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引き金を引いた瞬間、つまり引き返せない行為の瞬間に、僕は、すっと心の中を風が吹き抜けるような心地よさを感じていた。
弾丸が女の子の左目の少し上辺りに突き刺さって、その有り余るエネルギーを頭蓋の中に撒き散らしている間、僕は多分、マラソンでゴールしたときのような、安心感と爽快感に包まれていた。
貫通性の高い形状の弾丸が、少々控えめに女の子の後頭部を破壊して飛び出し、色んなものを地面に撒き散らしているその光景を見つめながら、僕ははっきりと僕の中の口やかましいそいつが黙るのを感じていた。
命は尊いです。
皆を救いなさい。
皆と仲良くなれたらいいね。
他人のことを思いやることの大事さを知っていますか?
生きるうえで余計な罪を抱えていませんか?
正しく、善く生きることが、できているでしょうか。
内なる声が消える。
そして地面に、死体が一つ転がった。
「今度は、君が引き継ぐことになるよ」
谷本さんが僕の背中にそう呟いた。
僕は、ああ、と答えた。この一連のイベントは僕にとって必要だったし、多分、これが必要な人間は他にもいるのだろう。
僕が引き継がなければならないのだとしたら、受け入れてもいい。そう思った。これを企画している人間、運営しているどこかの誰かさん、資金を出している知らない人々がそう望むなら、いいさ、と。
これで終わり。そう谷本さんが宣言した。この旅、このイベントを、僕はきちんとこなしたというわけだ。
そしてその谷本さんの声を合図として、周囲の男たちは残った子供にライフルの先を向けた。
たたん、たん、たん。
僕よりずっと手早く上手に、彼らは残った子供たちを撃ち殺した。頭を打ち抜き破壊し、まだ体液が流れ出していることもお構い無しに、さっさと死体を掴み上げ引きずっていき、近場に止めてあったトラックに放り込んでいく。
「お疲れ様」
谷本さんが僕に笑いかける。
「ありがとう」
と答えて、僕も笑い返す。
僕の旅は、そうして無事に終わりを迎える。
*
後進国の子供殺しは、時間稼ぎにしかならない。脳の善の意思を、理性のモジュールの一部を覚悟によって一時的に黙らせるに過ぎない。いつかは僕もまた、破滅するのかもしれない。
いつか、世界は今よりマシになるのだろうか。テクノロジーの力によって随分狭くなったこの星の上では、既に人は飽和しかけている。充分に七十億の人間が豊かな暮らしを出来るほどに地球は豊かな資源を有していないし、人類の文明もそれを解決するほどに発達はしていない。
けれど、十年後、二十年後、半世紀、一世紀後は、どうだろう。
多くの革新的技術が見出され、洗練され、実用化されたなら。宇宙進出によって資源やエネルギーの問題が一気に解決されるなら。争いごとが、単純な豊かさによって大きく沈静化したなら。
その時には、僕のような人間も、七瀬のような人間も、そして谷本さんのような人間も、あるいは自己欺瞞と愚かさによって生きている先進国の誰かさんたちも皆、大手を振って豊かな生活ができるのかもしれない。今ほどの覚悟も、自己欺瞞も、必要なく。
だから、僕は信じることにした。
善以外の価値への意志が、人類を発展させ文明を発達させることを。
善へ向かう価値への意志が、未来においてもまだしぶとく残り、多くの問題が解決した後でも美しく社会に咲き誇っていることを。
そして、未来に豊かな世界が実現することを。
明日が今日よりよくなることを、一年後が今よりよくなることを。
ずっと、ずっと、先まで。
明日、明後日、明々後日、少しずつ僕らが、マシな場所に向かうことを、願い、そして信じることにしたのだ。
きっと、いい年になる。
今年も、来年も、その次も。