人生、山ありテストあり
翌日の放課後に集まる。部室に向かう途中で立花と会い、そのまま立花とオレは部室に入った。
「あ!バナ君!来たね!」
「おう!何にも問題ないぜ!」
その日は部員全員が揃っていた。あ、大花って奴以外。
「おっ、八橋。珍しいな。自分で来るなんて」
そう言ってきたのは咲村先生であった。
「オレってそんなレアキャラなんですか?カードだったらすごいキラキラしてるんですかね?それに先生が強制的に来させてるんじゃないですか。全く」
「八橋はキラキラとは程遠いな。あはは」
「で。先生は何でいるんですか?」
「なんでって顧問だからに決まってるだろ」
「そ、そうですか。もういいです」
「よっ!ハッチー!」
「よう」
ふと、冨永を見てみると黙り込んでいた。そういえば、こいつに昨日叩かれたな。あれは痛かった。
「よう、冨永」
「フンッ」
オレが挨拶したが冨永はあしらった。
「ムカッ」
そんな時、トントンッとドアのノックオンが聞こえ誰か入って来た。
「久しぶりに来てみたけど相変わらず何やってるのかしら。この部活は」
確かに、何やってるのこの部活、是非オレにも教えて!で、この人は誰だ?
「あ~!オーちゃん久しぶり!もう大丈夫なの?」
「ええ」
「オーちゃん?」
「そういえば、三人は大花と会ってないんだったな?」
咲村先生はそう言った。続けて、お互いを紹介するように、
「こちらは大花ミカ。同じ二年で、この部活には一年から入っている。で、対して冨永、立花、八橋」
「八橋?なんだそれは」
冨永は意地悪くいった。
「なんなのこれは?」
オレはオレを指差した。
「おそらく、生き物だろうな」
立花はそう真面目な顔で言う。
いじめか?いじめなのか?これは。
「で、そこの生き物さんも部員なの?」
大花は言った。
「まあ」
「そう、了解したわ」
「あ、そうですか……」
了解しちゃったよ……。なんか掴みどころなさそうな奴だな。すると、立花は大花に自己紹介を始めた。
「オレは立花。よろしくな!大花」
「よろしく。立花君」
続いて冨永も。
「ワタシは冨永ヒイラギだ。これからよろしく頼む」
「分かったわ。冨永さん」
大花は今度はお前の番だろうという顔でこちらを見てくる。
なんだこの無言の圧力は。仕方ない。一応、名乗っておくか。
「あ、オレは八橋」
「分かったわ。生き物さんね」
「いや、おかしいだろ」
「何が?」
「いや、じゃあもういいよ」
「そう。生き物さんは皆と違うのね」
違う?何がだ?
「何が違うって?」
「何でもないわ」
「ん?」
自己紹介も終えたところで、咲村先生が言い出す。
「よし。初めて五人がそろったようだな」
「そうですねせんせー!」
「う~ん。それでだ。どこかみんなで一緒に行ってみるのはどうだ?お前たち」
「いいですね!せんせー!」
「オレ、動きたいっす!」
こいつらはほんとうに元気だな。
「オレは動きたくない」
「アタシも」
「え?」
「何か変なこと言ったかしら」
「いや、全然」
何とも信じ難い。気が合う奴がいるなんて。
「じゃあ、動くか!どうだ?お前たち!」
「よっしゃー!」
「そうですね!オーちゃんもいい?」
「みんながいいならいいわ」
「じゃあ、オレはよくないからダメだな」
「お前は黙ってろ」
冨永は険しい顔つきで言った。
「なんだよさっきから当たりきつくないか?」
「いつもと同じだ」
「いや、明らかにきついな」
「お前こそきつくないか?」
「いつもと同じだろ」
「まぁまぁ。二人とも。じゃあ、アレでもしに行こうか」
咲村先生はオレたちを落ち着かせてそして何やら提案してきた。
「いいですね!せんせ!アレしましょう!」
「アレってなんですか?」
「アレよ。アレ」
「いや、アレじゃ何にも分かりま……」
「では来週の休日にアレをしに行くか。私も同行する」
まじかよ。来るなよ。
「そうですね!」
「あの……先生。アレをしたいんですが、来週の休日はちょっとアレがありまして無理なんですよね……」
「なんだアレって。まさかお前来ないつもりか?」
「アレがあってアレなんでアレはアレしたいんですけど」
「アレアレ何を言っている。お前来なかったら…………アレだからな!」
そう咲村先生は勢いづいて言ったがアレってなんなんだ……。
ということで、オレは無理矢理アレをすることになった。日曜日、連絡が来た通りに学校で待ち合わせをした後で、咲村先生がそのアレをしに目的地に行くために車を出してくれた。そしてオレたちは無事に目的地に辿り着いた。
「みんなそろったか?」
パワー咲村が点呼をとる。
「そろいました!」
万条がそういった。
オレはひとつ解からないことがあった。オレは咲村先生に聞いた。
「なぜ、山?」
アレだろ?アレじゃなかったのかよ。超しょうもないよ。
「まあ、毎年恒例で部員みんなで登ってるんだ」
文芸部なのに?
「そうなんですか」
山登とか聞いてない。疲れる。嫌だ。
「嫌だったか?山登り」
「いやいや、むしろ山登りしかしたくないですよ」
むしろ山登りだけはやりたくない。
「そうか!では行くぞ」
そして、登り始めた。普段動かないオレにとってスポーツは応えた。しばらく歩いたところでオレは疲労を隠せなくなった。
皆さん歩くペース早いなぁ。人とペースを合わせるのは大変だな、休憩したくてもなかなか言い出せないし、帰りてぇ。するとオレの歩くペースが遅かったせいか咲村先生が話しかけてきた。
「何をこれくらいで疲れたみたいな顔をしているんだ」
「あ、パワ、じゃなくて咲村先生じゃないですか」
「ああ。今お前はどうせ、帰りたいとか思っていたんだろう?」
ギクッ
「よく分かり、じゃなくてそんなことはないですよ~」
「顔が強張っているぞ。で、そういえば何だかんだで立花の件どうにかおさまって良かったよ」
「そうですね。ていうか、先生。この前も思ったんですけど部員ほとんど先生が勧めてたみたいですね。もしかして先生って……」
「それよりお前、冨永とまだ喧嘩してるのか?さっきから一言も話していないな」
「そう言う日だってあるでしょうよ。それに避けてるのは向こうですし、気まずさを作ってるのも向こうです」
「お前なぁ……。全部人のせいにしてないか?信条や考えを持つのは大切だが、他人の気持ちも忖度してやってもいいんじゃないか?」
「他人の気持ちなんて考えるだけ無駄です。分かるわけないんですから」
「まあ、それがお前なのかもしれないな。その人を本気で受け入れようとしないところが」
咲村先生はそれを知っておきながら……。まぁいい。だが、それの何が悪いのだ。
人は孤独を嫌がる。孤独というものは他人という対立項があってはじめて生まれるものであり、集団と比べて出てくる相対的な結果だ。ならば寧ろ集団にいる時のほうが孤独を意識するであろう。何故ならば、集団の中の孤独は際立つからだ。しかし、人は一人の自明な孤独を恐れ忌む。解決策として群れることを選択するがまた孤独を感じてそれを嫌がり、孤独の連鎖に陥るのである。孤独スパイラルである。
だから、初めから孤独を受け入れればいいのだ。集団でも一人でも常に自分は一人なのだと。つまり、普遍的に人は孤独であるのだ。それを肝に銘じておくべきだ。
オレはその咲村先生の言葉にどう返そうか迷ったが、少し間を置いて言った。
「それを分かってて入れたんですか?酷いですね。それに人はいつだって孤独ですよ」
「しかしな。もうお前は部員の一員なんだ。みんなそう思っているはずだ。そしてもう八橋は役割を持っているんだ。それを忘れるなよ」
「はぁ」
「じゃあ、私は先に行っているぞ。あんまりのんびり歩くなよ」
「あ、はい」
咲村先生は先頭を歩いている万条や立花、冨永達のもとへ向かって行った。
「役割?この部活での役割?役割なんてオレにあるのか?」
そう独り言を言っていたら、
「さっきから一人で何言ってるの?生き物さんは」
「うわっ!いつからいたの?えっと、大花」
「ずっといたわ」
「そうなんだ……気付かなかった」
「生き物さんは……」
「ちょっと、まだその呼び方なの?大花も生き物だろ」
「そうかもしれないわね」
「いや、そうだよ。え?もしかして違うの?」
なぜ今まで気がつかなかったんだ!?オレは。こいつはもしかしたらもしかすると……
「生き物よ」
「まぁそうだろうな」
そしてオレは山登りは初めてでもあり、体力のなさには自信があったために既に息が切れていた。
「はぁはぁ」
オレが息を切らして歩いているのを見て、大花は怪訝な顔をして言った。
「アタシの横にいる生き物さんはすごく疲れているようだけど、何かあったのかしら?」
「まぁ、端的に言えば山を登っているよ」
「そんなこと見れば分かるわ」
「じゃあ、なぜ分からなかった。だから疲れてるんだよ。お前意外と疲れてないのな」
「そうね。一度登ったことあるから」
そうか。こいつは確か一年からこの部活に入ってるらしいな。
「そういえば、お前一年からこの部活入ってるみたいだけど、なんでこんな変な部活入ったんだ?」
「アタシもなんでかは分からないわ。最初は文芸部だと思っていたから。あとユイと咲村先生に勧められたの」
「あの二人か。それは断れないな。ほんと変な部活だよな。疲れる」
「そうなの?その割には楽しそうにも見えるわ」
「そ、そうか?でも、一人の時の方が断然いいな」
そう答えると大花は意外とまともなことを言い出した。
「それはそうよ。傷付かないで済むもの」
「え?お、大花?」
「ワタシ。ユイに感謝しているのよ」
「な、なんだよ。また急に」
「ワタシ。昔、生き物さんみたいに人を避けてたの。みんな能天気でバカだと思って周りを見下して敵視していたわ」
こいつ思ってたより変な奴じゃないのか?まさか大花からこんな言葉が出るなんて。
「おい。オレみたいにって……まぁそうなのか」
「ワタシね。でも思ったの。だから人が寄ってこないんだって」
「どういうことだ?」
「だから。そんな態度で人と接したって人は寄ってこないわ。避けてるんじゃなくて避けられてるの。でもユイはどんな事をしても諦めず寄って来てくれたわ。ワタシは何だか嬉しかったわ」
「なるほどな。でも人と接したくないならそれでもいいんじゃないか?一人が好きだったらさ。そういう奴にしてみたら万条みたいなやつは迷惑極まりないな」
「そうね。でも生き物さんの場合、完全にそう思っているかしら?だからこうして今、山登りしてるんじゃない?」
大花は表情を一つとして変えない。その目は何もかも見透かしたようでオレは恐怖を覚え、さらに返答に困惑した。オレは話を逸らしてしまった。
「そ、それはそうと、もうすぐ休憩所に着くな」
「そうね」
すると、先に休憩所に着いていた立花の声が聞こえた。
「お~い!八橋遅いぞ!」
「ああ!もうすぐ着くよ!」
「待ってるみたいね。急ぎましょう」
「あ、うん」
そしてやっと、休憩所に着いた。オレはひとまずベンチへ向かい、座った。
「あー疲れた……」
「いい男子がだらしないぞっ!」
一人でベンチに座っていたオレに飲み物を届けに来た咲村先生は言った。
「ん?あ、すいません」
オレはいい男子じゃないけど。
「冨永は?」
「あ、トイレですね、あいつも疲れてると思うんではやく飲み物持っていってあげてください」
「お!優しいな!仲直りでもしたか?」
「い、いや、ただ一人になりたかっただけですよ。優しさに見せかけた我儘ですよ」
「はぁ……お前はいつも一言余計だな。じゃ、また14時に集合場所でな」
「あ、はい」
いま、13時40分か。あと、3時間は休みたい、そして山頂行かないでそのまま帰りたい。ああ、疲れた。こんなにもハードなのか?これ帰り道もあると思うと鬱だな。大抵、行きは楽しみでも帰りってやつは面倒なんだよな。まあオレの場合は行きも帰りも楽しみじゃないからどちらも苦痛でしかないのだけどな。あはは。全然、笑えない。
再び時計を見ると時刻は集合時間の5分前であった。戻るか……。もう少し休みたかった。ていうかもう帰りたい。
集合場所について咲村先生が点呼を取った後にすぐに出発した。しばらく歩いた後に、
「ハッチー。オーちゃん知らない?」
「あ、万条か。さっきまで後ろに……あれ?」
「やっぱりいないよね?どこ行ったんだろう」
「携帯には連絡したのか?」
「オーちゃん携帯持ってないよ」
まじか。現代社会において携帯を持っていない人がいるなんて。
「知らないがすぐに戻って来るだろうよ」
「あれどうした?なんかあったか?」
咲村先生がやってきた。
「あ、先生!ちょうど良かったです。オーちゃんがいないんです」
咲村先生はそれを聞いて呆れた顔をしながら言った。
「え?はぁ……またか……」
「またって前にもいなくなったことがあるんですか?」
「まぁね。どこか出かけるとしょっちゅういなくなるのよあの子」
めんどくさい子なんだな……。携帯持ってないし。
「どこか行ったまま帰ってこないんですか?」
「それが厄介なことにそうなんだよ……。しかも自分が迷子になってる自覚が全くないんだ」
超めんどくさい子なんだな……。
「先生!探しに行きましょう!」
「うーん。めんどじゃなくて、ちょっとみんなで探してくれない?ワタシはここで待っているから」
完全にめんどくさがってたよね?今。この人もめんどくさいよ……。
「ハッチー!とりあえず探しに行こう!」
「え~めんどくさいよ~。ちょっとみんなで探してくれない?オレはここで待っているから」
「お前、私の真似をして私を揶揄したか?今」
「し、してないですよ。偶々ですよ」
「そうか。では私はここにいるから行ってこい」
「それはめんどじゃなくて……」
「お前、また私を……」
「ほれ行くよ!」
そう言いながら万条は無理矢理オレを立花と冨永のいる所へ連れていった。
「バナ君、ヒイちゃん。オーちゃん迷子になったみたいだからハッチーと探しに行ってくるね」
「あ、オレも行くよ」
「ワタシも行こう。人手は多いほうが効率がいいだろうからな」
「ほんと?ありがと!」
「っていってもどこを探すんだよ?この山道で」
「じゃあ、ハッチーは来た道を見てきて!多分まだそんなに時間経ってないから距離もないと思う」
「分かった」
「ワタシは先の道をちょっと見てくる!」
「あ、オレもいくぜ!万条さん!」
「ありがとバナ君。じゃあヒイちゃんはハッチーとお願い。じゃあ!」
「な、ちょっ!」
万条と立花は行ってしまった。よりによって今気まずい冨永とか。
冨永をちらりと一瞥するとオレと話す気もなく先に行ってしまった。
「おい、待てって」
そう言ってオレも冨永に付いて行った。
そしてオレと冨永はその後来た道を互いに無言で戻っていたが、なかなか大花が見つからないのでオレは言った。
「それにしてもどこ行ったんだ大花は」
「……」
「おい、聞いてるか?」
「聞いてない」
「聞いてんじゃん。反応くらいしてくれよ。ていうかこの前のことまだ怒ってるのか?」
「うるさい」
といって冨永は、来た道ではない道へ行きだした。
「おい、どこ行ってんだよ!そっちは来た道じゃないぞ」
「こっちを探してくる。お前はそっちを探してこい」
オレは冨永が歩いて行った道を見た。ふと、何やら倒れた看板が落ちていた。目を凝らして見てみると、立ち入り禁止と書いてあった。
「おい!冨永!待てよ。そっちは危ないぞ!」
そう言ってオレは冨永の方へ行った。
「大丈夫だ。何にも問題はないではないか」
「立ち入り禁止って書いてあったぞ。さすがにこっちは危ないから、向こう側を探そう」
「じゃあ、大花が来ていたらなおさら危ないじゃないか」
「そうかもしれないが、オレたちが行くべきじゃない」
「……じゃあ、誰が行くべきなんだ?」
「それは……遭難救助の人とか」
「お前は他人任せだな。他人のことなんてあくまで他人事なのだろ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。普通に危険だ」
「もういい。ワタシ一人で行く」
「おい。だから……」
冨永はそう言って歩いた。オレも仕方なく付いて行った。しかし次の瞬間、冨永の足元は崩れて冨永は体勢が崩れそうになった。
「危ない!」
オレは冨永を受け止めて一緒に山道を転げて滑り落ちた。
「いてえ」
冨永を見ると目を閉じていた。
「……」
「おい、冨永大丈夫かよ」
「う、う、ん?あ、ああ。落ちたのか?」
「そうみたいだな。でもまぁそんな傾斜じゃなかったみたいだな」
「わ、悪い……」
「別にいいよ」
そうは言ったもののオレは足に痛みを感じていた。冨永を受け止めたせいか、足に負担がかかってしまった。
「その、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ていうか。そ、その離れてくれない?」
冨永は足がすくんだせいかオレから離れずにいた。
「あ、わ、悪い!」
「ていうか、元の道行くために上登らないとな。立てるか?」
「ああ。大丈夫だ……」
オレは冨永に手を差し出して冨永は立ち上がった。
「冨永、じゃあ、戻るか」
「ああ……」
オレたちは元の道へ戻った。
「ふぅ。戻ったな。それにしても大花はどこ行ったんだろうな。万条たちが見つけたか?」
「ワタシのこと呼んだかしら?」
「え?」
ふと、振り向くと大花が平然と立っていた。
「ってお前。どこ行ってたんだよ」
「どこも行ってないわよ、ただ目的地へと向かって歩いていたら生き物さん達がいたの」
「どれだけゆっくり歩いてたんだよ……」
「生き物さん達が早いから」
あぁ、さっきまで他人のペースに合わせてたオレがバカみたいだ。
「そうかよ」
「何はともあれ良かった。大花、八橋。とりあえず、早く戻ろう」
「そうだな」
オレたちは咲村先生が待っているところまで戻った。無事に大花を見つけたと報告しに行くと咲村先生は軽く言った。
「いや~。そうか。はぐれなくてよかったよ。ご苦労だったな八橋」
「ほんとですよ」
「まぁそれはともかく。もうすぐ頂上だぞ。立花と万条はもう頂上にいるらしい。私達も急ぐぞ」
「やっと終わりですか」
「そうだ。もうすぐ終わりだ。山はいいだろ?八橋」
「そうですね。もう二度と来たくないです」
「まぁ、それは山頂に着いてから言いたまえ。絶景が待っているぞ」
「そうですか」
それにしてもこんなにきついとは。山登り恐るべし。
「冨永、大花行くぞ。もうすぐ頂上らしい」
「ああ、分かった」
「ええ」
頂上へ向って歩きはじめてから冨永がオレに言う。
「さっき咲村先生と何の話をしていたんだ?」
「まあ、山の話を」
「お前、山ボーイだったのか?」
「は?それを言うなら山ガールだろ、山ボーイってむさくるしいだけだろ」
「ていうか山ボーイってなんだ?」
この女が。
「知らないのかよ、山ボーイっていうのは、とても素敵な男性のことをいうんだよ、まあ、あんまり使わない言葉だな、ちなみに一度も今まで誰かが使ってるのを聞いたことがない」
「お前、イタイぞ、やめろ」
「オレがイタイならいいじゃないかよ、お前はイタくないんだから」
「そうだな、続けろ」
オレはその辛辣な冨永の言葉を聞いて思わず微笑みがこぼれた。
「ふっ」
「なんだ気持ち悪い。変な妄想でもしていたのか?変態」
「それでこそ冨永だな」
「……」
冨永は恥ずかしそうにして黙った。そしてそのまま言った。
「その……さっきは悪かった。それに礼を言う」
冨永のその素直な姿勢にオレも素直に対応しようと思った。
「いいよ。それに……オレも悪かった」
冨永はそれを聞いて一瞬安心した様子だったが、また真剣な顔でこっちを見て言った。
「なぁ」
「ん?」
「この前は悪かった。手を出して」
「痛かったなぁあれは。これからはお前には歯向かわないことにする」
冨永は少し間をおいて、
「でも……」
「え?でも?」
冨永は深呼吸して言った。
「でも、今度誰かが困っていたら見過ごそうとするのはやめてくれ。味方になってあげてくれ。これだけ約束して欲しい。そして、ワタシだけでもいいから頼ってくれ。言ってくれ」
オレはすぐに答えることは出来なかった。しかしそう言った冨永の顔は真剣であった。こんなに真剣に頼まれたのでオレは反駁するという選択肢が選べなかった。
「………ああ、分かったよ」
冨永はそれを聞いて安心した顔で笑いながら言った。
「じゃあ、山頂を目指すか!」
「そうだな」
その後の、山登りは時間も早く過ぎてあっという間に山頂に着いた。そして、オレたちは万条と立花と合流をした。
「着いたー!」
万条と立花はオレたちが来たことに気がついた。
「おー!やっと来たね!遅かったな!」
「お!ハッチー!ヒイちゃん!オーちゃん!先生!遅いよ!何やってたの?」
万条が待ちくたびれた様子で言う。そして万条は山頂から見える景色を指差した。
「ほら、見て!」
そう言われてオレと冨永は山頂から景色を見下ろした。
山頂からは街が見えた。街の向こうには太陽が沈む準備をしていたが、橙色の夕陽は街一体をその色に染めていた。そして街の家々は所々に灯りが付きはじめていた。まるで夕陽が家々に灯りを与えているようであった。
その光景を夕陽を浴びながら冨永は静かに言った。
「疲れたけどなんだかんだ絶景だな」
「でしょ!?ワタシもここお気に入りなの!みんなと一緒に見れて良かったよ」
「ああ、ワタシもだ」
万条はオレの方を見てきた。そして感想を聞きだしたかったようで、
「ハッチー!どう?いいでしょ?」
オレはこの質問に対して、
「そうかもな」
と、毎度の無愛想に言うと万条はニッコリ笑い、
「よかった!」
と言うのであった。
そして万条はカバンから携帯を取り出した。そして携帯をいじった後に言った。
「ねぇ!みんなで一緒に写真撮ろう!」
写真か。オレは写らないでもいいな。と思っていた。しかし、冨永と立花はそれを聞いてすぐさまに賛成した。
「いいな!ユイ!」
「いいね!万条さん、撮った後でオレにも送って」
「うん!」
「あ、じゃあオレが撮るよ」
オレはそう言った。しかし、万条は、
「ダメ!みんなで写らないとダメなの!」
それを聞いて咲村先生は自分が撮ると言い、そして部員全員は景色を後ろにしてポーズを取った。オレ以外みんなはピースサインを手に作っていた。オレが写真に慣れておらず緊張していたせいか咲村先生は、
「おーい。八橋―。笑えー」
と言った。しかし、オレは笑顔を作ろうとするが上手く笑顔を作れないでいた。
「八橋―。リラックスしろー。じゃあ、撮るぞー。十割る五はー?」
十割る五って……そんな面倒な……。
「にぃーーー!」
みんなはそう声を合わせて言った。そして写真を撮った。しかし、咲村先生は納得がいかないのか、
「八橋がうすら笑みを浮かべていて犯罪者みたいだな……。よしもう一回撮るぞ!」
そう言ってまた撮る準備を始めた。
「よーしじゃあ、いくぞー!ルート4はー?」
おいおい平方根にする必要あるのかよ。さっきから面倒だな。まぁ結局は2なんだけどさ。
「にぃーーー!」
またそう声を合わせて言った。そして咲村先生もまた納得できないような顔をして言った。
「う~ん、今度は立花が目を瞑っているな。あとこの写真に犯罪者が写り込んでいるな……」
「ちょっとオレは何にも悪いことはしてないですよ。やめてくださいよ先生。ていうか笑えないんで真顔で写ります」
「そうか!まぁ仕方ないな。よし、次で最後にするぞー!」
そう咲村先生が言い、準備をしていると万条が急に言い出した。
「バナ君、お願い」
ん?なんか以前聞いたことあるような……?
「おう!」
立花はオレの両腕を羽交い締めにした。
まさかこれは、と思いながら万条を見ると万条は言った。
「これでどうだ!?」
万条はこちょこちょをし始めた。そう、あの恐ろしいこちょこちょである。
「あははは!ちょっと万条……やめて」
「おー、八橋、いいぞー!このまま撮るぞー。一足す一はー?」
おい。今回は簡単なんだな。
「にぃーーー!」
そうしてオレはこちょこちょされたまま写真を撮られた。
「おっ。いいぞこの写真、みんな見てみろ」
そう言って咲村先生は写真をみんなに見せた。その写真はオレを立花が押さえ万条がこちょこちょをしていた。そしてそれを見て冨永が笑い大花も微笑んでた。
「ハッチーが笑ってる!」
オレの顔を見ると、無理矢理ではあるが顔は確かに笑っていた。
「もうこちょこちょはないと思ってたのに」
「あははは!」
そうしていると咲村先生が、
「じゃあ、もう暗くなりそうだから帰るかー。行くぞー」
「はーい!」
そうして道楽部恒例の山登りをオレたちは終えた。何て言うか、何で山登りなんてしたんだ?ていうかもうすぐテストであり、こんなことをしている暇はないはずであるのに。それにしてもまたこちょこちょを受けることになるだなんて。
数日後。またいつものように放課後に部室に集まる。大花も山登り以来来るようになった。来るのはいいが大花はいつも大花は黙って本を読んでいる。すると、やることがなく立花が暇に耐え切れなくなったのか、叫ぶように、
「あ~暇だな!」
そう言った後、退屈そうに背伸びした。それを聞いた冨永が現実的なことを言い出す。
「しかし、もうすぐ中間テストだろう。ていうか、みな勉強はしているのか?特に立花」
立花は図星を指されたかのように挙動不審になる。
「え、え?まあ人並みになー、あはは」
こいつ絶対やってないだろ。同じことを全然勉強してない中学の時オレも言ったことがあるぞ。
ていうか今まで気にしたこともなかったけれどこいつらは勉強してるのか?立花はともかくも、万条、冨永、大花はどうなんだ?
「ていうか、みんなは成績とかどうなの?今年はまだテストないから去年の成績」
オレは聞いてみた。するとまずは冨永が毅然として答えた。
「ワタシは学年でいつも十番以内には入っているぞ」
「え?まじ?カンニングのやり方教えてください」
「何を言うか。実力だ」
こいつ頭良かったのか。それに金持ちだなんて。
万条が、不思議そうな顔をしてオレに聞いてきた。
「ハッチー知らないの?ヒイちゃんは成績優秀者にいつも載ってるじゃん!」
「そ、そうなの?あんなの自分が載ってないから見る気も起きない」
「そういうお前はどうなのだ?」
冨永がオレの成績を聞いてきた。自分の成績を言った後に聞くなんてほんとうに嫌なことをしてきやがる。オレは自信なげに答えた。
「い、いや。普通より少し上くらいだ……と思う。でもまぁ、日本史と英語には自信がある」
そうこれらの科目については自信がある。日本史と英語はどちらも90点オーバーしている。しかし、そんなオレの自信は冨永の一言で一瞬にして打ち砕かれた。
「では、前回のテストでなんてんだったのだ?ちなみにワタシは日本史は96点。英語は満点だ。さ、点数を言ってみろ」
た、高いな、何、ちなんでんだよ。公開処刑かよ。くそぅ。
「オ、オレは日本史は95点。英語は94点だ……これで満足か?」
オレがそう言うと冨永は本当に満足そうに、
「ふむ。満足だ」
ムカッ。こいつ憎たらしいやつだ。なら、オレもちなんでやる。
「まあちなむとだが、前回は少し調子が悪かったからな。今回はどっちも150点はとってやる」
「テストは100点満点だろう。それにそう言う奴に限って成績は伸びないのだぞ?」
冨永はそう言った。しかし、オレは本当に前回は風邪をひいてしまい納得のいく点数が出せなかった。まぁ、言い訳だけれど。
「しかし今回は本当に満点をとってやるよ」
「ほう。ではどうだ?今回のテストで勝負して負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くというのは」
「ああ、いいだろう。何でもだな?」
こいつに勝ってこの傲慢な態度を改めさせてやる。
「ああ、何でもだ。では決まりでいいか?」
「ああ」
その会話を聞いていた万条が、
「ワタシもやりたい!ていうかみんなでやろうよ!総合成績で!」
「それもいいな。みなで切磋琢磨出来るしな」
「別にいいけど万条、お前。成績どれくらいなの?」
「あへへ。普通くらいかなぁ」
「あへへって。呑気だな。ていうか、立花はともかく大花はどれくらいなんだ?」
「ともかくって……ひどいな八橋……」
「ていうかお前、知らないのか?大花の成績」
冨永が言う。すると立花も、
「八橋。ドンマイ」
どうやら状況を把握してないのはオレだけであったらしい。万条も立花も冨永もじっとオレの方を見て笑っていた。
「え?」
「オーちゃん。言ってあげて」
そう万条はいつまでたっても状況が分からないままであったので大花の口から言わせようとした。すると、大花は読んでいた本に栞を挟み本を閉じていつものように真顔で言った。
「ワタシ?ワタシは学年一番だけれど、どうかしたの?」
「………………え?」
オレは驚いた。驚いたまましばらく言葉を発することは出来なかった。念のためにオレはもう一度聞き返した。
「何て?」
オレの無知さに呆れた顔をして冨永が繰り返して言った。
「だから大花は学年トップだぞ」
「ま、まじ?」
「お前本当に何も知らないのだな」
どうやら、オレの耳は正常に機能しているようだ。大花が学年一番だと?こいつが?何かの間違いだ。
「それ、本当なんだよな?」
「ああ、なぁ、大花?」
「ええ」
くそう。オレの聴神経が正常で且つこいつらの言うことが正しいと仮定すれば、分かることは一つ。世の中って残酷……。
「どうかしたの?生き物さん。ワタシと勝負する?」
「しないです」
「なんで?」
「逆になんで?」
「まぁいいわ」
そう言ってまた本を読み始めた。すると、今まで黙っていた立花を見て冨永が言い出す。
「ていうか立花、お前は前回どれくらいだったのだ?」
「え、え?オレ?オレは……そのなんていうか、覚えてないなぁ。だいぶ前のことだしなぁ」
立花は冨永と視線を合わせることなく、動揺して言った。こいつ相当悪いな。その動揺に気付いた冨永がおかまいなしに問い詰める。
「じゃあお前この前の英語のショートテストなんてんだった?」
「アレは何点だったかなー?お、覚えてないなぁ」
立花は余計に倉皇たる態度になり始めた。立花、絶体絶命である。
「ちょっとバッグ見せろ」
そう言って冨永は立花のバッグを取り上げて中身を物色し始めた。
「ちょ!何やってるの!」
そして冨永は見つけたらしく、
「なんだこれは」
と言いながら、前回の立花のショートテストを取り出した。
「ああ……それは」
冨永はそれを見て唖然として言った。
「お、お前。28点って」
「28点っ!?」
その点数には万条もオレも驚いた。28点!?28点は、笑えない点数だな。フッ。
「あ、見つかった……」
「深刻だな。もっとやった方がいいぞ。さすがに」
「お、おう……」
「じゃあ、バナ君の勉強見るのもかねて、みんなで一緒に勉強会しようよ!」
「それはいいな!」
「それならオレもやるかも!」
「立花お前な……ていうかオレはパス。勉強は一人でするものだからな」
テスト期間というこの一人になれる期間を逃していいだろうか?いや、ダメだろう。反語も意外と使えるものだ。
「え~、ハッチーもやろうよ!オーちゃんはどう?」
「ワタシは構わないわ」
「じゃあ、早速今日の放課後に集合だ。みないいか?」
「うん!ハッチー、これも部活だよ。咲村先生に言っちゃうよ~」
「お前と咲村先生どんだけ仲良いんだよ。しかもあの人に言われた暁にはオレは人としての肉体の原型を留めていないだろうな」
「そりゃ、恩師だからね!じゃあ、来るよね?大丈夫!ちゃんと勉強するから!」
「よく、小学校の時に母親にそう言っては隠れてゲームをしていたものだ」
「ワタシもよくそう言って友達の家に遊びに行ってたよ!」
「おい。確信犯だな」
「でも、もう高校生だから!それにみんないれば自ずとやると思う!だから来てよ!たまにでもいいから!ねぇ!ね!どう?ねぇ?」
「あ~、もう!うるさいよ!分かったよ、行けばいいんだろ」
テスト期間ですらもこの部活は休めないのか。
それからオレたちは度々集まっては勉強した。勉強会というものは名目だけで結局は勉強しないものだと思っていたが、思ったより勉強は捗った。立花もみんなに監視されながら勉強を続けていた。全員で成績を競い合い、勝ちたかったせいもあってかあっと言う間にテストまで一週間を切った。
ある日の休み時間。オレは冨永に教科書を借りようと思ってB組まで来た。そして冨永の席を見つけてそこまで行った。
「冨永―、数学の教科書貸してくれないか?」
「あ、お前か。構わない。ちょっとまて」
冨永は教科書を探し始めた。オレは何か視線を感じた。ふとクラスを見渡すと、何やらこちらを見てざわざわしていた。
なんだ?何か顔に付いてるのか?それともオレがイケメン過ぎるのか?おそらく後者が有力だろう。
すると、冨永は教科書を見つけたらしく、オレに差し出した。
「ん。これか?」
「そうそうそれだ。今日持ってくるのを忘れたから助かった」
誰かに教科書が借りれるなんて便利なんだ。知り合い万歳!気付くとオレはまた視線を感じた。なんださっきから。
「なあ、さっきからクラスの奴らオレたちの方見てきてないか?なんか顔についてる?」
「ああ、付いているぞ」
「まじで?何がついてる?」
「鼻と目と口などが付いているぞ」
何て言うか………。
「お前、勉強し過ぎじゃないか?」
「そうかもな」
冨永は少し顔を俯かせた。
「ん?どうした?」
ふと、またクラスを見渡す。すると、今度は周りのクラスの人達の会話が聞こえてきた。
「冨永さん誰かと話してるよー、友達いたんだー」
「ねー、よくできたね、あんなに偉そうなのにね」
なるほど。こちらを見てくるのはそういうことか。まぁ、確かに偉そうだよな。
冨永はオレが状況を理解したことを理解して言った。
「聞こえただろう。ワタシはクラスから嫌われているのだ。以前お前はワタシに友達がいるか聞いてきたな。これがその答えだ。ワタシは友達なぞいないのだ。事実、現状がこれだ」
そう言った冨永は俯き気味であった。
「嫌なのか?」
「嫌に決まっている。しかしいつのまにかクラスがこうなっていた。だからもう慣れた。みんなが嫌ってくるならいっそのこと嫌われ者になりきれば楽になれる」
「そうか」
「しかしワタシは………まぁいい。用は教科書だけか?」
ん?
「ああ。ありがとう助かった。授業終わったら返す」
「分かった」
オレはB組の教室を出て自分の教室に戻った。
数学の授業が始まる。数学の田村が教科書を開けるように指示をする。
「はい、教科書の34ページを開けー。今日は数列をやるぞーこれは嫌われ者の分野だがやればできるからなーちゃんと聞いてろよー」
嫌われ者か……。
オレは冨永の言っていたことを思い出した。
まぁあいつはものをズバズバいう奴だからな。高圧的で口が悪いって言うのも確かだ。弁護しようがない。そう言う意味であいつは正直で上辺がない。それはいいと思う。何も悪いことではない。それで他人から受け入れられないこともあるだろう。
しかし、オレは上辺も悪いとは思わない。何故なら上辺は仲の善し悪しというものを作らないで済む。はなから上辺を通していれば仲が良くなることも悪くなることもない。問題は発生しない。廊下ですれ違った時だけ、よっ、と軽く挨拶をしていれば安全を保てるのである。
まぁ、いい。それにしてもあいつ、なんか言おうとしてたよな?
そして授業が終わった。そして昼休みになった。オレは冨永に教科書を返しに行った。
「冨永、きょうかし……」
「お前、いま故意に足掛けてきただろう」
「あ?掛けてねぇよ」
オレは驚いた。冨永がB組の男子と喧嘩していたのだ。
「いま、明らかだっただろ」
「知らねぇよ」
「次は気をつけろ」
「あ?だから知らねぇって」
冨永は男子生徒の胸ぐらを掴み始め、
「気をつけろ」
と言った。
「ったく、うるせぇなぁ。嫌われてるくせに」
「何が悪い。集団の意見に左右されるなど実にくだらない。何も考えずに群れてくたばれ」
「……なっ、なんだよ!」
言われた男子生徒は怖気づいて言い返せないでいた。すげえ言いようだな。もはやこっちも恐ろしくなる。オレはおそるおそる冨永に話しかけた。
「あの~。ちょっと、冨永さん?教科書返しに来たんだけど。今、忙しい?」
すると冨永はオレが来たことにやっと気付いて、ひと段落ついたのか落ち着いて言った。
「ああ、お前か。いや、今終わったところだ」
「これ、ありがとうございました」
「ああ。ていうか昼休み、そのまま部室に行くか?」
「ああ、まぁ」
すると周りの人が騒いでいた。
「冨永さんって乱暴だよねぇ」
「ね。こわい。近づきたくない」
冨永にも聞こえていたであろう。しかし、冨永は見向きもせずに、
「では、部室に行こう」
「ああ」
オレと冨永は部室に向かう。行く途中オレは尋ねた。
「お前ああいうのいつもやってるのか?」
「ああいうの?」
「嘘だろ?自覚ないのかよ。さっきの。口論してただろ」
「ああ、偶にな。あからさまなのはやり返している。全部やり返していたらキリがないからな」
こえぇ。こいつはやり返せる度胸があって良かったな。やり返せないやつもいるだろうに。
「そうか」
「いくらやりかえしても悪口は絶えんがな」
「気にすることないだろ」
「ああ、そうできると思っていた……」
冨永は立ち止まり、小さく言った。
「え?どうした?」
「ワタシは……しかし、こんな話をお前にしても仕方がないな」
「その話がどんな話かオレは分からないけどな」
「そうだな」
オレは聞いてみた。
「お前さ、さっき何て言おうとしたんだ?」
「さっき?」
「ああ、嫌われ者になりきってその後、しかしって言ってたろ」
「ああ、そんなことを言っていたか。何でだろうな。お前は話してみると話しやすい。だからユイも……」
「え?万条がなんて?ていうかそんなことはないよ、で?」
「ワタシが何で道楽部に入ったか分かるか?」
「え?いきなりだな。そりゃあまぁ楽しいことってやつをしたかったんじゃないか?」
「まぁ、それもそうだが、本当の理由は……憧れていたのだ」
「憧れ?何に?」
「お前とユイの関係に、そして友達や仲間の存在にだ」
「え?待てよ、友達や仲間はまだ分かる、お前は友達がいなかったらしいからな。でもオレと万条の関係のどこに憧れるんだよ、正直、オレは万条のやることにウンザリすることの方が多いぞ、お互い考え方も違いすぎるし」
「それが羨ましいのだ。ワタシはそうやって寄ってくる友達がいることが羨ましかったのだ。その癖にワタシはいつからか嫌われ者になりきり割り切ればいいと思っていた。しかしワタシは逃げていた。そうやって嫌われたらワタシも嫌うと言ったように自分が相手をどう思っているかなんて挙句考えなくなった。無視するようになった。ワタシはお前が羨ましい。自分から動くこともせず何でもかんでもめんどくさそうにしているお前が、ユイのような優しい子から求められるなんて、何故、求めている人のもとには来ないのかって。でもワタシは結局のところそれはワタシが悪かったのだ。だからワタシは自分で動くことにした。居場所が……欲しかった。だからこの部活に入ったのだ」
冨永はそう不安そうな顔をして打ち明けた。オレは冨永の話を聞いて、そして冨永を見て思った。だから会った時からオレへの当たりがきつかったのか?それに冨永という奴はこんなにも脆弱じゃないか。でもだからこそ強く振る舞い、弱い自分を隠していたのだ。誰かに甘えるということが出来ないのだろう。オレは少し間を置いてから落ち着いて言った。
「………そうか。でもお前はもう一人じゃないんじゃないか?」
「え?」
「待ってるやつがいるだろう、今頃、万条も立花も来るのを待っているだろう。大花は顔には出さないけれど多分あいつも」
「そう……だな」
「そうだよ、自分から動き出したんだ。報われなくちゃやってらんないだろ」
「まさか、お前からそんなことを言われるとはな。まぁでも、その、ありがとうな」
「当たり前なことを言っただけだ」
そしてオレたちは部室に着いた。思った通り万条と立花、大花はそこに座っていた。冨永は部室に入って、
「すまない、遅くなった」
「お!ヒイちゃん!遅かったね!」
「あ~冨永さん遅いよ~!ここ教えてくれない?」
「ああ、いいぞ」
やっぱり冨永はクラスでは嫌われているが部活では欠かせない存在だ。数人、理解してくれる奴がいれば冨永にとっても救いになるだろうな。こいつは嫌われ者の状況に耐えかねてそれで部活に入ったのだ。自分で困難に立ち向って居場所を見つけようとした。冨永は強いな。それに比べてオレは……
「どうしたのハッチー?座らないの?」
「あ、座る」
そしてその日も終わり、テスト勉強もラストスパートをかける時期となった。オレたちは順調にこのまま終わると思っていた。
テストまであと5日になったある日、事件は起こってしまった。オレはその日、昼休みになりいつものように部室へ向かっていた。階段を上がっていると急いで階段から降りてくる奴がいた。そいつはなんかに追われているように階段を下ってきてオレとぶつかった。
「おっと、申し訳ない」
オレがそう言うとそいつは何も言わずにそのまま行ってしまった。チラッとそいつの顔を見るとそいつは以前、冨永と口論を繰り広げていた奴であった。こんなところでなにをやっていたのか知らないが、危なっかしい奴だ。そしてオレは部室へ辿り着いた。
「あ~、なんでここの部室二階なんだよ。エスカレーターを設置してくれよ。全く」
そう独り言を言いながら部室のドアを開けると、誰もいなかった。
「まだ、誰もいないのか」
オレは、一先ず椅子に座りみんなが来るのを単語帳を見ながら待っていた。すると間もなく万条がやってきた。
「お~ハッチー!早いね!どうしたの?」
「まぁそう言う日もあるだろう」
そして、立花と冨永も続いてやってきた。
「だから、お前、アレはだな、円の接線を求める問題であって……公式覚えているか?」
「えっと……」
そう数学の話をしながら入って来た。
「よっ!ヒイちゃん!バナ君!」
「おう!あれ八橋?」
「お~ユイ。ん?お前、今日は早いな」
立花と冨永は何故オレがこんなにも早くいるのか、と言った眼で見てくる。
「また、それか。たまにはそんな日もあるだろうよ」
すると、大花が本を読みながら部室に入って来た。
「あら。何故、生き物さんが……」
「うるさい。その先は言わなくていい」
「分かったわ」
「ああ、それはどうも」
「で、何故、生き物さんがこんなにも早くいるのかしら?」
「言いやがったな……まぁ何でだろうな。自分で考えてみな」
「そうね……また今度考えるわ」
「……それは今後一切考えないやつだ」
「あら、正解よ」
そんな会話をしていたら立花が何かを探していた。それを見て万条が聞く。
「どうしたの?バナ君?」
「え?昨日ここに置いて置いた教材が一部ないんだ……」
それを聞いて冨永が、
「どうせ探し方が悪いのだろう。ちゃんと探したのか?」
「うん……。絶対に昨日ここに置いたはずなんだけど……」
オレは立花を見た。すごく一生懸命に探している。
「まぁ、記憶っていうのは間違っていることも多いからな。家に帰った時にもう一度探せよ」
「いや、でもたしかに昨日、今日使うためにここに置いておいたと……誰か持ってないよね……?」
オレはその時ふと頭をよぎった。それはさっき階段でぶつかった奴である。もしかしたら、あいつが盗んだ?いや、でも、わざわざそんなこと何でするんだ?冨永?冨永への、この前の仕返しか?それにしてはやりすぎじゃないか?
そんなことを考えていたら冨永が、
「どうした八橋容疑者。そんな顔して」
「いや、オレが犯人だと疑ったような言い方するなよ」
「違うのか」
「ああ、当たり前だろ」
「じゃあ、早く出してやれ。イタズラにしては過ぎるぞ」
「いや、だから違うって」
「じゃあ、どうしたというのだ?」
「その、今日オレが早く来たとき、階段であいつがいたんだよ」
「あいつ?八橋のことか?」
「おい、真面目に聞けよ。じゃあ、オレは誰なんだよ」
「それで?」
「ああ、それでそいつはその、この前お前が揉めてた男子生徒だったんだ。何か知らないがすごい形相して階段を下って行ったのを見た」
「え?坂下か?」
「名前は知らないけど、そいつだよ。まぁでもそんなことさすがにしないと思うんだが」
「そ、そうか……」
すると、万条がオレに尋ねてきた。
「てかさ、ハッチー!部室どうやって入ったの?」
「は?何言ってんだよ。普通に入ったよ」
「え?普通にって?」
「だから普通にドアを開けて入るんだろ。それともドアをすり抜けて入るのか?」
「いや、だからさ、ドアを開ける前だよ」
「は?開ける前?強いて言えば手汗を拭くぐらいかな」
オレが言ったことに対して万条と立花、冨永は目を合わせた。
「どうしたんだよ」
「ハッチー。鍵借りてないの?職員室で」
「鍵?」
「うん、部室入る時は鍵が必要なはずなんだけど……」
「そ、そうなの?」
「あ~、もう~。ハッチー……」
「いや、ちょっと待て、そうか。じゃあ鍵が空いてたってことはオレの前に誰か入ったってことじゃないか」
「そうだよ……やっと気付いた?」
「ああ、でも鍵って職員室にあるんなら坂下が持っていくことなんかできないじゃん」
「いや、そうでもないんだよね~、色んな部活の鍵が一纏めになって置いてあるから……先生達もいちいち確認なんてしないし……」
「なるほどな。じゃあ、やろうと思えばどの部活の部室でも自由に入れるってわけか」
「まぁそうだね……今日はてっきり誰かヒイちゃんかバナ君あたりが先に借りてるのかと思ったよ」
「まぁ、じゃあ、多分いま職員室に行ったら鍵は平然と置いてあるんだろうな」
「そうだね……」
すると冨永は口を手で押さえて言い始めた。
「き、きっと、坂下だ……。ワタシに仕返しをしようとしたんだ……」
「いや、待てよ、でもまだ確証があるわけじゃ……」
「しかし、他にいない。それにお前も見たのであろう?」
「まぁ、そうだが……」
万条と立花がよく分かっていない顔をして聞いていた。そして、冨永に尋ねた。
「え?ヒイちゃん。仕返しって?」
冨永は少し動揺した。しかし、深呼吸して言った。
「ああ、その実はな……」
そして、冨永がクラスで嫌われているという話をした。その嫌われぶりは自意識過剰的なものではなくオレも目撃したように実に解かりやすい嫌われ方であった。
その話を聞いて、万条と立花は、
「え~~!?何で!?ヒイちゃんが?」
「何でだろうな。冨永さん接してみれば良いやつなのに」
「まぁ、アレだろ。一回誰かに嫌われて、それが広がってたいして冨永と絡んでないやつも嫌い、ていうか悪いイメージを植え付けられてんだろ」
冨永は言い出す。
「ワタシのせいだ……ワタシのせいで……」
「いや、冨永さん。そんなことないよ。オレも教材に名前書いてなかったし……」
「バナ君、どれくらい無くなったの?」
「数学の教科書とノート、あと生物と日本史の教科書。あと国語のノート……」
「その取り方をみるに明らかにテスト勉強の妨害をしてるな。おそらく、その坂下ってやつが犯人だとすれば、冨永にテスト勉強させないようにしたかったんだろうな。でも盗んだのが立花のだった。って感じか」
「そうだな、八橋。冨永さん気にしないでよ。別に誰かに見せてもらえばいいし」
大花が本を閉じて言った。
「ワタシが貸すわよ」
しかし、冨永は耐えきれず、
「ダメだ!!それでは……」
「いいって。冨永さん」
「ワタシは見て来たのだ!お前がこの何週間かすごく一生懸命に教科書に書き込んだり、まとめのノートを作ったり……それなのに!」
「いいんだよ、もう一度やればいい」
立花は笑って言う。冨永はそれを見て余計に荒ぶった。
「しかし、教科書はこの先ないと授業が受けられない!ワタシのせいですまん。ワタシがいつも見高であるために……」
ついには立花も黙り込んでしまった。すると万条が、
「取り返しに行こう」
と言った。そして黙っていた立花も、
「そうだな!今から行ってやろう!問題は早く解決した方がいい」
「そうだねバナ君!みんないこ!」
やっぱり行くのか。こうなったら万条は、いや、こいつらは退かないであろう。
そうしてオレたちはB組の教室の前に来た。万条が坂下のところへ行こうとすると冨永はそれを止めて、
「ワタシが行く」
そう言って、坂下のもとへ行った。そして、冨永は意外な行動をした。なんと坂下の前で冨永はいきなり頭を下げ始めて言った。
「この間はすまなかった。教科書、ノートを返してほしい。頼む」
オレはてっきり胸ぐらを掴んで問い詰めるものだと思っていた。が、冨永は頭を下げたのである。あの強情な冨永が人前で首を垂れて恥をもお構いなしに。
しかし、坂下はその冨永の謝罪を見て、
「へっ!何やってんだよ、やっと謝る気になったか!それにノートなんて知らねぇ」
と悪辣なことを言い放った。
それを見て万条と立花は教室に入ろうとしたが、オレは止めた。何故ならばこれは冨永の問題だ。それに自分から行ったのだ。
「頼む。返してくれ。ワタシなら慣れているからいい。しかし他の、部員にまで迷惑はかけないでくれ。それだけは。この前のことを許してくれ」
冨永は頭を下げたまま嘆願する。
「あ?何言ってんの?よく聞こえねぇなぁ」
冨永は握り拳をつくりながら続ける。
「頼む!」
クラス中の人がその光景を見てざわざわしていた。坂下は注目の中、冨永をさらし者にしたかったのであろうか、
「え~、どうしようかなぁ。お前には前々からムカついてたんだ」
冨永は、坂下の服を掴んで叫ぶように言った。
「頼む!坂下!こんなにも頼んでいるだろうに!ノートを!」
「ちょっ、離せよ!ノートなんて知らねぇし」
坂下は冨永を突き飛ばした。
「おいおい、冨永、大丈夫かよ」
冨永を見ると机に当たって体勢を崩してしまっていた。そしてふと気がつくと、立花は坂下のもとへ行っていた。
「立花……あいつ」
立花は坂下に平然とした顔で声をかけた。
「ねぇ、お前さ」
「あ?」
坂下がそう言った瞬間、立花は坂下の顔面を思いっ切り殴った。坂下はそのまま飛ばされた。
「なっ、何すんだよ!いてぇなぁ」
「あ、悪い。ちょっとムカついちゃって」
その言葉を吐いた立花は冷静であった。しかし、立花の拳は震えていた。
「あ?おまぁえこの野郎!」
そう言って坂下は立花を殴ろうとした。しかし坂下は立花に返り討ちにされた。
「ぐぁぁ」
殴った後に立花は言った。
「これ以上、冨永さんを侮辱するな。勇気を振り絞って謝ったんだ。どうして分かってあげられないんだよ」
坂下はそれを聞いて笑いだした。
「あっはは!何言ってんだよお前。そんな格好つけてるつもりかよ!仲間意識高いのな!それにそいつに友達なんていねぇよ!くだらねぇ!」
立花はやっぱり冷静であった。
「お前には分からないよ。傷付いたことなんてないんだろ」
「あ?」
クラス中がざわめく。そして噂を嗅ぎ付けたのか隣のクラスの生徒も集まり野次馬が増えていた。気がつくと、万条と大花がどこにいったかも分からないほどであった。しかしあたりを見渡すと何やら大花が坂下のカバンを物色していたのが分かった。それに気がついた坂下は焦ったように立とうとするが殴られた後だからでろうか、うまく立てないでいた。
「おい!なに勝手に人のカバン見てんだ!」
大花はそれを無視してカバンを物色していた。そして、
「あ、あったわ。これ立花君の。なんでここにあるのかしら。勝手に歩き出したのかしら?」
そう言って教科書とノートをカバンから取り出して見せた。
「そ、それは……」
「あなた、さっき勝手に人のカバン見るなって言っていたけれど、あなたこそ勝手に部室に入って人のものを盗まないでくれるかしら?」
坂下はもうやけくそになっていた。
「し、知らねぇよ!」
すると、騒ぎを聞きつけて咲村先生がやってきた。
「おーい!お前たち何をやっているんだ?立花?とりあえずほかの生徒はもう授業が始まるから戻れー」
そう咲村先生が言うと生徒たちはざわざわしながら教室に戻り始めた。
そして、冨永、坂下、立花は職員室に呼び出された。状況をオレと万条と大花に聞き出したらとりあえず事の発端を咲村先生は理解したらしく、
「なるほどな。大体わかった。お前たちはもう戻っていいぞ」
放課後。オレは部室に向かった。部室へ入ると万条と大花が椅子に座っていた。
「よっ!ハッチー!」
「おう、てかあいつらは?」
「もう来るよ!」
そうしていると、部室のドアが開いた。
「失礼するぞ~」
そう言って入って来たのは咲村先生であった。そして後ろに立花と冨永もいた。
「失礼だからやめてください。先生何で来たんですか?」
「お前こそ相変わらず失礼な奴だな。まぁ、様子を見に来たんだよ」
「そうですか」
「ああ、お前最近ちゃんと出ているようだな」
「そりゃ、万条と先生が恐いですから」
「はっは!そうか」
「で、どうなりました?坂下の件は」
「まぁ、あいつもやりすぎたって反省している様子だったよ。まぁあいつもやられっぱなしが耐えきれなかったのだろう。それにしても今回はどうやらことが大きくなってしまったな」
「すいません」
立花と冨永がそう言った。
「いや、別に構わないよ。衝突することも若いんだからあるだろう。大人になると衝突もせずにうまくやり過ごしてしまうことが多いのだよ。若い頃の失敗は良い経験だ。まぁしかしだからといって若さのせいにしてるだけでは成長はしないであろうけどな」
咲村先生がそう言ったあと立花と冨永は椅子に座った。
「では、私は失礼するよ。勉強頑張りたまえ。学生諸君」
咲村先生はそう言って部室を出て行った。その後万条はしゃべりだした。
「みんなお疲れ様!特にヒイちゃん、バナ君!」
「ふぅ。確かに疲れたなぁ」
「そうだな」
「おいおいお前らテストは近いだろ。忘れたか?」
「そうだったねハッチー!じゃあ、教材も戻ってきたことだし、勉強しようか!」
「そうだなユイ!」
「だな!」
一先ずひと段落がついた。その日の冨永と立花と坂下の事件は一気に広まり有名事件となった。生徒たちは坂下の変と呼んでいる。その事件後も、冨永と坂下は相容れないようであった。しかしこれでいいのだろう。誰しもそう言った人はいるであろう。そんなことより冨永は坂下の変以後、クラスで傲岸不遜な態度を少し改めたつもりらしい。しかし、相変わらず毅然とし、頑固ではある。そしてクラスでもまだ浮いているらしい。まぁ母親の様に温厚篤実とまではいかないけれど。それにしても依然としてオレに対しては傲岸不遜であるのには何故であろうか……
そしてテストは始まりあっという間に終わってしまい、立花も全て赤点を回避して再試は逃れたようだった。そして何故か部活で立花の赤点回避祝いを兼ねてテストお疲れ様会をすることになった。
「あ~、赤点回避したぜ~!」
「おう!おめでとう!ワタシ達が教えた甲斐があったな」
「よかったな。立花。まあこれを機にそれが普通なんだということを覚えろよ」
「そんなこと言わないでよ。でもとりあえず、テスト終わった~!」
「とりあえず、バナ君、お疲れ様!」
「ありがとう!」
一同は、注がれたコーラを手に取った。そして万条が、
「じゃあ、テストお疲れ様!乾杯!」
一同はコーラを飲んだ。
「ぷは~、みんなで飲むコーラは美味しいね!」
「うめ~!」
「うむ。悪くない」
「で、お楽しみのところ悪いが、テストの結果を聞こうじゃないか、皆さんよ」
「うむ、とりあえず総合の前にワタシは日本史と英語の勝負だったな。さぁどちらから行く?ワタシからいこうか?」
「いや、オレから行こう。なんとオレは……」
そう言ってオレは日本史と英語の答案を取り出して冨永に見せつけた。
点数は日本史が98点、英語が96点であった。
「ハッチーすごい!」
「八橋やるな」
「どうだ!びびったか?ちびったか?」
「やるな。ではワタシの答案を見せよう」
冨永は答案を取り出しオレに見せてきた。
「どうだ?びびったか?それともちびったか?」
点数は日本史が96点、英語は100点。また満点かよ。ちょっとちびった……。
「ってことは日本史がオレの勝ちで、英語は冨永か。同点?」
「まぁ、合計でやればワタシの勝ちだが、お前の頑張りを称して見逃してやろう」
ちっ、いちいちムカつくやつだな。
「そうだな」
「ということで罰ゲームはなしか」
「そうするか。しかし今思うとお前の罰ゲームは怖すぎるな」
「大丈夫だ。無理な罰ゲームはしたいがしない」
「したいとか言うなよ。ならいいか。で、みんな総合はどうだったんだ?」
そう言うとオレは大花からの視線を感じた。見るとこっちを見ていた。
「ん?なに?」
「いや、別にテストなんてそんなに良い点数取れなかったわ」
おいおい。聞いてほしいのかよ。
「じゃあ、まず大花に聞くか。大花はテストやっぱり今回も良かったのか?」
「え?ワタシの点数?ワタシは日本史英語は100点よ。あ、100点満点のテストよ」
「知ってるよ。ていうか点数聞いてないし。いや聞きたくない」
「そう。それは良かったわ」
「それは文脈的におかしいだろ。もし正気だったならモラル崩壊してるな」
「そう。それは良かったわ」
「お手上げだ、まぁどっちにしろお前が一番だろうな」
「そう」
「立花は……いいか」
「おい!オレも結構頑張ったんだぜ!」
「そうか。良かったな」
「ひ、ひどいぞ……。まぁいいや。オレ多分、一番下だし……」
すると、万条がしゃべりだす。
「じゃあ、ハッチー、総合どうだった?」
「オレは8・6だな。万条は?」
まぁ勝ったであろうな。
「なんとねぇ!ワタシは……」
「うん」
「8・8!」
な、なに?万条に…………負けた……………だと?
「やったあー!勝った!」
「負けた………」
「じゃあ、約束通り、負けたら交番で、『金をだせっ!』って言ってねっ!」
「いや、お前……本気かよ。捕まった時なんて自白すればいいの?」
「なんか、魔が差して、とか言えばいいよ」
「魔が差してそんなことするんだったら交番大変すぎだろ」
「確かに!罰ゲームはナシでいいよ!でも勝てるなんて!」
「ま、まぁ、この世は学力が全てじゃないよなーー」
オレは棒読みにそう言った。しかしオレはそう言ったあと途轍もない敗北感と虚無感に襲われた。次は負けない……と、思っていたが、その後冨永総合を聞いてオレは更に敗北感に襲われた。