表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

エピローグ・プロポーズ

最終話。

「賭けは君の勝ちだ! 結婚してもらおうか、リリア・ドルチェリカ!」


 舞踏会の翌朝、まるで親の仇でも取りに来るような勢いで乗り込んできて、大真面目にトーマス殿下が言うものだから、何の果し合いかと思っちゃった。

 しかも姉様は姉様で、甘いムードなんかまったくなしに、腰に手を当てたままいつもは無表情なその唇の端を1センチだけあげると「いいわよ、結婚してあげても」と尊大な口調で言い放つ。


「と言う訳ですので義母上、細かい段取りはまた後程改めて。今後ともどうぞよろしくお願いします」

 最後の最後だけ紳士然とした振る舞いで礼儀正しくそう言うと、彼はとっとと屋敷を後にする。

 お母様はと言えば、突然の嵐の来訪に動じる事もなく、リリア姉様の方を向いて「まあいいんじゃない?」とのたまった。

 私は呆然と食べかけの朝食のトーストの端をかじったまま、微動だに出来ない。

 えーと。

 朝っぱらから何が起きているのかしら。

「結婚」って言った?

 誰と誰が?

 その前に「賭け」とか聞こえた気がするのは一体何?

 思いっきり脳内パニックに陥ってる私に向かって、義妹兼恋人(恋人よ、こ・い・び・と! きゃ~~~♪)のアンジェリカがにっこりほほ笑む。

「よかったわね。殿下も姉様も長年の想いが叶って」

「なあに!? あんた知ってたの!?」

「え? だって、今だから言えるけど、殿下ったら私と会っている時ず~~~っとリリア姉様の事ばかり訊いてたのよ?」

「うっそー……」

 あのいかにも王子様然としたトーマス殿下と、あのうちのリリア姉様が? 長年想い合っていた?

 想像つかないと言うか、むしろ怖くて想像もしたくないんですけど。

「そりゃあもう、しつこいくらいに『どんなものに弱いか』とか『どんなものが苦手か』とか…」

「………」

 それって、長年の想いが叶うと言うには全然甘くないシチュエイションじゃないかしら。そう思うのは私だけ?


 いや、呆けてる場合じゃないって!

 まだ馬車が出る音は聞こえないから、さっさと捕まえて今のうちに色々聞いとかなきゃ!


     ◇     ◇     ◇


「お待ち下さい、殿下! (リリア)と結婚なんて本気ですか!?」

 屋敷の前の車寄せに止まった馬車の前で、今にも乗り込もうととする殿下を直前で捕まえた。

「君は…ミシェルと言ったかな? よかったな、義妹とうまくいって」

「ありがとうございます。正確にはミハエルなんですが…もう何と言うか人生が薔薇色で…うふ、うふふ……、じゃなくて!」

「本気だが、何か問題が?」

「いえあの…」

 何と言うか、あまりにも好戦的なプロポーズだったもので、一応ちゃんと突っ込むべきかと。

「仕方ない。彼女との賭けに負けたからな。約束は約束だ」

「賭け?」

「君達の義妹が城に来て、三回以内に君が男に戻るかどうか」


 ………あのクソ姉貴! 何が可愛い弟の為にだ! 自分の玉の輿賭けてやがった!!

「それで…殿下が勝ったらどうなったんですか?」

 何の気なしに思い浮かんだ疑問符に、殿下は大真面目な声で答える。

「リリアが私にプロポーズする事になっていた」

 …はぁあ?

 ……あっほくさー。

 何なのよ、この二人?

「そんな顔をするがな、考えてもみろ。あのリリアがだぞ? あ・の・リリアがだ! 俯き恥らいながら頬を染めつつ『私と、結婚して…』なんて…言われてみろ! 一生笑って暮らせるわ!」

 あー、さいですか。と言うか、万が一リリア姉様が賭けに負けていたとしても、そんな言い方は絶対しなかったと思うけど、ここは黙っておくのが大人の分別と言うものよね。

 拳を握り締めて熱弁を振るう殿下に、この国の将来が不安になる。一応跡取りよねー、大丈夫かなー。

「それに…」

「それに?」

「王宮なんて一皮向けば魔物の巣窟、あれほど彼女に似合う場所はあるまい?」

 そういって、殿下はにやりと笑う。やだ、深く納得しちゃった。

 ある意味、姉様をよく理解してると言えるかも。

「そうそう、忘れるところだった。君にも話があったんだ」

「はあ、なんでしょう」

 なんかもう、どうでもよくなってきたので、おざなりに相槌をうつ。

「うちの宮廷専属職人(デザイナー)のフランツが、君と一度ゆっくり話をしたいそうだ」

「え? フランツって、あのフランツ・ベルナルド!? 本当ですか!?」

 思わず胸の前で両手を握りしめる。

「君が直属天使に作ったドレスが目に留まったらしい。その後、贈り物に作らせたドレスは、彼が躍起になってデザインしていたからな」

 うわ嘘! フランツはその道じゃあ知る人ぞ知る超有名デザイナーなのよ!

 そんな彼とお話できるなんて、しかも私のデザインに目が留まっていたなんて…緊張で眩暈しそう…


「まあ、そんなわけだ。末永くよろしく頼むよ、義弟(ミハエル)君」

「あ、は、はい! 姉をよろしくお願いします!」


 見えなくなるまで馬車を見送っていた私の後ろから、いつの間にやらリリア姉様が忍び寄っていた。

「やあねえ、中身は相変わらずのクソガキのくせに、いっぱしの王子様ぶっちゃって」

 その言い方はどうかしら。姉様の婚約相手なんですけど。

 それに本物の王子様なんだから、王子様然としてたって、問題ないと思う。

「それより騙しただろ?」

「あんた、まだ男言葉と女言葉が混ざってるわよ?」

「いいから放っといて!」

 いきなりそんなに器用に切り替えられないわよぅ!

「騙したって何が?」

「何が可愛い弟のためだ。自分の玉の輿目当てで殿下と賭けてたんじゃないか」

「あら、なんだかんだでアンジェとうまくいったんだから、結果オーライじゃない」

 ぐっ、それ言われると返す言葉はないんだけど。

 一応言いたいことは言ったし、それ以上勝ち目がなさそうだから、大股で屋敷の中へ避難を試みる。でも、姉様はしつこく追いかけてきた。

「それとも彼がアンジェにプロポーズした方が良かったの?」

 だめ! それだけは絶対ダメ~~~っ!!!

「それにお母様も爵位返上しなくてすんだって喜んでたしね」

「まあ、それは…」

 一応爵位は男子相続だから、私がその権利を放棄すれば、返上しなきゃならなかったのよね。

 …う~~~、でもなんか面倒くさい…気もするかも。

「まあ、まずは私の婚礼衣装(ウエディングドレス)ね。言っとくけど、あんたの部屋にあるやつをそのままスライドなんて許さないからね?」

「見たの!?」

「どう見たって私には似合わなさそうなデザインだしね」

「当たり前でしょう!? あれは私がアンジェの為に…!」

「私がなあに?」

「ぎゃっ!」

「ミシェル?」

 廊下の向こうからやってきて、小首を傾げて見上げるいとけないアンジェに、私ったらまだ色んな覚悟ができていない。

 そもそもやっと相思相愛なんだもの! 恋人同士の甘いいちゃいちゃシーズンを、楽しまなくてどうするの!

「さかるのもそこそこにしときなさいよ~。結婚前に弟が変態行為で逮捕なんて嫌だからね?」

 だから、心を読まないでってば!!!


「リリアー? 今後の事なんだけど…」

 リビングからお母様の呼ぶ声が聞こえてくる。

「はあい、今行くわ」

 さすがに鶴の一声、お母様の呼び出しだけは姉様も無視できなかった。

 ふ~~、助かった。これ以上いじられ苛められたくない。

「アンジェ~、あんたはこんな女になっちゃダメよ…?」

 やっと二人っきりになったのを良い事に、私はアンジェをキッチンの隅に連れ込んで、小さな体を抱きしめて、かいぐりかいぐりその感触を楽しむ。これくらいはいいわよね? さかった内に入らないわよね?

「やだ、どうしたの、ミシェルったら…」

 くすぐったいのか、アンジェはくすくす笑い出した。

「デレってるの」

「?」

 意味が通じなかったけど、説明するのも野暮ってもんだし。

 そうよ! デレったのよ! 一度デレッたんだから、今後は思いっきりデレデレさせてもらおうじゃないの!


「あーー、でもしばらくはリリア姉様の婚姻で忙しくなりそうねえ」

 アンジェを抱きしめたまま、私は大きなため息を吐いた。

「お姉様の結婚式だもの、絶対素敵なドレスを作ってあげて?」

「…あんたって、本当にいい子ねえ」

 とろいけど。

 あの人、私たちを賭けの対象にしてたんだから。

 …まあ、正しくは私を、か。

 さて、あの魔女の様な姉様にはどんなドレスが似合うかしらね。いっそ真っ黒とかどうかしら。

 不意に、部屋に隠してある作りかけの純白のドレスを思い出す。


「あのね、アンジェリカ」

「なあに?」

「いつか…色んな事が落ち着いてちゃんと私に覚悟ができたら…その時はちゃんと言うから…」

「―――」

 無言で私の声に耳を傾ける彼女に、できるだけ低い声でそっと囁いた。

「今は――、キスしてもいい?」

「あ」

 小さな声を上げると、彼女のうなじが真っ赤に染まる。

「あの、えっと…」

 ううううう、うろたえてるうろたえてる、可愛い可愛い可愛い! 超可愛いいィ~~!!!

「…はい」

 私の腕の中で、蚊が泣く様な声が答えた。

 私はゆっくりと体を離すと、彼女の額に口付ける。

 そっと閉じられたまぶたと、すべらかな頬へも。

 そうして、やはり赤く染まった柔かい耳元に心を込めて囁いた。


「愛してる、アンジェリカ」


 今はこれが精一杯。

 だけど、伸びあがるように爪先立ちになり、彼女の細い腕が私に首に巻き付くと、「私も」と掠れる声が聞こえたから、確かめる様に桜色の唇をなぞる。


 そうして、私は万感の思いを込めて、アンジェに恋人のキスをした。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ