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I6

 その日の夜、ミツバ市のほぼ西端に位置する森の中に得体の知れないものが墜落した、というローカルニュースがテレビに流れ、俺と疾風は試験勉強の手を止めて齧り付いていた。

 寝室の液晶モニタが映しているのは深い森の中、ユラユラと黒い煙を夕焼け空に溶かしているその墜落現場。

 周囲の木々を放射状に薙ぎ倒し、中心にクレーターを作って突き立っている、やや斜めに傾いだ細長く白いオブジェ。

 取り囲んでいるのは、黒い防毒マスクに黒い防護スーツという仰々しい格好をした十数人の作業員達。さらにはイエローテープに、カメラマン。それらを背景としながら、マイクを手にしたリポーターがやや興奮気味に現場の様子を伝えていた。

 隣にちょこんと座っている疾風が「ん~」と唸り

「清十郎から最初に聞かされた時は、深く考えずにタオパイパイとか言っちゃったけど――」

「深く考えてそれなら真正のバカだよ疾風。安心しろ」

「やっぱりボクにはタオパイパイにしか見えないな」

「やっぱり真正のバカだったな。安心した」

 カメラにズームされているそれは、一言で言うなら大きな白の柱だった。

 高さは10数メートル程で、横幅は3,4メートル程度だろうか。そんなものが行儀悪く振り下ろされたナイフのようにザックリと、森に突き立っているのだ。

 目にしているこれが今朝に眠気眼で見た飛行物体と同じかと問われれば、確信を持ってそうだ――とは言えないが、俺にはそれ以外、他に思い当たるものがない。

 ヴーンとポケットの携帯がメールの着信を知らせたので、取り出して開いた。小早川先輩だった。


 送信者:抜刀娘

 件名:ニュース見てるか

 本文:今朝に空を飛行していたアレに間違いなさそうだ。場所はミツバ市西端の森か。落下物がやや真東に傾いでいる事を考えれば、ミツバ市の東からこれは飛来し、そしてほぼ自由落下に近い様な速度で突っ込んだのだろう。怪我人が出なかったのは幸いだな。誰が何のためにこんな事をしたのか。そしてそいつにとってこの現状は成功か失敗なのか。色々と興味は尽きないが、続報を待つより他はないな。そうそう。明日の試験は予定通り行われるらしいから、しっかりな。


「清十郎、誰から?」

 画面は目に、手はノートに、しかし耳は俺の方に、器用な疾風だ。

「小早川先輩だよ。先輩もあれが今朝空を飛んでいた奴に間違いないだろうってさ。あと試験勉強頑張れって」

 俺は当たり障りない返信を送って携帯を閉じ――と、ここで再びメールを知らせる着信音もといバイブ。憑神か。


 送信者:ゴスロリ

 件名:ネコネコすとらいく!

 本文:先輩バター舐めるの好きですか?


 俺は黙って携帯を閉じてポケットに戻した。

「清十郎、誰から?」

「ただの悪戯だった」

 件名も本文もまるで意味が分からない。しばしばあいつの頭を切って開いたら何が出てくるんだと真剣に考えてしまう事があるのだが、何か良からぬものが飛び出したり溢れ出したりしそうなので実際にやったことは一度もない。

 さぁ勉強に戻ろうかと筆記用具を手に取った時、疾風が両手で携帯を持ち、難しそうな顔で液晶をにらんでいた。

「どうした疾風? お前のアホ毛までクエスチョンの形になってるけど」

 と、そのアホ毛をつんつんしてみれば

「うん。えっとさ、ボクも今のニュースをメールで送ってたんだけど、友達や部活の先輩には送信できたのに、お母さんにだけうまくいかないんだ」

 とのこと。

 疾風のお母さん――市外で農業を営んでいて、疾風や俺に旬の野菜や果物といった季節の味覚を定期的に送ってくれる人だ。まだミツバ市の外に出た事のない俺は、あの形も大きさもバラバラな大根や茄が本来の姿だと言う彼女の主張を、実は未だ受け入れられていなかったりする。

 何よりも最初、キャベツの葉を開いて中から青虫が丸まって出てきた時は、いくら料理上手の疾風がロールキャベツと言う芸術作品に昇華した後とはいえ、なかなかそれを口に入れる気がしなかった――のだが、しかし何時までも食べるのを渋っている俺に”清十郎は虫喰いがイヤだって言うけど、虫さえ食べない野菜の方が安心なの?”と納得出来るような出来ないような事を言われてしまい、とにかく箸が動き出したのは今でも覚えている。しかし結局その言葉を何時までも気にして、自分なりに掘り下げ、分解し、再構築して、俺は今日の食堂で、疾風に”TシャツがMサイズオンリーなのは嫌だろ?”と返したのではあるが。まぁそれより何より、毎度添えられている『清十郎さん、どうか疾風を宜しくお願いします』と言うあの手紙、あれは一体どういった意味を持つのか、俺には定かではない。しかしその文面を俺が妙に気にしていて、疾風の方はあまり気にしていないと言う事実には、何となく腹が立つ。

 そんなことを思い出しつつも疾風の話には耳を傾けている俺である。

 彼女は携帯の画面を俺に向けながら

「ほら、送信エラーってなって返って来るんだけどさ」

 そこには『サーバーに接続出来ません』という表示が。しかし

「携帯のアンテナは三つ立ってるな。っていうか、陸上部のメンバーとはメール出来てるんだろ?」

「うん……」

 と難しい顔から困ったような顔へ変わる疾風。そろそろ試験勉強に集中しないといけないので

「じゃぁ、とりあえずPCメール使うか?」

 言いながらリモコンを操作し、液晶モニタをテレビチューナーからコンピュータに切り替えた。試しにインターネットブラウザを立ち上げてみる。すると問題なく、ホーム画面に設定されている『ミツバ市公式ウェブサイト』が瞬時に立ち上がった。フラッシュで作成されたコンテンツがたくさんあるのに、全くストレスがない。これでネットし放題と言うからすごい。

「これでやってみ。済んだらそろそろ試験勉強再開な」

 と促せば、「ありがとう」と疾風は椅子に座り、メーラーを立ち上げてカタカタとタイプを始めた。

 ここでも、疾風のメールは送信エラーで戻ってきた。

 何度送りなおしても結果は同じだった。送信後すぐ、『サーバーに接続できませんでした』、の文字が表れるのだ。

 しかし、おかしいのはそれだけではなかった。

 ネットの状態を確認するため、俺が何時も使っている検索サイトや動画視聴サイトへ飛んでみても、『ページが表示されません』と表示され、SNSやメッセンジャーも、『ログオンできません』という表示を返してきたのだ。

 ブラウザのオプションから設定をいじりつつ俺は唸った。

「おかしいな。こんなのミツバ市じゃ一度だってなかったのに」

 西日本が震災に見舞われてライフラインがストップした時でも、ミツバ市のネットはラグ一つなかったのは有名な話だ。どうしたのだろうか。

「もう良いよ清十郎。ありがとう。お母さんにはまた明日にでも送るさ」

 隣で見ていた疾風が、気を使うように笑った。けれどもこのまま終わるのはどうも納得いかないので、もう少しだけ俺は抵抗を試み、しかし何一つ改善せず、結局は唯一繋がる『ミツバ市公式ウェブサイト』のメッセージボックスに連絡を入れ、PCをシャットダウンした。

 真っ黒になったモニタから疾風に振り返り、

「ミツバ市の市民厚遇ぶりは日本一だからな。復旧も早いだろう。勉強が一段楽したらまた覗いてみような」

 ポンポンとその頭を叩くと、彼女は大きく頷いた。

 しかし結局、その日にネットやメールの問題が解決する事はなかった。

 異常が少しずつ、その姿を現し始めていたのだ。

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