺の疑問に子どもたちは目を逸らすと言い辛そうに言葉を濁す。
「なんでもないよ」
「もう行かなくっちゃ、お魚獲らないと」
「うん、魚を捕らないと、な」
目配せで十助と右京、善左衛門に子どもたちが勝手に川に入らないように彼らの背後に回りこませる。
そしてギョッとする子どもたちに穏やかな声音で聞く。
「今食べた握り飯で夕飯には十分じゃないのか? もし足りないなら屋敷へ取りに行かせてもいい」
「魚を獲って帰らないと俺たち棒で打たれるから……」
「どういう事だ?」
知らずに口調が鋭くなっていたのだろう。
俺の問い掛けに子どもたちがビクリッと震えた。
「そのう……お坊さんだけじゃなくて、俺たち世話になっている大人がいるんだ」
「一緒にお寺に住んでいるその大人が、俺たちの獲ってきた魚を代わりに売ってくれるんだ」
話をするのは相変わらず年長の二人だけで他の子供たちは完全に怯えて、話をするような精神状態ではなさそうだ。
このままにしてはおけないな。
俺は心を鬼にして穏やかな口調で子供たちに尋ねる。
「へー、それは親切な大人たちだな。それで大人たちは何人くらいいるんだ?」
子どもが棒で打たれたり、それが原因で怯えたりするような事がなければな。
「たくさんいるよ」
「詳しく教えてくれたら、このおじさんたちが魚を取るのを手伝ってあげるよ――――」
大人三人の抗議を無視し、数を数えられない子どもたちから、何とか得た情報から推察する。
野盗紛いの大人たちの数は四十名ほど。
多くても五十名といったところだろう。
彼らのような子どものグループは他にもあり、子どもたちを働かせて自分たちは録に働かずに甘い汁を吸っているようだ。
この時代、子どもも貴重な労働力だ。
だが、大人がそれ以上に重要な労働力である事は間違いない。
生産性の高い大人が労働に従事せずに生産性の低い子どもを働かせる。
これは税を徴収する側としては見過ごす事ができない。
それにこんな事を続けていては何人の子どもが生き残って成人出来るか分かったものじゃない。
この子たちだってあと十年もせずに、いっぱしの大人並みに田畑を耕せるようになる。
戦ともなれば兵士として戦う事だって出来る。
女の子たちならさらに子どもを生んで育てる事も出来る。
将来の税収と戦力を俺から奪おうとする連中にはお仕置きが必要だ。
「右京、屋敷へ戻って手勢を集めてここへ向かわせなさい。最低でも百名は用意するように。相手は野盗紛いの連中とはいっても命のやり取りになる可能性がある。武装をしっかりとするように伝えなさい」
「畏まりました」
一礼をすると右京が馬に飛び乗って駆け去った。
その様子に子どもたちから感嘆の声が上がる。
いつの時代も子どもは純粋な強さや格好良さに憧れるものらしい。
俺は右京の後姿を見送る子どもたちに努めて穏やかな口調とにこやかな笑顔で話し掛ける。
「さて、じゃあ今のお兄さんが戻ってくるまで、もう少し話をしようか」
俺は他に世話になっている子供たちの人数と様子、お寺の間取りや大人たちの武装の状態。
普段の生活態度などを詳しく聞き出す事にした。




