プロローグ
母親が再婚したのは大金持ちの商人だった。
ウチは一応貴族だったけどとっくに落ちぶれてたし、実の父親は大酒飲みのロクデナシだったから、全く異論はない。寧ろ大歓迎。
だって大金持ちならどんなドレスだって作り放題よ?
布地をケチケチせずにフリルもひだも取り放題だし、しかも裾をレースでだって飾れるのよ?
考えるだけでうっとりしちゃう。
しかも金持ちの父親には、もれなく妹がついてきたの!
勿論彼の妹って意味じゃないわ。私のよ! わ・た・し・の!
まあ正確には私とリリア姉様の、なんだけどね。
でもこれがまぁ、お人形さんみたいに可愛いの!
白いマシュマロみたいな肌、波打つ金髪。ぱっちりした目は透き通ったマリンブルー、唇は珊瑚色で、頬は薔薇水晶よ!
幼い頃から貧乏で、人形ひとつ買って貰えなかった私は狂喜乱舞したわ。この子で着せ替え遊びを想像してみたら、うっとりしてしまった。きっと何を着せても超可愛いに違いない。
でも、運命はそう甘くなかったのよね。そうそう良い事ばかり続く筈がなかったの。
母親の再婚相手だった丸顔ぽっちゃりのお義父様が、突然亡くなっちゃったのよ。
心筋梗塞って、何それ?
唖然としちゃったわ。
しかも多額の借金発覚。…おーまいがっ!
うそでしょお!? ようやく手に入れた贅沢な生活は一体どうなるの~~~~!!!
初めに立ち直ったのはお母様だったわ。苦労や不幸に慣れてたからだわね、きっと。
自らお義父様の後を継いで、商売に乗り出したの。
正直、お義父様一人の信用と才覚でやっていたような商売だったから、お父様亡き今そのまま無くなりそうな勢いだったけど、それでも遺産はあったし美人で勝ち気で機転の利くお母様だったから、あっと言う間にコツを掴んで商売を立て直していったわ。
母様は拳を握りしめてこう叫んだの。
「もう男はこりごり! 誰かに幸せを依存するくらいなら、自分の手で掴み取った方がマシよ!」
私は拍手喝采で絶賛した。だってお母様って、どう考えても男運悪そうだもの。
才気があるならそれを生かした方が手っ取り早いじゃない?
私だって貧乏はもうまっぴら!
そんな訳で、それからの我が家の家訓は「働かざる者、食うべからず」。
お母様は営業や接客を、数字に強いリリア姉様は経理を、私は仕入れや制作担当になったって訳。商うのは布やアクセサリー、ドレスや手袋や帽子類、いわゆるファッション関係ね。綺麗なものや可愛いいものは大好きだから、もう天職よ。
ちなみに血の繋がらない最後の末っ子はどうしたかって?
それが問題だったのよね~~。
何せ生まれた時から何不自由なく育ってきたから、何一つ出来ない役立たずだったのよ。
お茶を淹れるお湯ひとつ沸かせなかったんだから、もう呆れてあいた口が塞がらなかったわ!
信じられない~~~っ!!
いくら見た目が可愛くても、何にも出来ない能なしじゃ、お嫁にだっていけないじゃないのっ!
こうして私の義理の妹への家事特訓が始まったってわけ。
せめて家の中の事くらいやってもらわなくちゃね。
と言ってもそう簡単にはいかなかったんだけど。
あーあ、先が思いやられるわ~…。