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全部、万条のせいだ!


――中学生の時


 オレは明るく活発に遊ぶ中学生だった。

 誰よりも仲間を思い、クラスでもリーダー的存在だった。何かを頼まれれば断ることもなく、率先して手伝っていた。

 そんな中学の頃のオレには仲のいい友達がいた。片桐ユウマという名前だった。片桐は活発だったオレとは対照的で、誰とでも仲良くできる奴だったが、少し内向的な面もあった。オレはお互いに下の名前で呼び合い、部室でいつも一緒にいるような親友とも呼べるやつだと思っていた。


 オレは部活をやっていた。軽音楽部の部長だった。

 オレはよく片桐と音楽の話をした。なんのアーティストがいいとか、ギターを買うならやっぱりフェンダージャパンよりもアメリカの高いやつを金を貯めて買った方が良いとか、他愛もない会話をよくしていた。



 中学3年の時だ。ある日を境にオレたちは関わりを無くしていった。

オレは片桐と同じバンドを組んでいた。オレたちは自分たちでオリジナルの曲を作っていた。作曲がオレで、作詞が片桐だった。片桐はひっそりと作詞をしていた。片桐は歌詞を書いていることをオレ以外に知られることが嫌だったらしく、学校では他言無用と頼んできた。おそらく恥ずかしかったのだろう。オレもそれに了承した。

 片桐は楽しそうにいつも語っていた。

「この歌詞どう思う?」


「オレはいいと思う。ユウマの書く歌詞は良いぜ」


「拙いところもあるけど、自信あるからね」


「おう!」


「今度、新しいのができそうなんだ。できたら持っていくから見てくれないかな?」

 


 ある日の朝、新しい歌詞ができたと言うので、片桐から借りた歌詞ノートを学校で読んでいた。

するとオレが何を読んでいるのか気になったのか、クラスで問題児だった北村という奴がオレに近づいてきてこう言った。


「何読んでるんだよ?」


「え?まぁ別に何だっていいだろ」


「なんだよ八橋~つれねぇな」


オレは歌詞を自分の机の中に入れた。


「まぁ北村、授業始まるぞ。席つけよ」


「ああ」



それから、昼休みになった。


「あ~やっと授業終わったな~。谷元、パン買いに行こうぜ?」


「いいぜ!」


人の多い購買に行くと、一番人気でいつもはすぐに売り切れるチョコクロワッサンがまだ残っていた。


「谷元!まだチョコクロワッサン残ってるぞ!」


「お!今日はついてるな!」


オレたちはニコニコして、チョコクロワッサンを頬張りながら、自分たちの教室へ向かって行った。教室に入ると、北村がオレの机の前で何か物色していた。オレは急にチョコクロワッサンが喉を通らなくなった。急いで北村のもとへ行った。


「おい、お前何やってんだよ」


オレがそう言った時にはもう、北村はオレが机にしまっていた歌詞ノートを取り出して、読んでいた。


「うわっ、なにこれ八橋、ん?片桐?」


「お前!やめろ!」


オレはその歌詞ノートを取り返した。その後に北村は大声で言った。


「お前ら気持ち悪いことしてんな!」


クラスの生徒たちは注目した。教室には片桐もいた。片桐は何が起こったのかに気づいた。その片桐の顔は青ざめて、こちらを見ていた。


「やめろ!」


 オレはなんとか北村を静まらせ、その日は終わった。放課後、部室で昼休みのことを謝ると、片桐は少し困ったような顔をして、


「いいよ全然」


とだけ言うのであった。



 しかし、翌日から片桐に北村は付きまとうようになった。歌詞を馬鹿にし、茶化しては片桐を困らせていたのだった。オレがそれを知ったのは、昼休みに歌詞ノートを盗み見られた日から1週間経ったころであった。北村はオレがいない時に片桐のところへ行っていたのだった。そんな状況にやっとオレはある昼休みに、教室へ戻った時、北村が片桐のところにいるのを見かけて気が付いた。


「お前北村!」


「や、八橋!違うんだよ。今のは……」


「お前次やったら本当に許さないからな。あと、あのノートのこと誰にも言ってないだろうな?」


「あ、ああ……わかったよ……」


 放課後になり、部室で片桐はオレに静かに言った。


「なあ、オレの歌詞って、気持ち悪いのかな?」


「そんなことない!オレはお前の歌詞が好きだ!」


「そっか……」


「北村の奴、許せないな。何かあったらオレに言ってくれ。いつでも助けになるからな。」


片桐は、疲れた顔をして頷きながら言った。


「ああ。ありがとう。でもいいよもう何もしなくて。」


「そ、そうか……?」


「うん。そろそろ帰ろうか」


「ああ、そうだな」



     ○



 翌日。朝学校に登校するとオレは驚愕した。教室では懲りずに北村が片桐を困らせていたのだ。


「歌詞なんて書いて気持ち悪いなお前!あんだよあの歌詞、恥ずかしくないのかよ?あはは」


オレはそれを見て、留まってはいられなかった。


「おい北村!昨日言ったよな?」


「げっ!八橋。お前今日は早いな……」


「お前、懲りてないようだな」


オレは北村を掴み上げて、言った。


「いいじゃねぇかよ!」


「よくない!もうやめろ!わかったな?」


すると、急に北村は息を吸い込んで、大きな声で言った。


「いいじゃねぇかよ!実際、気持ちわりぃ歌詞書くなんて変じゃねぇか!」


オレはその大きな声に唖然とした。すかさずにに片桐を見た。片桐は潤んだ目でオレを睨んでいた。クラスの生徒は北村の大きな声に反応した。

 オレは、北村を押さえつけて黙らせた。

 その後はよく覚えていない。覚えているのその日の放課後、片桐と最後の会話をしたことだけだ。


「そ、その今日の北村の件なんだけど……」


「いいんだ。もう」


「いやでも!」


「いいんだよ!!!!」


「でもお前あんなに嫌がってたじゃないか……」


「オレ言ったよね?もう何もしなくていいって。」


「え?」


「オレは……こうなる気がしてた。だから……なのに。」


「ご、ごめん」


「あの時……八橋さえ何もしなければ、よかったんだ」


片桐はオレを名字で呼んでいた。


「え?」


「八橋さえ……そうすればオレは北村にからかわれるだけで良かったのに!なんであそこまで北村を問い詰めたんだよ!なんで……」


「そ、それはお前が嫌がってるのかと……思って……」


「なんでお前が決めるんだよ!」


 片桐は泣いていた。

 オレはその時思った。

助けたいなんてものはオレだけが思っていた勘違いで幻想で、あったのだと。オレは善意のつもりでやっているつもりだった。しかし、それは彼にとっては苦痛以外の何物でもなく、彼は放っておかれることを望んでいたのだと知った。


「悪かった……」


 それから片桐は部活には来なくなった。

部活では片桐が来なくなったのは八橋が責め立てたからだ、という噂が広まった。オレは、必死に弁解した。しかし信じてくれる奴はほとんどいなかった。部長であったオレは後任の部長をオレの弁解を信じてくれた谷元に任せ、部活を辞めた。

 それからオレは部活動というものが大嫌いになった。人間と仲良くすることが無益なことだと知った。そして誰かのために何かをしてやることが、不毛なことだと知った。





――現在


 部活を出なくなって数日が経っていた。オレは廃部まで期限が迫る中結局、オレは何もせずにいた。


ある昼休み。オレはA組の教室の自分の席に座っている。万条の席を見るとそこは誰も座っていなかった。部室で作戦会議でもしているのであろう。すると谷元がパンを食べながら話しかけてきた。


「よう、八橋。今日はここなのか?」


「おう、谷元。そうだな」


「で、最近はどうなんだよ?万条さんとよ!」


「大丈夫だよ。まぁまぁだ」


オレがそう言うと谷元は不審そうな顔でオレを見て言った。


「え?ちょっとお前なんか変だな。お前が『まぁまぁ』だなんていうのは。いつもならそうでもないのに最悪だとか疲れてもないのに疲れた、とかなのによ」


「そうか?気にし過ぎじゃないか?何もないぞ」


「そうは見えねぇぞ。どうしたんだよ。最近、また前みたいに無表情になってたからおかしいとは思ってたんだがよ。まぁ何かあればオレに頼れよ!」


「……ああ」


「おい!谷元いるか!」


すると急に咲村先生がやって来て、谷元を呼んだ。


「え?なんすか先生。っげ!まさか宿題?宿題は明日出すんで見逃してくださいよ~」


「いいから来い」


「うえ~。じゃあオレは今から地獄の拷問の時間だぜ……またな八橋」


「ズべコベ言わずに早く来い!まったく……」


 谷元……。生きて帰ってこいよ……。



 放課後になった。放課後までは時間が長く感じた。


 オレは帰宅しようと教室を出た。下駄箱で靴を履き換えていた。

すると気が付くと富永が後ろに立っていた。オレは富永が来たことに気が付いた。オレの前に立って富永は怒ったように言った。


「おい。八橋」


「なんだよ。こんなところで」


「今日、抗議に行くんだ」



「……そうか」


オレがそう言うと冨永はさらにイライラし始めて言った。


「この前約束してくれたよな?」


「何を?」


「山を登った時だ」


……あぁ。オレは思い出した。富永が真剣な表情で、頼んできた約束を。しかし、


「でもそれが今さら何だって言うんだ?」


「約束してくれたじゃないか。誰かの味方になってやってくれと。なのに……」


「それはそうだが……やっぱりオレは誰かの味方なんてなりたくない。約束、守れなくて悪い」


「……」


オレは答えた瞬間に富永に反応がなかったので前のように頬をビンタされると思い、目を瞑った。しかし富永は頬を払うことはなかった。目を開けると、冨永は目を潤わせていた。顔を俯かせて、手を目にやって、涙を払いながら、震えた声で言った。


「………信じていたのに」


「え?」


冨永は走って行ってしまった。オレはそれをただ佇立して見ていた。


もう道楽部と関わることもなさそうだ。これでいい。これでいいんだ。



オレは再び、下駄箱で靴を履きかえようとした。

すると、少し焦ったように咲村先生がオレのところにやって来た。


「間に合った……」


「なんですかまた。お節介ですね。」


「そうだな。私は少しお節介すぎるかもな。聞いたぞ。谷元から」


「はい?宿題のことですか?」


「いや、お前の中学時代だ」


オレは動揺した。しかし、オレをそれを隠した。


「そ、そうですか……、谷元の奴……誰にも言うなって言ったのに」


「谷元も言うつもりはなかったらしいが、最近のお前を見て、言うことにしたようだな」


「まぁいいです……それでどうでしたか?よくある話でしょ?まぁたいしたことない話ですよ。誰にだってあるうることですよ」


オレは何故か饒舌に語っていた。


「つまり誰にでもある話なんです。何か嫌なことなんてない方がおかしいんですからね、だからオレはそれを教訓にしているだけなんですよ。もう繰り返すことのないように、オレはただ――」


オレが話している途中で咲村先生はオレの方へ近づいてきた。そして咲村先生は頭を撫でて、優しく言った。




「八橋。いままでよく頑張ったな」




オレはしゃべっていたことを止めた。

咲村先生の言葉に何故か、感動していることに気が付いた。そして、震えた声でオレは言った。


「なんでそんなに優しくするんですか先生……オレは見返りなんてあげられないのに」


「よくある話だが、だからこそ、人から優しくされ、それを受け入れるべきだ。言っただろ?世間は思ってるよりも優しかったりするんだ」


オレの頭を撫で続ける先生にオレは言った。


「せ、先生は……」


「ん?なんだ?」


「先生はなんでオレを部活に入れたんですか?知ってたんですよね?オレが人を避けてたのも、その理由も」


咲村先生は少し悩んだ後に、オレの前に立って、笑って言った。


「う~ん、そうだな。お前はまだ間に合うと思った。それだけだ。大人を甘く見るなよ。私だって学生だったんだからお前らを見てればある程度はわかるんだよ」


咲村先生は再び、しばらくしてから言った。


「じゃあもうワタシは行くぞ……あと、部室にもう一度行ってみたらどうだ?」


咲村先生は行ってしまった。



 オレは咲村先生の言葉を思い返し、急に胸騒ぎがした。

オレは下駄箱にやっぱりローファーをしまい、知らず知らず部室へ歩いていた。


 部室まで行く途中は数々の部活があらゆる学校という枠内で活動をしていた。オレは今まで気にしたことがなかったが、多くの部活が活動していることを知った。校庭では野球部員やサッカー部員が練習をし、ベンチにはマネージャーと呼ばれる女子がそれらの部員達を見守っていた。校庭の裏では、吹奏楽部員がトランペットの練習をしており、少し歩いたあと、耳を傾けるとまた音楽室から、金管楽器、打楽器などの音が漏れて聞こえてきた。体育館前を通ると、バスケットボール部の部員達のシューズが擦れる音が聞こえた。



 オレは部室に辿り着いた。オレは妙に緊張してドアを開けた。しかしそこには誰もいなかった。


 ……あれ?誰もいない。そうか抗議に行ってるんだ。


誰もいない部室へ着いてみると、オレは気が抜けてしまった。静かに部室を出て家に帰ろうとした。

その時、ふとオレは部室の隅に置いてあった道楽部活動記録ノートが目に入った。


「こんなのあったな。そういえば」


それを取り、パラパラとめくって見てみた。何故だか再びオレは力が入った。


「あれ?」


オレは驚いた。白紙に近かったそのノートは以前とは違って今年の欄はびっしりと書かれていた。


「いつのまに」


そうぼやいた後でそれを見てみるとそこには、万条をはじめ、立花、富永、大花がノートに自分の思ったことを書き込んでいた。以前見た去年のページのように、秩序なく、粗雑に、しかしながらびっしりと書かれていた。ファミレスに行ったこと、富永の家で遊んだこと、ボーリングしたこと、山に登ったこと、テストを全員で頑張ったこと、など今までのことがノートに残っていた。万条に至っては1日も欠かすことなく、楽しいとの一言を書き込んでいた。


 ページをめくっていくと、時々ハッチー、八橋という名前が書かれており、オレはそれを読んで、何とも言えない気持ちになった。その書かれたことを見るたび、自然と顔がにやけてしまっている自分に気が付いた。


     あれ?


    ――そうか。


オレは無我夢中にノートを次々にめくった。めくる度にオレは道楽部の部員の一人であったことに気が付いた。咲村先生が言ったことが今になって分かった気がした。


   ――そうか。オレは楽しんでいたんだ……


 オレはこんなに万条が、部員達が部活を大切にしておきながら、それを知っておきながら廃部の件も他人事だと思ってきた。しかし皆は違ったのだ。


 オレは急いで部室を出て生徒会室へ向かった。

 何かにかられたように走り出していた。普段走らないのに。ましては何かのためになんて走るなんて。しかもあんな記録帳ごときでオレの気持ちがこんなになるなんて。あんなもので踏み出せるなんて。

 これも全部、万条のせいだ!



 生徒会室は第2校舎の最上階にあり、一般の生徒がそこに立ち入ることは滅多にないことであった。しかしオレは階段で最上階にまで上がり、そこを目指した。

 そしてついに生徒会室に着いた。生徒会室の前で、オレは深呼吸をした。手の汗を拭き、そしてドアを開けた。


「失礼します」


「えっ⁉ハッチー?」


万条はすぐにビックリした。富永や大花もビックリしていた。オレは生徒会長の机の前まで歩いて行った。


「何かしらあなた」


再び深呼吸して言った。


「会長は大切な居場所はありますか?」


生徒会長は目を丸くしていた。


「いきなりね。まぁそれはあるわよ」


「じゃあそれがいきなりなくなったら、どう思いますか?」


「そりゃ困るわよ」


「ですよね。今オレは困っているんです」


「え?」


「オレは……道楽部なんて馬鹿みたいな部活なんて大嫌いだ。でもオレは事実楽しんでいた。道楽部というのが徐々に居場所になっていたのかもしれない。でも!でもだ‼急に受け入れるのは簡単に出来る事じゃない。さぁここはお前の居場所だ、皆と仲良く信じ合い助け合いなさい、なんて言われてもそんなやり方知らない。教科書もないし、今まで信頼しあえる大切な人に会ったことなかったんだから。周りの出来事なんて看過して他人事だと思ってきた。そうすることで何とかなってきたし何とも思わないようにしていた。今回もそうだ。それで何とかなると思っていた。オレはどうしてもそれを他人事以外には思いたくなかった。答えは簡単だ。オレはみんなといると前々から感じていた。

 ああ、これは違う。オレには似合わない。これはオレじゃないと思い、心の底から楽しめずにいた……。今まで近寄って来てくれた人を等閑にしてた癖に、オレはまた諦める準備をしてた。お得意の『逃げるが勝ち』だとか、『諦めも肝心』だとか引用すればいいと思っていた。今までそうやって来たし、なんとかなってきた……。

 でもオレは結局、認めたくなかっただけなんだ。道楽部が好きだって‼」


そう言い終わった時、オレは自分で何を言っていたのか分からなかった。


「頼みます……。生徒会長……」


オレは生徒会長に土下座をして懇願した。柄にもなく、力強い声を出していた。


 生徒会長はダンマリしていた。オレは興奮のあまり、周りが見えていなかった。万条達は笑っているだろうか。泣いているのだろうか。それともビックリして言葉もでないのだろうか。オレはどう振り返って、顔を合わせればいいのだろうか。


「……羨ましいわね」


生徒会長は、静かに言った。


「……あなたたちの居場所をワタシが奪うことはできそうにないわね」


「え‼」


生徒会長の言葉に万条が叫んだ。


「今回は、見逃してあげるって言ってるのよ。」


そう言った瞬間、万条、富永、大花は歓喜をあげた。オレも下げていた頭を上げて、呆気にとられながらも自然と、笑みが零れた。オレは振り向いて万条を見た。万条は喜んでいたが、オレが振り向いたことに気付くことなしに、顔を俯かせていた。彼女の顔からは、何か光ったものが顔を流れていた。


「まったく」


 富永はオレに笑ってそう言った。大花も微笑みながらオレを黙って見たままだった。

息が切れていたオレは息を整えて、落ち着いて万条に言おうとした。しかしいざとなって何か言おうとすると躊躇ってしまっていた。


「その………」


そう言いかけた時、万条の顔を見た。その顔の目からは涙がこぼれていた。その涙を見せまいと万条は涙を拭いて言った。


「よかった」


万条は耐えていた涙をまたこぼしそうになっていた。それを誤魔化すように目を擦っていた。オレは言った。


「その……この間は悪かった」


「部活……ハッチーは嫌々に入ってくれたのに……ありがとう……」


「そうだな。オレは最初、お前のことなんて面倒でお気楽で近寄って来るなって本当に思ってた。でも……でもオレはお前が来てくれなかったら一生こうだった。オレは結局、怠惰なのを理由に人と接して傷つくことを恐れてたんだ。そんなこと知ってた。でもそれを認めたくなくて、オレはつまんなそうな顔して日々を過ごしてた。オレ、何言ってるんだろ。こんなことを誰かに打ち明けるなんてな。オレも落ちたもんだ」


「ハッチー……」


「お前らの記録帳読んだぞ。なんだアレは。相変わらずくだらない。でもそんなくだらないと思ってたもののお蔭でオレは……だから……」


「だから?」


「誰かのために動こうなんて思ったのも、今こうしてお前のところに来たのも全部万条のせいだ!責任とってくれよな」


「ハッチー!」


万条は涙を拭いて、オレに抱き着いてきた。万条は見慣れた笑顔で言った。


「ありがとう‼」



 夏休みが近い。これから多くの楽しいことが待っていることだろう。海へ行き、花火をし、プールへ行き、お祭りに行って……列挙しても道楽部が立てた夏休みの計画に休みはほぼ無いようだ。


 オレはオレの腕を掴んで行く万条の横顔を見る。

自分が自然と笑みをこぼしていることに気が付きもせず。

                  

             完


読んでいただいた方へ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。1年前から書いていたものでしたが、どうしても最後が納得がいかず、投稿せずに放っておいたままでした。

しかし、やっと終わりらしい終わり方になったかな。と思うので投稿しました。何かしらの感想をいただけると幸いです。

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