そしてまた春はやって来る
万条は、まだ、そのノートのページをめくっていた。
「どう?」
小池さんは笑って万条に尋ねた。万条は、何か、小池さんに近いものを感じた。そしてこの道楽部活動記録ノートがいいものに思えた。
「なんていうか……とっても素敵なノートですね!」
「そう?」
小池さんは、疑うようにしかし、嬉しそうな表情で言った。万条はその小池さんの表情を見た後に、さらに、ノートのページめくっていた。読み進めていくと、それから、小池さんは、その日に帰ってすぐにおかあさんと仲直りして、数日後、道楽部に入部して、学校も行くようになった、ということが書いてあった。
一通り、読み終えた万条に気が付いて、小池さんは少しだけ恥ずかしがりながら言った。
「って感じよ。どう堀口と出会ったのかは。アタシ、そのノートにバカみたいに書いてるでしょ?堀口はあんまり書いてないのにねー。まぁ堀口もさ、普段はふざけてるけど、道楽部に来るまでは、引きこもりだったらしくてさ。それで、それを見かねた咲村先生が、アタシとあの変な道楽部、つまりはここに集めたのよ。まったく。お節介なのよ、先生は。まぁきっと咲村先生は、アタシたちに青春を無駄にしてほしくなかった、まだ間に合うと思ってたんじゃないかなぁって今は思うけどね」
「……」
万条は、急に口を噤んでしまった。小池さんは万条がしゃべらなくなったのを見て、尋ねた。
「どうしたの?ユイちゃん」
「ワタシ……じ、実は……」
「ん?」
「実は……ワタシの家も不仲なんです……」
万条は、気が付くと、ついそんなことを口にしてしまっていた。言うつもりはなかった。いままで、他人に言ったこともなかったし、言いたくもなかったはずなのに、小池さんの姿を見て、小池さんの話を聞いて、口が勝手に動いていた。小池さんになら言えると思ったのだった。万条は少し後悔し、固まったように体を動かさないでいた。
すると意外にも、小池さんは静かに、心配したように万条に続けて言った。
「あー。でも、そんな感じはしてた」
「え?」
とっさに、小池さんの言葉に驚いた。
小池さんはいつものサバサバした物言いではなく、真剣に、親身になって万条に言葉をかけていた。万条は、小池さんの目を見て言った。
「実は前から気になってはいたんだよねぇ。昼ご飯もいつも購買のパンだし、なにより……」
「なにより?」
「なにより、時々、寂しそうなときがあるんだよねユイちゃん」
万条は自分で、それに気が付いていなかった。
「そ、そうですか……ワタシ周りの友達には誰にも言ってないんです。言いたくても、相談したくても、言えなかったんです……内容も内容ですし……でも、今はなんでか分からないですけど勝手に口が動いちゃって……」
「そっか……大変だったね……」
小池さんは静かに言った。
「ユイちゃん寂しかったね……かわいそうに」
「……大丈夫ですよ……」
万条は続けて勢いよく、自分に言い聞かせるように言った。
「……そう。大丈夫です!ワタシ!」
万条は、いつものように元気に答えた。
……家庭でのことは確かに嫌なことはあった。しかし、それも受け入れていかないといけないとも思っていた。自分がそれを受け入れられなかったら、それはまた母と兄に迷惑はかけてしまうと思っていたし、自分にも良くないと思っていた。
小池さんは、万条のその姿を見て、少し、眉を下げて言った。
「ユイちゃん……」
「……はい」
「アタシはね。すっごい寂しかったよ」
小池さんは、当時の記憶を思い出してのことなのか、それとも万条の健気な姿を見てのことなのか、寂しそうに言った。
「我慢しないでいいんだよ……」
万条はその小池さんの言葉と姿を見て、急に体中が震えた。すると、今までの家での生活が勝手に蘇ってきた。
――離婚してから母が笑わなくなったこと。兄が自分と遊んでくれなくなったこと。帰った時の暗い部屋。机の上に置いてある置手紙とお金。
万条の目からは、小池さんを見たまま、瞬きもせずに、目から頬を伝って、机の上に滴ったものがあった。小池さんは、黙って万条にハンカチを渡したが、ずっと、目から涙が止まらないで流れているにもかかわらず、万条は体が動かなかったため、受け取ることができなかった。
小池先輩は続けて万条の顔を見て言った。
「アタシ、ユイちゃんはすごいと思うよ。家が幸せとは言い難いのに、いつも可愛い笑顔で、人にも正直に接してさ。でもさ。あんまり無理しちゃダメよ。辛いことがあっても、それを見てくれる人が必要だと思うよ。アタシね。昔は色々悩んでたけど、その分、人に優しくできるようになったのよ。道楽部にはね、近くにいる人が悩んでるときに、ちょっとした何気ないことを言ってあげられるような……そんな人に来てほしいんだ」
小池さんは今度は、ハンカチを渡さずに自分で持って、万条の目元を拭いてあげた。そのあと、無言で万条に近寄って、抱きしめてから、頭を撫でて言った。
「ユイちゃんは、えらいよ」
万条の動かなかった体は、無意識に小池さんに抱き着いていた。そして小池さんの胸の中に顔を埋めて、泣きじゃらした。そして今まで誰にも言えなかったことを小池さんの胸の中で叫んだ。
「わだしさびしかったぁ!」
「うん」
「もっどあまえたがっだぁ!」
「うん」
「こいげさぁあん!」
「カワイイ顔がくしゃくしゃだぞ」
小池さんは、優しく、ハンカチで出続ける涙を綺麗に、拭いきながら、返事をした。
しばらくの間、万条は小池さんにしがみついていた。そして、少し落ち着いた後、万条は小池さんの顔を見た。小池さんの表情は優しかった。その表情を見て、万条はまた泣きたくなったが、それを堪えた。万条はいままで思っていたことを小池さんに打ち明ける決心をした。深呼吸をした後に、万条は、鼻をすすって言った。
「……グスン。ワタシ、じつは……新しいお父さんができるかもしれないんです……。でも誰も言えなくて……ずっとモヤモヤしてて」
「そっか……それはまた重いね……」
「どうすればいいか分からなくて……」
小池さんはすぐに何かを言おうとはせず、考えてから言った。
「……アタシもわからないけどさ。思ってること言っちゃいなよ。アタシも昔、そうしたけどさ。衝突もするだろうけど、やっぱりそれが一番だと思うよ……ユイちゃんのためにもさ。我慢し過ぎない方がいいよ」
「思ってること……」
「そうだよ。一回、言ってみな……ね?」
「はい……」
万条は、真摯に話を聞いてくれていた小池さんを見ていた。そして、また万条は小池さんに、自分のことを話したら、少し気が楽になった。万条は自分は幸せ者だと思った。周りにこんなに話をしっかり聞いてくれる人がいることが嬉しかった。そして、小池さんや堀口さんと一緒にいたいとも思った。
――一緒にいたい……?
万条は、ふとそのときあることが分かった。そしてそれをそのまま小池さんに、言った。
「あとワタシ……ずっと、何か高校生になってからモヤモヤしてたんです。それは多分、家のこと……とも関係してると思うんですけど、いまわかりました。それが何だったのか」
「そうかそうか」
万条は今まで悩んでいたことを弱弱しく言った。しかし同時に、万条は何かを決めたかのような顔つきだった。小池さんの話を聞いて、やりたいことが見つかった気がしたのだ。高校生活でやりたいこと。それは、
一緒にいたいと思える人たちと何気なく、過ごすこと。そして何より笑顔で楽しいことをすること!
だった。
万条は、そう思いながら、それを言葉にした。
「小池さん。ワタシ、きっと小池さんと堀口さんを見て、羨ましいと思っていたのも、ずっと居場所が欲しかったんです。何もやりたいことも、やることがなくたって一緒にいたい人と、くだならないような日々を過ごすことが、嫌なことがあったとき、相談できるような、心から安心して笑っていられることがどんなにいいことだろうって」
「そうだねぇ。そりゃいいねぇ」
「ワタシには小池さんにとっての堀口さんみたいな人はいるのかな……」
「意外と近くにいるかもよ」
万条は、小池さんの言葉を聞いたあとで、目を擦って、ニッコリ笑って言った。
「はい!」
「それに、みつかるよ。見つけたら速攻、アタックだ!ユイちゃん!」
万条は笑った。もう万条の目には涙はなかった。万条の涙が乾いたとき、5限の予鈴のチャイムが聞こえてきた。このシュチュエーションは、もう三度目のことだった。2人は顔を合わせて笑った。2人は教室に戻るために、部室を出た。部室の鍵を閉めたときに、小池さんは、何かを思い出して言った。
「あ、そう言えば、話があるって言ってたけど、何?」
万条自身も忘れていた。思わず、笑ってしまった。自分は道楽部に入部するもりがないという話をしようと思っていたことを思い出した、しかし、そんなことも今の万条にとっては、どうでもいいことだった。
「なんでもないです!なかったことにしてください!」
「そっかっ!」
万条は教室へ向かった。
万条は、今二つの問題を抱えていた。一つ目は家のこと。二つ目は大花のことだった。万条は、この二つの問題に立ち向かうことにした。万条は、まず、大花のことを考えた。
しかし、そもそも大花に無理矢理、関わる理由は実際なかった。大花は心を開かずに、誰かと接することを避けていることは確かであって、なんの理由があって、万条がお節介をする必要があるのだろうか。
万条は、そんなことは考えていなかった。万条はただ、大花と仲良くなりたい。そして、放っておけない何かがあった。そんな一心でお節介をするのであった。万条の頭の中では、小池さんに教えてもらった教訓「積極的に」が頭の中をぐるぐる回っていた。
○
万条は小池さんと話した翌日。大花とちゃんと話がしたいと思った。このままでは嫌だと思ったからだった。万条は、その日、大花に「積極的に」話しかけたが、尽く大花にお知らわれてしまい、結局話すことができなかった。そうして放課後になってしまい、万条は、チャンスは放課後だと思った。
放課後に、真っ先に、大花がいるだろう図書館へ向かった。万条は何かに駆られたように走っていた。
万条は図書館に着いた。万条は図書館の「静粛に!」という張り紙をちらりと見たが、急ぐ体を止めることなく、大花を探しに、図書館内を早歩きで探し回った。
しばらく歩くと、実際、そこに大花はいた。試験前ミキと勉強した机の隣の机に座って、本を読んでいた。万条は、その光景を見て、安心した。そして、躊躇うことなく話しかけた。
「オーちゃん」
「……?万条さん?どうしたの?あなた本なんか読まないでしょう。なぜ図書館にいるの?」
万条はその問いに答えることはなく、大花の腕を掴んで、図書館の外へ連れ出した。
「来て!話があるのっ!」
「え?ちょっと、万条さん、ワタシ、荷物置きっぱなし……」
「いいの!」
大花は戸惑いながら、どこに連れていかれるのか分からなかった。最近、やけに万条が話しかけてくることもあったが、大花はそれに応えることはなかった。
万条は大花の腕をギュッと掴んで、大花の腕が離れないように、強く掴んでいた。大花は、自分を連れていく万条を不思議そうに見ていた。
気が付くと、そこは、万条がよく飲み物を買いに来ている自販機の前だった。その自販機の前に着くと万条は大花の腕を離して、尋ねた。
「飲み物何がいい?」
大花はいきなりの問いに戸惑った。
「何?こんなところまで連れてきて」
大花は、少し早口でそう言った。
「ちゃんと話がしたかったの」
「ワタシはあなたと話すことなんてないわ。じゃあワタシは戻るわね」
「ちょっと待って!話を聞いて」
万条は、大花の目を見て言った。大花は万条の顔を見た。その表情は真面目だった。
「何かしら?」
「ワタシ、最近、オーちゃんにたくさん話しかけたの」
「知っているわ。それが何だというの」
「でも、オーちゃんはあんまり話してくれなかった……ワタシすごく悲しかったよ」
「そんなのワタシの勝手じゃない。あなたわがままなのね」
「……うん。ワタシはわがままだよ……でも……」
万条は、息を大きく吸い込んでから続きを言った。
「でも……それはオーちゃんと話したいからなんだ……」
「そんな話をするためにここまで連れてきたの?くだらないわ」
「ワタシ、もっとオーちゃんには心を開いてほしいの」
「いやよ」
大花は下を向いて言った。万条はその姿を見てから、しばらく黙ったが、何かを抑えきれない気持ちになって、少しムキなって言った。
「じゃあ!なんで!」
「え?」
万条が、大きな声で言った後、大花はびっくりした。
そして万条は、以前、掃除当番で、教室で大花と話したことを思い出した。そして顔を俯かせながら、大花に言った。
「……オーちゃん言ってたよね?自分と一緒にいた人が楽しいとか、嬉しいとかあり得ないって。なんでワタシの前であんなこと言ったの?ワタシそんな人を放っておけないよ……」
「それは……たまたまよ」
「ワタシ分かったんだ……オーちゃんを見たとき、似てるなって思ったのがなんでか」
「この前も言ってたわね。でもワタシには関係のないことよ。前も言ったけど、ワタシとあなたは違うの」
大花は、万条に背を向けて、その場を去ろうとした。しかし、万条は大花に話をつづけた。万条の言った言葉に、大花は少しだけ、体がピクっと動くのだった。
「そんなことないよ……ワタシたち似てるもん。きっとワタシもオーちゃんも寂しかったんだよ」
大花は、背を向けたままだった。
「そんなこと……ないわ。くだらないわね。そもそもワタシはあなたと仲良くなることなんて嫌なのよ。あなたバカだし、人に気を遣わないし。そういうことよ。ワタシはもうあなたと話すことなんてないわ。時間が勿体無いから行くわね」
大花は固まった体を精一杯に動かし、歩いて行った。万条は、大花の歩く先に立ちふさがった。大花の前に立っていた。大花は、万条を無視して図書館へ戻ろうとしていた。万条は、ずっと大花の前に立って、手を体の前に出した。咄嗟に、大花は、酷いことを言ったので殴られると思い、目を閉じた。
いつもそうだった。自分と話している人間は必ず、イライラしてしまい、結局は、大花と話をすることをやめてどこかへ行ってしまったり、だいたい大花が相手を論破すると大花は叩かれてしまっていた。そのうち、それに慣れてしまっていた。だから今回もきっとそうだろう。大花は顔を叩かれると思ったのだった。
万条は、腕を上げて、手をあげた。
大花は、しばらく目を閉じていた。しかし、いつまで経っても、痛みはやって来なかった。どういうことなのか、目を開けて、万条を見た。
すると、大花は予想外のことに、目を大きく開けた。大花は体中があったかくなるのが分かった。万条は大花を抱きしめていたのだった。
大花は、唖然として自分に抱き着いている万条を見ていた。その瞳は、か弱かった。万条は、ゆっくりと言った。
「オーちゃん……話してよ。もっとワタシに」
万条は、そう言ったあとにギュッと大花を強く抱きしめた。大花は、困惑した。
こんなことは初めてだった。誰かに、優しく抱き着かれたことなんてなかったのだった。大花は不思議な感情を抱いた。万条に対して、嫌悪を感じていたはずなのに、何でこんなにも、あたたかいのだろうか……。
「……何を……話すのよ……」
大花は動くことができずに、そう答えた。万条は、優しく呟いた。
「なんでもいいよ……ワタシね。実は、最近、嫌なことがあって……でもね……なかなかそれが解決できなくて……」
「…………」
「誰かに相談したかったの……でも、ワタシ誰にもそれを言えなくて……。ワタシに相談する人っていないんだなぁ。とか思ってたの。でもね、」
「……」
「そのあとにオーちゃんの顔が浮かんだんだ……オーちゃんになら相談できると思ったんだ……」
大花は万条から体をどけて、そのまま再び、万条に背を向けていった。その後ろ姿は、どこか寂しそうな背中だった。万条は、何かを言おうとした。しか大花はその前に言った。
「迷惑な話……」
「えへへ……」
万条は、笑った。大花はその姿を見て、不思議に思った。
――ワタシは何で、いままで、このコを避けていたのだろう……。
大花は、最近万条が自分に話しかけてきていたことを思い出した。それを思い出すと、万条以外の人も、大花に話しかけている記憶が同時に溢れて出てきた。その記憶の中で、自分は、いつもそういう人たちを避けては、見下していた。そしてそのあと、話しかけてくれた人たちは皆、悲しそうな顔をしていた……。
「……ワタシ、あなたのこと見くびっていたわ」
「え?」
「いいえ。あなただけじゃない。ワタシは周りの人間すべて、見くびっていたわ。バカなくせに、うるさいだけだと思っていたのかもしれない……」
「……オーちゃん」
「でもあなたを見ていると、一番のバカはワタシだったのかもしれないわね……」
「え?」
「なぜかしら。なんというか、いまとても言葉では言えないチクチクするような感覚に襲われているの。でも、周りの人を見下すときの優越感でもなく、一人でいる時、モヤモヤするものでもなくて……初めてだわ……こんな良い感覚」
「オーちゃん!」
万条は嬉しそうにまた続けて言った。
「これからさ。一緒に、何気なく遊んだりしようよ。何でもいいから、もっとお話ししたいな!」
「ほんと、あなたバカね……でも」
大花は、黙った。大花は何を言うか迷った様子だった。しかし、その後に大花は、照れたようにして答えた。
「……嫌いじゃないわ」
「オーちゃんっ!!」
万条は再び、大花に抱き着いた。その勢いで2人は倒れ込んだ。万条は笑いながら、抱き着いていた。大花は身動きが取れずに、静かに、まだ明るい空を見た。
大花は、ふと昔のことを思いだした。
幼い頃から、口数は少なかった。そのせいもあってか、大花は周りから「暗い」と言われて、バカにされてきていた。最初は大花もバカにされたことについてムキになることもあったし、酷くバカにされると、泣いてしまうこともあった。
しかし、次第に、その感情も薄れていった。大花は周りの生徒よりも容姿は優れ、お人形のようだったし、勉強の面でも他の子供を寄せ付けないほどの才能を見せた。その自分の長所に大花は幼い頃から、気付いていた。それ故に、周りの子供から、なぜ自分がバカにされているのか、考えることも、相手にすることもやめるようになった。自分の方が優れているのに、バカにしてくるのは、相手が劣っているからだ、そう思うようになっていった。
時が経つにつれて、大花は小学生になり、大花は他の生徒よりも飛びぬけて大人びていたし、勉強もできていた。すると、大花は周りの小学生の子供っぽさに嫌気が差していった。
ある日、大花は、他の児童を、論破して泣かしたことがあった。すると、先生は必ず大花の味方をしてくれる先生はいなかった。大花は自分の意見を先生に言ったが、先生は泣きじゃくる児童の方に味方していた。大花の考えが、他人に理解されることはまずなかったのだった。
大花は、この頃から、大人も子供もバカばっかりだと思うようになった。感情に左右されてばっかりで全然、事実を追うこともない。そうして大花は他人を信用しなくなり、少しだけいた友達でさえもいなくなっていった。
中学になってから、大花はひとりも友達ができなかった。それは他人が大花に話しかけないこともあったが、また大花自身が、他人と話すことをしなかったからだった。そうして大花は、いつしかひとりになっていた。それでも大花は構わないと思っていたし、このままそれでいいと思っていた。ずっと、それでも構わないと思っていた。そう思っていたはずだったのに……。
大花は、青い空を見て、力が抜けた。力が抜けたと同時に、大花は、ボソッと言った。
「万条さんって、すごいわね」
万条は、それを聞いて笑っていた。大花は、以前からその笑顔を見ていたが、そのとき、それは、大花にとって、以前とは全く違うものに思えた。
「オーちゃん!ユイでいいよ!」
「…………」
万条は、体を起こして、自動販売機の前に立って、言った。大花も体を起こした。
「オーちゃん、何が飲みたい?友情の証だよ!好きなもの奢ってあげるよっ!」
万条は自販機にお金を入れた。全てのボタンが光り始めた。大花は、何も言わずに万条の横に立って、自販機のボタンを押した。
「おっ!まさかそれを選ぶとは……さすがはオーちゃん!」
万条は、自販機の取り出し口からそれをとってやった。大花はそれを受け取って言った。
「ありがとうユイ」
万条はニコっと笑った。万条も、大花が選んだものと同じものを買って、それにストローをさした。2人は、そこで、それを飲んでいた。
大花が選んだ飲み物は、コーヒー牛乳だった。
○
万条にはもう一つ悩んでいたことがあった。つまり、それは家のことだった。万条は、ある日、家に帰ると、そこには、母と兄の靴と一緒に知らない靴が並んでいた。母が、数日後に新しいお父さんになるかもしれない人を連れてくると、言っていたが、それはまた急なことだった。万条は玄関で深呼吸をして、靴を脱いだ。万条は緊張しながらも、リビングのドアを開けた。
「あら、ユイ。おかえり」
「ただいまー」
母は万条の帰りを待っていた。母の横には、京太郎もいたが、また知らない大人の男性がもうひとりいた。万条は、その姿を見て緊張してしまった。
「あ、そんなに緊張しないでね。僕は、これから仲良くしていきたいと思っているからさ」
万条のかたさに気を遣って、その大人の男性は言った。京太郎はその言葉を聞いて、嫌な顔をしていた。
「で、母さん。なんなの。知らない人をうちに連れてきてさ」
「ちょっと。京太郎そんな言い方しないの。」
「あはは、いいんですよユキさん。僕はまだ部外者でも、これから変えていけばいいんですから……」
京太郎はまた嫌な顔をした。万条は何もいうことなく、会話を聞いていた。
「紹介するわね。こちら、カズトシさんっていうの」
「こんにちは、ユイちゃん。京太郎君……僕はユキさんと、その……」
カズトシさんは、万条と京太郎の表情を見ながら、躊躇っていた。京太郎は、次第にイライラして貧乏ゆすりをし始めた。
「仲良くさせてもらっています。そして今日、ここにお邪魔したのもその……」
「つまりは、あんたが、父親になるかもしれないんだろ?」
京太郎は、なかなか言われないその先を言った。カズトシさんは京太郎の苛立った様子に困惑しながらも、ぎこちない敬語を交えて言った。
「そう……なんです。だからこれからは京太郎君やユイちゃんの力になれたらいい……と思ってい――」
「やめてくれよ」
京太郎は、我慢できずに遮って言った。
「そういうのやめてくれよ。そんなの、他人に言われたって、オレは受け入れられない」
「京太郎君……のいうこともわかる……けど僕は本気なんだ……君たちの教育費や生活費だって出すつもりだよ……覚悟はしている……」
京太郎は、舌打ちをした。京太郎は、カズトシさんのいうことが、確かに本当なら助かる面もあると思った。母や万条を少しでも楽にすることもそれで可能かもしれない……。
しかし、京太郎はまた怒りを感じていた。そんな都合のいいことを言って、京太郎や万条の気持ちをどこかに置き去りにしている気がしたのだった。それが京太郎は許せなかった。母といい、この男といい……。
京太郎は、堪えて切れずに、憤って言った。
「いい人づらするなよ。オレはあんたを好きになるつもりなんかない。だからオレにもっと嫌われるようなことしろよ!」
「ちょっと、京太郎!なんてことをいうの……お母さんは悲しいわ。あなたたちの暮らしももっと楽になるのよ……」
母は困った顔をしていた。京太郎はもうこの顔を見慣れていた。京太郎は、どんどん怒りが沸いてきて、それをぶつけ始めた。
「だいたい、なんでいつもこうなんだ!母さんはオレらの気持ちを考えたことあんのかよ!それに今頃になって……今さら何ができるっていうんだよこの人にっ!」
「京太郎君……落ち着いて!」
カズトシさんも、顔を俯かせてしまっていた。母はどうしていいか分からずただ、黙っていた。
「やめよう!」
万条は沈黙を破って言った。その声は、部屋中に届いた。
「言い争いとかやめようよ……」
母とカズトシさんは黙っていた。京太郎は、大きな声を出した万条に尋ねた。
「ユイは……どう思ってるんだよ?」
「ワタシは……お母さんが幸せならそれでいい……」
京太郎は万条がそう言ったあとに、嫌な顔をした。京太郎は母にいままでの不満を全部言おうとして、爆発していた。だから、万条のその言葉は、母にとって都合がいいものだった。しかし万条は、そのあとに続けて言った。
「……と、思ってた。でも、ワタシは正直に言って、嫌だ……。いままで、ワタシはお母さんに碌に甘えることもできませんでしたし、一緒にいることすらめったになかったし……」
「ユイ……」
「でも、一番いやなのは、みんなが笑っていないことなの。みんなが仲良くなれる可能性だってあるはずなのに……ワタシ……こんななら、もっと嫌!ワタシは……」
「でもユイ、みんなが仲良くなれることなんて、今さら……もうほんとうの父さんはいないんだ」
京太郎は、悲しそうだった。両親が離婚をしたのは、万条がまだ幼い頃だった。しかし京太郎は万条と3歳半年上だったので、当時の両親の記憶が残っていた。
両親が、幸せそうに仲良くしている姿。妹の万条が生まれて二人とも喜んでいた姿。しかし次第に、喧嘩が増えていき、2人の距離は離れて行ってしまった。その過程の全部を見ていた。だから、京太郎にとって、「仲良く」という言葉に、たしかにそうあって欲しいと思いながらも、疑いを持っていた。
万条は、京太郎の苦しそうな表情を見てから、優しく言った。
「たしかにそうかもしれない……でもおにいちゃん。ワタシは、それでも、みんなが幸せになれる選択を捨てたくはないよ……」
万条の言葉にカズトシさんは、しばらく黙って何かを思っていたような様子だった。そしてそのあと彼は、申し訳なさそうに、決心した様子になった。
「ごめんね、ユイちゃん……京太郎君……。僕、バカだったよ。ユキさん。こんなにいいお子さんたちに迷惑は掛けられないよ。少しことを急ぎ過ぎたんじゃないかな……。別にそんな急ぐことでもないと思うんだ……」
「カズトシさん……」
「あんた……そんなこと言ったってオレは認めないからな」
「京太郎君……。」
カズトシさんは困りながらも続けて言った。
「これから時間はあるでしょう。ユキさん、もう少しこの件は保留しましょう。ユイちゃん……京太郎君……いきなりごめんね……でも何かあったら僕は協力するよ。いつでも頼って欲しいんだ……この気持ちだけは分かってほしい」
そう言って、電話番号の書いてある名刺をそれぞれに渡された。2人は無言でそれを受け取った。京太郎はすぐにポケットにそれを入れた。カズトシさんはそれを見ていた。そして、万条の母の肩に手を置いて、言った。
「ユキさん。もう少しユイちゃんや京太郎君と、一緒にいてあげなよ」
「……うん」
母は、静かに頷いた。京太郎は万条の頭の上に手を置いて、無言で撫でた。
京太郎はそのまま、家を出て行った。その後、カズトシさんも帰り、母と二人きりになった。長い沈黙が続いた。さっきまであんな話をしていたせいか、2人とも何を話していいのか分からないでいたのだった。
しかし万条は、母の前に座った。そして、母の目を見て、言うのはいましかないと思った。
「お母さん……」
「……なに?」
「えっと……」
万条は少し躊躇った。先に言おうとしたことは、今まで言ったことはなかったし、言うつもりもなかったことだったからだ。
「ワタシ、家に帰って来て一人でいるのすごく嫌だった……」
「……ユイ……」
「それに、授業参観とか面談でいつも予定が合わないのも嫌だったし、お兄ちゃんが必死に勉強してた時だって、お母さんはいつもお兄ちゃんを見ないで他のことをやってた。お父さんと喧嘩して、離婚する時だって、急だったし、今回だっていきなり、知らない人連れてくるし、ワタシ、言いたいこといっぱいあったの。不満がいっぱいあったの」
「……ごめんねユイ……」
「でもねお母さん」
「え?」
「でも、不満だけじゃないのもたしかなの……これからも元気でいてね」
「ユ、ユイっ……」
母は、万条の顔を見て、泣き崩れた。娘がこんなにも立派に成長していたんだと、痛感した。小さい頃、万条はお兄ちゃんに頼ってばかりで、何もできないで、甘えん坊だと思っていたのに、こんな立派なことを言えるようになっていたことに母は感動した。そして、自分が、いままで万条や京太郎にやってあげてきたことの少なさを痛感して後悔した。
母は、喜びと後悔を抱いて、ただただ泣いていた。万条は、母の涙に少し悲しくなったが、眉を下げて微笑み、言った。
「まったく世話が焼けるなぁ、お母さんは」
○
家の問題は完全に解決することはできなかった。結局、家庭環境は変わることはない。しかし、万条は思ったことがあった。人生で生きていれば、嫌なことはある。落ち込むこともある。でもそれでいいのだと思った。それでもいいけど、そんな時に笑っていたいと思った。どんなに辛いことがあっても、そんな辛いことを吹き飛ばしてしまえるように、あとになって笑い話にできるように。そうなればいいと思ったのだった。
万条はまた思った。自分の言いたいことを言って、自分の一緒にいたい人と、楽しく笑顔で過ごすことことはとても難しいこともあるということを。
そして実際に、母に今まで思っていたことを言ったことは、万条にとって大きかった。
万条は、ある日の放課後、走っていた。元気に笑いながら、生き生きとし、ある場所へ向かって走っていた。ここ何日かで、万条は世界の見え方が変わっていた。それは万条自身が変わり、またそのきっかけを与えてくれた人たちがいたからだった。それは道楽部だった。
万条は、道楽部の部室を開けた。
「こんにちわー!」
そう言った瞬間に、パーンという音が、部室内を駆け巡った。
「え?」
「おっ!ユイちゃん!待ってたぞー!」
「万条ちゃん。是非来てくれたね」
万条は、驚いて目を瞑った。その音の正体は、クラッカーだった。クラッカーの中から飛び出た細長い紙きれが万条の頭の上に乗っかっていた。目を開けて、部屋の中を見ると、カラフルなとんがり帽子を被った小池さんと堀口さんがいた。2人は万条を歓迎して迎えてくれたのだった。
「入部おめでと!歓迎するよユイちゃん!」
「万条ちゃん。これからもよろしく」
「はいっ!」
万条は、元気にそう答えたあと、
「あっ!」
「どうしたのユイちゃん」
「実は今日、お2人に会わせたい人がいるんです!!」
「え?」
万条は、開いたままの部室のドアの後ろへ行った。そして再び、もうひとりを連れて、部室へ戻ってきた。
「こちらです!ワタシの友達のオーちゃん!」
「ユイ。その呼び方はやめてくれないかしら?」
万条は大花を紹介した。大花は、慣れない状況の中溜息をついてから、自らでも自己紹介した。
「大花ミカです。ユイとは同じクラスで――」
「おーー!よろしくね!オーちゃん!」
「オーちゃん。是非よろしく」
大花が先を言う前に、2人は、大花を歓迎した。大花は、はじめて来たこの部室に、居心地の良さを感じた。そのあとに、本棚を見た。そこには、堀口さんが読んでいた本が多く並べてあった。大花は、その前に行き、興味深そうに見て、言った。
「この部活、普段は、なにをやっているのですか?文芸部ですか?」
その質問に小池さんと堀口さんと万条は顔を合わせてニコリと笑った。万条は、大花に言った。
「オーちゃん、楽しいことをするんだよっ!」
それから、道楽部は4人になった。4人は色々なことをやった。
パフェ屋へ行ったり、山登りしたり、海へ行ったり、花火をしたり、クリスマスパーティーをしたり、そして道楽部の部室で何気ない日常を過ごしたりしたのだった。
万条にとってそれは忘れられない思い出となっていった。
時は、あっという間に過ぎていった。小池さんも堀口さんも無事、卒業することができた。卒業式。万条は、2人との別れにとても悲しくなり泣いてしまったが、小池さんに「道楽部をよろしく」と言われ、万条は涙を拭いた……。
そしてまた、新しい春がやって来たのだった。
○
――高校2年 始業式
生徒達は、体育館へ始業式のために向かい、体育館へ続く廊下に、蛇のように長く続く列を作っていた。その日、寝坊して、その列に入り損ねた万条は大急ぎでその列へ向かって走っていた。
すると万条の前方に、体育館の近くにある、風に乗って散りゆく大きな桜の木を立ち止まって見ていた男子生徒がいた。万条は進行方向にその男子生徒がいることが、分かり、思わず叫んだ。
「あっ!!!!危ないよぉ!!」
「ちょっ!?」
しかし時はすでに遅し。万条は走って、止まることはできずに、前にいた男子生徒と衝突してしまった。桜の花びらは満開に咲き乱れていた中で、お互いに体勢を崩して地面に転がった。
「っ!なんなんだ!?」
「ごめんね。怪我ない?」
万条は起き上がり男子生徒に手を差し伸べて言った。彼が顔を見上げてから、答えた。
「ああ、大丈夫だ」
そういって万条の手を借りて起き上がろうとしたが、男子生徒の足に痛みが走った。
「っ!?」
制服のズボンをめくると、膝に小さな擦り傷があった。
「ごめんね!すぐ保健室に行こ!君、名前は?」
「いいよ。これくらい」
「ダメだよ!ほらいいから!」
「……」
「で、君、名前は?」
男子生徒は答える気配もない。ただ、少しの間、黙り込み、こう考えていた。
――何故、知らない奴に名前を教えないといけないんだ。ノートに名前を書かれて殺されてしまうかもしれない。ここは偽名を使おう。
男子生徒は偽名を使うことにした。平然とした顔で彼は嘘をついた。
「山田耕作」
「そっか!なんか聞いたことあるような名前……そんなことよりも、保健室に……」
「いいよこれくらい……てか今、治ったわ。はい。てか急いでたんじゃないのか?それにもう始業式始まるだろ」
「あ!そうだった!じゃあ、悪いけど……ワタシ先に行くね!ごめんね!じゃあまたね山田君!」
万条は、急いで走った。そのあとで男子生徒は一言、呟いた。
「まぁ、またはないだろうけどな。名前も知らない元気な奴……」
新しくクラス。万条は抑えきれないドキドキと期待に反して、席に静かに座っていて、周りの生徒のみんなも、静かに、誰かが最初の何かのアクションを待っていたようだった。そんな緊張の中、結局は何も起こらずに、担任の先生が入って来た。
「は~い。入るぞ~」
そう軽く言って、その新しい学校の新しい担任の先生は、万条たちのクラスA組の教室に入って、黒板に字を書き始めた。
「咲村裕子です。えー、なんていうかこれから、お前らの担任になったので、よろしく」
生徒たちは、特に反応もなく、咲村先生が話すことを、聞いているのか、聞いていないのか、分からないけど、とにかく、先生の顔をじっと、睨めっこのように見ていた。先生の話を聞いていると、万条も進級したのだと、実感し始め、急に気持ちがそわそわしていた。
「……と、まぁ、そんな感じなので、学校生活を楽しむように――」
先生の話が終わって、先生は、高校2年A組の初出席を取り始めた。知っている名前や知らない名前が呼ばれていった。
「八橋」
「はい」
万条は、その名前にふと、反応した。その名前が呼ばれた生徒を見ると、そこには、今朝、体育館の桜の木の下の前でぶつかった男子生徒だった。万条は、その生徒を見て、その時やっと、山田耕作が偽名であることが分かった。万条は、それが分かり、自分は騙されたので少しだけ怒りを抱きながらも、同時に変わった人だなぁと興味を持ったのだった。
そんなとき、去年のことを思い出した。
大花と初めて話した時のこと。道楽部に誘われたこと。小池さんと堀口さんとパフェ屋に行ったこと。ミキと図書館で勉強したこと。大花と仲良くなったこと。母とちゃんと話したこと。多くの記憶が蘇ってきた。万条は、その「八橋」という名前を聞いて、なぜだかワクワクしていた。万条は小声で呟いた。
「積極的にいこう」
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――現在。 道楽部の部室にて。
陽は暮れ始めていた。オレと立花と冨永と大花は、万条が部室から出るのを待っていた。しかし一向に、出てくる気配はない。
「おーい、万条。いつまでそれ見てるんだよ。みんな待ってるぞ」
オレは万条があまりにも遅いので、部室まで迎えに来た。
「あ、ハッチー」
万条は、さっき話していた、アルバムを見ていた。その表情はにこやかだった。おそらく万条は、そのアルバムからたくさんのことを思い出していたのだろう。オレには全然分からない過去のことを。万条はオレが来たことに気が付いた後で、オレの顔を見て、急に変なことを言った。
「なんでハッチーのこと勧誘したと思う?」
オレはその質問がよくわからなかった。
「何でクイズ形式なんだよ……だるいな……まぁでも確かに、どうしてオレのことを勧誘したのか、疑問には思っていたけどな」
「そっかっ!」
「え、答えは教えてくれないのかよ……」
「だってハッチーのせいなんだからねっ!」
「は?何言ってんの?そのアルバムで変なことでも思い出して混合してるんじゃないか?」
「うん!そうかも!」
万条は元気にそう言った。オレはいつもの万条の笑顔を見て、呆れながら言った。
「……相変わらず元気な奴だな……まったく」
そのあとに万条は、いたずらにボソッと小声で言った。
「ハッチーは全然覚えてないんだろうなぁ」
「え?何か言った?」
「なんでもないよっ!」
と、万条は子供のように嬉しそうに笑った。
「ていうか、みんな待ってるから早く行こうぜ」
「うんっ!いこっ!ハッチー!」
誰にでも過去がある。オレにだってある。良かったことから嫌だったことさまさまだろう。そんな過去が万条にもあったのだろう。そんな過去をオレは無理には詮索はしない。なぜならば、今の万条の姿を見れば、詮索する必要はこれっぽちも感じないからだ。
完