クレアさんは女の子
お昼と言われたが特に行く場所もなく、宿を出たあと朝食を済ませてから役所に向かった。
役所の前にはすでにクレアさんが立っているのが見える。
「おはようございます」
そう言い手を振ると、彼女はとっさに振り返った。
「早いですね。まだ馬車もついてないのに」
「それはこっちの台詞ですよ」
そんな他愛もない会話をしていると、予定どうりに馬車が到着し、小さなカゴへと乗り込む。
ドアを閉めるとゴロゴロとタイヤが回り出し、2頭の馬が馬車を引いている。
よく見ると普通の馬とは少し違った雰囲気が漂っているが、きっと馬型のファクトといったところだろう。
「グロアリスまでは明日の昼くらいにはつきますよ」
クレアさんの言葉に不意をつかれた。
「長旅ですね」
そう言いながら苦笑いを浮かべていると、ヴェルティナの街を抜けていくのがわかった。
最初に俺が入ってきたもんとは逆側の門を抜けると、石や砂利によって作られた道に変わり、ガタガタとより音をたてて馬車が揺れている。
遠くに見えていた山々がだんだんと近くなり、むき出しだった岩肌に植物が見え始める。
そんな変化のない景色を眺めながらボーっとしていると、気づけば出発してから数時間が経過していた。
朝食から既にかなりの時間が経過しているため、正直なお腹はねを上げている。
「お腹空きましたね」
状況を察したのか、どこからかバスケットを取り出した。
「お弁当を作ってきたんです。味の方はあまり自信がないですけど」
そう言ったクレアさんがふたを開けると、中には可愛らしいサンドイッチが並んでいた。
サンドイッチを受け取り、お言葉に甘えて口に入れると、パンの柔らかな食感と間に挟まれた具材によってほんのりと甘い風味が口に広がる。
「美味しいですよ、これ!」
思わず大きな声が出てしまうほどに美味だった。
クレアさんは照れたような素振りを見せながら、ありがとうと顔を赤らめる。
バスケットに並べられていたサンドイッチを2人で食べきりお腹が満たされると、かすかに吹き込む風が心地よく、だんだんと眠気がさしてくる。
日が少しずつ落ち始め、オレンジ色へと変わろうとしてるのを眺めていると、小さな重みを感じた。
さっきまで左側に座っていたクレアさんが俺にもたれかかり、眠ってしまっている。
あまり意識することがなかった綺麗な顔が急接近し慌てつつも、平常心を保とうと外をみる。
寝ている彼女は、最初に出会った時の頼れるお姉さんという感じが消え、可愛い女の子というような印象を受ける。
スヤスヤと眠るクレアさんとは裏腹に、謎の緊張感にかられ背筋を伸ばしていると、すっかり空はオレンジ色に変わり、辺りには木が見え始めていた。綺麗な夕焼けは、進むにつれて数を増やしてゆく木々に遮られていく。
木の間から差し込む光が徐々に下へと下がってゆくのがわかるくらいに綺麗な夕日は、山の向こう側に姿を隠し、うっすらと見えていた月の色が濃くなっていく。
昼間とは違い、馬車に吹き込む風はひんやりと冷たく、肌をなめらかに撫でる。
右側から吹く風とは反対に、クレアさんと密着した左半身はほっこりと暖かかった。
未だに砂利道が続く中、大きな石でも踏んだのか、ガタンと大きく馬車が揺れると隣で寝ていたクレアさんは目を覚ました。
驚いたような顔をしてとっさに体を離す。
「ごめんなさい!重かったですよね」
薄暗い馬車の中でもわかるくらいに顔を赤くしながら必死に謝る様子がまた可愛らしかった。
「大丈夫ですよ。俺もさっきまで寝ていたので」
そんなわかりやすい嘘を吐くと、クレアさんはほっとしたように笑った。
結局一睡もせずにただ座っていただけだったが、正直眠らなくてよかったと思ってしまう。
クレアさんの寝顔を思い出しながら目を閉じていると、意識が少しずつ遠のき眠ってしまった。