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休日なんだから休ませてくれ


翌日の放課後。あの騒がしい第三校舎へ向かっていた。オレは言われたとおりに部室へ行くのであった。なんせもし来なかったら万条の奴が黙っている訳がないからだ。あと咲村先生も。ああ、恐ろしや。そして、オレは部室へ顔を出しに行くのだった。すると、既にみんな集まっているようであった。


「よっ!」

「おお!きたか!」

「おう!八橋」


オレは部員の挨拶を一纏めに答えた。


「お、おう」


すると、冨永は仕切り始める。


「では、部活活動を決めようではないか!」


「そうだね!」


「昨日のボーリングの案ももちろんいいのだが、いいことを思いついた」


「え?なに?ヒイちゃん!」


「昨日考えてきたのだが、そもそも曖昧すぎるのだ。他の部活は野球やらサッカーやら方向性が決まっている。まあ、ワタシはそんな曖昧なここは嫌いではが。それで一つ問いたいのだ」


「おい、文芸部だろ。活動は一応」


「なになに!?」


「え?冨永さん。方向性を決めるってこと?」


何を言うか立花、ある意味では方向性は既に決まっているぞ。曖昧という方向性があるではないか。


「いや、方向性を決めるのではない。いやむしろもう曖昧という方向性があるではないか」


 うわ。かたっくるしくて面倒な奴だな。


「で、問いはなに?」


「みなの趣味はなんだ?」


「趣味!?」


部員は声を揃えてそう言った、そのあと冨永は答えた。


「ああ、みなの趣味を聞くことで何か共通点が見つかりやることも広がるかもしれないと思ってな!」


「なるほど!ヒイちゃんやるね!」


「確かにな!」


「なんでもいいのだ。一つに拘ることはない。好きなものでもいい。そこからやることができるかもしれん」


「だから、一応文芸部でやることはあるだろうに」


「じゃあオレから!そうだな~。オレは映画鑑賞くらいかな。あとスポーツ」


「なるほど、映画か。スポーツも悪くないかもな。立花いいな!ユイどうだ?」


スポーツだけは勘弁して。苦手なの。


「ワタシは、そうだなー映画も好きだけど、アニメとか見るよ!けっこう面白いんだよ!あとはなんだろうなぁ。あ!あとはワタシ音楽好きだしギター弾けるよ!少しだけどね」


「おー、それはすごいな!しかしワタシは音楽もアニメも詳しくないな」


「で、冨永、お前自身は?」


「ワタシか?ワタシは読書ぐらいかな」


「文芸部らしいじゃないか」


「そういうお前はどうなのだ?どうせ毎日ダラダラ過ごすことが趣味とか言わないよな?」


「ああ、それは趣味というか習慣みたいなものだからな。もう最近は壊れてつつあるが」


「ではなんだ?まさかないのか?」


「趣味はそうだなぁ。読書、音楽、楽器。あと、アニメもみる。映画もみるな。あとは料理、ゲーム、漫画読んだり、あとは……」


「もう……いい。早く舌を噛みちぎれ」


「おいおい。お前から聞いておいて」


「それはほんとうなのか?それとも嘘か?」


「いや、ほんとうだ。当たり前だろ」


「いや、そうか。意外と多いのだな」


「へえ!ハッチってけっこう多趣味なんだね!」


「まあ、それは一人が多いからな、一人の方がむしろ忙しいくらいだ」


「ゲーム好きだなぁ。よく小さい頃はやってたなぁ」


「ああ、あの当時のゲーム面白かったよな」


「あ、わかった。論点がずれているぞ、みな。で、何かこの中から手を出してみよう。知ってる人から教われば楽しいであろうしな」


「うん!」


「何かみんなで簡単にできるやつがいいね」


「そうだな。この中で皆でできるのは、映画、ゲームくらいではないか?」


「映画ならオレがDVD持っていくよ」


「おお!そうか!しかし、ここにテレビがないな……」


「そうだね。急に用意もできないし」


「八橋、お前の家のテレビを持って来てくれないか?この通りだー。頼む」


冨永は全く誠意がこもっていなかった。


「無理だよ。いいって言うと思ったのかよ」


「ああ、だから言ったのではないか。ではそれが無理なら……そうだな……。ではワタシの家に来るか?」


「え?いいの?ヒイちゃん!」


「ああ、問題ない………と思う。しかし実は家に誰かを招くのは初めてなんだ」


「そうなんだ!ワタシたちが初めてなんだね!」


「あ、ああ。では明日はどうだ?次の日は休みであるし」


「うん!」


即答だな。暇かよ。


「では、明日授業後にここに集合だ!」


「うん!」


誰が行くか。オレは明日行くことに了承していない。そう思っていると万条が感づいたのか、


「ハッチー行く気ないでしょ!?」


「え?そりゃ、まあないよ」


「咲村先生に言っちゃうよ~」


そんなことをされたらオレはどうなるんだろうか……


「それはなんていうかウザいなぁ」


「じゃあ、行くよね?」


くそぅ。咲村先生と万条のタッグは不可抗力だ。


「あー、もう分かったよ」


「じゃあ、決まりだね!」




     ○




翌日、授業終わり。オレ達は冨永の家へバスに乗って向かった。


「もうすぐだ」


歩いていると大きな屋敷が視界に入った。あの家デカい家だな。ああいうところに住んでみたい。


「それにしてもそこの見える家デカいな、あんな家に住んでみたいな」


「ん?何を言うか。あれはワタシの家だ」


「え?またまた嘘だろ?」


「ほんとうだ、ほら、もうすぐ表札が見える」


そうして歩いて表札を見た。


「な?」


確かに冨永と書いてあった。


「嘘にしては念入りだな。このドッキリ、昨日考えたのか?」


「いや、考えていない。何故ならワタシの家だからな」


「まじで?」


冨永は家の門を開けた。冨永の家は昔ながらの木造の日本家屋のようで、庭園があるほど広かった。玄関まで遠いよ……。


「すごい!池がある!」


「ユイ、別にすごくはないぞ」


「え~、すごいよ~」


「それにしても庭園も手入れがちゃんとされているな。冨永、お前金持ちだったんだな」


「え?なにか言ったか?金なし男?」


「あー。何にも言ってない」


「そうか」








しばらく歩いた後にやっと玄関まで辿り着いた。


「長っ。疲れた……」


冨永は玄関口でドアを開けた。


「ただいま」


「あら、お帰りなさい」


そう言って出迎えてくれた人はとてもおしとやかで冨永とは正反対のように温厚そうな母親に見えた。


「昨日紹介した部員のみなだ。さあ、みな上がってくれ」


「では、皆さんごゆっくりね」


そう言って冨永の母親は行ってしまった。


「ヒイちゃん、お邪魔します」


「冨永さん、お邪魔します」


「オレもお邪魔します」


「邪魔だからやめろ」


「なんでだよ。対応変わりすぎだろ」


「こっちだ」


そう言って冨永は廊下を歩きはじめた。オレたちも冨永に付いて行った。


それにしても、デかいなこの家……。

広大な玄関口は入り、廊下を進むと、茶の間などの幾つかある和室が、襖で区切られていた。しかし、リビングや寝室などは洋式にリフォームしてあった。冨永の部屋も洋式であった。


オレたちは案内されるまま冨永の部屋へ入った。あたりを見まわすと、物は少なく、あるのは机と椅子とベッド、本棚くらいであった。部屋の色合いも蛍光色は一切なく、主に白と黒が基調であった。


 何とも殺風景な冨永らしい部屋だな。まぁ、こいつらしいが。


「殺風景だな」


「別に良いだろ。何が悪い」


「悪いなんて一言も言ってないぞ」


「そうか。では……もう早速DVDでも見るか?」


「いや。ちょっとまった!」


万条は両手を挙げてそう言った。


「なに?どうした万条。いつもにまして楽しそうだな」


「そりゃあね。いきなりDVD見るのも味気ないしせっかくヒイちゃん家来たのだからワタシはヒイちゃんの卒業アルバムが見たいのであります!」


 うざっ。


「アルバム?まぁあるが……アレって誰かと見るものだったのか?」


冨永はそう不思議そうに言った。


「そうだよ!誰かの家行った時に見るよ!定番だよ!」


「そ、そうだったのか。てっきり学年全体の写真付き連絡網だと勘違いしていた」


 すごい勘違いだな。まぁ誰かと見るものだとも思わないが。


冨永は少し照れながらも部屋の棚からアルバムを取り出して来た。


「これでいいか?中学生の時のものだが」


「うん!」


万条はそれを部屋の床に置いて開いた。それを万条と立花は食い付いて見ていた。


「あ!これ、冨永さんじゃない!?」


「え、ヒイちゃんどこどこ?」


「これ」


そう言って立花は指をさした。そこに写る中学生の時の冨永は何とも今と違って棘がなさそうで可愛らしい女の子でしかなかった。


「ヒイちゃん可愛いぃぃ!」


「や、やめてくれっ、ユイ。恥ずかしい」


「確かになんていうか可愛らしい感じだな」


「うあああ、恥ずかしい!こんなにも誰かと見るのは恥ずかしいものなのか………もうやめてくれ!」


そのあともお構いなしに万条たちは冨永を探した。ウォーリーを探せならぬ冨永を探せ状態であった。しかしウォーリーとは違って冨永を見つけるのは意外と簡単であった。


「これも冨永さんじゃないか?」


「あ、これもじゃない!?可愛い!」


「もう、やめてくれ!」


オレはその写真を見てまた冨永を見つけ易いとすぐに思った。何故ならば、赤と白のボーダーを来ていないのに冨永はいつも一人で写真に写っていたから嫌にでも目に付くからだ。本当に友達いなかったんだな。


「も、もう限界だ……」


そう言って冨永は無理矢理アルバムを閉じて棚へしまった。


「あ~ヒイちゃん可愛いかったなぁ。今も可愛いけど。見せてくれてありがと!」


「い、今も可愛いだとっ!?」


「うん!ヒイちゃんは可愛いよ!」


「冨永さんは可愛いぜ!」


なんだこのべた褒めは。しょうもな。でもまぁオレもちやほやされたいぜ。


「で。みなさん。じゃあそろそろDVDでも見るか?」


早く見てさっさと帰りたいからな。


「そ、そうだな。立花、DVDは持って来たのか?」


「もちろんだ!」


「バナ君、何の映画?」


「ホラー映画だ!」


「ホラー映画だと?」


「冨永さん、好きって言ってなかったっけ?」


「いっ、言ってないぞ!」


ん?


「まあ、見てみようよ!」




 万条たちはホラー映画を電気まで消して雰囲気づくりをして見た。そうして視聴から何分か経った時オレは思った。

 少し見てはみたが個人的な感想ではホラー映画という割に全く怖くない。始まって数分で物語の内容も予測できる。正直、もうお腹いっぱいだな。

 ふと、テレビの画面を見返すと重要シーンのようであった。ここがおそらく目玉なのであろう。


「あ、あの人は確かにもうこの世には……」


映画のキャラクターは後ろを向いた。


お決まりだな。これ。振り向いたら後ろに死んだはずの人が幽霊としているんだろうな。こんなの怖いやついるのか?


そう思ってあたりを見まわしてみると万条と立花はワクワクした顔で映画を見ていた。


 だよな。こんなので怖がる奴なんていないよな。


 映画を見ていると映画のキャラクターの後ろにはやはりオレが予想した通りの展開であった。その幽霊も怖ければまだいいのだけど、全然怖くない。これで悲鳴をあげるのは映画のキャラクターくらいであろう。そしてその通り、映画のキャラクターは悲鳴をあげた。


「キャァァァァぁ!」

「キャァァァァぁ!」


ん?今、二回聞こえた気がしたが、気のせいか?


声の聞こえた方を見てみると冨永が顔を埋めて震えているように見えた。どうやら冨永がその二度目の悲鳴をあげた張本人であった。映画のキャラクターが悲鳴をあげたのとほぼ同時に冨永も悲鳴をあげたようだ。


「その、冨永怖いのか?」


「こ、怖くなどない!油断していただけだ」


そういいながらも自分の制服のセーターの裾辺りを強く握っていた。


「ほんとかよ」


「ああ、ほんとうだ、ほら見てみろもう大丈夫だ。さっきのより怖いシーンなどもうないだろう。ワタシが怖いわけがな…………」


冨永は意地を張って怖くないと言っていたが映画を見返してみると……


「キャあああああああ!」


そう再び阿鼻叫喚した後、冨永はかなり怖かったのかオレの方向にいきなり飛びかかってきた。


「うわっ!」


オレは冨永がいきなり飛びかかってきたのでそれと同時に床に頭を打った。


「いった……お前、やっぱり怖いんじゃ……」


気が付いてからそう言いながら目を開けると冨永は四つん這いの体勢でオレに覆い被さっているのが目に映り思わず続きの言葉が途切れ、冨永と目が合った。顔が赤くなるのが分かった。何か仄かにいい香りがした。


「あ……その……どいてくれない?」


「あ、ああ……すまない……」


冨永も顔を赤らめ恥ずかしがりながら体勢をもとに戻して離れた。


「お前さ。もう、見ない方がいいんじゃないの?」


「いや、また油断していただけだ……」


「常に油断してるな」


冨永は強がりを言っていたが、震えるのを耐えるようにして見るのであった。その姿はいつもの高圧的な冨永の様子は垣間見られず、部屋は暗く、お化けに怯えるいたいけな女の子にしか見えなかった。




    ○




しばらくした後、映画が終わった。

「ふぁー、面白かったね!ヒイちゃん大丈夫だった?暗くてよく分からなかったけど」


そういえば、こいつは全然怖がってなかったな。こわいものあるのか?あ、ていうかこいつがこわいものだった。


「だ、大丈夫だ。もっと、怖いやつでもよかったんじゃないか?」


「あ、冨永さん。まだもっと怖いやつあるよ。見る?」


「い、いまはいい。今度見よう」


こいつ。意外と怖がりなんだな。


「そっか~残念だなぁ」


「ああ、みな、ちょっと飲み物とお菓子を持ってくる」


「あ、ありがと!」


冨永は飲み物とお菓子を取りに行った。時計を見てみると時刻は夜七時であった。そろそろ帰りたい時間であるが……。


「そろそろ帰ろっか」


万条が帰ることを切り出した。


 お、ナイス判断だ。


「そうだな。あまり遅くまでいても迷惑だろうし。っておい立花お前なにやってんだ?」


立花は窓を見ていた。何を見ているのか知らないがずっと見ていた。そして言う。


「あー、雨降ってきてるよ。すごい降ってる。映画見てて全然気付かなかった」


「まじかよ、どれくらい降ってる?」


「かなり大降りみたいだ、バス動いてるかな?」


「動いてるよ。絶対に動いている」


「八橋……必死だな……」


すると、冨永がやってきた。


「みな、飲み物とお菓子を持って来たぞ。時に大変だ。外が大雨でバスが動いているかわからん」


「ちょうどそれについて話してたんだ。このままだと今日は帰れないかもな。まあ明日休日なのが救いだけど」


立花はそう言ったがオレにとっては救いでも何でもない。帰りたい。


「大丈夫だ。万が一そうなっても一人一人部屋を用意する」


「そっか!なんか悪いね」


「それは申し訳ないな」


「八橋。お前の部屋は用意するなんて言ってないぞ」


「なんでだよ、お願いしますよ冨永大明神」


「とりあえず、八時まで様子を見るか」


「そっか……ごめんねヒイちゃん」


「別に良いぞ。それにこうやって遊ぶのも初めてだったし……」


「オレとは全然態度が違うな」


「え?何か言ったか?」


「いや。何も言ってない」


「そうか。ならいい」


「なにしよっかー。みんな何かあるー?」


「ワタシの部屋は特に何も遊べるものは置いてないな……すまない」


「そっかー、じゃあ、どうしよっか」


「ふふふふっ」


 ん?


やることがなくて困っていた時、急に立花が笑い始めた。


「どうしたんだ立花。いつもにまして気持ち悪い」


「おいおい!ていうかいい案があるんだ。それはな……みんなは、《いっせーのせゲーム》って知ってるか!?」


「冨永。悪いがそこのクッキーを取ってくれ」


「ああ。これか?」


「そうそう。ありがとう」


「あ、ヒイちゃん。ワタシもー」


「ってちょっとみんなー!聞いてよ!」


「立花、一応聞いてはいるぞ」


「ちょ……それ尚更ひどい……ていうかさ。やろうよ!《いっせーのせゲーム》」


「お前は小学生か。そんな手遊び今やっても面白くないだろ」


「やってみてから言おうよ!さ、一回でいいからさ」


そう言って立花は両腕を前に出した。


「ていうか、万条と冨永は知ってるの?」


「うん!ワタシ知ってるよー。小学生の時よくやってたなー。うちの学校では指スマって呼んでたけど」


「冨永は?」


「ワ、ワタシだって知ってはいる。よく周りの子がやっているのを見て覚えた」


「あ、そこまでは聞いてなかった……なんかごめん……」


「う……」


 こいつそんなに前から友達いなかったのかよ……。


「ていうか、じゃあ、一応だけどルール確認。まず参加者は両腕を前に出して親指が上に来るように手でグーを作っておく。万条、立花、冨永、オレの順番で0から8までのどれかの数字を一人一つずつ掛け声していく。それと同時に全員は作っておいた握り拳の親指だけを最大二つまで上げる、もしくは上げないってのもアリだ。その自分の掛け声と同じ数の親指が上がっていたら片腕を引っ込める。そうして両腕引っ込めたらそいつはアガリ。最後まで残った奴が負け。って感じだよな?」


「そうだね八橋。じゃあ、掛け声は『いっせーの 数』って感じにしよう!じゃあ、万条さんから」


みんなはグーを作り両腕を前に出した。


「いくよ~!いっせーの 4!」


万条は1本、立花は2本、冨永は2本、オレは0本の親指をあげていた。


「あ~。惜しかったなぁ」


「じゃあ、次はオレ!いっせーせの 5!」


万条は1本、立花は2本、冨永は1本、オレは0本の親指をあげていた。


「うわっ。惜しい……ていうか八橋、さっきから指上げてないけどやる気ある?」


「ない。次は冨永の番だな」


 次あたり、1本上げとくか。ずっと上げないと思わせておいてあげるという戦法だ。


「ワタシか……では、いくぞ!いっせーの 4!」


万条は1本、立花は2本、冨永は0本、オレは1本の親指をあげていた。


「フンッ。八橋、やはりそろそろあげてくると思ったぞ。ではワタシは片腕を戻すぞ」


「ちっ。ばれてたか」


「ヒイちゃんやるね!」


「あ~、冨永さん!上げるか上げないかで迷ったんだよなぁ……」


「いや立花。そういうゲームだから。じゃあ次はオレだな。じゃあいくぞ」


みんなは腕を前に出していた。


「その前に1ついいか?さっきから気になってたんだが」


「え?ハッチー。なにこのタイミングで」


「悪いな。それで、さっきから気になっていたんだがよくよく見るとこの部屋の天井の上にだな…………いっせの 0」


みんなが天井を見ている間にオレがそう不意打ちで言った後、誰も指を上げてはいなかった。


「よし。片腕クリアーだ。さ、万条の番だぞ」


「え!?八橋ずるくない?」


「うっわっ。お前、卑怯な」


「ハッチー、サイテー」


「おいおい。待てよ?ちゃんとルール確認はしただろ?途中で会話を挟んで不意打ちをしてはいけないなんてルールはないはずだが?」


「ハッチー……だから自分から説明したんだ……」


「なんて残念な奴だ……」


「八橋……オレ知ってるぞ。こういうのを試合に勝って勝負に負けた、って言うんだぜ」


「な、なんだよ、急にお前ら。ゲームごときで」


「それはそっくりそのままお前にいえるな」


「むっ」


「あー、やっぱり他のことしようか……誰かさんがズルしたからさ~」


「誰だ。そんなことした奴は。まったく、許せんな」


「ハッチーだよ!」


「え?だからオレはルールの範疇でだな……」


「まぁいいよ。ワタシもはじめからこの《いっせーのせゲーム》はその……アレだったし……」


「ちょ……万条さん……」


すると冨永が急に何かを思い出したようだった。


「あ、そうだ。今思い出したが……そういえばトランプとやらがあるぞ。みな」


「トランプいいじゃん!」


立花はそう言って元気を取り戻した。


「トランプか……この前やったのは中学の時か?」


「トランプいいね!ワタシやりたい!」


「そうか」


そう言いながら冨永はその場を立ち部屋にある押し入れを開けて探し始めた。


「あ、あった!」


「なんでそんな押し入れなんかに入れてんだ?」


「べっ、別に昔は誰かと一緒にトランプするためにすぐ手の届くところへ置いていたがそんな時が来なかったから押し入れにしまっていたわけではないぞ!」


「おい冨永?急にどうした。で、万条。なにやるんだ?」


「う~ん。《大富豪》!」


「万条さんいいね!」


 立花は遊びならなんでもいいんだな……。


「みんな知ってるか?」


「もちろんワタシは知っている」


「だよな、周りがやってたのを見てたからね。立花は知ってるだろ?」


「ああ!」


「そ、そういうお前は……いや、貧民は知っているのか?」


「ちょっと待て。なんで言い直した。それにはじめから貧民とかオレ不憫すぎ」


「《大富豪》ジョークだ」


「へぇ。すっげー面白いな」


「そうか?そうでもないだろ」


「な、そうきたか……」


「で、ハッチーは知ってるの?」


「オレは知ってるよ。よく谷元とやってたからな」


「谷元?誰だそれは?お前の地縛霊か何かか?」


「うんまぁ。遠くもないな。でも正解は友達ってやつだ」


「ほ、本当にいたのか……」


「まぁあ。で、じゃあ、ルール確認をしておくか。このゲーム、地方によってルールが違うらしいからな……」


「待ってハッチー!ルール確認はワタシがやる!ハッチーズルするから」


「まぁ、ズルも一種のゲームだけどん。じゃあ、よろしく」


「《大富豪》はまず4人に1枚ジョーカー入りの53枚のカードをそれぞれに全部配ります。それで最初の人が出したカード(同じ数なら複数出しても大丈夫)を自分の番の時に前のよりも強いカードを出していく。自分以外のみんなが切れなかったら最後に出した人がまたカードを場に出して……カードがなくなればその人から抜けていくってゲーム。でね。強い順に2が一番強くて1、キング、クイーン、ジャック、10……4、3って感じ。あとズルはなしだよ!」


 ズルはなしだよってだいぶざっくりだな。


「じゃあ、2がワタシで、3が八橋か」


「冨永。何言ってんのお前?」


「この世の真理を言っていたのだ」


「お前……それはオレが不憫すぎるだろ……」


「で、役付のカードがあって……8が8切りって言って8以下の数ならすぐに切れる。で、もう一回その人がカードを出せる。あと同じカード4枚で【革命】っていうのがあってカードの強さが逆になるの。強い順番に3、4……1、2って感じで」


「ドンマイだな冨永」


「何言ってるんだお前は?」


「この世の真理を言っていたんだよ冨永」


「くっ!貧民のくせに……」


「あ、あとジョーカーはなんの数にでもなれる万能なカード!」


「あ、万条さん。それはオレみたいなカードってことだな!」


「……あ……えっと……うん!」


 万条、いま明らかに戸惑ってたよね?間があったよね?


「他にあるかなー?」


「万条さん、それくらいのルールでいいよ」


「そうだな。ていうか万条。ネットで調べてもらえば一発なのに」


「え?ハッチー。なんか言った?」


「いや、別に」


「じゃあ、やろうか!」


そうして万条がカードをシャッフルして配りゲームが始まった。順番は万条、立花、冨永、オレである。


「みんなカードあるー?」


「ユイ。大丈夫だ」


「オレも大丈夫だぜ」


「オレも。さぁ、ジョーカーは誰が持ってるんだろうなあ?」


「オレはないなぁ。冨永さんが持ってそう?」


「ワタシは4枚、ジョーカーを持っている」


「お前な……ジョーカー1枚しかないから。お前持ってないだろ……万条あたりか?」


「え?ワタシ?も、もってるよ!」


「そうか。ジョーカーは万能だからな」


 この嘘つきめ。ジョーカーはオレが持っているのにな。


「そ、そうだね!じゃあ、ワタシからね!最初はこれ!」


そう言って万条は3を出した。


「フッ。八橋…ドンマイだな」


「おい笑うな。いいのか?万条。オレはいま【革命】できる手札だぞ?」


「いい!バナ君、早く8で切っちゃって!」


「おいおい。別に8じゃなくていいだろ」


「じゃあ、オレは6!次は冨永さん」


「うむ。次は八橋だよな?ならばこれだ!」


そう言って冨永は一番強い2を出した。


「お前……どんだけオレに出させたくないんだよ……パスだ、パス!」


「フンッ。もうパスか。雑魚め」


「くっ……」


「ワタシもパス」


「オレもだな」


「じゃあ、またワタシの番だな。じゃあ、これだ」


そう言って2を二枚出してきた。ていうか2を三枚持っていたのか。このブルジョワが。


「お、お前。もしかして【革命】する気だな?」


「【革命】?なぜワタシが貧民救済しなくてはならない」


「こ、これだからブルジョワは……パスだ!」


「ワタシもパス……」


「オレも……」


「では、またワタシか。ではこれだ!【革命】!」


そう言って冨永は10を4枚出した。その後に7を二枚出してきた。


「な、お前。【革命】しないって……てめ、急進派だったのかよ」


「え!ヒイちゃん!3とっておけばよかった」


しかしオレは笑みが零れていた。


 こんなこともあるかと思って9が三枚とジョーカーが一枚がある。そうオレも【革命】できるのだ。ことを焦ったな。冨永め。7が二枚か。堕ちたな。次がオレなのに7だと?なめてもらっては困るぞ!オレは3を2枚持っている。いけ最強のカード、オレ!


「じゃあ、3が2枚だ。みんなパスだろ?」


「うん」


「オレもパスだな……」


「ワタシもだ」


「じゃあ、またオレだな。オレはそうだな……どうしようかな……あはは!じゃあこれだ。【革命】!どうだ?冨永!」


「あ、ハッチー!ジョーカー持ってたの?ってことは……うわっ。自分で持ってて聞いたとかほんとサイテー……」


「八橋…オレはそんな気がしてたよ」


「オレは自分が持ってないなんて言ってないぞ。ただ勝手に万条が引っかかってくれただけだ。それはそうと冨永の時代は終わったな」


「フッ、何を言うか。貧民!」


そう言って冨永は12を4枚出してきた。


「え?嘘だろ?」


「【革命】返し!」


「お前。手札良すぎだろ……これがブルジョワとの差なのですか。神よ……」




       ○




そうして、冨永が一番に抜けて、次に立花、万条とオレと白熱の勝負の結果、オレは最後まで残り最下位であった。

 なんていうかアレだ。《大富豪》ってこんなに面白くなかったっけ?


ちょうど終わった時、時計を見ると8時10分であった。


「もう八時過ぎだ。雨はどうだ?立花?」


「どうやら止みそうにないな」


「では、もう家に泊まっていくといい。みなそれでいいか?」


「うん、ありがと」


「大明神が部屋貸してくれるなら」


「それやめろ。ユイはどうだ?」


「あ、うん。ありがと」


「すみません」


そんな会話をしていると冨永の母親がやってきた。


「みなさん、お風呂が沸きましたけど、どうぞ。その後は、夕食も用意したのでよろしかったらどうぞ」


旅館みたいなおもてなしだな。いやもう旅館だここは。


「あ、すいません。わざわざ」


「いいですよ~。ゆっくりしていってくださいね」


ニコニコしながら冨永の母親は答えてくれた。


「ありがとうございます」


「では、失礼しますね。ごゆっくり」


そう言って母親が出ていくと冨永が言い出す。


「とりあえずワタシは風呂にでも入って来ようと思う」


「あ、ワタシも一緒に入る!」


「わ、わかった。ではユイ。行こう」


「うん!ありがと!」


「え?お前んちの風呂ってそんなデカいの?」


「ん?まぁ、十人くらいは入れるんじゃないか?」


「あ、そ、そうなのか」


 こいつの親は何やってる人なんだ……。


「ああ。では行ってくる」


そう言って、二人は部屋を出て行こうとしたが、冨永が立ち止まり振り返り言った。


「そうだ。一つ忘れていた。お前たち覗くんじゃないぞ。お前らも男子高校生だからな。忠告はしたからな」


それはフリか?フリなのか?


「そんなことするはずないだろ、なあ立花」


「ああ、覗かない!」


冨永は目を細めて、呆れと疑いをもった目でこちらを見ながら言った。


「言っておくがフリでも何でもないからな」


それはフリか?フリなのか?


「フリ?なにそれ?おいしいのか?」


「まぁ、フラれた方はオイシイかもな」


「何をうまいことを」




そして冨永と万条は風呂へ行った。すると二人が出て行ったのを良いことに立花は変なことを言い出す。


「冨永さんってぱっと見普通だけど多分意外と胸デカいよな。さっきアルバム見て確信した」


「ふっ。いきなり何言ってんだよ。今更かよ」


「八橋、気付いていたか……」


「当たり前だ。嫌でも目につく」


「八橋。お前やるな!で、ここは腹を割ろう。お前何フェチなの?」


「オレは……」


オレと立花はその後自分たちのフェチについて語り合った。その内容はとても言える内容ではなかった。しかしその会話でオレは立花と少し仲良くなった気がした。




     ○




しばらくして冨永と万条が風呂から上がってきた。風呂上がりのせいか、着ている服が制服ではなく普段着のせいか見入ってしまった。


「おい。お前たち何を見ている変態」


「あ、悪い」


「あ~いい湯加減だったね。ヒイちゃん!」


「そうだな。いい湯加減だった。お前たちも入って来たらどうだ?着替えの服はワタシの父親のものを置いておいたから使ってくれ」


「悪いな。色々と」


「ほんとありがとう冨永さん」


「気にするな」


「じゃあオレたちも入るか八橋」


「そうだな」


オレと立花は部屋を出て風呂へ向かおうとした。しかし、オレは一つ言っておくべきことがあったことを思い出した。


「あ、一つ忘れてた。言っておくが万条、冨永。お前ら絶対に覗くなよ。これフリだからな」


「何を断言しているんだ。覗くはずないだろ!お前みたいな、けだものなど」


「けだものって……」


「冨永さん。男なんて皆、けだものさ」


立花は少し恰好つけて言ったが、冨永は軽くあしらい、話を変えた。


「ていうかお前たち早く行って来い。上がったら居間まで来てくれ、食事を用意しておく」


「分かった。ありがたい」



    ○



そしてオレと立花は風呂に入った。

でかい風呂だな。というよりも銭湯みたいだな。

オレは身体を洗ってから湯船につかった。


「あーーーーーー」


湯加減最高だ。


「あーーーー。いい湯だーー」


「それにしてもデカいなこの風呂。冨永金持ちだったんだな。二人なんか余裕に入れるじゃないか。この湯船」


「ね。羨ましいよーー」


「気持ち良くて寝ちゃいそうだ……」


しばらく湯船につかっていた。すると、立花が急に言い始めた。


「なんか楽しいなぁ。な?この部活入って良かったよ」


「そうかい」


「これだけ楽しければ、辛いことも乗り越えられそうだよなぁ」


立花は自分が辛いことがあるかのような含みがある言い方に聞こえた。

もしかしてこの前言ってた前の部活のことか?


「そうかい」


「おう」


しばらく沈黙がお互い続いた後に、立花は言った。


「オレ、この部活に八橋がいてくれて助かったよ。よかった。ありがとうな」


「そうかい」


「……これからはみんなともっと部活して、どんな時も互いに協力して信頼して助け合えるような、そんな風になればいいなぁ」


「……」


前の部活でそれが叶わなかったのか?遠回しな言い方しやがって。

そしてオレは湯船から出た。


「オレそろそろ上がるわ」


「早いね」


「はや風呂なんだよ、カラスよりは長風呂だけどな」


「なんだそれ」


オレはさっさと風呂から上がった。そして、体を拭きながら思った。


 誰かと信頼し合いたいなんて傲慢だ。自己満だ。自分が安心したいだけだ。他人に拠り所を求めてしまってはその他人が消えた時、自分の中の拠り所はなくなる。他人を依存してはダメだ。少しは自分を肯定し、他人を疑った方がいい。




立花よりも先に風呂から上がった後、そのまま夕食のある部屋まで行った。ドアを開けると、冨永がもう座っていた。

「あれ、お前だけ?万条は?いい風呂でした」


「ああ、ユイは部屋で髪を整えてるらしい。覗くなよ。そうか、良かったな」


「覗かねぇよ。ていうか食事まで用意してもらって悪い」


「気にするなと言ったはずだ」


「どうも」


「それにしても冨永の家デカいな。羨ましいな」


「そうか?デカいだけで物寂しいぞ」


そう冨永も物寂しそうに言った。


「でも、こんなに広かったら羨ましいよ。ていうか、ここで全員で食べるの?」


「そのようだな」


すると、冨永の母親がやってきた。母親は鍋を持っていた。


「あ、八橋君。冨永家ではね、みんなで机を囲んで食べるようにしてるの。その方が美味しく感じるの。家は三人家族だから、人数が多いと賑やかで嬉しいわ~」


そう言って鍋を机の上に置いた。


「あ、そうですよね。ありがとうございます」


誰かと一緒に食べるなんて久しぶりだな。


「やあ、お待たせ。って万条さんは?」


そこに立花がやってきた。


「ユイはまだ来てないな。呼んで来よう」


「もうすぐ来るだろ。待ってようぜ。まだ食べてるわけじゃないんだし」


「そうだな」


「あ~、腹減ったな~」


「ごめん!お待たせ!」


噂をしていたら、万条がやってきた。


「ほら、ユイ、そこに座ってくれ」


「ありがと!あ、お母さんもありがとうございます」


「いいのよ。今日は、雨で風邪ひてもいけないし人数も多いということでお鍋にしたのよ。たくさん食べてね」


「うまそう!」


「ありがとうございます!」


「お気遣いどうもです」


「では、食べようか」


そして鍋を全員で囲んでいただきますをした。


「いただきます!」


オレたちは鍋をつついた。その味は美味で体の芯から温まった。


「美味い!」


「美味しいです」


「うん、温かくて美味しい」


「そうだろう!」


「やっぱり誰かと食べる鍋は美味しいね!」


と、万条は笑顔で言った。それを聞いて母親は言った。


「そうね。美味しいでしょう。楽しい時でも辛い時でも家に帰って温かいご飯が用意されているって幸せよね」


「そうですね。どんなときでも温かさを感じることができますよね!」


 温かさか……。




 そうして、オレたちは食べ終わった。時刻は十時くらいであった。もう各自部屋へ戻ってそれぞれ眠りにつこうとした。オレももう眠かったので寝ようと布団に入り寝ようとした。しかし、人の家というのは自分の家と違って、寝にくいものであり、あまり寝付けなかった。


 しばらく経って、携帯で時間を見てみると時間は十二時ごろ。尿意を催したのでトイレへ向かっていた。しかし広いが故にどこにトイレがあるか分からず、さらに暗いので見つけるのに苦戦していた。トイレどこだ。広いなこの家は。

すると、途中で人影が見えた。


「誰だ?」


オレがそう声を出した瞬間にそいつはびっくりしたようだった。


「キャぁ!……ってなんだ、ただの化け物か」

この口の悪さは冨永だな。


「いや、人間だよ。意外だったか?ってかさっきの映画、まだ怖いのかよ」


「怖くないぞ。全然な」


「そうか。じゃあオレはトイレ行くからじゃあな」


そう言って行こうとすると、冨永はオレの前に立ち、


「では、ワタシが道案内しよう」


と言ってくる。


「いや、別にいいけど」


「人の親切を無駄にするのか」


「だって、それ親切じゃないし。じゃあ」


「ちょっとまて、わかったこの家の住人としてお前をもてなそう」


「いや、大丈夫だよ。十分にもてなしてもらった」


オレがまた行こうとすると冨永は前に立ち、言う。


「待て。ワタシもトイレに行きたかったのだ」


こいつやっぱりさっきの映画が怖いだけじゃないか。まぁでもトイレの場所もわからないから教えてもらうか。


「そう。じゃあついでに教えて」


「よし!こっちだ。ちゃんとついて来いよ」


そして、トイレに着いた。すると、冨永はすぐさまトイレのドアを開けて、


「ワタシが先に入る」


と言い放った。


「あ、うん」


冨永の後にトイレに入り、オレがし終えた後トイレから出ると、冨永がまだいた。


「あ、先行っててよかったのに」


「最後までおもてなししないとな」


「は?まあ、そうですか」


そして、冨永の部屋に着いた。自分の部屋に着いた途端、そ知らぬ顔をして冨永は言った。


「では、ワタシはここで失礼する」


「あ、うん」


なんだあいつ。一人でトイレに行くのが怖かっただけじゃないか。

そう思いながらオレは部屋に戻っていた。するとまた人影が見えた。今度は誰だ。そして誰かが、


「あ」


と言った。


「今度は誰?」


「ワタシ」


と言うので、冨永とはさっき会ったから万条か。


「あ、万条?」


「いや、立花」


「お前かよ。紛らわしいことすんなよ」


「ジョークだよ!八橋何やってるの?もしかしてトイレ?」


「もしかしなくてもトイレ」


「オレも。じゃあ、いってくるわ。漏れそう。おやすみー」


「ああ」


何だよあいつ。ていうかオレの部屋一番奥にあるみたいだな。戻るの面倒だな。

そして再び自分の部屋へ戻っていると、また人影が見えた。またかよ。


「今度こそ万条か」


「え、うん。よく分かったね」


「まあね。何やってるの?トイレいく……んじゃなさそうだな」


何故なら万条は縁側に座っていたからである。


「いや、寝付けなくて。ここの縁側で風でも浴びようかなって」


「なるほど。オレも寝付けなくて。人んちは落ち着かないなあ」


「うん」


万条は縁側に座り、風と薄雲を通した月明かりを浴びていた。そして、続けて言った。


「部活、楽しいね。これからももっと色んなとこ行って色んなことしたいなぁ。このみんなで。ずっと」


「さいですか」


オレは何と言っていいか分からなかったのでそう答えた。しかし、万条は続けた。


「だから、これからもよろしくね!」


そう言った万条の笑顔にしばらくの間、見とれてしまった。

まさかこんなことを言われるなんて。何て言えばいいんだ。

オレは少し間をあけてから言った。


「……なぁ万条」


「ん?」


「よく、そんなことを普通に言えるよな。ていうか万条もそろそろ寝たら?」


「な、なにそのいいかたぁ~!いいじゃぁん!もう寝るよ!ハッチーこそ寝たら!?」


「寝るよ。じゃあな」


オレは部屋へ行こうとした。が、万条がオレを呼び止めた。


「ハッチー!」


「ん?」


月明かりを少し浴びたままの万条はオレの目を見て笑って言った。


「おやすみ!」


その姿は、オレには眩しく見えた。


「ああ、おやすみ」


そしてオレはやっと自分の部屋に戻った。そしてすぐに布団に入り目を閉じた。




     ○




 翌朝。オレは人の家で寝たせいか寝付けず、いつもより早起きをしてしまった。時刻は朝7時。オレは部屋を出てトイレに向かった。その途中で三人の部屋の前を通り過ぎたが、誰も起きてる様子はなかった。まだ寝てるようだし戻ったらまたオレも寝るか。

 今日は土曜日だし翌日も日曜日で休みだ。個人的には土曜日が好きだ。これぞ休日というものを満喫できる。というのも土曜日は翌日も休みであるからだ。そうだ、土曜日だからこそできる、二度寝をしよう。生活習慣何て知ったことではない。日曜日に直せばいい。

 ここでちなみにだが、ちなんでしまうのだが、オレが編み出した過去最高記録は四度寝である。そして寝過ぎたせいか日曜日も生活習慣を直せるはずもなく結局、月曜日に遅刻をしたな。

 そんなことを思い出しながらオレはトイレに行き終わり、トイレを出た。すると、前に冨永の母親がいた。


「あ、どうもです」


「あら、おはよう。起きたの?」


「ああ、どうも。色々とお世話になってすみません。お蔭様で良く寝られました」


ほんとは寝られてないけど……。


「そう。それはよかったわ。初めてヒイラギのお友達を招くものだから、行き届いてないところがあったかどうか心配でしたわ」


「いえ。もう十分にお世話になりました。ありがとうございます」


「いえいえ。あの娘、ちょっと不器用で人と馴染めないところがあるけど本当はすごく友達が欲しかったみたいなの。これからもあの娘をよろしくね。八橋君」


冨永の母親はそう嬉しそうにオレに言った。冨永の母親が余りに嬉しそうに言ったが、オレはその期待に応える自信がなかった。そして気の利いたことも言えず、


「そうですか……。こちらこそお願いします……」


と、ただただそう言った後、冨永の母親は何かを思いついたような顔をして言った。


「あ!そうだわ。八橋君。まだ時間もあるし朝風呂なんてどう?きっと気持ちいいわ」


「あ、えっと大丈夫ですよ」


何故なら、土曜日限定奥義の二度寝が出来なくなりますから、とは言えない……。


「遠慮しなくていいのよ」


冨永の母親はおもてなしをとことんしてあげたいのか、朝風呂に入ってほしそうな目でオレを見てきた。それでオレは結局断れずに、


「あ、じゃあ、ありがとうございます」


オレは朝風呂をいただくことになった。


「ふう、少し早起きしすぎたな」


そう言いながら風呂場まで向かいドアを開けた。


 確かに、朝風呂なんて久しぶりだな。気持ちいいだろうな。


 そう思ってドアを開けて入った時、オレは後悔した。そう後悔とは事後的にするものである。


「ん?」


風呂場に入ってみると、なんとそこには万条と冨永が脱衣をしていた。昨日入った時よりも甘い香りがした。

 な、なんだこの良い香りは……冨永の母親が昨日掃除したのか?最近の洗剤は良い香りなんだな。


「お、お、お、おまえ!!何故ここに!?」 


「お、お前!の、の、の、のぞきにきたのか!」


そう言って冨永は身体を隠した。


「うわっ!ハッチーとうとう我慢できずに覗きに来たの?」


「え?」


オレは何かを言おうとした。しかし何が起こっているのか理解できずにただ立ちどまって見ているいるだけであった。


万条はタオルを巻いていたが冨永はまだ脱衣している途中であったらしくすぐさま腕で身体を隠していたが、なんていうか冨永の胸を見るとやっぱり意外とデカいというのは確信した。


「な、何て言うか……デカいな……」


冨永は赤らめていた。オレの顔も熱くなっているのが分かった。


「いつまで見ている!早く出ろ!」


「うわっ、悪い!」


冨永はタオルをオレに投げつけてきた。と、同時にオレは風呂場を出た。


「なんだよ、なんでいるんだ」


と呟き、風呂を入ることを諦め自分の部屋に戻った。


「なんだこのラブコメ展開は」




しばらくして時刻は8時。朝食を頂くことになった。オレは用意された居間に行った。もう既にそこには全員そろっていた。


「おはよう八橋、オレをおいて覗きしたらしいね」


「立花お前な……」


「立花、お前加害者になりたかったのか?けだものだな。それにしても早く座れ。変態」


「いや、あれはだな……」


「ハッチー。黙りなさい」


「いや、あんまりだろ」


冨永の母親が入ってきた。


「ごめんなさいね。八橋君。私が勧めたあまりに」


「いや、とんでもないです。あれは偶然ですから……」


といって万条と冨永を見た。


「何を見てる。こっち見るな。変態」


「ハッチー。見るんじゃない」


「あんまりだ……」


そして、オレたちは朝食を食べ終えて、もういろいろお世話になったので家を出て帰ることにした。


「お邪魔しました!」


「お邪魔しました」


「色々とどうも。お邪魔しました」


「いいのよ。また遊びに来てくださいね」


「はい!」


「どうもです」


そして、オレたちは冨永家を出てバスに乗って帰っていた。


「楽しかったねみんな!」


「そうだな!」


「それにしてもだいぶお世話になったな」


「ハッチー覗きはダメだよ~」


「いや、だから覗いてないし。偶然だ」


「あはは。なんか家に帰りたくないなぁ」


そう言った万条の顔はどこか寂しげであった。そうしてオレたちは各自、家に帰った。


 結局映画を見るといって、見たはいいが完全に冨永家にお世話になりっぱなしであった。それにしても家は旅館みたいで、母親もいい人であった。しかしどうして母親は温厚篤実であるのに娘はあんなに傲岸不遜になってしまったのだろうか。

 何にせよ、道楽部のせいでまた貴重な休日を使ってしまった。


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