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第二話 機甲学校

 かくして、入学式である。

 堂々と「機甲正鳳学院きこうせいほうがくいん」と書かれた校門へと背を向け、意味もなく天を仰ぐ。場所は間違いないし、時間も問題ない。問題ないのだが……。


「何だか、見られてる気がするんですが……」

 気がする、で済む問題では無論ない。校門を潜ろうとする生徒たちは、校門に背を向けて佇む二人に、好奇心と奇異の目を向けて行った。隣に佇むクリスは、借りてきた猫のごとく下を俯いていた。

「落ち着け。別に正体が看破されたわけじゃあるまい」

「で、でも、でもですよ? 万が一ということもっ!」

「いや、ないと思うが」

 もしその万が一が起こっていれば、こんな程度で済むはずが絶対にない。


「し、しかしですね……じゃあなぜ、皆私のことを見ていくんでしょう……ジロジロと……」

「それは――」

 生徒じゃないから、と言いかけて、やめる。今日は入学式だ。無論、父兄と共に来る人間などゴマンといる。実際先ほどから何度も、父兄らしき人物が校門を過ぎ、同じような目線を自分たちに投げつけていったのである。

 ではなぜか。もちろん、彼女の正体が看破されたということではないだろう。

 となると……


「……やはり、クリスが美人だからじゃないか?」

 これしか思いつかないな、と思いつつ斎は言った。

 先ほどから言っているように、隣に立つクリスティーナ・キルヒアイゼンという少女は、控え目に評価してみても絶世の美少女だ。そんな人間が、校門の前に佇んでいるとなれば、ジロジロと見ない人間のほうが少ないだろう。

 そしてその瞬間、斎は理解した。男性に限りだが、少女に目線を向けた後、斎をなぜか殺気やら悪意やらを乗せた目線で見ていたのだ。どうやらそれは、何の理由もなく本能的に憎たらしいとか、なんとなく顔がむかつくとか、前世で敵対していたからとか、そういった短絡的な理由ではなかったらしい。

 ふむふむ、なるほど、と彼は顎を指で擦る。

 その隣で、少女が顔を真っ赤にして俯いていたのだが、それに気づく気配もなく。


「しかし……どうして、わざわざこんな目立つところに居なければいけないんでしょう……」

 さらに幾度目かの視線を浴びたあと、少女は嘆息しながら疑問を告げた。

「いや、ここで待っていろと言われた。迎えに行くから、とな」

 なるほど、と頷きながらも、更なる視線を浴びせかけられ、少女はさらに沈んでいく。


 ――機甲正鳳学院。名の示す通り、日本の有する機甲学校である。

 機甲学校。耳慣れないこの言葉は、近年によって創始された学業形態だ。

 機甲……アーマードと称される大気圏内外で活動可能な装置、すなわちロボット。これを研究し、開発し、そして操縦するために創始されたものだ。

 ただその比率は、前者二つにくらべ、最後の一つに重きが置かれている。即ち、操縦だ。言ってしまえば、機甲学校とは軍事用の機甲兵器(アーマード・アサルト)のパイロットを育成する、軍学校の類である。

 こうした機甲学校の創立には、ここ百年のうちに高まる軍事的緊張によって、国民皆兵ならずとも、パイロットの一部の技術を底上げすることで、軍備を拡張しようという中央政府の思惑が――。


 などと、益体もなく斎が考えていた、その最中。

 ふと、構内に目線を向けると、一人の少女と目に合った。恐らく学院の生徒だろう、凛々しい、という言葉が似合いそうな少女だ。それが真っすぐにこちらに走って来る。

「すまない、待たせたな」

 自分たちのすぐ目の前で立ち止まると、息を切らした様子もなくそう言った。

 その黒髪をセミショートにした少女は、どうやら上級生らしかった。その身に纏った白と碧を基調としたブレザーに、上級生の証である青のワッペンが見て取れる。

 瞳の色は、日本人として平均的な黒だ。背は、斎よりはやや低いが、女子としては長身だろう。


 恐らく彼女が、今日待ち合わせの予定だった人物なのだろう。それを早々に理解した斎は、「いえ」と首を振った。

「こちらの方が早く到着してしまっただけですので、謝られることは……」

 斎の言葉に、「そうか」と彼女は少し笑って答えた。

 改めて近くで見てみると――なるほど、確かに美少女と言える類の少女だろう。凜とした静謐な空気を纏っているような気さえもする。

「九桐斎くん、で間違いないか?」

「ああ……はい。九桐斎です。よろしくお願いします」

 斎の言葉に「そうか」と頷くと、少女は横に佇むクリスへと目線を向けた。

「それで……そちらの方は、血縁の……?」

 少女の目線に倣って、クリスを見る。無論、事前から完璧に用意していた笑顔で、クリスは即答した。

「クリス・アルヴァンスと申します。血縁、というわけではありませんが、斎の義姉として来させて頂きました」

「そうですか……いや、失礼なことを聞いて、申し訳ない」

 少女は申し訳なさそうに顔をしかめると、深く腰を折った。

 苗字も違うのに、義理の姉。そういったややこしい事情を汲み取ったのだろう。だがそれに、クリスは微笑んで答えた。


「いえ、大丈夫です。大した事情ではないですし、私も斎も、気になんてしていませんから」

 少女が、今度はこちらに視線を送って来る。斎は迷いもなく頷いた。

「そうか……」

 それで納得したのか、少女は顔をあげ、小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。ああ、そうだ――」

 何かを思い出したのか、少女は呟いて再び斎と目を合わせ、握手を求めて手を差し出した。

「私は細峯結莉。三年だ。正鳳学院の風紀委員を務めている。よろしく頼む」

 そう言って、朱色の腕章を掲げて見せる。それがどういう役職なのかはいまいち分からないが、斎は「はい」と頷いて彼女の手を握った。

「よろしくお願いします、先輩」

「ああ、よろしく」

 凜とした空気がふっと緩む。

 本当に自然な笑顔だった。思わず――自分の中の"何か"を想起してしまうような。

 しかし、その"何か"が表層に現れるよりも前に、彼女――結莉は笑顔を消し、真面目な顔で向き直った。


「それでは、今から体育館の方へ案内する。クリスさんの方は、他の委員が案内します。――おい!」

 彼女が背後に向けて呼ぶと、校庭で何か話しながら周囲を見回していた生徒たちのうちの一人が、小走りに走り寄って来る。

「駒沢、この方を父兄方の席に案内しろ」

「はい、分かりました」

 駒沢、と呼ばれた少年は、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。同性の目から見ても、魅力的に映る類の笑顔だ。爽やかな好青年、という言葉が一番似合うだろう。

 彼にしか聞こえない声で、『頑張ってください』と告げてから。

 こちらです、と案内を始める少年に従って、クリスは歩を進めた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「随分と綺麗なお姉さんだな」

 歩きながら告げる彼女の言葉に「そうですね」と答えるわけもいかず、答えに窮しつつも校舎へと目線を向けた。

 改めて見れば、まあ、普通の学校だろう。もちろんそう違いがあるわけではない。

 ただ……意外な点が一つ。

監視カメラ(スフィア)の数が少ないな……)

 通常、現代の学校のみならず、施設という施設のほとんどは、監視カメラが大量に設置されている。

 『スフィア』と呼ばれる、球状の監視カメラだ。全方向に対する監視撮影が可能で、かつてのカメラにあったような視覚は存在しない。それは学校とて例外などないはずだった。


 ――と、こちらの視線に気づいたのか、「目ざといな」と結莉は小さく笑った。

「うちの学校は、生徒の自主性を尊重している。監視カメラの類もあまりない。まるでないわけではないが」

「へえ……」

「とはいえ」

 彼女は腕につけている朱色の腕章を、もう片方の手でくいと引っ張って誇示しながら、告げた。

「悪さをすれば捕まる。当たり前の話だ。そしてその当たり前を執行するのが、我々の役目だ」

「なるほど」

 風紀委員会。確かに、高度情報社会と化した現代では、必要とは思えない活動だ。

 もちろん、監視カメラがあっては落ち着かないという人間もいるだろう。ただ、スフィアの記録映像は設置したマスターによる開放キーがなければ閲覧は不可能だし、スフィア自体もほとんど目立たないように設置されているゆえ、そうそう気になるものでもない。

 そして最近の機種では、『登録者』として登録されたメンバーであれば、記録のオン・オフを切り替えもできたりもする。とはいえその記録は残るのだが。

 よって現代では、問題になることはほとんどない。息苦しいと思うことはあるかもしれないが、言ってしまえば生まれた時から"そう"なのだ。多くの人は、あまり気にすることもなく一生を終えていく。


「ま、逮捕するような機会は無いに限るが……機甲学校の半分は荒くれだ。勢い余って、くだらんことをする連中がないとは言えない」

「そうですね」

 教官する一方、心の底でその老成ぶりに感心する。

「今、年寄り臭いと思ったろ」

「いや、まったく」

 平然と答える。ふん、と鼻息を荒く吐きだしつつも、少女は前へと足を進める。


 十分ばかりを、少しの雑談を交わしながら歩くと、かくして職員室へと到達した。

「失礼します」

 職員室の扉を開く――今時にして珍しい手動スライド式だ――結莉に倣い、斎も一礼して職員室へと足を踏み入れた。

 職員室、と一口に言っても、かつての西暦時代にあったような、紙による書類管理は既にほとんど姿を消している。とはいえ、通常の学校ならともかく、この学校のような機甲学校では、職員室の雑然さは数世紀前から変わっていない。

 オフィスにありがちなテーブルの上には、三面型の大型のコンピューターが設置され、机の上には大小様々なメモリー装置やら備品やらが、また違う机には何かの説明書らしき大型の冊子が山積みになっていた。恐らくこれは、停電等の理由で電子機器が全てストップした際に使用する緊急マニュアルなのだろう。

 結莉の声に反応したのか、一人の女性教師が、咥えていた煙草を灰皿へ放り投げ、立ち上がるのが見えた。


「おー、御苦労さん、細峯」

「いえ」

 近づいてきた教師らしき女性の言葉に、結莉は首を振って答えた。ぽんぽん、とその肩を叩き、教師らしき女性は目線を斎の方へと向ける。

「私は各務紗枝。一応教師をやってる。君の担当ということになるそうだから、よろしく、九桐」

「はい、よろしくお願いします」

「うんうん、礼儀正しいのはいいこったねー」

 しきりに頷きつつも、ほれ、とこちらに差し出してくるものがあった。

 銀色の小型機械だ。サイズとしては名刺程度だろうか。一本の剣と六つの翼を模した校章が、表面にプリントされている。

 受け取ると、ずしりとした感触。紙で出来た手帳よりも重い。


 そして渡すや否や、「じゃ、私はこれで」とさっさとどこかに行ってしまった。説明も何もない。

 思わず視線を彷徨わせると、隣で聞いていた結莉が、はあ、と小さくため息を吐いた。

「それは生徒手帳だ。横のボタンを押せば、ホログラフィックUIを起動できる。登校する時や、火器類を借り出す時に必要になる。制服の内ポケットにでも、常時入れておけ」

「了解です」

 先ほどの教師――紗枝が出て行った方角を見やる。廊下に出て行ったのだが、もうどこにも影は見当たらない。


「……随分と、その……」

「適当な先生だ、か?」

 こちらを見ずに、結莉は告げる。まあ、と小さく頷くと、彼女は何度目かの溜め息を吐いた。

「否定はしない……が、一応あれでも優秀なんだ。特に電子機器分野はな。何かと学ぶことも多いだろう」

 なるほど、と思う。

 電子戦は今や、戦術の中核を成す一柱だ。そのプロフェッショナルというなら頷ける。機甲学校の教師が、生半可な実力で務まるわけもないのだ。


「さて……そろそろ体育館に行くか。もうすぐ式が始まる」

 はい、と頷きかけて――廊下に面した窓の向こう、中庭で、数人の男女が揉めているのが見えた。正確にいえば、紅い髪の少女一人と、それを取り囲むようにした三人の男。

「どうした? ……む」

 こちらの視線を追ったのか、同じものを視界に収めたらしい結莉が、小さく唸った。

 ちっ、と小さく舌打ち。

「何をやってるんだアイツらは……」

 その声には隠しようのない苛立ちが滲んでいた。

 カツカツと廊下を横切って窓に歩み寄り、一息に開けたかと思えば、窓枠を飛び越えて中庭に降り立った。スカートがふわりと舞うが、気にした様子もない。斎は、若干慌ててその後を追った。


「お前ら、何をしてる!」

 大声一喝。ぴくり、と四人全員の肩が震える。だが、そこからの反応は対照的だった。

 まず斎から見えたのは、男に囲まれていた女生徒の顔だった。表に出してはいなかったものの、瞳の中には、隠しようもない怯えの色が混ざっている。

 彼女は、こちらを視界に収めたかと思うと、少しだけほっとしたような顔をして、次いで強気に眉を吊りあげた。

「離しなさいよっ!」

 掴まれていた腕を勢いよく振りほどくと、囲んでいた三人の男を強引なダッシュで振り切って、こちらへと走って来んで来た。そのまま、自分たちの後ろに回る。


 男たちは、少女を追いかけるような真似はしなかった。一人はちっと舌打ちして目を背け、一人は明らかな怒りをにじませた目でこちらを――否、結莉を睨んでいる。そしてもう一人、女生徒の手首を掴んでいた男は、こちらを振り向こうとはしなかった。

 それらを意に介した風もなく、結莉は一歩を踏み出し、口を開いた。

「もう一度問おう。貴様らは何をしている。もうすぐ始業式のはずだが」

 男たちは答えなかった。痛々しいほどの沈黙。


 たっぷり数秒を沈黙で待ってから、結莉は首を振った。

「黙秘か、いいだろう。話は査問委員会で……」

「それには及びませんよ、先輩」

 結莉の言葉を遮って、三人のうちの一人――こちらを振り向いていなかった男が、振り向いた。

 至って普通の少年だ。顔は、恐らく平均よりも整っている。どうやら二年生であるらしく、証である赤のワッペンが見てとれた。ただ……薄い笑いを浮かべたその顔は、どうにも斎を嫌な気分にする。

「……名前は?」

「二年四組の城里です。……彼女とは、ちょっと話をしていただけですよ」

 城里、と名乗った少年は、薄い笑みを張りつかせたまま告げた。

「話だと?」


 結莉は言いながら、後に隠れたままの少女へと目線を配った。金髪の少女は、強気な目で首を振る。

「嘘です。こいつらはいきなり、私の腕を掴んで……」

「おっと、君こそ嘘はいけないなあ、アンジー?」

 大仰な仕草で、城里は肩をすくめた。アンジー、と呼ばれた少女は、ぴくりと形のいい眉を動かすと、結莉に向けていた目線を、城里へと向ける。

「僕は挨拶をしたんだ。でも君は無視をした。だから、腕を掴んで止めただけさ。違うかい?」

「挨拶? あれが? どう見たって因縁つけてただけじゃない!」

「でも、それを証明する手段はないだろう?」

 その言葉に、アンジーは表情を嫌そうに歪め、その視線で憎悪を叩きつけた。

「おお、怖い怖い。……でも先輩、分かるでしょう? 僕たちは何も悪いことはしてないんですよ」


「ふむ……」

 白々しい、とも言える類の少年の言葉に、思案するように顎に手を当てた。

 確かに一見すれば、男三人が寄ってたかって、少女に詰め寄っていたようにしか見えない。とはいえ、少年たちに危害を加える積もりはなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、判断は難しかった。証明できる第三者がいないうえ、自分も彼女も、公明正大な裁判官というわけではないのだ。容易に判断できるものではない。


 軍隊であったなら、鉄拳制裁かトイレ掃除を任じられて終わりだろう。

 ……しかし、軍学校に等しい機甲学校ではあっても、彼らはあくまで学生でしかない。

 アーマードは兵器以外にも用いられる。それゆえ、そのパイロットの養成所である機甲学校は、表面上、ただの養成校として済まされる。

 これは現在否応もなしに緊張を増している、各国間の関係を考慮した一手だ。しかしその『表面上』という言葉で括るのなら、ここは只の学校、学び舎でしかないことになる。

 そして残念なことに、学校という施設に蔓延ることなかれ主義は、西暦時代からまったく変化していないのである。


(確かに、手が出せないな)

 斎は頷いた。少年の採った選択肢は、確かに正しい選択肢だろう。通常なら「もういい」で済まされ、何事もなかったかのように過ごせるに違いない。

 ただ、ひとつだけ計算違いがあった。

「……そうだな。なるほど、ではこうしよう」

 それは、細峯結莉、この女生徒の性格である。

「これから私は君たちを、委員会の権限により制裁する。私に勝てたら、この場は見逃してやろう」

第二話目更新です。今回は少々推敲が長引いてしまいました。ヒロインその2とその3が登場。次回はようやくロボットじゃないけどバトルです。そしてヒロインその4が登場します。あれ、なんか多くね?

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