冒険者の食風景
店先からふわりと立ち上る、濃厚な香りを含んだ湯気。
大変食欲をそそるそれにつられるようにして、男はふらふらと飲食店が集う集落へと足を踏み入れる。
暗く冷たい沼地の奥から焼けつく砂漠の果ての遺跡まで、様々な場所を活動の場としている冒険者たちの楽しみの一つが、立ち寄った途中の街での飲食だ。ともすれば数ヶ月間もかかる大物の仕事の場合、立ち寄る村や街も片手の指では足りない数に上る事もある。場所が変われば住む人も変わるのは当たり前な話で、生活の文化もその場所それぞれに多彩で豊富だ。
現在彼が身を寄せているのは、今なお未踏の地と明かされない謎を残している原始の樹海を眼前に築かれた村である。それなりの収穫とともに樹海の探索を終え、一息ついてから一晩。泥のような眠りから目覚めて欠伸を一つ。ボリボリと頭をかけば、その途端に腹の虫が盛大な文句を垂れた。
野外、しかも冒険者の活動の場となるような過酷な環境のなかでは、碌な飯を食べられるという事は滅多にない。だから、一仕事終えた後はこうやって美味い物を探して街の中を練り歩くことが彼の楽しみだった。ジュージューと肉の焼ける匂いが軒先に立ち込める。ひょいと顔を覗かせれば、かんかんに熱せられた巨大な黒い石の上で肉の塊が照りのあるソースを塗られて転がされている。
「美味そうだな」
「そりゃうまいさぁね! 樹海の草を食べて育った極上の野牛の肉だよ!一つどうだね」
「おお、いいね。一つくれや」
まいどあり!と威勢良く大声で応えて、店主がこんがりと焼けた肉を石の横へと取り分け串へと刺していく。でかい肉選んで刺してやったからな!サービスだと豪快な笑みを浮かべる店主に男も笑顔で応じて代金を支払う。手に持った串に刺さった肉を見れば確かにでかい。店先から歩を進めつつ、天辺に刺さった肉にかぶりついた。
じゅわりと口の中に広がる肉汁。樹海の果物を発酵させたエキスと香辛料をふんだんに使った濃厚な甘辛のソースのうまみに、にへらと頬がゆるむ。あっという間に一つ目をごくりと飲み込み、二つ目にかぶりつく。手にソースが滴り落ちてくるがそんなのはどうでもいい。豪快に被りつきながら、次の獲物を物色していた彼の目に、腐れ縁の相棒である長身の男の姿が映った。
「お」
しめしめと息を殺す。向こうはまだ此方に気付いていない。このまま近寄り、驚かしてやろうとうかがう男の視線は、しかし彼が手にしているものへといつの間にか吸い寄せられていた。
焦げ目の付いた巨大な木の実は、ここ樹海で取れる特産品の一つ、黄金甘栗の実を丸々焼いた物だ。
殻を割れば中から香ばしい実が現れ、ほくほくとした食感と素朴な甘みを好む人は多い。
うっし、と内心で呟いて、男は軽やかに地を蹴る。冒険では斬り込み役を務める彼の売りは瞬発力だ。人ごみの中を風のように駆け抜けて、甘栗に手を伸ばしたその瞬間。
「なーにやってんだい。この食いしん坊」
脇と腕の間にがっちりと伸ばした手をからめとられ、身動きが取れなくなった所に上から降ってきた苦笑と、呆れたような声に、大人気ない舌打ちを一つ。
「あともう少しだったのに」
「あのね…。別にそんな事しなくても、欲しかったら欲しいといえばいいだろう」
しかも片手に串持ったままで、危ないでしょう?と子供を叱るようなその様子に、男は一瞬だけむっとした表情を浮かべ、すぐにぷっと二人同時に笑いが零れた。
「あーあ、口元べッたべた。ほんとにもう、子供じゃないんだから」
何食べてたの?と問いかけてくる相棒に、んと言葉なく手に持った串を押し付ける。
「あぁ、野牛の串焼きね。美味しいよねこれ」
渡された串を遠慮なく口に運びながら、彼もその手に持った実を男へと渡す。それを受け取って、一口齧れば、口の中に広がるどこか懐かしい甘み。
「美味い?」
「おう」
「そりゃ、よかった」
お互いの戦利品を、そのままもくもくと口に運びながら、二人の背中は並んで仲良く雑踏の中へと消えていった。