プロローグ
――鋼鉄が疾駆する。
強化合金によって作られた銀色の壁柱が、瞬きほどの速さで後方へと流れていく。
その数、四。
それはまさしく、流星であった。緋と銀の色で彩られた、一筋の流星。それが宇宙という漆黒を、美しく、しかし暴力的なまでの速度で滑り落ちて行く。
それが本物の、鉄の流星であったならば、違いなく人類にとっての脅威であった。
しかしそうではない。もし速度を度外視したとしたら――はっきりと見えたはずだ。
その鋼鉄が、人型であることに。
しかしたとえそれが流星ではないとしても、脅威という意味では、同じかもしれない。
それは機械である。それは兵器である。
容赦もなく人を踏みつぶし、銃弾をばら撒き、全てを無意味な残骸に変える。四メートル級の鉄の巨人は、間違いなく、ヒトに対する脅威であるに違いないのだ。
流星の如き残影は、軌道エレベーターの内側を、影から影へと駆けて行く。
『――目標地点まで、残り六秒です』
(目標?)
スピーカーから流れる声に、はっとした。
……不意に、脳裏に冷たい電撃が走る。
(え?)
自分はいったい、何をしているのか? ここはどこだ?
目標とは何なのか。そして自分の駆る、この機械は何なのか。
不意に、分からなかった。
『目標地点まで残り三秒です。減速してください。警告です、減速してください』
突然のアラームと共に、眼前の画面に赤い警告画面がポップした。スピーカーから流れる女性の人工音声が、警告を告げている。
(減速……!?)
わけがわからないまま、手元にあるレバーを後ろに倒した。
がくんっ、と機体が大きく揺れる。それと同時に、先ほどまでにあった重く苦しい重圧が遠のいていく。だが……それだけで済んだわけでもなかった。
同時に、まるで振り回されるように、コックピットが二転三転する。錐揉状態で落下しているのだと、不意に気づいた。
『姿勢制御、十パーセントに減衰。警告、アティテュードコントロール、システムでは回復できません』
脳裏に幾重もの警鐘が鳴り響き、未だにまったくの状況がつかめないまま、両手がシートの左右に四本配置されたスティックへと伸びる。
そこから先、どうやったのかは、自分でもよく分からなかった。
ただがむしゃらにスティックを操作し、どうにか回転を止め、姿勢を安定させる。同時、かつてシステムが警告した三秒間が経過し、軌道エレベーターの壁面を、足の裏(といっても機械の、だが)で火花を散らして削り取りながら静止する。
「はぁ……はぁ……」
『アティチュード、クリア。機体制御、回復。速度の停止を確認。作戦目標地点に到達しました』
(なんだってんだ……!)
毒づく。しかし急激に圧迫から解放された肺が、言葉を放つことすら許さない。早鐘のように脈打つ心臓は、痛いほどに呼吸を圧迫していた。
状況が分からない上に、この有り様である。当然ながら、頭の中は混乱の極みにあった。
そんな彼が、毒づく以外に、意味のある行動を起こせたのは……眼前の光景が、あまりにも美しかったからである。
息を呑む。
そこには――地球という名の、惑星が、あった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
地球、という名の惑星がある。
太陽系に属し、海があり、空気があり、生命とがあった。そういう惑星である。
しかし、たったそれだけで、語る言葉が終わるはずがないのだ。我らの……母なるこの星が。
太陽系第三惑星、人の故郷。……言葉を重ねたところで、そこには本当の真実はない。
地球は我らが故郷にして、今や帰れることのない死の大地なのである。
破綻は、ある日突然に訪れた。
千死病。片隅で生まれたその病は、しかし二百七十四日という短さで、世界を席巻した。
それはまさしく災厄であった。あらゆる対策手段が生まれ、その悉くが水泡に帰し。ついに、虐殺という名の隔離政策さえもが無駄だと悟った人類は――その頃ようやく現実化した、宇宙移民政策に縋りついた。
……そしてその時既に、人類は、三分の一以下という悪夢のような数へと減じていた。
――イクリプス。
その悪夢は、そう呼ばれた。
人は、地球を捨てた。
これは比喩ではない。事実、人々は、自らを殺し尽くさんとする悪夢から逃げ出し、そして生き延びた。これは何も驚くことではないし、不自然なことでも、責められるべきことでもない。
生きようと欲する意思こそが、命が命として在る源泉である。そういう意味で、彼らは英断した。
人は――宇宙に救いを求め、そして救われたのだ。
しかし、救われなかった者もいた。
宇宙を眼の前にして、病に倒れたものがいた。
狂気と恐怖に唆された人々による、戦争と言う名の殺戮もあった。
――自ら地球に残り、悪夢と戦うことを選んだ人々もいた。
かくして時は流れ。
世界も、悲劇も、止まることはなく。
そして――二百年と言う、長い月日が流れ去った。
斯くして物語は紡がれ始める。
それは宇宙での物語。コロニーと呼ばれる新たな世界で、人々は歩み始める。
その先にあるものが、希望であるのか、絶望であるのか、それすらも分からないまま――。
はじめまして、kazaisyuと申します。この度は拙作を閲覧頂き、誠にありがとうございます。隔週にて定期連載予定となっております。