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嫉妬と反抗期

 どうして…あんな事しちゃったのかしら。


 頭の中でぐるぐると、自己嫌悪と自己不審とが渦を巻く。

 声を聞いた時点で、その場にいるのは皇太子殿下だと分かっていたのに。

 逆らっちゃいけない絶対権力。

 でも気が付けば体が動いていたのだ。あの――月明かりに照らされた御伽噺の絵本の様な二人を見たくなくて。


 王子は砂色の髪と榛色の目をした、いかにも高貴な生まれと分かる洗練された青年だった。アンジェに話しかける声も穏やかで優しいものだった。

 彼がアンジェに危害を加える気がないのはすぐに分かったのだ。

 だけど―

 

 いいわ、認めましょう。

 そこにあったのは嫉妬だった。――言っとくけど、特殊部隊の愛称じゃないわよ?(誰も思わないってそんな事!)

 世にも気高き王子様と、身分違いの美しい少女。

 そんな二人が、月明かりの裏庭で見つめ合っているのを見たあの瞬間、――私の中で何かが猛烈に燃え上がり、その世界をぶち壊したくなったのだ。

 破壊して粉砕して木端微塵の粉々にしたかった。

 それがあの時の行動の理由のすべて。

 おかしいわね。我ながら笑っちゃう。

 だって、何もなかったのよ?

 あの二人の間には、何もなかった。

 たまたま偶然出会って、ほんの数刻を共に過ごしていただけ。

 しかもアンジェなんか、口さえきいていない。

 差し出そうとした手の位置からすると、王子はジェントルにもちゃんと距離をおいていたらしいし。

 それなのに…

 何かがざわざわと心臓をぐらつかせた。そしてその奥から何かが噴き出しそうになった。

 だって…きれいだったんですもの。

 完璧な一対の様に、二人の世界は出来上がっていた。

 まるで幻想画家の絵か、ロマンス小説のワンシーンの様に。


「…シェル…」


 だから…我慢できなくなったんだ。いつだって、転びそうになるアンジェを支えていたのは私だった。

 それなのに――


「ミシェルったら!」


「え?」


 気が付けば鬼の様な形相のリリア姉様が目の前にいた。


「――聞いてた? 私の話」

「ごめんなさい。ぼーっとしてて…」

「家族会議の最中にぼーっとしてるなんて、いい度胸じゃない」


 ……え? ――あ、きゃ~~~~~!!!

 姉様の背後にはやはり腕組みしたままソファに座る怖い顔をしたお母様、その手前に縮こまっておろおろしているアンジェの姿があった。

 やば! 家のリビングで、家族会議と言う名の弾劾裁判の真っ最中だったっけ!

 要は、アンジェが王子から個人的に有益な情報を聞いていないか、訊き出そうって言うシチュエイションよ! 王族、しかも直系とのコンタクトなんてそうそうはないから、我が家の商売にとってはそれを機に親交を図るチャンスもいいとこなの。

 でもアンジェったらさっきから一言も口を利かないのよ。そんなあの子を見てたらつい、自分の考えに耽っちゃった。


「ごめんなさい! もう大丈夫。お願いだからもう一回プリーズ!!」


 胸の前に両手を組んで、お祈りのポーズをとる私にリリア姉様は鼻息を荒くして言ったわ。

「だから、ミシェル、あんたもアンジェが王子と何を話したか聞きたいでしょう?―――って、言ったの!!!」

「え、あ、その…」

 思わずアンジェの方を見たら、あの子ったら涙目で俯いちゃっている。既に散々お母様やお姉様に口を割る様、脅されたり宥められたりしていたのに、怯えた顔をしたまま、未だ何一つ言ってない。

 まあ、アンジェの言い分も分からない訳じゃあない。

 最後に見せたあの王子の仕草。あれは黙っててと言う意味だった。

 元々アンジェが口が利けないと思ったからこそ吐露した本音もあったんだろう。

 アンジェもそれを分かっているから、迂闊に何も言えない訳だ。


 ――どんなに責められても、彼の為に。

 そんな姿に、私の中のどす黒いものが首をもたげかかっている。


 そりゃあ、かっこいい人だったけど。お金も気品も知性も有り余るほど持ってそうだったけど――!


「私も聞きたいわ、アンジェ」

 思わず漏らした低い声に、アンジェは信じられぬものを見るような目で私を見た。

 私だけは味方だと思っていたのだろう。彼女のそんな表情に、胸がずきんと痛む。

「…ごめんなさい…」

 蚊の鳴く様な声で、それでもアンジェはそれしか言わなかった。


「わかったわ、じゃあこうしましょう。アンジェが何も言わない限り、ミシェルのお給料は10%減棒」

「何それぇ!?」

 お母様の言葉に思わず立ち上がる。

 ちょっと待ってよ! 今月こっそり用意したこの子のドレス代で結構ピンチなのにぃ!!

 慌てふためく私に意地の悪い笑みを見せて、お母様はこう言った。

「だって…、アンジェは自分が責められ慣れてるから、こうと決めたら絶対曲げないもの。それに、元々アンジェを変装させて王宮に連れて行きたがったのはミシェルでしょ? ある意味連帯責任だわ」

「そんなぁ……」

 お母様の変則攻撃に、アンジェもおろおろしている。本当に、こういう悪知恵だけは魔女みたいに回るんだから!!

 とは言え、ここで私がアンジェを責めたらいかにも自分本位よね? 本当の事が知りたいと言うより、お給料が惜しい事になっちゃう。いや勿論、お給料減棒は困るんだけど!

 そおっと窺うようにアンジェを見たら、ばっちり目があっちゃった。あっちゃあ!


「わかりました、言います。でも…くれぐれも口外しないと約束してください」

 悲壮な覚悟を漂わせて固い口調になるアンジェに、お母様やリリア姉様は『勿論よ』とでも言う様に大きく肯いた。

 …わが母と姉ながら、なんて嘘くさいのかしら…。

 でも私自身、アンジェと王子がどんな風に親密だったか、知りたくて堪らなかった。だから何も言わなかったのだ。


「皇太子殿下は…ここ連日続く舞踏会は、花嫁探しの一環なのだと仰いました。決して公にはなっていないけれど、出来るだけ多くの国中の若い女性を集め、殿下に相応しい相手を値踏みするのが目的なのだと―――」


 あーーーー…さもありなん。

 もっともお母様やお姉様は知ってたみたい。驚く様子は微塵もない。


「それで? それから彼は何を話したの?」

 ずずいと顔を寄せてお母様が先を促す。

「それでその…あの方は…」

 アンジェはどんどん俯いて声も小さくなる。

「聞こえないわ、はっきり言って」

 姉様の声が鋭くなった。…何か、異様な執念みたいなものを感じるのは気のせいかしら。


「本当は…こんな風に家柄や政治的な背景とは関係なく、心から愛する人を妻に迎えたいのだと仰いました」


 ………。


「それで?」

「それだけです。その後、私が立ち上がろうとしたらバランスを崩したので、支えようとして下さって…」

「ミシェルが来たわけだ」

「はい…」


 ………。


 リビングに白けた沈黙が流れる。


 なあに、それ!? どんな乙女脳!? 国の世継ぎなら政治的背景のない結婚なんて、砂上の楼閣と自覚認識して然るべきじゃないの!!!???

 それともあれかしら。世間知らずなアンジェの気をひこうと言う作戦?

 有り得る。有り得るわ。この子ったら疑うって事を知らない子だもの!

 案の定アンジェは、同情する目つきになっている。

 あっまーっ!! くそ甘っ! あるわけないでしょう、そんなの!!


「…わかったわ。何の情報価値もない戯言だったわね。無理に訊き出して悪かったわ。この話は私たち一切聞いてない事にするから安心なさい」

 もっと陰謀めいた秘密を期待していたんだろうお母様の、どこか気の抜けた言葉に、アンジェは心底ホッとした顔を見せた。元々お人好しと言うか、裏表の全くない子だから、半分なくて同然の約束を破るのも心が痛かったんだろう。


 …それとも、彼との約束だから辛かったの?

 やだ、胸がむかむかする。まるでタラの燻製を食べ過ぎた次の日の様に。

 けれど、その後発したアンジェの爆弾発言に、私のむかむかは一気に消え去った。

「私…もう王宮には行きません。殿下にも合わせる顔がありませんし、…元々身分違いの場所ですし」

 どこか悲しそうな顔で告げるアンジェに、思わず食ってかかっちゃった。

「何で!? そんなのダメよ!」

「どうして?」

 冷静に問い返されて言葉に詰まる。

 どうしてって、どうしてって、…そんなの言えるわけがない。

 私の作ったドレスを着せて、あそこで踊らせてみたいなんて、私のただの煩悩以外の何ものでもないもの。

 でもこればっかりは諦めきれない。あの作りかけのドレスはどうなるの!?

「お願いよ、アンジェ。思い直して」

「ごめんなさい、ミシェル。でももう決めたの」

 いつになく頑なな態度。そんな態度、今までとったことないくせに。


 その時玄関先で、来客を告げるベルが鳴った。

「は~い」

 私たちの様子を見て修羅場中と認識したのか、珍しくリリア姉様が席を立って玄関へ向かう。

 その間も私は懇願し続けた。

「お願いアンジェ。私の一生のお願いだから、せめてもう一度…」

「いいえ。ミシェルのお願いでもこれだけはきけません」

「これだけ私が頼んでも?」

「ごめんなさい。もう行けない」

「そんなぁ…」


 まるで恋人たちの愁嘆場の様に縋る私の姿に、それでもアンジェの意志は変わらなかった。

 今まで一度も私の言う事を聞かなかった事なんてないのに。

 いつだってにこにこと、素直に何だって言う通りにしてたのに。

 一体これは何なの?

 そんなにあの王子様との約束を破ったのがつらかった?

 それとも反抗期に突入したのかしら。

 

 ぐるぐると埒もない考えを巡らせながら説得を続ける私と拒むアンジェに、一石を投じたのはやはりリリア姉様だった。


「そうもいかない様よ、アンジェ」

「え?」

「お城からの招待状。―――あんた宛のね」


 言いながら、リリア姉様は王紋の入った封筒を顔の横で振って見せる。

 宛名はしっかり「アンジェリカ・ハートウィック嬢」となっていた。

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