思い出
ある日のこと。
道楽部は、毎度のこと、5人が部室に集まり、他愛もない会話をしたり、各自で好きなことをやって、放課後というものを過ごしていた。所在ないオレは、席を立ち上がり、部室にある本棚の前に立った。何か、面白そうな本はないかと見まわすが、部室の本棚に並ぶ本も、ある程度、読みつくしてしまったので、本棚を見やるのを止めて、やっぱり再び、席に着こうとした。しかし、その時、本棚の隅にあった、背表紙には題名も何も書かれていないが、装丁は一丁前の、まだ読んでいない本があったことに気が付いたので、それを手に取って、開いてみた。
「なにこれ」
オレが、ボソっとそう言うと、万条はオレが開いていた本を見て、言った。
「あっ!それアルバムだよ!」
「道理で、文字がないわけだ……」
「八橋。それは当たり前だろ」
万条の「アルバム」という言葉に、立花と冨永は反応した。オレはアルバムを机の上に置いて、全員に見えるように、開いた。そこにある写真には、万条と大花と、先輩らしき人が二人が映っていた。大花はそれをちらっと見てから、言った。
「あら、懐かしいわね」
「うん!懐かしいねオーちゃん!」
オレと立花と冨永は、それを見ていた。その後に、冨永は何か、思いついたような表情をした。オレは嫌な予感がした。しかし冨永は気にせずに言った。
「ワタシ達もアルバムを作るのはどうだろうか⁉」
……はぁ。やっぱり……。何を言いだすかと思えば。
「いいね!ヒイちゃん!」
「最高だよそれ冨永さん!」
そして道楽部の部員はオレ以外の全員がその提案に賛成する……。
全く。仕方がない。オレがアルバムづくりなんて面倒なことのデメリットを道楽部員に教えてやろうではないか。
「あのな。お前らよく聞けよ。そもそも論だが、写真っていうのは――」
「いいね!じゃあ、作ろう!」
オレが、写真についてのデメリットを言おうとすると、万条はそれをワザと遮って言った。
「おま、オレが話している途中だろうが……」
「うん!知ってるよ!」
「え、お前、よくそんな態度ができるな……。それはさておき、さっきの話の続きだ。いいか?だから写真っていうのはだな――」
「あ、ていうかこの二人って、先輩達?」
立花は、オレの言うことを遮って、名前を知らない二人のことを聞き始めた。その後に、立花と冨永は再び、そのアルバムをゆっくりと、見始めた。
「立花……。お前もか……」
「うん!バナ君。小池さんとホーリーさんって言うんだよ!」
「いやいや。なに普通にオレの話すことは遮ることは当たり前かのような態度をとるなって……。ていうかホーリーさんって……。すごい眩しそうだな、あはは。それはさておき、てオレの話をき――」
「アルバム作るの楽しみだね!みんな!」
「そうだな!」
「うむ」
「ええ」
「……」
……あれ?おかしいな。オレ全然しゃべれてないぞ……。
オレは再び、喋ろうとした。しかも、早口で。
「そんなことよりもしゃしんっていうのは――」
「それにしても先輩たちはなんというか、賑やかなでいい人たちだったわ」
今度は大花が、オレの言うことを遮った。
「まてまて。全員でオレの話をさえぎ――」
「そうだよねっ!ほんと、いい先輩だったなぁ」
「……」
……まぁ、生きていれば、こんなこともあるだろう。オレもバカじゃない。今の会話の流れを帰納的観測により次の、出来事が予想できている。つまり、次、オレが何かを言おうとしたら、まだオレの台詞を遮っていない冨永が遮って来ることだろう。流石のオレだって、そんなセオリーくらいは心得ているつもりだ。それに冨永だってバカじゃない。おそらく次は自分が、オレの会話を遮りたくてうずうずしているに違いない。
……まぁ、仕方ない。この道楽部のくだらないお遊戯に付き合ってやろうじゃないか。
オレは再び、冨永に遮られるの待ちで、写真について話した。
「へぇ。とにかくだ。写真っていうのはだな……シャッターを切った瞬間、つまりは、その時、一瞬を切り取っているんだ……それは……自らの過去を思い出すための媒体に過ぎなくて……。だから写真は……」
オレはいつまでも遮ろうとしない冨永の顔をチラチラと見た。するとそのオレの戸惑った様子に冨永は気が付いた。
「どうしたお前。何をチラチラとこちらを見ている。こちらを見るな」
「それはそれで酷い話だな……ていうかまだですか?」
「なに言ってるんだ?八橋。ていうかお前、続きを言え。だから、写真は何だというのだ。話を途中できるなんて失礼だぞ」
へ、へぇー……そ、そういうことするんだ……。
「……だから写真はだな……その……」
「ああ」
「……とってもいいんじゃないでしょうか?」
「なんだ?それだけか?まぁでは、何かボソボソとうるさい声が聞こえたが、そろそろ今日は帰るか!」
「むぅ……」
「そうだね、ヒイちゃん!」
「帰ろうぜ!」
「そうね、そろそろ帰りましょう」
オレたちは、帰り支度をした。オレは部室を出ようとした時、万条はまだそのアルバムを見ていた。どこか懐かし気に、しかし、嬉しそうに、少し微笑みながら見つめていた。オレは帰りを急かすことなく、また懐古の念に浸っている万条に何か声をかけることもせずに、先に部室を出た。
万条は、そんなオレの素晴らしい気遣いに気付くこともなく、アルバムを見つめて、ボソッと独り言を言った。
「ほんとになつかしい」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――万条ユイ 高校1年生 5月某日。
元気で、人当たりのよく、周りの人々から好かれる人気者だった彼女は、今日も、学校へ向かって走っていた。寝坊をしたのだろうか、彼女は、髪がまだ寝癖が付いたまま、その跳ねた髪が風に揺らぎながら、走っていた。――彼女は、今朝目が覚めると、8時ごろだった。昨日うっかり寝てしまったことに気が付いて、急いで学校の準備をして、家を出たのであった――
大急ぎで学校へ向かって、走っていたが、もう朝のホームルームの時間ギリギリで、時計を見ると、遅刻まであと5分。赤信号で足止めされているのにもかかわらず、足は勝手に足踏みをして、信号が青になるのを待っていた。
「あ~、遅刻しちゃうよ~」
そう呟きながらその場で足踏みをして、信号が青になった瞬間に彼女は走って、学校へ向かった。遅刻まであと3分。それでも彼女は、諦めずに走っていた。見慣れた建物を横切り、颯爽と走り、やっと校門が見えてきた。
時計を見ると、遅刻まであと1分……。
校門の前では、教頭が校門を閉めかけている。先生は彼女が走ってきていることに気が付き、校門を完全に閉めることを止め、時計を見始めた。遅刻まであと10秒。9秒……5秒……3……2……1……、
「間に合ったっーー!」
そういって校門を通った彼女を教頭は、呆れながらも、称賛した。
「万条さん。なんというか、その諦めの悪さは、驚くべきというか、流石というべきか……」
「先生、遅刻じゃありませんよね?」
彼女は、笑ってそう言い捨てると、そのまま下駄箱に向かって走った。そのまま教室まで向かい、教室の前まで来て、咲村先生が話している声が聞こえて来なかったので、間に合ったと思い、安心して、教室に入り、自分の席に着いた。すると、クラスの中でも、仲の良い友達である、ミキが話しかけてきた。
「ユイ遅かったねー?」
「えっと、うん。寝坊しちゃった!」
「そっかぁ。お母さん起こしてくれなかったの?てかうちのママさ、7時半に起こしてって言ってるのに、わざわざ7時に起こしてくるんだよねー。7時半って言ってるのにさーなんで指定した時間に起こしてくれないんだろうねぇ~」
「そうなんだ……」
この現象はよくあることである。家族に、特に母親に「明日、○時に起こして」と頼んでから、いざ指定した時間よりも30分くらい早めに起こしてもらうと、本当に起きたい時間ではなく、また本来ならばなかった30分ぶんの眠気があるからか、イライラしてキレてしまう例のアレである。
「ていうか、ユイ。まだ少し髪跳ねてるよ」
「えっ、嘘?どこ?」
「そこらへん」
万条は、手を櫛にして、襟足の髪をといてみるが、意志を持ったように髪の毛はピンっと跳ねている。万条は、諦めて、バックを机の上に置いて、その中から教科書を取り出し、机の中へ入れていた。ミキは万条の、ひとつ抜けたような姿を見て言った。
「てかさユイ。ユイは可愛いんだから、もっとちゃんとした方がいいよ」
「え、ちゃんとって?」
「う~ん、なんていうかさ。あの……例えば、そうだなぁ……大花さんみたいな感じだよ!勉強もできるし、きれいじゃん」
そう言って、ミキはクラスにいる大花を見て、言った。万条は、大花を見た。彼女は、小柄な体で、結ばれていない髪は肩までかかるくらい伸びて、さらさらしていた。大花は、そのとき、頬杖を付いて無表情に窓の外を見ていた。それは大花がいつもしていることだった。
万条は初めてしっかりと大花を見た。まさに、才色兼備というものだった。
「うん……たしかに……」
「まぁ、でもユイは勉強しないだろうし、大花さんみたいに、おしとやかでもないかぁ」
「ぐっ……」
「それに、ユイはおしゃべりだし、全然似てないねー」
「ぐっあっ!!」
「それに勉強しないし、おしとやかじゃないからなぁ」
「ぐ……それ二回目だよ……」
「あはは!まぁさ。もしユイが、大花さんみたいになってもねぇ……」
「え?どういうこと?」
「いやー、なんでもないよ!ていうかさ。今日、あの新しくできた駅前の店でパフェ食べない?ワタシ一回行ってみたくてさー。ユイは?」
「あ!!あそこの?ワタシも行きたい!パフェ食べたい!」
万条は、以前からそこに行きたかったこともあって、すぐにそう言った。
「あ、でも、ミキ。今日練習あるんじゃないの?吹奏楽の」
「大丈夫!今日はないのよ。ていうかテスト前だし。本当は勉強しなきゃいけないんだろうけどさ~。そんなことよりもパフェでしょ!だから今日の放課後にいこー」
「うん!いこ!」
「は~い。お前ら、席に着けー。ホームルームを一応、やるぞー。やらないと怒られるからなー。じゃあ、出席をとるぞ」
会話していた時、担任の咲村先生が教室に入って来た。咲村先生が出席を取り始めた。苗字が、「あ」行の人から名前が呼ばれていった。万条は、自分の名前は、後の方に呼ばれるのを知っていたので、窓の外の校庭を見て、ぼんやりしていた。しかし、
「大花」
「はい」
その名前が聞こえた瞬間とともに、万条は大花の方を見た。さっきミキと話したこともあってか、万条は、大花を気にかけた。
――才色兼備。
それがクラスからの大花の評価だった。万条もそれには納得していたし、才色兼備と言う言葉では物足りない完璧さが大花にはあった。しかし、万条は同時に、大花にある共感を抱いていた。とはいってもその共感は、特に自分で筆舌できるようなものではなかった。
「どこか、ワタシと似てる気がする……」
万条はそう小さく呟いた。すると、
「おい、万条!」
「ん?」
「万条!いないのか?私の目に映っているはずなんだがな」
咲村先生の出席をとる大きな声が聞こえ、万条は我に帰った。万条は自分の名前が呼ばれるのは後の方だと思っておきながら、それに気付かないでいた。
「あ、はい!います!」
「……全く。朝から大丈夫かぁ?お前?」
咲村先生が万条をからかったように言うと、クラスのみんなは笑った。
「えへへ、ごめんなさい先生」
「しっかりしろよ~」
「はーい」
万条は、ふと再び大花を見た。大花は笑っていなかった。
5月某日。それは高校生になってから初めての中間テストが始まる頃だった。そのせいか休み時間でも、テストの勉強をしていた生徒たちもいた。しかし万条は、テストよりも、部活のことを考えていた。高校生になってから、万条は、部活をやっていなかったのだった。
入学後の部活勧誘のとき、万条は大体の部活には仮入部したし、たくさんの部活を見て回っていた。しかし今となっては殆ど、どれがどのような部活か覚えていなかった。
この高校は、強制的にではないのだが、ほとんどの生徒が部活動をやっていた。だが、万条は何かをやりたいと思いつつも、何をやりたいのか、自分では全然分かっていなかったため、何かしらの部活に入るのか、それとも帰宅部にするのかを決めかねていたのだった。
――もう帰宅部でいいかなぁ。
しかし万条は、最近、そう思うようになっていた。朝のホームルームが終わった後、一限の授業は数学だった。万条はその日、その授業の教科書を忘れてしまったことに気が付いた。
「はぁ~。また忘れちゃったのかワタシ」
万条は隣のクラスの生徒に教科書を借りようと、教室を急いで出ようとした時、咲村先生に呼びかけられた。
「万条」
「え?はい?なんですか?」
万条はその場で足踏みしながら、そう答えた。
「お前、何をそんな急いでるんだ?」
「あ、えーっと……きょうか」
――じゃなくて! 教科書借りることは言わないようにしよ……。
「きょうか?」
「えっと……」
――ど、どうしよ……。何て言おう……。
「……きょ、強化訓練です!朝準備体操ですよ!」
「はっは!そうか。お前は変わった奴だな」
咲村先生は思ったよりも興味がなさそうにそう言って、続けた。
「で、誰から教科書借りるんだ?」
「かっ、か、かりなひでふよ!」
万条は、咲村先生が急に核心をついてきたので、動揺して、噛みながら答えた。
「お前、わかりやす過ぎだな……。まぁ今回は見逃してやるから、さっさと借りて、教室に戻りなさい」
「ふぅ……」
「『ふぅ……』ってお前なぁ……」
咲村先生は呆れ果てて、廊下を歩き始めた。しかし、何かを思い出したのか、振り向いて言った。
「あ、そうだ、万条」
「はいっ!?」
「お前、最近どうだ?」
「え?どうって。最近ですか?」
「そうだ」
「……絶好調ですよ!いつも通り」
「そうか。お前は相変わらず元気でなによりだな。しかしまぁ、私が聞いているのはそういうことではなく、お前の生活のことだ。で、結局、万条は部活はやらないのか?」
以前から、咲村先生と部活について話していたのだが、結局、万条ははっきりと答えを出せずにいた。万条は咲村先生の質問に少しだけ、困惑した。先程、自分でも部活のことを考えていた万条は、他人から「部活」という言葉を聞いて、気にしていたことを思い出してしまったのだった。
「……はい。多分、帰宅部にすると思います……」
「そうか。まあそれもいいだろう。しかし、ちなみにどうして帰宅部にするんだ?」
「どうしてって……なんていうか難しいんですけど、やりたいことがなかったというか……そんな感じです」
「そうか。お前なら、陸上部とか良さそうなのにな」
「陸上はやらないですワタシ」
中学の頃、陸上部だった万条は、きっかけは至って単純で、兄の京太郎がやっていたから、自分もやる、といったものだった。そんな理由で始めた陸上も、やってみると、他人よりも足が早いことに気が付いたのか、一位になることが多く、それが陸上を続けている理由であった。だが、万条は、高校生になってから、きっぱりと陸上をやめた。大会に出ることも適う万条だったが、万条の中でとりわけ陸上を続ける理由もなかったからだ。つまりそこまでやりたいことではなく、なんとなくやっていたものだった。万条は高校生になってから、なんとなく続けるのはやめようと漠然と思い、陸上部には入ってなかった。
「そうか。そうだな、他に例えば……」
咲村先生はそう言って、万条に何か良い部活はないかと考え始めた。先生はしばらく、万条の顔をじっと見ながら、沈黙して考えていた。しばらく経ってから、言った。
「うん。わからん!」
「え?」
「まぁそういうことだ。では、私は行く」
咲村先生は無責任にそう言って、足を動かし始めた。
「先生…………って、ああぁ!」
万条は重要なことを思い出した。次の授業の教科書をまだ借りていなかった。数学の教師は田村という先生だった。この先生は、数学バカで、教科書を忘れると、減点するだけではなく、その生徒に対して数学の問題を執拗に出してくるのだ。これは、生徒たちから、ほんとうに嫌がられていた。自分がその餌食になってしまう想像をして、万条は顔が真っ青になり、急いで、隣のクラスへ向かった。
万条がちょうど、隣のクラスの教室に入ったあたりで、咲村先生は、その頃になってやっと万条に良い部活があったことを思い出した。
「あ、万条!お前に合いそうな部活、あるぞ。それはな。私が顧問をやっているのだが、〈道楽部〉という部活なのだが……って……」
と、振り向きながら言った咲村先生は、そう万条に言っていたつもりだったが、気が付くと万条はすでに居らず、どこかへ行ってしまっていた。
「忙しいやつだな……」
○
昼休み。数学の教科書を借りて、授業をどうにかやり過ごした万条は、ミキとその他の女子生徒二人と食堂へ来ていた。万条、お待ちかねの昼食であった。
というのも、万条は、既に、昼休み前の授業の終わる30分前から、昼食が楽しみでしょうがなく、テスト前であるのに、授業も碌に聞かず、「今日は、あんぱんと何にしようかなぁ~」とか、危機管理能力が備わっていないような考えを巡らせていたからだった。
万条以外の3人は、それぞれ当を持参していた。万条は、売店で既に、あんぱんとコッペパンとデニッシュ、3つのパンを購入していた。4人は仲良く席に着いて、おしゃべりを始めながら、昼食を食べていた。
「いただきまーす!」
4人で、いただきますをした後に、万条はパンの袋を開けながら、呑気に言った
「ワタシお腹空いたよー、今日の4限の後半、ずっとお昼のことしか考えてなかったよ~あはは」
「あははってユイ、テスト大丈夫なの?って大丈夫な訳ないか。ていうかさー。ユイほんとにパン好きだよねー」
ミキが、少し辛辣にテストのことについて指摘した。万条は、3つのパンを一気に口いっぱいにくわえたまま、話そうとした。
「む#$%&*+‘“!%&$!」
「え?何て言ってるか全くわからないよ……」
「『好きだよ!』ってユイは言ってるよ」
「よくわかるねミキ………って、ユイもうパンなくなってるし……食べるのはや……ていうかひとつずつは食べられないのかな……」
「ていうかさ~わたし。テスト勉強全然してないよ~。みんなはもう始めた?」
女子生徒の2人は万条の、食欲に圧倒されながら、もうすぐ始まるテストについて心配していた。
「ワタシはぼちぼち始めようかなぁ~って感じ。とりあえず、今日は息抜きでユイとパフェでも食べにいこーって話してたんだー」
ミキがそう答えると、女子生徒の2人は羨ましそうな顔をしていた。
「えー、いいなー。ワタシはまだ今日は部活だよー」
「ワタシもだよー。あ、ていうか、ユイって結局、部活やってないんだっけー?」
万条はその問いかけに、嬉しそうにしていた。
「……。ワタシ実は、部活はやってるんだよ?」
「え?ユイやってるの?何部何部?」
「んふふふ……」
そう万条が、二人が話しにくいついてきたことをいいことに、もったいつけて先を言わないでいると、
「ハイハイ。帰宅部でしょ?」
と、ミキが呆れた顔して、先に言ってしまった。
「あーー!ミキよくわかったね!」
2人はそれを聞いて、万条は部活をやっていないことを不思議がった。
「えー、ユイ。部活なんでやらないの?陸上部とか似合いそうー」
「あ、ほんと!陸上部いいねー」
万条は、陸上を似合うと言われて喜んでいた。照れ笑いをしながら、
「えへへ。でもワタシ部活はいいかなぁー」
「えー。ユイのポテンシャルもったいないよねー、何部に入っても活躍できそうなのに。あ、でも文化系の部活はダメそう……」
と、後半は笑いながらミキが言った。
「え、ミキなんでー?」
「だってさー……いや、なんでもないよ!可愛いなユイは!」
気が付くと、4人は昼食を食べ終わっていた。
食堂を出てから、4人は教室に向かって歩いていた。万条は飲み物を買おうと思い、他の3人には先に教室へ戻っているように伝えた。万条は、自販機の前で、何を買おうか迷っていた。万条の候補は、イチゴミルク、コーヒー牛乳、ミルクティーだった。万条は考えても考えても、3つのどれかを決めることができずにいた。
「き、決められないよ……。こんな難しい問題を、高校生に突きつけるなんて……でも……ワタシには秘策がある!」
万条は、自販機の前で両手を前に出した。そして考えあぐねていた3つの選択肢、つまりは、イチゴミルク、コーヒー牛乳、ミルクティーのボタンを3つ一気に押したのである。これにより、自分が本当に飲みたいものが、神の選択によって、答えが導かれるのだ。そう。〈神の選択〉である。
万条は、自販機の取り出し口を覗いて、何が選ばれたのかを見た。
「あー。コーヒー牛乳かぁ……。なんか、いざ出てくると全然飲みたくないかも……」
万条は、神に対して失礼なことを言って、自販機で、神に選ばれしコーヒー牛乳を取り出そうとしていた時、誰かに話しかけられるのが分かった。
「……ゴ、〈神の選択〉の使い!?」
万条が〈神の選択〉をしていた姿を見て、そう声をあげた者がいた。
「え?ゴ、ゴッド?」
万条は、訳の分からない顔をして振り向いた。その背後にいたのは、髪がロングで、大人っぽい女子生徒だった。その人の口調はサバサバしていた。その後に、その人は話し始めた。
「じ、自覚なしにあの神業を……って、アタシ、今、かなり頭悪そうじゃない?堀口どう思う?」
その人はに横にいた、「堀口」と呼ばれていた男子生徒に話しかけていた。彼は高身長で、短髪でメガネをかけている、いかにもインテリのような雰囲気の人だった。
「小池。知らないのか?〈神の選択〉は、西洋ヨーロッパを起源に持つ伝統的な業。初めは、勤勉で信仰心の強い農民が編み出したと言われるもので――」
「あっ!」
小池という人は、相手の堀口という人が意味の分からないことを言っているのを遮って、万条の顔を見た。万条の顔を見ると、何か言いたげに、首を一度かしげてから、それを元に戻し、左手の手のひらに拳をつくった右手をのせて「なるほど」といったように、何かに気が付いた。
「カワイイはつくれない!」
「へ?」
「カワイさは生まれながらのものなのね……」
万条はこの状況が理解できていなかった。話したことがない人たちに何故話しかけられているのか。万条はどこかで会ったことのあるひとなのか思い出そうとした。しかし二人の姿を見ても、何も分からなかった。なぜならば、正真正銘、会ったのは今日が初めてだったからだ。万条は、きょとんとした。
「へ?」
「へ?……返し!」
「……あのすいませんワタシ………」
と、万条が謝ろうとすると、小池さんは言った。
「その顔……さては、アタシたちの部活に興味あるんだな~?じゃあ是非うちの部活に入部だね~ていうか来て!カワイイから来て!ハスハスしたい!」
「小池。あんまりしつこく言うと、この子がかわいそうだろ。その辺にしとけ。それはさておき、君、うちの部活に興味があるというのは本当か?」
「えっと……」
万条がまだ何かを言うでもないのに、小池さんは万条の言うことを聞かないで言った。
「ああ!なるほどね!まぁいいのいいの!とりあえず、うちの部活に来てみな!放課後に第三校舎の二階の一番奥の部屋に、道楽部とかっていう変な部活あるから!」
「道楽部……ですか?」
「小池。あんまりしつこく言うと、この子がかわいそうだろ。その辺にしとけ。それはさておき、是非待っているよ」
「あ、はい……」
「カワイイコちゃん。名は……なんという?」
「万条ユイです!」
「よろしくねユイちゃん!人の名前はみんな覚えることにしているの。アタシ出会いは大切にしたいのよ……」
「小池。この間、お前がクラスの友達の名前を間違えているところを見かけたということは黙っておいたほうがいいか?」
「っ!?堀口。それは言わなくてもいいのに。あんたはアレね。まったく。そうアレよ。アレ。分かる?アレ」
「小池。すまん。分からないぞ」
「道楽部……」
「どうしたユイちゃん!顔が可愛いぞ!」
「万条ちゃんは可愛い。これは真である。小池が可愛いは偽である。ここから導ける答えは世の中は、不平等であるということ――」
「堀口あんた、それはどういう意味よ?」
「小池。言葉通りの意味だが――」
小池さんは、堀口の首を腕で絞め初めて、怒りを込めて言った。
「謝るなら今だよ?」
「こ、こ……いけ……」
苦しそうな堀口さんから小池さんは腕を外した。万条は、2人のやりとりを見て、変な人達と思う一方で、不思議と笑いが込み上げてきた。
「ふふっ!!」
万条が笑うと、2人は万条の方を向いた。
「どうしたのユイちゃん?」
「お2人、仲が良いんですね!」
万条がそう言うと、急に小池さんは動揺して、顔を赤くして堀口さんの方を見なくなった。
「な、な、仲良くなんてねぇ……よな?堀口?」
「そうだな。別に仲は良くはない。万条ちゃんほどカワイくないしな」
「ムカっ」
堀口さんの受け答えに、小池さんは不満だったらしく、再び、腕で堀口さんを締め上げた。
「こ、こい、け……しにそう……すま……ない」
「え!?今、電車が通って聞こえなかったなぁ」
「……電車なんてとおってないぞ……しかし、こいけ……す、すまん……たのむ」
「仕方ないな」
小池さんが、腕を振りほどいたあと、堀口さんはその場に死んだように倒れ込んでしまった。
すると、予鈴のチャイムが鳴った。
小池さんは、片腕を腰に当て、もう一方の腕で堀口の首元の制服を掴みながら言った。
「まぁこんな感じのゆるい部活だからさ。暇なときでもきてよ~歓迎するからさ~」
と、ぐったりとした堀口さんを横に、にこやかに言った。
「はい……!」
「じゃあ万条ちゃん。ほら!行くよ、堀口」
「こ、こいけ……」
二人の先輩は、そう言って忙しそうに、どこかへ去って行ってしまった。万条は、教室へ向かいながら、コーヒー牛乳にストローをさして、それを飲んだ。万条は思ったよりも二人と話し、喉が渇いていた。万条は、神に選ばれしコーヒー牛乳を飲んだ。さっきまでは全然飲みたくなかったそのコーヒー牛乳は、とても甘く感じた。
万条は教室に戻ると、既にコーヒー牛乳を飲み干していた。席に着き、次の授業の準備をしていた。自分の席に着いたところでミキに話しかけられた。
「遅かったね~。迷子にでもなってたかぁ?」
「違うよ、なんか先輩に話しかけられてさ……」
ミキは驚いて、万条の肩を揺らした。
「え!?ナンパ?」
「そんな感じかも。いや、でも違うよー、たしか……道楽部っていう部活の……」
「あー、よかったーユイ、ぼけーっとしたとこあるから心配したよ。ていうかなにその部活?」
ミキは笑いながらそう言って、次の授業の教科書を出していた。
「……ワタシもよくわからない。道楽部って何やってる部活か全然分からなかったよ……先輩たちは変わってそうだったし」
と、万条は笑いながら説明した。
「なにそれ?変なのー」
「だよねー」
「はーい、静かにしろ―。授業やるぞー席に着けー」
5限は国語だったので、咲村先生が教室に入って来た。生徒たちは、自分たちの席に着いて、だんだんと教室の中は静かになっていった。ミキは自分の席に戻って、万条も机の上に教科書を出して、それを、テキトーに開いた。
「じゃあ、教科書の34ページを開けー。そこをじゃあ、誰かに読んでもらおうかな」
万条は、咲村先生の言っていることはまったく聞いていなかった。教科書を開いておきながら、それを全く見ないで、窓の外を見ながら、さっきの昼休みに会った先輩たちのことを何気なく考えていた。
――道楽部……。変な先輩たちだったなぁ。どんなことやってるんだろう……。
「そうだなぁ。じゃあ、さっきから窓の外ばかりを見ている誰かさんにお願いしようかな」
「……」
「おーい、万条~。聞いてるかー?」
「……」
「万条!聞いてるか!?」
「え?はい!聞いてませんでした!!」
クラスの生徒は万条のおとぼけさに笑った。万条は、何があったのか、わからないような顔をして、立ち上がった。
「じゃあ、万条。そこを読んでくれ」
「え、は、はい……」
万条は、開いてある教科書を持ち上げて、読み始めた。読み始めた瞬間、クラスの生徒が、怪訝な顔をして、また咲村先生は呆れた顔をした。
「万条……。何ページを読んでいるんだ……。お前が読んでいるのは36ページだぞ。私が読んでほしいのは34ページだ」
「あっ……!」
万条のミスにクラスの生徒は再び、笑った。咲村先生は溜息をついた。
「はぁ……。万条、お前、今日は大丈夫か?」
「あはは……ダメかもしれないです」
万条は、ふと横目で大花を見てみた。大花は、周りの生徒とは異なって笑っていなかった。万条は教科書の34ページを開いて、今度は注意されることはなかった。
その後も、万条はどこかボーっとしながら過ごして、5限が終わった。
放課後になった。
万条は、ミキとパフェを食べに行くことを約束していた。帰りのホームルームが終わった後、ミキのところへ行った。そこで、ミキは誰かと話していた。何を話しているかは聞こえなかったけれども、万条は、ミキに話しかけに行った。
「ミキー。パフェいこっー!!」
すると、ミキは、
「あーごめん……ユイ。今日、いけなくなっちゃった……」
と、申し訳なさそうに言った。
「えっ!?」
「本当は今日の練習はなかったはずなんだけど、ワタシたちの吹奏楽部は、試験が終わったらすぐに大会があってね……、どうしても、その前に音合わせやら打ち合わせやらしないといけなくなっちゃって……」
今日の放課後はパフェに行く約束をしていたので、内心、がっかりしていたが、その後に、ミキの顔を見て、言った。
「そっか!部活なら、しょうがないね!練習頑張ってね!」
「うん……また今度、行こうユイ。ワタシから誘っておいてごめんねほんと」
「いいよっ!今度行こうね!」
「うん、ユイありがとう」
「いいよ!」
万条は、予定がなくなってしまった。久しぶりにミキと遊ぶのは楽しみであった。しかし、ミキは部活動をしていて忙しいみたいだった。
ミキは、万条が高校に入学してから、初めてできた友達だった。クラスが一緒で、席がひとつ後ろだったミキとは、お互いに緊張しながらも、万条はすぐに仲良くなった。万条は人懐っこく、元気であり、その後もすぐに他の友達ができたが、ミキは初めてできた友達だし、家が近いこともあってか、クラスの中でも特に仲が良かった。
そんな友達も、部活をやっていると、遊ぶ機会が少ないことが分かっていた。そして、部活動をやっている友達を見て、少しだけ、えもいわれない焦燥感を抱くのであった。
万条は、帰宅することにした。教室でしばらくの間、他の友達とおしゃべりしていたが、どんどん教室にいる生徒の人数が減っていったので、教室を出た。下駄箱まで歩き、上履きを脱いで、ローファーに履き替えようとした時、万条は今日の昼休みのことを思い出した。
――そういえば。今日、昼に会った先輩が、誘ってくれてたっけ。……道楽部。
場所は……たしか……。
万条は、一旦、動きが止まった。その後、万条は、ローファー下駄箱にしまい、再び履き直した。
気が付くと、第三校舎の二階の一番奥の部屋の前に来ていた。
万条は、道楽部の部室の前で、なかなか入れずにいた。なぜだか緊張してしまい、ドアを開けるのを躊躇っていた。すると、
「おっ!万条じゃないか!朝の話聞いていたのか?どうしたこんなところで、もしかして道楽部の入部か?それならやめとけ、こんな変な部活」
後ろから声が聞こえ、振り向くと、そこには咲村先生がいた。
「せ、先生はなんでここに?」
「はっは!知らないのか?私は、道楽部の顧問だぞ?」
「そ、そうなんですか!実は、ワタシ、今日の昼休みに、小池さん?に一回でもいいから部室に来てみてって言われて、それで……」
「なるほどな。まぁ、どちらにせよ、ちょうどよかった」
「ん?なにがちょうどいいんですか?」
「いや、何でもないさ。小池も成長したなー。では、いらっしゃい、道楽部へ」
咲村先生は、そう言って唐突に、部室のドアを開けて、中へ入った。
「よっ!小池、堀口。調子はどうだ?」
「あ、せんせい。また来たんですかー。さすが暇人ですね?」
「あ、暇人な咲村先生じゃないですか。略して、暇村先生お久しぶりです。調子ですか?まぁ小池は相変わらずですよ。受験生なのに全然勉強してないですし」
「たった今、お前らの調子などどうでもよくなった。小池、堀口。先生に向かって暇人とはどういうことだ……?」
咲村先生が怒り込めて返答するも、小池は、堀口が勉強していないことを指摘した方に反応した。
「ちょ、ていうかホーリー。何それ。アタシは日々進化しているのに気づいていないの?受験生であるワタシが勉強しなくてはいけないのに、こうやって、この勉強に無益な部活に出ているの。それは、まさに余裕!他の受験生がひしひしと勉強している間、アタシたちはこの部活で未だ楽しいことを追及している。これはどういうことだろうか?分かるかホーリー?」
「おそらくだが……」
「よし。いってみなさい」
「志望校に受からないだろうな」
「大正解!」
「小池。もう一年、勉強する日が365日増えてよかったな」
「いや、アタシ、浪人しないから!てか浪人するならあんたも道連れよ!」
咲村先生は、小池さんと堀口さんの会話を、目を細めて聞いて、呆れていた。
「お前ら相変わらず、頭の悪そうな会話してるな……」
「で、先生。先生は何しにきたんですかー?また見回りという名のサボりですか?」
「小池。咲村先生はこれでも先生だぞ。忙しいんだ。そう。サボりをしていて忙しいんだ。そうですよね?先生?」
「サっ、サ、サボりなどでは――」
「あの……」
いままでずっと会話に参加できずに、黙っていた万条が、ふいにそう声を出すと、咲村先生は、万条がいたことを思い出して、二人に紹介し始めた。
「あ、そうだ!小池。堀口。話があるんだ。サボりなんかじゃないぞー。ほら、みたことか!部活見学者がいるんだよ。私のクラスの生徒の万条ユイだ。まぁお前たち、よろしくな」
「あ!ユイちゃん!来てくれたの!嬉しい」
「万条ちゃん、ようこそ」
「万条ユイです。よろしくです!」
「よろしく~とりあえず座りなよユイちゃん」
「は、はい!」
「では、私はやることをやったので失礼する。お前ら二人、まじでちゃんと勉強しとけよ~」
咲村先生は部室を出て行った。先生が出て行ったあと、万条は部室へ来たはいいけれど、この部活は何をするかも、分からなかったため、尋ねた。
「あ、あの。この道楽部って何をしてるんですか?」
「え?そうだな~何やってるんだろう。堀口知ってる?」
「小池。そんな難しいこと知らないぞ」
「え?」
「まぁ~つまり暇なのよこの部活。ね?堀口」
「そうだな。暇なのさ」
「ということで、二人とも!出かけよう!」
「小池。いきなりだな。勉強はしなくていいのか?」
「息抜きは必要よ!そうこれは息抜きなのよ!今日くらいいいじゃない!せっかくユイちゃんも来てくれたんだしさーそれに行きたいところがあるのよ。せっかくだし行こう!」
「まぁそれもそうだな。今日は万条ちゃんも来てくれたしな。ん?待てよ。しかし、ひとつ気が付いたんだが、小池はいつも息抜きをしていないか?」
「う、うるさいわね!」
小池さんの堀口さんを軽く、叩いて言ったその姿は楽しそうだった。万条はそれを黙って見ていた。
「じゃあ、ユイちゃん、出かけようか!」
「え?はい!」
「で、小池。どこに行くんだ?」
「行ってからのお楽しみよ!」
「……そうか。てっきりパチンコに出も行くのかと思ったぞ」
「ちょっと堀口……アタシはどんなキャラ設定なのよ……ってことで、いこうユイちゃん!」
「はい!」
○
「じゃ~ん!ここです!」
目的地に着いたとき、小池さんは、そこを紹介して言った。
「ここは、最近、できたパフェでね!最新の流行に敏感な人しか知らない店なのよっ!普通の人じゃ到底たどり着けないのよ。でも、アタシくらいに、流行に敏感だと、違うのよっ!」
と、小池さんは自信満々に言っていたが、万条は、この店を知っていた。今朝、ミキと話していたパフェ屋だった。
「あ、ワタシここ、知ってますよ!最近駅前にできたパフェ屋で、シェフが外国に修行したほどの腕前らしいです!しかも、ここ、開店してすぐに、人気に火が付いて、雑誌でも紹介されるくらいらしいですね!ワタシもここ、来たかったんです!」
「え、う、うん……そう……なんだ……」
小池さんは、万条の情報量に呆気に取られた。そしてさっきまで自慢して語っていた自分が恥ずかしくなった。
「小池。敏感なのは、お肌ぐらいにしとけ」
「うっさい!」
堀口さんにバカにされ、余計に恥ずかしくなった小池さんは、手で赤くなった顔を隠した。万条は小池さんを見て、不思議に思った。
「小池さん?どうしたんですか?体調悪いんですか!?」
「違うの。ありがとう……リア充ちゃん……じゃなくて、ユイちゃん……行こうか……」
「ほんとうに大丈夫ですか?」
「ぜんぜんだいじょうぶっ!!!」
小池さんは、顔から手をどけて、勢いよく言った。堀口さんは小池さんの方に手を置いて真面目な顔で言った。
「まぶしいな。リア充というものは」
小池さんが、元気を取り戻したあと、万条は、先輩にただ付いて行き、パフェ屋に入った。店内に入ると、おしゃれで可愛いお姉さんの店員さんが、先頭を歩いていた小池さんに尋ねた。
「いらっしゃいませー3名様ですか?」
店員さんは、ごく普通の、ありふれた台詞を言った。小池さんは、突然笑いだして、店員さんに言った。
「ふふふ、店員さんの目にはアタシたちが3人にしか見えないみたいだね……でも!実は――」
「3人でお願いします」
小池さんが、店員さんにダル絡みを始めたので、堀口さんはそれを遮って、店員さんに答えた。店員さんは実に、これぞ苦笑いという表情だった。
「あ、えっと、はい……では、こちらになります」
店員さんに従い、3人は席に着いた。
「……では、ご注文が決まりましたら、お呼びください」
「はーい」
店員さんはメニュー表とお冷を机に置いて行った。メニュー表は二つしかなかった。小池さんは、ひとつを万条に手渡した。そしてもうひとつを取って、メニューを堀口さんに見えないように見始めた。しかし、堀口さんは気にすることもなく、お冷に入っていた小さな氷を口の中に入れて、歯で砕いて、音を立てているだけだった。小池さんは、堀口さんに、悪戯っ子の目で言った。
「アタシはどうしよーかなぁ。ホーリーはどうする?」
「その質問は本気でしてるのか?そうだったら相当に頭がイカれているぞ」
「えーじゃあアタシは、オムライスかなー。ホーリーは?」
「小池。オムライスは置いてないと思うぞ。なぜならば、パフェ屋なんだからな。常識を持てお前は。全く……。じゃあ、オレはチャーハンにしようかな」
「人のこと言えないけど、あんたも相当、常識ないわよ」
「小池。まぁメニューを見れなかったから仕方ないな。なぁ、小池。そろそろメニューを見せろ。ていうか、万条ちゃんは決めたかい?」
「はい!ワタシはスペシャルミラクルプリティイチゴパフェにします!先輩たちは決まりました?」
「ユイちゃんすごいの頼むね……アタシは、このチョコイチゴパフェかな……って、うっげ、たっけーな。1000円するのね」
「小池。パチンコに行くってのはどうだ?」
「あんた。アタシにどれだけパチンコ打たせたいのよ……で、あんたは何にするの?」
小池さんは堀口さんにメニューを見せた。
「そうだな……オレはフルーツのにしようかな」
「意外と可愛いの、頼むのね……」
店員さんにそれぞれ注文し、しばらくしたあと、パフェがやって来た。そのパフェの豪華さに万条と小池さは、はしゃいだ。
「すごい!!美味しそうですよ!」
「そうだねユイちゃん!ほら堀口も見てみなさいよっ!」
小池さんは、子供のように、落ち着きをなくして、堀口さんに話しかけていた。
「小池。少し落ち着けって。じゃあ食べようか」
「はい!」
「いただきまーす!」
小池さんは元気に言って、自分のパフェをすくって食べた。
「んむふ~~!!美味い!」
小池さんは、美味しそうに笑って、パフェを食べ続けた。自分のを黙々と食べ進めていた。ふと、小池さんは隣の堀口が食べているフルーツのパフェをチラチラと見始めた。しばらく、何も言わずに、自分のパフェを食べていたが、
「あ!そのフルーツのパフェもおいしそうじゃない!?ひと口ちょうだい!」
と、我慢できずに、堀口のパフェに勝手に自分のスプーンを入れて、ひと口すくった。しかし、そのひと口は、ひと口のレベルではなく、パフェの入っているグラスの底までスプーンを突っ込み、下から上へパフェ全体をすくいあげるように取ったので、小池さんのスプーンには、フルーツパフェの核ともいえるソフトクリームとその上に乗っていたフルーツが、いまにも、落ちてしまいそうなくらい、大きかった。堀口さんは、それについて何かを言う間もなく、小池さんは、その大きなひと口を、大きく口を開けて食べた。
「おいひい~~」
と、小池さんはほっぺたを両腕で押さえて、言った。万条は、そのひと口の大きさにびっくりした。
「す、すごい……」
「小池。オレは思うんだ。それはひと口ではないと」
「スプーンの上に乗ったんだから、ひと口じゃないの」
「これは、近い未来、法律で、ひと口を明確に決める必要がありそうだな……」
そう言いながら、さりげなく堀口さんは小池さんのパフェを食べようとした。小池さんはそれに気が付いたとき、もう堀口さんはパフェを口に入れていた。
「あ!アタシの!ちょっと!」
「うん。これも美味いな。ときに小池。よくそんなことが言えるな」
「フフッ」
万条は2人のやり取りを見て、笑ってしまった。そして万条は、ふと、疑問に思っていたことを聞いた。
「ほんとに、2人を見てると仲がいいですよね。もしかして、お2人は、付き合ってるんですか?」
「え?」
先輩たち2人は声を揃えて、驚いて声を発した。特に小池さんは顔を赤らめて、急に堀口さんの方を見なくなった。
「ユイちゃ~ん、それはないない!アタシがこんなメガネと付き合うわけないじゃーん。知ってる?こいつ、アタシに初めて言った言葉が、『消しゴム』だよ?」
「け、消しゴム……ですか?」
「そう。ありえないよねー。そんな変な奴と付き合う訳ないよ。なぁ、あり得ないよな堀口ィ!?」
小池さんは明らかに動揺しながらも、弁解し、最後の口調を、乱暴にして堀口に同意を求めた。
「小池。お前、顔が赤いぞ。どうした。今更になって、受験勉強への危機感でも抱いたのか?」
「ひぇっ!?」
小池さんは堀口がこちらを見てきたので、びっくりした。
「なっ、なんでもないわよ!このバカ!」
それから3人は、パフェを綺麗にたいらげた。3人はその後、帰ることにし、帰り道、堀口さんと別れた。小池さんとは、途中まで道が同じだったので、一緒に帰ることとなった。帰り道の途中で、小池さんは万条に言った。
「いや~今日はありがとねーユイちゃん。楽しかったよー。パフェも食べれたし、アタシはしあわせよー。で、どうだった?今日」
「ワタシ……楽しかったです!」
「あ、ほんとー?それはよかったよー。これを機にユイちゃん入部かぁー?」
と。小池さんはからかったように万条に言った。しかし、万条は返事をはっきりと答えることはせずに、反対に小池さんに、純粋な疑問を聞いた。
「あはは……、小池さんは、なんで道楽部に入ったんですか?」
「え?アタシ?」
「はい!」
「難しいわね……でも」
「でも……?」
「でもまぁ。アタシがこの部活やってるのは、簡単に言えば堀口といたいのよ。何か嫌なことあった時に、気を遣わないでぼけーっとできる奴とさ」
珍しく真面目な表情で語る小池さんの顔を見ながら、万条は少しその言葉にとても驚いた。
道を進んでいき、別れ道に辿り着くと、小池さんは、万条の顔を見て笑って言った。
「じゃあ、アタシこっちだからじゃあねユイちゃん~。また気が向いたら来てよ。いつでも待ってるよ~」
「はいっ!」
小池さんと別れたあとで、万条は、家にたどり着くまでに小池さんが言っていたことが頭から離れなかった。「アタシがこの部活やってるのは、簡単に言えば堀口といたいのよ。」という言葉が、何か、万条の中に残っていた。部活動をやっている理由として、誰かといたいから、という発想が万条にはなかった。
万条は気が付くと、足が勝手に動いていたようで、家の前まで辿り着いていた。
家のドアを開けると、真っ暗な部屋の中でカーテンと窓が開いたままだった。万条は焦ることなく、窓を閉めようとそこへ向かった。窓の隙間からは行ってくる春の夜の風は、万条には少し冷えたようだった。
「そっか……」
万条はため息のようにそう零した。家には誰もいなかった。万条の母は仕事でほぼ家に帰ってくることはなかったのだった。
万条は、真っ暗な部屋の中、壁を伝って、電気をやっと付けたかと思うと、机の上には、母が書いただろうメモと千円が置いてあった。そこには、
今日も帰れませんので、夜ご飯はこれでお願いします。
これは万条家ではよくあることだった。むしろ母がいる時は珍しく、万条が起きている時間に帰ってくることは少なかった。小さい頃からそうであったせいか、この状況に慣れてしまってはいたが、そうとはいえども、それでもやっぱり帰ってきたときに暗い部屋が待っていると寂しく思うこともあった。家に帰る度、万条は、家に誰もいないことを思い出すのであった。
しかし万条は、そんな感情に浸る暇もなく、その日は、メモを読んだ後、万条はそのままリビングにある、ソファに寝転がって、今日、小池さんが話していたことを思い出した。だが、それ以上に眠気でそんな場合ではなかった。そのままゆっくりと眠たい目をこすって、一言呟いた。
「それにしても、お腹空いたなぁ」
万条は、重たい瞼に逆らうことができず、目を閉じるのであった。