青天の辟易
それから数日が経ち、月も7月に入り、夏休みがすぐそこまで来ていた。道楽部の部員は毎日のように夏休みの予定について語り合い、夏休みを待望していた。
ある日の放課後。授業が終わり、万条はオレに「部室に来い」ということもなしに、真っ先に部室へ向かった。オレはいつものように道楽部の部室へ行こうと、教室をでる準備をしていた。準備が終わり、前のドアから教室を出ようとした時、教室で黒板消しで黒板を消している咲村先生は手を止めて、オレを横目で見ながら話しかけられた。
「八橋。最近どうだ部活は?」
「急に何ですか先生。仕方なく毎日出ていますけど、相変わらず万条はうるさくて、冨永はオレに辛辣ですし、立花はバカ過ぎて困っていますよ。大花もいつも本を読んでてあの部活って本当に変ですよね。疲れますよ」
オレがそうめんどくさそうな顔して話しているのを見て、咲村先生は微笑みながらひとことだけ言った。
「そうか」
「え?それだけですか?」
「そうだが。なんだ?何か文句でもあるか?相手してやるぞ?」
「い、いえ。結構です。じゃあオレは……行きますんで」
咲村先生は何も言わずにまた黒板を綺麗にし始めた。
オレは部室へ向かっていた。今日もまた家ではなく部室に向かっていた。最近のオレはもう、オレが帰ろうとしたら万条や咲村先生が強引にオレを部活へ連れていくから部活に出ることは仕方ないことだ、としていた。
体育館前を過ぎ、文化部の部室が並ぶ第3校舎まで辿り着いて2階まで上がり、部室のドアを開けた。既に部員は集まっており、楽しそうに座っておしゃべりをしていた。
「よっ!ハッチー!少し遅かったね!っていつもか」
「おう万条」
「なんだ。お前か」
「おう冨永」
「おお!八橋~遅かったな!聞いてくれよ!今オレが夏休みにまたみんなでホラー映画見たいって言ったら何故か冨永さんがすごい剣幕で、『却下だ』って言うんだよ……冨永さんホラー映画好きなんだし何でこう言われたのか分からない」
「立花お前知らないのか?実は冨永は――」
すると急に冨永は立ち上がり、夏休みの予定を紙に書きだしていたのか、右手に持っていたシャープペンシルをオレの首元で止めた。
「死にたいのか?それとも死にたいのか?」
オレは息を飲み、両腕を挙げた。
「か、勘弁してください……」
「どれか選べ。1、今すぐワタシに殺される。2、後でワタシに殺される。3、今も後でもワタシに殺される。さぁ!選べ!」
冨永は左手の指の人差し指、中指、薬指を立て、殺気を込めて言った。オレは再び息を飲んだ。
「……4の、以後気をつけますのでお許しください……」
冨永はオレを睨んだあと、
「まぁいいだろう」
「ヒ、ヒイちゃんすごい……」
「で、冨永さんは何でさっきオレに――」
オレは立花の言うことを遮って言った。
「で!お前ら何やってたんだ?また夏休みの話か?」
「そうだよ!ハッチー!てか座りなよ」
「そうだな」
オレは座りながら、机に置いてある、夏休みの予定を書いてある紙を見て、そぞろに言葉をこぼした。
「それにしても、そんな話してよく飽きないな」
「そりゃ飽きねぇよ。楽しみだもんな」
「そうだ。夏休みというものはみんなで遊ぶんだぞ八橋」
「冨永それは違うな。夏休みは確かに、みんなでワイワイ遊ぶ奴もいる。しかし全員がそうじゃないんだ。遊ぶだけが休みじゃない。いや、むしろ休みなのに遊ぶ意味が分からない。休日って言葉を辞書で引いたことはあるか?お前らには是非、一度引くことをおすすめするな」
「はいはい。ていうかさハッチー。去年の夏休み何やってたの?」
「おお。是非とも聞いてくれた万条。聞かせてやろう。まずは夏休みの基本である夜更かしについて教えてやろう。夏休みにおいて夜更かしは欠かせない要素だ。何といっても、次の日が休みであるからだ。考えてみろ?次の日に学校がある日なんて夜更かししたら遅刻確定だ。でも夏休みはそれがないんだ。まぁ夜更かしと言っても人によってやることは異なるだろうが、オレの場合は、本を読んだり、漫画を見たり、パソコンをいじったり。こんな最高なことがこの世にあるか?それに夜中のカップラーメンよりも美味いものはない。これは夜更かしをしていないとできないことだ。つまりは選ばれ者のみに許された権利!夜更かし初心者のお前らに夜更かしの先輩であるオレが言えることと言えば、オレのレベルになると、夜更かしするとやって来るのは朝ではなく、昼ということだ。どうだ?もっと聞きたいだろ?」
自信満々に語ると、部員達は呆れた顔をして、オレの方を見ていた。
「ハッチー。聞かなきゃ良かったかも」
「なっ!万条なんてことを!」
「さすがは八橋。期待を上回るクズっぷりだな」
「冨永……」
「オレはお前が何言ってるかさっぱりだったぜ」
「立花お前は仕方ない」
「え!?」
「ハッチー。他!ないの?どこかに行ったとかさ!谷元君と遊んだりしてないの?」
「まぁ何度かは遊んだが、特にどこも行ってないな。ていうか夏休みって意外とどこも行かないで過ごしてるうちにすぐ終わっちゃうものじゃないか?夏休みをあと2年は延ばすべきだな。そういう万条はどっか行ったのか?ああ、そうか。行ったのか。へぇ。もういいよ」
「ちょっと!まだワタシ何にも言ってないっ!ワタシはねぇー一番楽しかったのは海かなぁ!海で泳いで、昼ご飯は海の家で食べたり、スイカ割りしてから、花火して……楽しかったなぁ」
「ふーん」
「興味なさそうだね。でも心配しないで!ワタシが今年一緒に行くから!絶対!」
「いや、オレは行きたいとは言ってないけどな」
「楽しみだなー」
「最近、お前らそればっかりだよな」
しばらく部室でいつものようにたわいもない会話をして6時になっていることに気付き、部員一同は帰宅することにした。帰る支度をして、部室を出て鍵を閉めた。
すると万条が急に何かを思いついた顔をして、こう言った。
「今日、ジャンケンで負けた人が職員室に鍵を持っていこ!」
「え?万条でいいじゃん」
「えー、なんかジャンケンして決めた方が楽しくない?」
「楽しくない」
「じゃあ、負けた人が鍵ね!一回勝負!」
「無視かよ……」
「八橋。負けなければいいんだよ」
「立花そう言うのは簡単だが、負ける可能性がある時点で、リスクがあるんだ。ここは第三校舎。職員室は第一校舎だ。校内で一番遠い距離だ」
「リスクって……大げさじゃない?」
「ユイ。いいぞ。やろうではないか」
「オーちゃん!いい?」
「いいわよ。ワタシ負けないもの」
「じゃあ、みんないくよー!」
ほう……。皆さんやる気のようだ。
しかしどうしたものか。オレは無駄な体力は使わない省エネ派なのだ。使う体力は必要最小限にとどめたい。ここは勝たなくては。絶対に負けられない。
「待て。ちなみにだが、オレはグーしか出さないからな」
「うわっ!出た!ハッチー」
「じゃあワタシはパーしか出さないぞ」
「みんな!オレそういう心理戦苦手だからやめようぜ!」
「生き物さん。じゃあワタシは、グーかチョキかパーを出すわ」
「おい大花。それは当たり前なことを言ってるだけだぞ……」
それにしても、ジャンケンを5人でやるということは普通にやればオレが勝つ確率は10/27。一回勝負のジャンケンでこの確率を信じて勝負するのは愚の骨頂だ。
ならば、心理戦に落ち込めばいい。あえてオレがグーしか出さないということでオレにはグーしかないと思わせる。しかしそんなことはない。オレの持ち札はグー、チョキ、パーの3つある。そう。確率は本質的には変わっていなかったが、オレの発言によりこの10/27という確率は変動する。
おそらく、みんなはオレがグーを本当に出さないとするであろう。まぁ実際、オレもグーを出すつもりなんて発言した時はこれっぽっちも思っていない。つまりはみんなはオレがグー以外の、チョキかパーを出してくると踏んでいるはずだ。この場合、みんなが出して必ず負けないのは、チョキだ。なるほど、パーしか出さないと言っていた冨永もおそらくはパーではなく、チョキとみた。
ならば、オレはグーを出せばいい。そうだ。これならば、オレは勝てる!!
「もういいか?オレはもう大丈夫だ。念を押すが、オレはグーしか出さな……」
......ん?待てよ。これでは上手くいきすぎではないか?オレがみんながチョキを出すと予想し、グーを出すことをみんなが読んで来たらどうする?その場合、皆はオレに勝つためにはパーを出してくることになる。
そ、そうか!冨永はこれを見越して、パーしか出さないと言ったのだな!なるほど。もう分かったぞ。絶対に負けない方法、つまりオレが出すべきなのはチョキだ!!
「ハッチー。いい?みんないくよー!」
「ああ!いいぞ」
「ジャンケン……」
手に汗を握った。この勝負オレに敗北という文字はない。
「ポン!!」
オレはみんなが出した手の形を見た。勝敗はついた。しかしその結果に唖然とした。
万条と立花と大花はグーを出していたのだ。冨永はチョキを出していた。
「なっ!?」
「やったーワタシ勝ったよー!ていうかハッチーはグー出さなかったじゃん!」
「よっしゃ!なんか嬉しいなこれ!」
「生き物さんは裏の裏をかいてチョキを出すと思ったわ」
「な、なんということか……」
オレは共にチョキを出して負けた冨永を見た。冨永は納得いかなかったような顔をしていた。
「なぜだ……ワタシが……」
「まぁ、チョキはないぜ冨永……っていや、もしかして裏の裏の裏までかいたのか?」
「うるさいっ!」
「お前、ジャンケンごときでよくやるな……」
「ハッチー、それはハッチーが言えないよ」
くっ。オレも冨永も嘘までついて負けたってことか……。
「じゃあ、負けた2人は鍵をよろしく頼むわ。早く戻してきた方がいいわ」
「そうだな……行くか冨永」
「ああ……」
○
冨永と鍵を職員室へ持って行くことになった。職員室まで歩き、ドアを開けた。
「失礼します」
職員室に入って鍵置き場に行っていると、教頭の前で咲村先生が頭を下げているのが目に入った。
あの人も人に頭を下げることもあるんだな……。
冨永もそれに気付いたのか、オレに話しかけてきた。
「何だろうかあれは。咲村先生が頭を下げているではないか。しかしあの人も人に頭を下げることがあるのだな」
「あ……ああ……そうだな」
鍵をもとの位置に戻し終わり、職員室のドアに歩いていると、教頭の怒り声が聞こえてきた。
「ダメです!今回は見逃すことはできません。近年、規則は重要視されています。今回のようなことを放っておく訳にはいけません。何度言えば分かるのですか。咲村先生」
「ですが、この間は今回は注意で終わらせるとおっしゃっておりましたし、今回このような処分はやりすぎではないかと……」
咲村先生は頭を下げながら横目でオレたちが職員室に来ていることに気が付いた。そして気付いた瞬間に、教頭にもう一度頭を下げてからこちらにやって来た。
「おう。お前たち。どうかしたのか?ん?職員室に八橋がいるなんて珍しいな!はっはっ!」
「ワタシ達は鍵を戻しに来たのです」
「先生。笑ってますけど、その、今の何ですか?」
「それはな……まぁお前達は気にすることはない。そろそろ帰りなさい」
「はぁ。わかりました。では失礼します」
オレたちは職員室を出た。オレは出る直前にもう一度咲村先生の方を見た。咲村先生は再び、教頭に頭を下げていた。
冨永とオレは、校門で待っている万条たちと合流するために、そこに向かっていた。下駄箱で靴を履き替える時、冨永は言った。
「咲村先生。何かあったのだろうか」
「さぁな……」
オレたちはその日、無事に帰宅した。咲村先生は一体何のため頭を下げていたのだろうか。あのパワハラで奔放な咲村先生でも人に頭を下げることがあり、オレはその日の光景を見たくなかったと思いつつも、そういうものであるのだと受け入れた。
オレはここまま何となく日々は終わるものだと思っていた。そしてすぐに夏休みがやって来て、道楽部で集まることになり、また時はすぐに経ていくものだと思っていた。
しかし夏休みはそう簡単には来なかったのだ。
数日後の朝、登校し教室に入ると、生徒たちはそわそわしながら席に着いていた。オレはいつもギリギリの時間に登校するので、何があったのか理解できなかった。
教室に入って、すぐに谷元に事情を聞いた。
「何かあったのか?」
「おお。八橋おはよう。なんか今日、朝会があるらしいぜ。めんどくせぇな。急にだぜ?」
するとその時、放送が流れた。
全校生徒のみなさん。朝会があります。至急、校庭に生徒の皆さんはお集まりください。
……朝会?なんだまた急に。
「な?今の通りさ。さぁそろそろ校庭にでも行かないとな。行こうぜ八橋」
「あ、ああ」
オレは谷元と校庭に出て、他の生徒たちが並んでいるように、学年、クラス、出席番号の順に並んだ。
横の女子の列を見ると、隣には万条がいた。目が合い、笑っていたのでオレはまた何かイタズラされるのではないかと心配になった。
生徒たちが静かになったところで、列のずっと前の方では校長にマイクが渡され、朝礼台に上がった。
一体、何の話をするんだ?またつまらない話でもするのか?校長の話のつまらなさといったら相当なものだ。今日はどんな話が始まるのか。
そして校長は話し始めた。
「えー、本日はお日柄もよろしく、えー、こんな天気のいい日には、えー……」
始まった。開始早々もう教室に戻りたい。いや、いっそのこと家に戻りたい。暇だし校長の癖である「えー」の回数でも数えるか……。
しばらくの間、「えー」の回数だけ数えながら、退屈な話を立ったまま聞き流していると、隣にいた万条が退屈さに耐えきれなくなったのか話しかけてきた。
「ハッチー」
声はごにょごにょ声で、列の後ろの方にいる先生たちに聞こえないように、そして話しているのをばれない様に話しかけてきた。
「なんだよ。話してると注意されるぞ。」
「さぁ問題です!今、校長先生は何回『え~』と言ったでしょう!」
「残念だったな万条。ずばり26回だ。お前その問題簡単すぎるぞ。さぁ万条逆に問題です。校長の過去最高『えー』は何回でしょうか」
「えっ!覚えてないよ~。56回とか?」
「それは第二位な。過去最高は78回。あの日の話はとびきりつまらなかったな」
「ハッチー朝礼の時でも暇なんだね……」
「そりゃそうだろ。それにオレのモットーは――」
「〝暇をしていて忙しい〟でしょ?」
「おお。分かってるじゃないか」
オレは再び、校長の話を聞き流していた。
しかし、何やら気になることを校長は言い出した。
「えーということで今回、集まってもらったのは他でもなく、えー当学園で暴力事件があったという事実が分かりました。えーそして二度とこのような事態を防ぐために、該当者を2週間、謹慎処分にします。」
……それって……立花と坂下じゃないか。
――そうか!
オレは急に生徒会長が言っていたことを思い出した。立花に向かって忠告していたことを。そして咲村先生が教頭に頭を下げていたことを。
――そうか。生徒会長の発言はこういうことか。それに咲村先生は……。
万条をみると、びっくりした顔とさびしそうな顔をしていた。おそらくこれからしばらくの間、立花が学校に来ないためであろう。昨日部活で夏休み何をするのか、どこにいくのか、楽しい話をしていただけに。
オレは万条に言った。
「まぁ万条。謹慎は2週間だから夏休みには重複していない。夏休みは大丈夫だろ」
「なんでバナ君が……2週間でも寂しいよ……」
「まぁそうかもな。でも停学や退学じゃないだけましだろ」
「うん……」
朝礼は終わった。急な朝礼はこの間の坂下の変の懲戒処分であった。
つまり明日から2週間立花と坂下は自宅謹慎しなければならず、今日部室に顔を出した後、再び立花が顔を出すのは2週間後ということになる。
朝礼があった日の放課後、部室で部員たちは集まった。立花は申し訳なさそうに語っていたが、2週間後にまた来られるからであろうか、さほど落ち込まずにいた。
「みんな悪い。2週間空けるけど」
「先日の生徒会長はこのことを知っていて、部室に来たのだな。ユイの嫌な予感は当たっていたようだな」
「そうだねヒイちゃん……」
万条は依然として少し気を落としているようであった。それを見た立花は明るく言った。
「まぁ何かあったらみんなメールしてくれよ!また2週間もすれば顔出すからよ!」
その立花の姿を見て万条は少し元気づけられたのか、いつものような快活さを出していった。
「うん!ありがとバナ君」
立花は疑問に思っていたことを聞いてきた。
「それにしても、咲村先生はこの件について知ってたのかな?坂下の変の時は、何にも言ってなかったけど、ひとこと言ってくれればよかったのになぁ」
オレはそれを聞いてこの間、咲村先生が立花や坂下のために職員室で教頭に頭を下げていたことを言おうとした。
「あ、その件だが、実はこの間職員室へ行ったときな――」
……いてっ!
富永はオレが言わんとすることを遮って、足を踏んできた。オレは富永が咲村先生が頭を下げていたことを言わないようにするべきだと捉え、その先を言うのをやめた。
「おい、どうした八橋?」
「いや、なんでもない」
「なんだ?まぁいいけどよ」
「バナ君!2週間待ってるよ!」
「おう!!」
少し落ち込み気味だった部員たちは、部室に集まったことでお互いに勇気づけられていった。それでも2週間というスパンをひとりでも部員が欠けることが嫌な万条は、心なしか眉が下がり、頭を落としているようにオレには思われた。
すると、ドアを叩く音が聞こえた。
「誰だろう。こんな放課後に」
「どうせ、またあのパワーだろ」
「パワー?なにそれハッチー?」
「あ、なんでもない」
「はーい、今開けまーす」
といって万条がドアを開けたさきにいたのは、パワーではなく生徒会長だった。
生徒会長は入って来るや否や、こう言った。
「どう?今にわかったでしょう?」
その悪意がこもった発言に冨永は答えた。
「はい生徒会長。しかしそんなことをわざわざ言いに来たのですか?」
「違うわよ!今日はこの部活についての報告があるのよ。それにしてもこの前ワタシが整理しておきなさいって言ったのに全然じゃないの」
「それはすいません!で、報告とはなんですか生徒会長?」
万条がそう聞いた後、生徒会長は意外なことを平然として言った。
「今月いっぱいで、この部活を廃止します」
「え?」
皆は声を合わせてそう言った。
「え、どういうことですか?」
万条は唖然として言った。立花や冨永もよく状況を理解していないようであった。冨永と立花が生徒会長に理由を問い詰めた。
「な、なんですかそれは!どういうことなのだ。生徒会長!」
「そうだよ!生徒会長!」
皆がこの件について反対していた。
しかしオレは完璧な怠惰ライフを考えていた。
――なに?この部活が廃部だと?その場合、メリットがオレにはあるのではないか?オレとしてはこの部活がなくなれば拘束されることはない。家に帰れる。一人になれる。故にダラダラできる。証明終わり。か、完璧じゃないか!
オレが完璧な怠惰ライフを想像しているうちに生徒会長は毅然として語る。
「そうね。いきなりだったかもしれないけれど、暴力沙汰を起こすような部員がいるのよ。それにこの前来て確信したわ。この学園にこの部活はいらないわ」
「え、だからなんでなんですか!?嫌ですよそんなこと。いきなり言われても」
生徒会長がそう言うと珍しく万条がいきり立っていた。しかし対して生徒会長は冷静であった。
「その様子だといきなり言わなくても断るでしょう。この部活が学校にとって有意義であるとは思えないわ。それに業績だって他の部活に比べて少ない、いえ、ないに等しいわ。それに今だって何をしていたの?ワタシには部活をしているようには見えないわ」
「い、嫌ですよ!ワタシ達だってここを部室として使ってるんです!」
万条がそう駄々をこねるように言った後に冨永は付け加えた。
「そうだ!会長、ワタシ達だってこの部室を活動拠点として使っている。それに文芸部としての活動もやっています。さっきまでは確かに胸を張って活動とは言えないことをしていましたが、他の部活だってそうでしょう。常に活動をしている訳ではないはずです」
文芸部の活動してないだろ……大花以外は。
「そ、それはそうかもしれないわね。でもまぁ、そんなことはどうでもいいのよ!これは決まりなのよ!分かったわね!もう伝えたわよ。今月までに片付けて準備しておきなさい」
後味の悪い言葉を吐き残したまま、生徒会長は部室を後にした。
だからこの間、様子を見に来たとき、整理しておきなさいなんてこと言ってたのか。つまりあの時から廃部は決まっていたということになるな。
――大きな事件が起こる前には小さな事件がある。しかしオレ達はそれらに気づくこともなく、大きな事件が起こってからやっとそれに気づくのだ。しかしどうだ?今回、この部活の廃部が決まった。オレにとってそれは重要な、大きな事件になりうるであろうか。答えは否だ。オレはこの部活が廃部することに、反対でもないし賛成でもない。そう干渉する余地もないと思っている。何故ならばこの部活が廃部したらオレは以前のような平和な生活ができる。学校が終われば、すぐさま家に帰り、ダラダラし、自分の好きなように時間を使うことが再び可能になるのである。これはオレが怠惰生活に戻るための最後のチャンスかもしれない。
生徒会長が嵐のように部室を去ったあと、部員たちはしばらくの間、沈黙していた。その沈黙に最初に耐えきれなくなったのは富永であった。
「あーもう。なんなのだアレは。噂には聞いていたが、あそこまでムカつくとはな。で、ユイ。どうする?面倒なことになってしまった……」
「うん……」
万条は静かに答えた。
「オレのせいで……」
立花はそう自分を追い詰め始めた。それを聞いた万条はすぐさまそれを否定した。
「違う!バナ君のせいじゃない!」
「……でもオレが坂下を殴らなければ……こんなことにはならなかった」
「いいのだ。立花のせいじゃない。落ち込むな。まだ決定したわけじゃないのだ」
「うん!そうだよ」
「ありがとう皆」
立花は元気を取り戻して、続けて言った。
「とにかく夏休みのためにもよろしく頼むよ皆」
立花が目を瞑りながら、両手を前に出し、叩いてみんなに懇願した。万条はそれを見て笑いが出てきてこう言った。
「うん……えへへ。何とかしなくちゃ!」
その言葉を聞いて大花は言った。
「そうねユイ。ここで本を読めなくなるのは困るわ」
「お前、そこかよ」
しかし大花はその後に続けて言った。
「それに……皆ともいられなくなるわ」
「そうだね!オーちゃん!」
「当たり前だ!ワタシたちの部活だ!」
大花の言葉に刺激されたのか皆が部活廃部の阻止のために団結し始めた。皆の顔は活気を取り戻していた。しかしオレはそんな気になれなかった。皆はどうやらこの部活を大切に思っているようだ。だがオレは正直、生徒会長に逆らってまでこの部活を維持したいかと思うとそうでもなかったからだ。
万条は言った。
「作戦たててから、抗議しに行こう!!」
「そうだなユイ!」
「オレはいけねぇけど、頼むぜみんな!」
道楽部部員たちは団結し、生徒会長と対峙することになった。廃部という道楽部の危機を一同は受け入れて、諦めることもなく、権力者と言われる生徒会長に立ち向かうことを選択したのである。一見して無謀な挑戦は部員達の部活を思う気持ちからきているものであった。そんなことはオレにでさえ明白であったが、ただオレはその部員たちの熱意が理解できなかった。
すると突然、部室に咲村先生がやって来た。咲村先生が来たことはおおよそ見当がついた。今回の立花の謹慎の件、そして廃部の件。知らないわけがないからだ。おそらくは咲村先生はギリギリまで粘り、抗議したのであろう。もし今回、その抗議が功を奏していたら、部室に顔を出すこともせず、何ごともなかったかのように振る舞うのであろう。いつだって何かある時にだけ顔を出しに来ている。咲村先生はそんな人だ。
咲村先生はわざとらしく言った。
「おう!八橋じゃないか!部活楽しそうだな!」
「せ、先生いたんですか……ていうか何でいるんですか?帰り口はこちらになります」
オレがそう茶化したように部室のドアを差しながら言ったが、咲村先生は真剣に言った。
「さぁ。では、私はお前たちに今回の件について謝らないといけないことが2つある。1つ目は、今回、お前たちも知っているとは思うが、立花の件は残念だった。私の方でなんとかしておくはずが、上手くいかなかった。すまないな」
オレと富永は咲村先生の職員室での謝罪を見ていたためか、目を伏せていた。
「そして2つ目だが、部活についてだ。この件については私も昨日聞いたことなんだ。ビックリしたよ。まさか廃部にまでされるなんて。しかしこの件については私はどうもできないんだ。知ってのとおり今回の道楽部の廃部を決定したのは、生徒会長の山城だ。相手が教師ならまだしも生徒となると、私の立場からして生徒への圧迫になってしまってダメなんだ。
だが今日ここに来て、お前達を見てこの2つ目の件は大丈夫だと思った。もう私が言いたいことは分かるよな?」
「はい!先生!ワタシ達にしかできない、ワタシ達がやるべきことですよね!」
「そういうことだ万条。ただ相手が生徒会長ともなるとお前らも大変だろう。しかしだな、ひとつ言っておくとすれば、意志のあるものの思いは届くはずだ。可能性は0ではない。任せたぞお前達」
「はい先生!」
「よし。いい返事だ。八橋、お前もいいか?」
オレは部員たちのように答えることはできなかった。
「オレは……」
「まったくなんだその返事はお前。まぁお前にも思うところがあるんだろう。とりあえずお前達上手くやれよ。私はそろそろ行くからな」
そう言って咲村先生は部室を出て行った。
部員達はすでに打倒生徒会長に燃え上っていた。それは自分のためであり、部員みんなのためであり、咲村先生のためでもあった。
「よし。これでやることは決まったなユイ」
富永は気合を入れるかのように自分の顔を叩き、引き締めて言った。万条も大花も返事をした。
「うん!!」
「ええ。もちろんよ」
黙っていたオレに気が付いた万条はオレに言ってきた。
「ハッチーも頑張ろうね」
オレは何も答えなかった。
「……」
「ほら!なに黙ってるのハッチー」
「どうしたんだ八橋?何か体調が悪いのか?」
「いや……違う」
「じゃあなんだというのだ。黙るなんてお前らしくないぞ」
その富永の言ったことにオレはしばらく間を置いてから、静かに低い声で言った。
「オレは抗議には行かない。」
「え??」
部員達は声を揃えて驚き、咄嗟に寂しい顔をした富永は言った。
「どうしてだ?」
「別にオレは部活がなくなっても、また前のような生活に戻れる。メリットがある。だから行く必要がない。」
「おいおい八橋。これからって時だろ?オレはお前に協力してほしいぜ」
「オレが協力することじゃない」
「……」
オレは冷静に答えた。部員たちは黙ってしまった。万条は申し訳なさそうに言った。
「なんで?なんで来てくれないの?」
「行く必要がないからだ。それに部活がなくなったって、学校では会えるだろ。何がそこまで問題なんだよ。部活なんかのためにそこまでできる意味が分からない。今回の件はついて行けない。前々から思ってたがお前らのポジティブ思考には付いていけないし、理解できないんだよ」
富永はそれを聞いて、昂奮した。
「結局お前は自分が良ければいいのだな」
「は?」
「もういいよ。ヒイちゃん。いこうワタシたちだけで」
万条はオレと富永が喧嘩を始めそうだったので、富永を落ち着かせた。
「オレ、帰るわ。もう部活も来ないと思う」
オレがそう言って部室を出ようとした時、万条はこちらを見て、いつものような元気な姿はなく、悲しそうに言った。
「ハッチー今までごめんね」
オレは部室を出た。
これでいい。やっと前のような生活ができる。チャンスは今しかない。
○
部室を出てしばらく歩いていると、咲村先生がオレを待っていたように、壁に寄りかかって立っていた。
「おう、八橋」
「せ、先生……何でまた?ここに?職員室行ったんじゃないんですか?」
「まぁそれはお前の担任だからなぁ。お前『抗議に行かない』とでも言ったんだろ?」
「っ⁉ そ、それにしても相変わらず神出鬼没ですね」
「はっは!それはどうもありがたいなぁ!」
「褒めてないですよ」
「それにしても八橋。お前は最近変わったと思っていたのにな」
「え?変わった?オレがですか?急になんですか」
「そうだ。気付いてなかったのか?」
「はぁ……例えばどんなところですか?」
「他人に対する気持ちだ」
「はい?言ってる意味が分からないですよ」
「じゃあお前。道楽部についてどう思っている?」
「いきなりですね。どう思ってるかなんて、そんなのめんどくさいに決まってますね」
オレがそう言った後、咲村先生は落ち着いて言った。
「そうかもな。しかしお前は同時に……楽しいとも思っていたはずだ。違うか?」
「何を言ってるんですか?そんなこと先生に分かるんですか?それにオレは今だって部活のために何かしようだなんて思ってもないですし」
「分かるさ。お前は最近、自主的に部活に出ていただろう」
「推論にすぎませんよ。それにそれは、先生や万条が無理矢理連れてくるからでしょう」
オレがそう言うと、咲村先生は珍しく真剣な顔で言った。
「違うな。前はそうだったが、お前はそれを口実にしているんだ。この部活に出るための理由に変換してるだけじゃないのか?その気になればサボることは出来たはずだろう。お前は廃部すればダラダラできると思っていた反面、少しでも廃部して欲しくないとも思ってたんじゃないのか?」
オレは、少し時間を置いてから返答した。
「それは確かにそういう考え方もできなくはないですが………」
「八橋。お前な。やっと気に入った奴らに出会えたんじゃないのか?でもお前のことだから自分を戒めていたんだろう。部活を、そして仲間を気に入ったと思えるなら、そう思えるようになったなら、それでいいじゃないか」
「オレは……別にそんなことは思ってませんよ。いいじゃないですか。本人がこう言ってるんです。何をそんなお節介することがありますか?」
咲村先生は今までにないほど毅然と、真剣な瞳をしていた。
「ある。お前が後悔しないためだ」
「……そんなものは後になって見ないと分からないですよ」
「だが、後悔しないためには今、準備をするしかないんだ。人を受け入れられないと絶対に後悔するぞ」
「すみませんが、先生。正直言わせてもらいますけど、人付き合いなんて、くそくらえですよ。オレはもう帰るんで」
オレはその場を逃げるように去った。
「おい八橋!」
……いいじゃないかよ。別にオレがそうしたいなら、一人で家に帰ってダラダラしようが関係ないだろ。放っておけばいいじゃないかよ。
すると、携帯電話が鳴った。メールだった。見てみると立花からだった。内容は、「みんなを頼むよ」だけであった。
オレはそれを見て、舌打ちをして、学校から出た。
――何が、あんなに部員達を駆り立てるのか理解できない。
あれじゃ、オレが悪者みたいだ。オレは何も悪いことはしていない。あそこまで団結していると欺瞞じみている。オレは仲間とは聞こえがいいだけの徒党なんて大嫌いだ。良いことなんて何もない。そうだ。何も良いことなんてなかった。オレは学んだはずだろ。部活なんてものは群れただけで周りのことなんて信頼してないことを。誰かを信頼して助けたって何も良いことなんてなかっただろ。
オレはその日から部活に出なくなった。