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俺は暇をしていて忙しいっ!  作者: ふくらはぎ
万条ユイのアナザーストーリー
13/15

咲村先生のお節介

 


――小池先輩が高校二年生の時。



 その日、たまたま学校に行った小池は、当時、担任だった咲村先生に出席日数が危ないからと言われ、職員室に呼ばれていた。小池はダルそうな顔をして、咲村先生の話すことを聞かずにいた。


「おい。小池……お前。なぜ学校に来ないんだ?私だって来ているんだぞ?」


「いいじゃないですかべつに」


小池は無愛想にそう答えると、咲村先生は呆れたように言った。


「はぁ……ときどきだが……お前の母親から連絡がくるんだ。お前の帰りが遅いとな。」


「な、そんなことやってたんだ……しょうもな」


「お前……口悪いな……それはさておきだ。担任の私としても、見過ごせないんだなぁ。まったく」


「見て見ぬフリをすればいいじゃないですか。大人はよくやるでしょ。そういうの」


「そうだな……ときにそうすることもあるかもしれないな……しかし、それはお前がいままで出会ってきた大人の話だ。つまり何が言いたいか分かるか?」


「わからないですけど、ていうか帰っていいですか?」


小池は、咲村先生に背を向けて、その場から立ち去ろうとした。しかし咲村先生は、小池の肩に手を置いてから、無理矢理自分の方へ向かせて、怒りを含めながら、にこにこと言った。


「ダメに決まっているだろ?」


「ちょ、なんですか」

咲村先生は、小池の肩を強く握って、笑って言った。


「まぁ、私もお前が何をしようがいいのだが、担任という立場以上、見過ごせないということだ」


「しょ、しょうもない」


「……お前まずその『しょうもない』ってやつやめようか。まぁ、そんなお前にしょうもない質問をしよう」


「はい?」


「何か、好きなことはないのか?」


「え?好きなことですか?急に言われても、わかりませんよ……」


「なんでもいい。なにかないのかー?」


「う~ん」


小池は、しばらくの間、考えた。ふと、昔、ケーキ屋になりたい。と思っていたことを思い出した。


「あ、そういえば、アタシ、昔、ケーキが好きで、ケーキ屋になりたかったんですよー」


「え?お前がかー?はっは!面白いな」


「ちょ、先生から聞いておいて、その反応はひどくないですか?」


「そうか?でもいいじゃないか。そのケーキ屋」


「全然、良くないですよ。先生、そんなテキトーだと、クビになりますよ」


「お前、びっくりするくらいに失礼な奴だな……」


「で、もう話はこれだけですか?アタシ、用事があるんですけど?」


「ほう、夜遊びか?」


「何か悪いですか?」


「まぁ、良いか悪いかで私はしらないが、そろそろ、夜遊びもいいんじゃないのか?」


「はい?なんですか?」


「お前、何か好きなことを見つけてみたらどうだ?」


「え?嫌ですよ、そんなくそしょうもないことしたくないですって。どうせ、諦めてしまうんですから」


「そうかもな。しかしお前はそんなことを一人前に言えることをやったのか?」


「なんですか、アタシのこと何も知らないくせに」


「そうだな。私はお前じゃないからなぁ。まぁそんなお前に私はチャンスをあげようと思うんだ」


「何言ってんですか?もういい加減にしてくださいよ」


「小池。そう言うな。もう部室は用意してある。安心しろ。私が今からそこまで連れていってやるから」


「え?部室ってなんですか?ていうか何でアタシがそんなところに行くんですか、やめてください」


咲村先生は、先ほど手を置いた小池の肩に強く圧力をかけた。


「え?なんて?出席日数。足りてるのかお前?クビになるぞ」


小池は、確かに出席日数が足りていなかった。このまま学校に来ないと本当に、出席日数足りなくなってしまう……。


「わ、わかりましたよ……」


小池は咲村先生の圧力に観念した。そしてそのまま、部室へ連れていかれた。




 部室は、一面に埃をかぶった机と、2つの椅子が置いてあった。そのひとつの椅子にはある男子生徒が一人、静かに座っていた。


「まぁとりあえず座れ小池」


「あ、はい……って、じゃなくて、何ですかこれ」


「さぁ小池、ここは以前、文芸部として使われていたところだ。今は吹奏楽部の物置部屋になっているがな。私が吹奏楽部に頼んで、空き部屋にしてもらった。いや~面倒だったよ~」


「なんて余計なことを……ていうかここで何するんですか?」


「う~ん……そうだな……お前らの好きなように使えばいいよ。まぁほぼ、部活だなこれは!部活名は、そうだな……そんな感じで好きなことをする、またはそれを見つける。道楽部っていうのはどうだ?まぁお前たち趣味の一つくらいあるだろ?持ち込みは特別許してやるから、あ、でもあんまり法外なのは禁止な」


「そんな感じって……全然分からないんですけど」


「えー?なにー?まったく聞こえなかったぞー」


「ぜ、絶対に聞こえてるじゃない!なんなの!いきなりこんなの」


小池は咲村先生の言うことに納得せずにいた。小池はふと、席に着いていた男子生徒に話しかけた。


「ちょっと、あんたも何か言いなさいよ!」


男子生徒は、本を読んでいた。小池に話しかけられ、彼は本の活字から目線を上げて、小池を見た。じっと数秒見てから、また顔を下げた。


「ちょっと!何か言いなさいよ!」


男子生徒は、再び顔を上げた。そして眼鏡を指であげながら言った。


「消しゴム」


「え?」


そして再び彼は目線を本にやった。小池はよく理解できなかった。


「なに?消しゴムって?いきなり」


「何か言えって言ったから」


「はっ!?」


「だから、何か言えと言われたから、何かを言っただけで、それがただ偶然、消しゴムだった、ということだ」


「な、なんなのよあんた……超、変な奴じゃない……。ていうか先生!こいつはなんなんですか!?」


小池が咲村先生の方を向くと、そこにはもう既に咲村先生はいなかった。


「あ、あの咲村ぁ……何にも大事なことは言わずに行きやがった……」


小池は、そう言って、部室を見まわした。何にも置いておらず、ほんとうに机と椅子しかなかった。しばらく、二人は黙ったあと、小池は男子生徒に事情を聞こうと再び話しかけた。


「ねぇ、なんであんたもここにいるの?出席日数足りないの?」


彼は、何も反応しなかった。小池は声を大きくして言った。


「ちょっと!あんたよ!メガネのあんた!」


男子生徒は、顔を上げて、あたりをきょろきょろした。その後に、


「もしかして、オレのことか?」


「そうよ!なんであんたもここにいるの?」


男子生徒は、少し黙ってから言った。


「わからない……しかし……」


「しかし?なに?知ってること何でもいいから教えて!」


「しかし……わからないということはわかる」


「ちっ!!」


小池は段々とイライラしてきた。急にこんな埃っぽい部屋に連れてこられ、知らない、しかも変な奴と一緒に部活なんて考えられない。さっさとここから立ち去ってしまおうとした。


「はぁ……もういいわ。アタシ帰るわ、やってらんないって。じゃあね。名前も知らないけど。アタシ部活なんてやらないから。もう明日以降は来ないから、どうせ学校も行かないし」

小池は部室を出ようとドアを開けた。そのとき、男子生徒は、静かに小池の方を見て言った。


「出席足らないと、進級できないぞ。まだ間に合うぞ」


小池は一瞬、立ち止まり、ドアを思い切り閉めてから去った。


「うるさいわよ」


小池は帰り道、せかせかと速足で歩いた。



そして、30分くらいが経った。男子生徒は、まだ部室にいた。座って、カバンから本を取り出して、読んでいた。しばらく読書した後、彼は、窓を開けて外の景色を眺めていた。彼は何を見るでもなく、窓の外を見ていただけだった。彼は、ふと物思いに耽って、ひとこと呟いた。


「まだ間に合うんだ……」


「なにそれ?口癖なの?しょうもな」


「っ!?」


彼は、後ろを振り向いた。そこには小池がドアの横に立っていた。そして小池は部室に入って、椅子に座った。


「なに驚いてるのよ」


「戻って来たんだな」


「そうよ、出席日数足りなくなるのよ」


「そうか」


彼は席に座って、本を再び手に取ったとき、小池は彼に続けて話しかけた。


「ねぇ、あんたさ……」


小池は続きを言おうとしたが、すぐには言わずに、躊躇って言った。


「名前……なんていうのよ」


「堀口」


「そう。アタシは小池……」


その会話のあと、二人はとくに話もしなかった。堀口に色々と聞こうとした小池も、今は特に何も話しかけることもしないで、ただ沈黙が続いた。


 それからというもの、小池は出席日数のために学校に来ては、咲村先生の監視の下、部活にも出席し、外が暗くなる時間には帰宅する生活に変わっていた。

 二人の部活動は、お互いにほぼ黙ったまま、静かに、数日間が経っていた。





    ○




 しかし、小池は、数日が経ったある日、部活動ではなく、家であることが起こっていた。小池は家で母親と喧嘩したのだった。事の発端は、実に些細なことであったが、母親も小池も、怒りで冷静になることができずに、勢いで喧嘩まで発展してしまったのだった。

 小池は道楽部に出るようになり、夜遅くまで遊ぶことも減り、帰宅することが増えていた。小池の家は夜遅くまで母親は帰って来ないため、帰宅するとたいていは、独りだった。

 小池は、最近道楽部に出るようになり、やることがないため、堀口が部室に置きっぱなしにしている本を勝手に拝借して読むことがあった。堀口の読んでいる本がどのようなものか、小池は道楽部の部室でも読んでいたが、家に帰ってからも、リビングに寝転がって、それの続きを読んでいた。しかしそれを読んでいるとだんだんに眠くなってきて、ウトウトしてしまっていた。そして小池は知らず知らずのうちに、リビングで寝落ちしてしまっていた。


 小池が起きたのは、数時間たったあとの夜中だった。体を揺すられるのに気が付き、目を覚ました。


「……まよ!」



「……ん?」

目を開けると、そこには母親が怒っていた。


「ちょっと!邪魔よ!」


「なによ、いいじゃんべつに」


小池は「邪魔」と言う言葉に過敏に反応した。そして、眠いせいもあってか、母親に強く当たった。


「ていうかおかあさん、帰り遅いんだから、リビングなんて使わないでしょ。自分の部屋にいけばいいじゃん」


「なに、その言い方。最近、帰りが早くなって落ち着いたと思ったら、今度は家でダラダラと。ちゃんと、しなさいよ」


小池はその母の言葉に、憤った。最近、ちゃんと学校も行ってるし、家にも早く帰るようにしてるのに、そんなふうに言われた小池は苛立ちと寂しさを感じた。そして、


「うっさい!おかあさんこそちゃんとしなさいなんてこと言えるの?小さい頃から、娘を家に独りにさせてた癖に。それに最近、せっかくちゃんと学校も行ってるし、家にも早く帰って来てるしおかあさんにそんなこと言う資格なんてないじゃん!!」


 小池は大声で、怒りながら、少し潤んだ瞳で言った。


「なによ……おかあさんだって仕事で大変なのよ……働くってすごく大変なのよ。娘をちゃんと育てるために働いてるのっ!それなのにあんたときたら、つい最近まで、夜中まで不良みたいなことやって!」


「もういいっ!」


 小池は家を飛び出した。

 小池はとりあえず、走って家から離れようとした。小池は、家から少し距離がある、川沿いの道まで走った。そこで、切れた息を整えて、川を見た。川は緩やかに、音も立てずに流れていた。その川を見て小池は今までの自分を、振り返った。

 自分はまだ幼い頃夢があった。その夢は陳腐かもしれないが、ケーキ屋さんになること。小さい頃は、何にでもなれる可能性もあったし、何にでもなれる気がしていた。でも今の自分は、かつて描いた夢とは程遠い、自分しかいないのだった。


「アタシ、こんなはずじゃなかった……」





 それからまた数日間、小池は学校にも部活にも出なかった。友達の家で何日か過ごして、また母親のいない時間は、自宅に帰り、家の布団の中で、くるまっていた。数日間、学校をサボってしまったという罪悪感と、それでも構わないという虚無感が小池の感情の中で拮抗していた。小池は家の布団の中で考えていた。


 ――アタシ何やってるんだろう。せっかく、ここ最近は学校に行ったり、部活にも出席してたのに、堀口は部活出てるのかな……。ああ、そんなことどうでもいいじゃない。アタシはまた前のアタシに戻っただけで、何も変わってないのよ。そもそも変わる必要なんてあったの?もう動きたくない……。


 すると、頭の中で、堀口の言っていた言葉が蘇った。


「まだ間に合う……」


そのとき、小池はその言葉を口にした。


 一方で、堀口はずっと学校に来ていたし、部活にも出ていた。誰もいない部室で堀口は一人でいつも本を読んでは、外が暗くなり始めたら帰るといったことを繰り返していた。

 堀口は内心で、数日前に来た、小池という生徒はもう学校に来ることを諦めてしまったのだろうかと思っていた。というのも、堀口は、数日間、小池がちゃんと来ていたところを見ていたからだった。

 すると、その時、部室のドアが開く音が聞こえた。堀口は本を机に置いて、ドアの向こうの人物を待った。


「よっ。やってるか~」


そこにいたのは、咲村先生だった。堀口は、無言でメガネを指であげて、再び本を読みはじめた。咲村先生はこっちを見ていた堀口を見て、からかって言った。


「おまえ~いま小池のこと心配してたろ?」


「……」


堀口は、無視して本を見て、平然としている様子ではあったが、その実、堀口の頭の中で本に書いてある活字は意味を成していなかった。


「お前……無視って……それにしても小池はもうそろそろ学校に来ないとまずいな……。似たような境遇の奴が集まれば、理解し合えると思ったんだがな……」


咲村先生は独り言のように言って、頭を掻いた。


「じゃあな、堀口。私はそろそろ行くとするよ……って」


咲村先生は、部室のドアを開けて出ようとしたが、立ち止まって、笑ってから、また言った。


「堀口。お客さんだぞ~」


咲村先生は、そう言って部室から去った。堀口は頭をあげてドアの方を見た。すると、そこには息を切らしていた小池がいた。小池は、道楽部の部室へ来たのだった。部室のドアを開けて、椅子に座って、堀口を見た。堀口も顔を上げたまま小池の顔を見た。


「小池。来たのか」


「仕方ないじゃないっ。出席しないといけないのよ」


小池はそう堀口に言うと、堀口は、


「そうかっ」


と、笑って言った。小池は堀口の笑った顔を初めて見た。その笑顔を見て、胸の奥で何かチクチクするような感情を抱いた。小池は、堀口の笑顔につられて、


「あんた、笑えたのね」


と、笑って言った。


「まぁな。小池こそ笑えたんだな」


堀口はそう言うと、小池はびっくりして、そしてあることに気が付いた。


――アタシ、今まで笑ってなかったんだ……。


「うっさい!」


堀口はまた本を読み始めようとしていた。


「ちょっと!あんた前から言おうと思っていたけど、人と話してる時に本読むってどういうこと?」


堀口は本を置いて、小池の方を見た。


「ていうか、小池。出席日数もうギリギリだろ?何やってたんだかは知らないが、気をつけろよ」


堀口はそう言うだけ言って、深い事情は聞こうとはしなかった。


「あんた。なんで休んだかとか聞かないのね」


「まぁ。プライベートなことだからな」


 しかし、小池は家でのことや今までの自分について話したかった。今までこのような気持ちを抱いたことはなかったが、堀口には言いたかったし、聞いてもらいたい気がしていた。小池は少し、もじもじしていた。その様子を見て堀口は、悟ったのか、


「小池。何かいいたいことがあるのか?」


と、尋ねてきた。小池は堀口の目から視線を逸らして言った。


「じ、実はさ……おかあさんと喧嘩しちゃってさ……色々言われてへこんじゃって……結局アタシって何もいいところないし、このままアタシのことなんて誰も見ないで、いいところなしでいくのかなぁって……」


小池は自分の胸の内を語っているうちに恥ずかしくなって後悔した。何故、今こんなことを言ってしまったのだろう、と思い、前言を誤魔化すように続けた。


「あ~!今のなし!アタシ何言ってんだろ!こんなしょうもない話してさ。忘れて!ていうか忘れろ!今すぐ!」


 堀口はしばらくの間、沈黙していた。小池はやはり、自分の話した内容を後悔した。すると黙っていた堀口が急に、しゃべりだした。


「小池。誰か見てるやつがいるはずだぞ。お前は、数日間、ここに来てたじゃないか」


「え?」


堀口は、小池を見ていた。


「案外、近くにいるかもしれないぞ」


 小池は堀口と目を合わせた。小池は堀口からの意外な言葉に、動揺した。否、意外ではなく、小池は堀口から何か言われることを期待していたのだった。小池は今まで他人からそう言う言葉が出てくることを期待していなかった。しかし、堀口にはそれを期待していたのだった。小池はなにか気持ちがよかった。そんなことは言われたことがなかった。小池は照れながら、笑いながら言った。



「ほんと、しょうもない……」





 

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