Shall We Dance?
「舞踏会?」
「んっふっふ、そうよぉ、ほら!」
ディナーの食卓で、空豆のスープを前に、お母様は一通の封筒を取り出した。
封蝋には鹿と剣を象った王家紋章。わお、マジ?
「王宮主催の晩餐会? よく手にはいったわねぇ」
私の向かいでリリア姉様が赤ワインを傾けながら呟く。
「その辺はね、元伯爵家だもの。ツテを使いまくって手繰り寄せたわよ」
前菜の新玉葱とビーツのマリネをつつきながら、お母様は上機嫌な事この上ない。
私達が遺産を元手にファッション関係の商売に乗り出して早2年。
お母様の人脈を駆使した商才とリリア姉様の手堅い運営で、商売はそこそこ順調にいっていた。もちろん、仕入れや制作担当の私の腕の賜物でもあるんだけどね!
でもそりゃあね、王宮出入りになったら商売の格も上がるし、儲けだって半端じゃなく上がるだろう。
私はと言えば、王宮で目にするだろう最高級のドレスやアクセサリーを思い浮かべてうっとりしていた。
リリア姉様も儲けの算段を考えているのだろう。王侯貴族なら何掛けまでふっかけられるかしら、とか何とか、脳みそ駄々漏れで唇の端がひくひくしている。いやぁん、楽しそうなリリア姉様ってちょっと怖ーい。
「そんな訳でリリア、ミシェル、金曜日までに、宣伝を兼ねた最高級の支度を用意しておくのよ!」
高らかに宣言したお母様の声が耳の奥で反響して、ふと気付く。
「…お母様、アンジェは?」
血の繋がらない娘だし商売にノータッチとは言え、もう2年も一緒に暮らしてるんだもの、一人だけ除け者は可哀想じゃない?
「私がなあに?」
台所からメインディッシュのポットローストを運んできた当のアンジェが、自分の名前を呼ばれてきょとんとしている。
…はっ! ポットローストは落とさなかったわね。セーフ…!
アンジェったらすぐ何かに驚いてものを落とすから、ついヒヤヒヤしちゃった。
「舞踏会の招待状よ。せっかく手に入れたんだけど、生憎3人分しかないの。アンジェリカ、あんたはお留守番よ」
私の緊張緩和になど目もくれず、お母様はあっさりと言い捨てる。
「そんなひどいわ! アンジェだけ行けないなんて」
膝のナプキンをテーブルに投げ出して立ち上がった私に、お母様は冷たい視線を投げ掛けた。
「仕方ないでしょ。家族とは言え、アンジェは伯爵家の血筋じゃないんだから。それともアンジェを連れていってミシェル、あんたが留守番する?」
「ぐ…っ」
王宮の最新ファッションを間近で見られる機会なんて、そうそうない。
ごめんなさい、アンジェ。つい煩悩が勝って声が詰まっちゃった。
そんな私に追い討ちをかける様にお母様は言ったわ。
「それに、万が一王宮でそこの綿菓子娘が粗相でもしたら、あんたが責任をとってくれるのかしら?」
「…!」
ぐうの音も出ないとはこの事ね(泣)。
◇ ◇ ◇
「ミシェルったら、気にしないで。これでも一人でお留守番くらいはできるようになったのよ?」
見当違いの言葉を発する義妹に、私は大きくため息をつく。
「そうね、最近は買い物に行ってから財布を忘れたのに気付いたり、晩御飯のおかずの魚を野良猫に取られて裸足で追っかけてるくらいですんでるものね」
「あれは…!」
アンジェは真っ赤になって口ごもる。
「お財布はいつも籠の中にあったから、掛け取りに来た酒屋さんに支払いで抜いたのを忘れてただけだし、お魚を取られそうになった時はたまたま井戸で洗濯中だったんですもの…」
スカートの裾を捲り上げたまま、裸足で野良猫とサーモンを取り合ってるこの子を見た時には、どこの国の陽気な若奥さんかと思っちゃったわよ!
『お願い返してー』なんて涙浮かべて戦ってた姿はちょっと可愛かったけどね。
野良猫に負けている情けなさもあいまって、しょっぱい笑みが浮かんだものよ。
だーけーどー!
舞踏会よォ?
しかもお城で開催されるやつよ?
贅を尽した装飾や音楽、着飾った人々に供される御馳走やシャンパン、確か我が国の王子さまだって若くてハンサムだったはず! 若い乙女なら誰でも夢見るシチュエーションじゃないの!?
この2年でアンジェの体つきだって多少は凹凸が出てきているし、社交界デビューにはばっちりじゃない!
「あんただったら、着飾ればどこのお姫様にも負けないくらい綺麗になれるのに…」
それこそ髪形から爪の先まで、徹底的にスタイリングしちゃうのに~~~~っ!!!
「そんな、ミシェルったらお世辞ばっかり」
照れたように笑うアンジェは、本当に可憐だった。
これなら金持ちのボンボンの一人や二人、簡単にひっかけられるだろう。玉の輿だって夢じゃない。
そう思うと少し胸が痛むけど。…少しだけね?
「ミシェルだって、着飾ればすっごく素敵よ、きっと!」
一片の疑いもなく私に向けられる視線に、肩が落ちた。
ま、まあね、自分で言うのもなんだけど、私だってそこそこいけてると思うわ。
艶のあるブルネットもつんと尖った真っすぐな鼻梁も、美形のエッセンスとして充分数えられると思う。睫毛だって長いから、流し目だって得意だしね!
ただ………、ごついのよ…!
背も高いし肩幅も広い。首も若干(あくまで若干よ!?)太い気がするし。声が低めなのはセクシーでいいかしら、とも思うんだけど……、足がね、でかいのよね。…26センチ? いっつも履くものなくて苦労してるんだから!
「あーあ、私もあんたみたいに小柄で華奢だったら何でも似合うのに…」
「あら、私は淡い色しか似合わないもの。ミシェルは原色とかばっちりじゃない」
「まあ、ねえ…」
自分に合う服が売ってなかったから自分で作り始めたと言うのはあるんだけど…。
でもせっかく目の前に何着せても似合う様な子がいるのに、ああ、勿体ない!
ふんわりした生地で円舞曲でも躍らせたら、きっと本物の妖精みたいよね!
「あ、ところで…アンジェはダンス踊れるの?」
「いいえ?」
何の躊躇いもなく、さも当たり前の事の様にきっぱりと彼女は言い切った。
やっぱし!
小さい頃は体が弱かったって言ってたし、その後ダンスの話なんか聞いた事ないもの!
そう思ったら私の中で野望がむくむくと首をもたげ始める。
「アンジェ、特訓しましょう!!」
「え?」
「だって、いつ舞踏会に行けるようになるか分からないのよ? その時踊れないまま、王子様の足でも踏んじゃったらどうするの!」
有り得る! 万が一の粗相。
だって、普通に歩いてたって転ぶ子だもの! 運動神経なんかないに等しいんだから、ダンスがうまいとは到底思えない!!
「いーい!? あんたが可憐に踊れるようになるまで、私がみっちりしごいてあげるから!」
「え? え?」
私の迫力に気圧されたのか、アンジェは冷や汗を流しながら及び腰になっている。
でも逃がすつもりは毛頭なかった。
だって、私の脳裏には、私が作った極上のドレスを着たアンジェが、妖精のように舞う姿が焼きついてしまったんだもの!
そりゃあもう、キュートでリリカルで超ハートキャッチなイメージで!!!
この子は何があっても舞踏会に連れて行ってみせる!
その為にも完璧なダンスを教え込んで見せるわよ~~~~!!!
瞳の中に闘志と言う炎を燃やし、私達の台所での特訓が新たに始まったのは言うまでもない。
但し。
その後際限なくアンジェに足を踏みつけられて、台所に私の雄叫びが響き続ける事になるとは、この時予想もしていなかったんだけどね☆