表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生! 竹中半兵衛 マイナー武将に転生した仲間たちと戦国乱世を生き抜く  作者: 青山 有
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

175/176

第174話 憬姫

 暁姫が退出して二十分ほどで憬姫けいひめが訪れたことを知らせる声が響く。


「憬姫様です」


「お通ししろ」


 善左衛門ぜんざえもんが廊下に控えている武将へ声を掛けると静かに引き戸が開かれた。

 引き戸の向こうに現れたのは平伏した姫。


 仕立ての良い着物に身を包んでいるその姫は、緊張しているのか僅かに震えている。

 俺は顔を上げるように促して言う。


「憬姫、お久しぶりです。そこは寒いでしょう、こちらへ来て暖まってください」


「誠にお久しぶりでございます。弾正大弼だんじょうだいひつ様におかれましてもご健勝のようで嬉しい限りでございます」


 先ほどまでの震えは消えていた。


 そのしっかりとした口調と力強い眼差しに、京の茶会での印象が吹き飛んだ。

 光秀が危惧した野心家という側面はまだ分からないが、そこらへんにいる深窓の没落令嬢とは違うようだ。


「こちらへ来てコタツに入ってください」


「憬姫様、こちらへ」


 再びこちらへ来るように促すと、善左衛門もそれに習ってコタツ布団を僅かにずらして俺にならう。


「お言葉に甘えさせて頂きます」


 愛らしい笑みでそう言うと、しずしずと進み出てコタツへと収まった。


「長旅でお疲れのところ申し訳ありませんね」


「いいえ。道中、光秀様をはじめとした皆様の心配りに、弾正大弼様のお優しさを感じました。特に光秀様にはたいそうなご配慮を頂きました。お陰様でとても快適な旅をさせていだきました」


 そう言うと、憬姫は光秀に「感謝しております」とお礼を述べた。


「畏れ入ります」


 光秀が憬姫に頭を下げる。


「憬姫、その弾正大弼様というのはやめて頂けますか」


「え?」


「家中でも私のことを官職名で呼ぶのを禁止しているのです」


「まあ。それでは、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 憬姫の質問に光秀が即答する。


「竹中様、とお呼び頂けますでしょうか」


 光秀の言葉に無言でうなずく俺を見て憬姫がこうべを垂れる。


「承知いたしました」


「ところで憬姫、三条家ではよくしてもらっていましたか?」


「はい。まるで物語にでてくるお姫様のような暮らしをさせて頂いておりました」


 その後、憬姫は京での生活や道中での出来事を楽しそうに語ってくれた。

 特に領内に入ってから立ち寄った温泉にはとても感動したようで、そのときの様子を年相応の少女らしく興奮気味に語った。


 この時代、温泉はほとんど知られていない。

 湯浴みにしても一部の裕福な家で大きな桶のような湯船に浸かるくらいのものだ。


 身体を伸ばして寛げる温泉は新鮮だったろう。


「温泉が気に入りましたか?」


「はい!」


「それは良かった。北条家にも温泉があります。関東の情勢が落ち着いたら小田原城まで送って差し上げましょう」


 俺のその言葉に憬姫の表情が変わった。

 覚悟を決めた者の顔だ。


「実は一日も早く、右近衛中将うこんえのちゅうじょう様の下へ行きたいと願っております」


「現在、北条家は長尾景虎と交戦中です」


「戦の最中に、か弱い女子を送り届けることの難しさ、私自身に及ぶ身の危険だけでなく送り届けてくださる方々にも危険が及ぶことは重々承知しております。そこを伏して、私を送り届けて下さるよう、竹中様にお願い申し上げます」


「ご自身の危険を承知で向かわれたいと? そこまでする理由が分かりません」


 輿入れなど、戦の最中にするものじゃない。

 タイミングが悪ければ攻城戦の只中だ。


 まして公家の姫である。

 戦と聞いただけで震え上がりそうなものなんだけどな。


「夫となる方が戦場で戦っているのです。お側で力になりたいと思います」


 幼い容貌からは想像もできない力強い言葉が返ってきた。事前に為人ひととなりを光秀から聞いていても驚かされる。


「北条家へ、小田原城へ向かわれると?」


「竹中様がご迷惑でなければ小田原城への同行を許可して頂きたくお願い申し上げます」


「戦場を突っ切ることになっても?」


「覚悟の上です」


 脳裏に『茶室』でのやり取りがよみがえる。



竹中半兵衛:憬姫、北条さんの奥さんになる姫君を明智光秀に迎えに行かせました。


 北条氏規:すぐにでも会いたいと言うのが本音ですがそうもいきません。竹中さんには申し訳ありませんが、長尾景虎が撤退するまで預かって頂けますか?


竹中半兵衛:もちろん構いません。最初からお預かりするつもりでした。


 今川氏真:竹中さんのところから、北条さんのところまで新型船をだすんだろ? そこに同行させちゃだめかな?


 伊東義益:また無茶なことを。


 今川氏真:一条さんの奥さんが新型船で土佐港から熱田港まで行ったんだから出来そうかな、と思ったんだけど無理かな。


 最上義光:新型船って頑丈なんですよね?


 一条兼定:少なくとも土佐港から熱田港までは問題なかったよ。


 今川氏真:頑丈は頑丈だろ? 三十門の大砲と武器弾薬を運ぼうってんだからさ。


竹中半兵衛:まあ、姫一人くらい追加されても大丈夫と言えば大丈夫ですね。


 北条氏規:竹中さん、憬姫が船に乗る決意をするようならお願いします。


竹中半兵衛:いいんですか?


 北条氏規:もちろん、憬姫本人が怖がるようでしたら無理強いをしません。



 いやいや、いくら北条さんが了承しているとはいえ危険すぎる。

 再び憬姫に問う。


「戦場でなく船で小田原まで行くと言ったらどうですか? 海の上を船で行く覚悟はありますか?」


「海ですか?」


 理解できないといった様子で聞き返した。


「海上というのは陸地とは大違いです。陸地ならば駕籠かごが壊れようと、落馬しようと命を落とす確率はかなり低い。しかし、海の上は違う。船から落ちれば溺れ死にます。船が壊れれば言わずもがな。まして冬の冷たい海では落ちた瞬間に命はないでしょう」


 憬姫の息を飲む音が聞こえた。

 どうやら単なる脅しとは受け取っていないようである。


「それでも、お側に参りたいと思います。夫が命を賭けているのです。安全なところで命を賭けている夫の帰りを待つようなことだけはしたくありません」


 絞り出すように言った。

 これは留め置くことは無理だろう。


「先日、一条家から譲り受けた新型船を使って小田原城へ武器を搬入する計画があります」


 突然口にした極秘事項に善左衛門と光秀が腰を浮かせかけた。

 俺は二人を視線で押しとどめて話を続ける。


「もし海を渡るのが怖くないのでしたら新型船で北条領までお送りしましょう」


「その武器は右近衛中将様にとって必要なものなのでしょうか?」


「勝敗を分けるかもしれない重要なものです」


 俺の言葉に憬姫が小さくうなずく。


「右近衛中将は竹中様に命運を賭け、竹中様はそれにお応えするのですね」


「そうなります」


「右近衛中将様が竹中様に命運を賭けるのでしたら、私もこの命を竹中様にお預けいたします」


 躊躇ちゅうちょのない返事が返ってきた。


「立派なお覚悟です。憬姫のお命、確かにお預かりいたしました」


「ご無理を聞き入れて頂き感謝申し上げます」


 俺の横で成り行きを見守っていた善左衛門と光秀がもの凄い形相で俺を睨んでいる中、憬姫は涼しい顔でそう口にした。

新作を投稿しています

こちらも応援頂けると嬉しいです


『しあわせのダンジョン ~ポンコツ美少女と始める地下世界のスローライフ 異次元の超科学と別世界の魔法があるので余裕です~』

https://ncode.syosetu.com/n4123hk/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 史実では知らない様々な観点から歴史を知れるところ [気になる点] 視点や登場人物の感情、立場、役割から来る言動がとても面白いところ [一言] 竹中半兵衛は私が知る戦国武将の中で一番好きな人…
[一言] 長尾景虎戦楽しみ 更新待ってます!
2022/01/07 14:55 退会済み
管理
[良い点] 乙 [気になる点] 今まで重治で通してきたのに告知もなくいきなり半兵衛にするとは天晴。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ