第156話 待ち望んだ来客
桔梗が食事を終えて湯呑に手を伸ばした途端、待っていましたとばかりに恒殿と小春が話しかけた。
「桔梗、それで安芸では何があったんですか?」
「小早川様とどんな風に過ごしたの?」
「え?」
「小早川様が桔梗にべた惚れだと半兵衛様もおっしゃっていましたが、京での様子を見る限り、私の目から見てもそう見えました」
「まったくです。桔梗を見る目が違いましたね」
恋愛経験のなさそうな二人が得意げに言った。
「そう言われましても、心当たりがございません」
「小早川様は何かそれらしいことを、おっしゃっていたのではないかしら?」
「そうそう、そこのところを詳しく!」
桔梗の言葉は二人には届いていないようだ。
戸惑う桔梗をよそに二人の黄色い声がキャアキャアと室内に響く。
恒殿が十四歳、小春が十七歳だったかな? 桔梗も恒殿より一つ二つ上だった気がする。
現代日本だったら恋愛話の好きな年頃だよな。
そんな少女たちをよそに、俺と百地丹波、右京の男三人は何も聞こえないかのような顔でお茶を飲む。
「いいえ、特にそれらしいことは何もございませんでした」
「慌てなくてもいいのよ。ゆっくりと思いだしましょう?」
「そうですよ。最初の出会いから順を追って話してごらんなさい」
二人とも食いついて離さない。
安芸での出来事をこの場で根掘り葉掘り聞きだすつもりだろうか。
「お方様とはいえ、任務のことをお話しするわけにはまいりません」
桔梗が視線で助けを求めてきた。
「半兵衛様、お話しできないようなことなのでしょうか……?」
うん、瞳を潤ませた恒殿は可愛らしいなー。
目の端には絶望した表情の小春と祈るような目でこちらを見る桔梗が映った。
許せ、桔梗。
俺に救いの手を差し伸べる勇気はない。
「いいえ、もう終わったことですし、大丈夫ですよ」
百地丹波と右京の咽る声が聞こえた。
「桔梗、お許しがでましたよ」
「さすがです、お殿様!」
希望に輝く恒殿と小春とは裏腹に、今度は桔梗が絶望した表情になった。
気付かない振りをしてお茶をすすると、今度は百地丹波に視線を向けた。
だが、当の百地丹波は瞑想でもしているかのように、目を閉じたまま微動だにしない。
完全に自分の世界に閉じ籠もったようだ。
諦めたように肩を落とした桔梗がゆっくりと話しだす。
「私も任務中のことですし、小早川様も毛利領からの脱出に全力を注がれていましたから、それらしいことは本当に何一つございませんでした」
それでも話を終わらせようと努力するが、小春がそれを阻止する。
「切羽詰まった状況だからこそ、その場では気付かない何かがあったのかもしれないわよ」
「任務中のことですものね。きっと、気が張って気付かなかったのでしょう。小早川様も照れ屋なところがあるようですし、このままではすれ違ってしまいます」
恒殿、すれ違わないように熱田でのデートをセッティングしたんだが。
「きっと小早川様から何らかの意思表示があったはずです。桔梗が思いだせないならお方様と私が探り当ててみせます」
「え!」
「小早川様とどんなお話をしたのかとか、そのときの小早川様のご様子とか話してご覧なさい。でもね、肝心なのは桔梗がそのときにどんな気持ちになったのかなの。だからそのときの桔梗の気持ちもお話ししてね」
この時代、娯楽が少ないからなー。
それにしても、何とも居心地が悪い。
午後から職人たちが訪ねてくる予定になっているのだが、来客をこれ程待ち遠しく感じたことはない。
食いつくように小春が訊く。
「ずっと一緒だったのよね?」
「ずっとではございません」
「でも毎日会っていたのでしょ?」
「ほぼ毎日です」
連絡係も兼ねて小早川さんの最も身近にいたのだから当然だ。
「それで、それで! 小早川様はお優しかった?」
なおも小春のターンが続く。
「お優しかったと思います」
そう言いうと、何かを思いだすような表情をしたあとで、
「小早川様はどこか大殿を連想させました」
と続けた。
「半兵衛様を?」
「お姿は全然違いましたよ」
恒殿と小春が小首を傾げた。
「どこが、と聞かれても的確にお答えできませんが……、その、雰囲気とか言動というか、どこか似ていたように思えます」
同じ現代日本から転生してきているのだから、根底にある価値観が似ているのだろう。それが自然と言動に出たのを敏感に感じ取ったようだ。
「それは小早川様と一緒に過ごされるうちにそう思えたんですね?」
恒殿が訊いた。
「はい、その通りでございます」
「では、小早川様の第一印象はどうでした?」
「移動が心配でした」
まあ、太っていたからな。
「最初にお逢いしたときの小早川様の反応はどうでした?」
「大殿と同様に身分をあまり気にされない方のようで、お会いしたときに手を握られました」
「まあ!」
「きゃあ! 積極的じゃないの」
恒殿と小春が感極まったように歓声を上げた。
「一緒に任務にあたった男性の手も握っていらっしゃいました」
「まあ……」
「きゃあ! 小早川様は衆道も!」
いや、挨拶の延長で握手をしただけだろ。
「小早川様は道中、優しくしてくれましたか?」
恒殿の質問に事務的な回答で追撃をかわそうとする桔梗。
「お優しい方ですので、私だけでなく、皆のことを気遣ってくださいました」
「桔梗も小早川様のことを気遣ったのでしょ?」
「それはもちろんでございます」
身を乗りだす桔梗を見て恒殿と小春の口元が綻ぶ。
「まあ、桔梗ったら」
「そんなにも小早川様の身を案じていたんですね」
護衛対象だし、真っ先に息が上がったそうだから、それは気遣うだろうし、案じもするだろう。
その後も『まあ! まあ!』『きゃあ! きゃあ!』と黄色い悲鳴交じりの会話が続いた。
傍で聞いているとチグハグなことこの上ないのだが、本人たちが楽しそうなのでそっとしておこう。
何杯目のお茶だろう。
今日は随分とお茶が進む。
「軍勢がそんなに近くまで!」
恒殿が両の拳を握りしめた。
ようやく小早川隆景が迫ってきたところまで話が進んだ。
「ドキドキした? 心臓は? 心臓は早く動いた?」
いよいよ、佳境とばかりに小春が身を乗りだして訊く。
「鼓動はとても早くなっていました」
追手が迫っていたのだから当然だな。
「胸の辺りが苦しくなったりしなかった?」
「海に飛び込んだときは心臓が止まるかと思いました」
冬の海はさぞや冷たかっただろう。
その後もキャイキャイと会話が続き、小早川さんの家臣である田坂頼賀が死亡したところに差しかかった。
「小早川様はさぞやお辛かったでしょうね」
「武家である以上仕方ないことですが可哀そう……」
恒殿と小春が涙する。
今日の会話の中で初めてしんみりとした雰囲気が漂う。
「小早川様もとても悲しまれていてお辛そうでした。私も思わず涙ながらに小早川様を抱きしめてしまったほどです」
その言葉に二人の動きが止まった。
桔梗、墓穴を掘ったな。
しかも、俺たちを巻き添えにして。
そのとき、廊下に取り次ぎの武将が姿を現した。
「失礼いたします」
廊下から取り次ぎの武将の声が聞こえた。
「どうした?」
俺が返事をするのと右京がピクリと反応するのが同時だった。
「殿、鍛冶職人たちが参りました」
どうやら本日最後の課題が到着したようだ。
同時に俺たちもこの場を後にできる。
「すぐに行く」
男三人が即座に立ち上がった。
【11月1日更新!!】
【漫画版】『転生!竹中半兵衛~』第4話 ① がニコニコ静画に掲載されました。
恒姫登場!!
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