第9話 野盗討伐(2)
幾本もの矢を全身に受けて俺の足元に倒れた野盗の頭が絶命している事を善左衛門が確認する。
それと並行して正面から侵入する予定である二十八名の本隊が一斉に駆け寄ってきた。
俺はそのうちの一人にすぐに指示を出す。
「具足を持ってきてくれ。それと火縄銃だ」
その言葉が終わるや否や具足と火縄銃が運ばれてきた。
俺は善左衛門と二人で急ぎ具足を装着しながら、改めて宗太に中の様子を確認する。
予定通り寺の中では酒盛りが始まっており子どもたちのほとんどが馬小屋に避難していた。
そして避難できていない子どもは全部で五人、いずれも台所で片づけをしているらしい。
ここまでは予定通りに事が運んでいる。
俺と善左衛門が具足を装着し終えると俺を含めた本隊三十名全員と宗太が正面の門から寺へと侵入した。
◇
建物の中から笑い声や馬鹿騒ぎをする声がここまで聞こえてくる。
さて、子供たちの安全確保だ。
「善左衛門、四名の兵士を連れて宗太と一緒に馬小屋の確認を頼む。その時に宗太から聞いて情報と何らかの変化がなかったかの確認も頼む」
「畏まりました。行くぞ、宗太」
善左衛門が兵士と宗太を伴って走って行くのを目の端で確認しながら兵士たちへと指示をだす。
「我々も移動する。物陰に隠れながら少しずつ台所へ近づく」
物陰に隠れるようにして台所へと向かう。寺の中はそれなりに隠れるところはあるのだが、さすがに二十五名の大所帯が隠れるとなると難しい。
どうひいき目に見ても頭隠して尻尾隠さずな者がわりといる。
寺の者か野盗が出てきたら即戦闘だな、これは。そんな覚悟を決めていると善左衛門に付けた兵士の一人がこちらへと走ってくるのが見えた。
「ご苦労、どうだった?」
短い俺の問いに兵士はたった今入手した情報を告げる。
「子供たちのほとんどは馬小屋に集められていました。ただ、料理番の五名が台所にいるそうです。それと数を数えられる者がおりました。野盗は四十二名、僧侶は住職を含めて六名で小僧が三名いるそうです」
「よくやった!」
兵士の労をねぎらうと部隊長へ指示を出し、傍らにいた若い兵士に外で待機している部隊への合図を準備させる。
「本隊は台所を制圧する。さすがにそこであちらも気づくだろう。台所を制圧したら知らせるので包囲部隊へ突入の合図を出しなさい」
よし、突入するぞ!
俺の合図で善左衛門を先頭に本隊が一斉に台所目指して家屋へと突入した。
もちろん、突入といっても戸を蹴破るなんて荒っぽい事はしない。
静かに戸を開けて速やかに台所へ侵入する。
外に四名待機させているので合計二十二名が台所付近への侵入を成功させた。
そして先行させて八名が突入し、続いて八名が突入する。
最後に俺が率いる六名が台所へ足を踏み入れたときには既に制圧済みだった。
不意打ちとはいえ、叫び声はおろかほとんど物音も立てずに制圧してしまった。
建物の中にいる野盗や僧侶たちはこの段階でまだ俺たちの侵入に気付いていないようだ。
異世界転移ものなどで序盤に遭遇するイベントの盗賊のように間抜けで助かる。
僧侶が二名と小僧が三名、盗賊の仲間と思われる女が二名、そして台所当番の子どもたちが五名。
ここに俺の率いる本隊だ。台所に約四十名はさすがに入りきらない。半数ほどを台所の周囲で待機させる。
台所にいた連中は子どもたち五名を除き、小僧も含めて縛り上げて猿ぐつわをはめる。
その作業の傍らで俺は怯える子どもたちに向けて声を掛ける。
「宗太たちが馬小屋で待っている。お前たちはすぐに馬小屋へ向かいなさい」
俺の言葉に続いて若い兵士が二名ほど子どもたちを先導して表へと連れ出した。
それと同時に外で待機する部隊に突入の合図が出される。
外で大きな笛の音が響いた。
包囲部隊突入の合図だ。
俺はその合図を聞きながら皆に改めて声を掛ける。
「最優先は自分たちの命だ。大切にしろ! 女や子ども、僧侶であろうと抵抗する者は容赦せずに切れ。武器を捨てて投降する者は野盗でも捕えるのに留めるように。よし、屋敷内へ踏み込めっ!」
俺の号令一下、兵士は戸や板戸を蹴破りながら寺の中を移動し始めた。
突如として発生するけたたましい音に寺の僧侶と野盗たちが慌てて姿を現す。
当然武装などはしていない。
精々が刀を手に持っている程度だ。
それも酔っていない者の方が少ない。
そこへこの時代の新兵器、鉄砲を見舞う。
「撃つぞっ、鉄砲の前を開けろー!」
俺の号令に率いてきた本隊の兵士たちは一斉に左右に分かれる。
俺たち十名の鉄砲隊と野盗連中との間に障害物が消える。
次の瞬間射撃命令を発し、おれ自身も引き金を引いた。
「撃てーっ!」
俺の号令が響く。
同時に手にした火縄銃から発射する銃弾の音と衝撃が俺自身を襲う。
銃弾の音に続いて、家屋の中に幾つもの銃声が轟き渡る。
銃弾を受けた野盗たちがうめき声を上げて崩れ落ちた。
部屋の中に白煙が舞い硝煙の臭いが充満する。
運よく鉄砲の標的とされなかった野盗や僧侶たちの顔に、驚きと怯えが生まれていくのが分かる。
「うわーっ!」
「た、助けて」
「今のはなんだ?」
幾つもの悲鳴が上がり意味もなく走り回り、野盗同士でぶつかり合っていた。
パニックは急速に敵の中に拡散していく。
それと同時に外から幾つもの具足の擦れる音が聞こえてきた。
武器もろくに手にしていない状態で、混乱しているところを圧倒的な数で包囲する。
大勢は決した。
俺は制圧戦となっている屋敷内を見回すと、鉄砲を傍らにいた若い兵士へあずける。
そして槍を手に乱戦の中へと身を投じた。
味方の槍をかわして俺の前に転がり出てきた野盗の一人に槍を突き立てる。
「ゴフッ」
槍を突き立てられた男は咳き込むようにして口から血を吐くとそのまま動かなくなった。
俺の槍は男の左胸を貫いていた。
目の前で人が切り殺される場面を見ても足が震える程度ですんでいただけだった。
だが、いざ自分で命を奪うとなると違った。
目眩と吐き気が襲ってくる。
覚悟を決めてきたつもりだったが、現代日本人の俺にはきついものがある。
吐きこそしなかったが、その場にしゃがみ込んでしまった。
「殿! 大丈夫ですか?」
「お怪我は?」
「ここは危ないので下がっていてください!」
あっという間に周囲に兵士たちが集まり、防備を固める。
敵と斬り合っている者たちまでこちらへと視線を向けた。
まずいっ!
頼もしい家臣たちだが、俺が情けないばかりに彼らの命を危険にさらす訳には行かない。
俺はしゃがみ込んだまますぐに無事を報せる。
「すまないっ! 病み上がりで少し目眩がしただけだ! 私は大丈夫だから皆は制圧に戻ってくれ!」
気を取り直して俺も再び乱戦の端っこへと加わり何人かに止めを刺して回った。
もちろん、常に数名の家臣たちが付いて回った。
完全武装の兵士数名に守られて、ほぼ抵抗できなくなった敵に止めを刺して回る役回りである。
もちろん、僧侶と野盗たちに投降を呼びかけながら、応じなかった者たちだけに止めを刺していく。
「抵抗しなければ命までは取らない! 抵抗の意思のない者は武器を捨てて床にうつ伏せになれ!」
僧侶と野盗たちは混乱しながらも次々と新手の兵士たちが現れるのを見ると、俺の降伏勧告と相まって次第に投降する者たちが増えていった。
さて、そろそろ終わりかな。
血の付いた槍を片手に揚々とした様子で歩いてきた善左衛門が口を開く。
「住職と僧侶どもは小僧も含めて一部屋に集めてあります」
戦いの喧騒をものともしないよく響く声だ。
それに負けないように俺も声を張り上げる。
「こちらの損害はどの程度出た? 子どもたちは全員無事か? もちろん、今分かっている範囲で構わない!」
「我々の損害はございません。子どもたちも全員無事です。ただし食事もままならなかったのでしょう、半数以上が弱っております」
「寺に備蓄されている食料を全て使って構わないので、子どもたちと我々の食事の用意をしておきなさい。分かっているとは思うが、子どもたちへの食事が優先だからな」
俺の言葉に善左衛門は苦笑いをしながら、若い兵士数名に指示をだして台所へと向かわせた。
さて、生き残った僧侶と野盗をどうするか。
酷い事をしていた連中だ。
簡単に許すつもりは毛頭ない。
彼らに対する仕置きに思案を巡らせつつも、頭のどこかで小さな疑問が湧き上がるのは抑えられなかった。
『今回の問題の大本はこれまで野盗連中を放置してきた、竹中重元や竹中半兵衛の内政に問題があった……』だが、深く考えるのはよそう。




