第一話
どうぞ読んでやって下さい。
何故夏はこうも好奇心に素直になってしまうのだろう。何かの魔法なのかな。みんなその魔法にかかってしまう。私もその一人なのかも。そして君も、
「旅に出よ!二人でっ!」
なんて私にとびきりの笑顔を見せながら大きな声で言うから、きっともうとっくにあの魔法にかかってるんだ。
もしかしたら私は君に魔法をかけられたのかも。だって「うん、行こう」って悩まずに答えちゃってるんだもの。その笑顔はずるいなぁ。
8月。夏休み真っ只中の寝苦しい夜。私は夜な夜な部屋で荷造りをしていた。といっても大きなリュック一つに入る量だ。それほど時間がかかるものではない。が、色々考え込んでいたら、部屋に掛かっている時計の針は1時を指していた。
私、田辺 千尋 はごくごく普通の高校3年生。特徴は身長が少し高いことと、ボーイッシュなところかな。あとは普通の高校生だ。
受験を控えた勝負の夏。私は何故か旅に出る準備をしている。旅といっても電車でだ。一泊二日の旅に出る。旅に行こうと誘ってきたのは2年から同じクラスで仲良くなった、北川 杏奈 。身長が低くて、いつも元気で、天真爛漫って言葉が似合う女の子。
私が惚れちゃった人。片想いしている人。
杏奈は終業式の放課後、帰る準備をしていた私に旅に出ようと誘ってきた。半強制的だったけど。でも私には断る理由がその時は見つからなかった。だから悩まずにすぐに返事をした。
色々な好奇心にかられた。旅って言葉にワクワクしたし、親の目がないのも自由な感じがして魅力的に感じた。それよりも、君と二人っきりで旅に出るなんて、ドキドキして私の鼓動が一気に速まった。私は一瞬で魔法にかかった。
旅に出る日をワクワクしながら過ごしていた。おかげでなかなか勉強に集中できない日もあった。そうこうしている内に前日に迫ったこの日、いやもう既に日をまたいでしまったので出発当日、私は荷造りに追われていた。
「やばい、早く寝なきゃ起きれないかも」
自分にプレッシャーをかけて、急いで服やらカメラやらをリュックに詰め込む。なんとかまとめることができたのは2時前だった。ベッドに飛び込み目をつむる。だけど旅が楽しみでドキドキしてなかなか眠れない。寝返りを繰り返しやっとの事で眠ることができた。
「遅刻ギリギリー!ふふ、寝れなかった?」
「っ…う、うん。なんかワクワクしちゃって」
ふわりと笑う杏奈の可愛い表情にくらりとしてしまう。今日も安定の可愛さだ。
待ち合わせの駅の改札口に着いたのは約束の時間約一分前だった。寝坊してしまった。本当にワクワクドキドキし過ぎてなかなか寝付けなかった。杏奈は30分も早くに着いていたようで、「そんなに早く来る杏奈もワクワクしてたんじゃないの?」なんて意地悪そうに聞けば顔を真っ赤にして、「そ、そんなことないもん!時間にルーズじゃないだけですぅ〜遅刻するより全然いいし!」と必死に反論。そんな杏奈に思わず頬が緩んでしまい、
「あははっ」
「こら、笑うな馬鹿。早く行くよ!」
照れ隠しなのか顔を背けて私の手をとり改札を抜けて行く。一気に体温が上がった。杏奈が握った手はジンと熱くなった様に感じた。杏奈の手も熱いせいだったかも知れないけど。
乗る予定だった電車に余裕で乗り込み座席に座った。2人掛けの席だったので、私が窓際に座り、杏奈が通路側に座った。いよいよ二人きりの夏の旅が始まる。
ありがとうございました。