感覚で生きる少女達
「ヤマザキアズサって、山崎さんのことだよね?」
そこには藍よりも頭半分ほど背の高い少女が三人、藍を囲むように立っていた。「Y女子の山崎梓さんだよね?」
少女は綺麗に数センチずつ大中小と背の高さが揃っていた。
藍がそっと小さく頷くと、真ん中の一番背の低い少女が言う。
「アタシら、山崎さんのクラスメイト」
「はぁ・・・・」
垂れ目で柔らかい外見に反して、はっきりとした口調で彼女は藍を見下ろす。「ほらぁ、やっぱりね。山崎ってさぁ」後ろの『大』の少女が隣の『中』に言った。
「山崎さんのことでちょっと話したいの。いい?」
口を開き、早口で終わると同時にピッと唇を真横に引く。藍にはそれが必要以上に威圧的に見え、また頷いた。
見れば、窓口の事務員が、露骨に迷惑そうにしかめっ面をしている。藍は慌てて、窓口脇の椅子に移動した。
梓の座っている場所も見えるが、あの呑気な幽霊はうつらうつらと舟を漕いでいる。
「ねぇー、いいんちょとどういう関係?親戚の子?・・・まだ中学生だよねぇ。学ランだし」
「・・・・・友人で」
「ちょっとなっちゃん、怖がってるよこの子。アンタが怖いから」
「ひっど!コワくないしー。・・・・あ、いいんちょって、山崎さんのことね」
「本当は委員長じゃないんだけどさ。あの人って、小中と五年連続図書委員なんてしてた伝説があるから―――」
「あっ!その制服弐中じゃね。アタシも弐中出身~」
「・・・・ちょっとアンタうるさいわ」
「うるさくないし!」
「いや本当うるさいよ」
「なっちゃん、ちょっと黙ろうか」
「ひっどいわぁもう!西藤ちゃんまでっ!」
中が大を引っ張っていくのを見て、『小』はわざとらしく息を吐いた。
「ごめんね。あの子頭ユルくてさ」
「あっ・・・いえ」
「アタシ、酒氏ミヅキね」
「坂城です。弐中の二年です」
「あら一年かと思ったわ。ごめんね」
ミヅキはニヤッと笑った。「・・・・いえ、よく言われます」藍はそう言うしかない。
「ウチってさ、ほら女子高だから、男子に飢えてんのよね。あの子なんか、彼氏と別れたばっかだから、『次は年下よ!女光源氏になってやる』なんつって」
こういったことに疎い藍には、気が遠くなる話だ。高校生と言うのはこんなものなのだろうか、と思った。
「君さ、弄くりまわしたくなるって言われない?」
「言われません」
「即答?・・・・怪しいなぁ」
ニヤニヤ笑いを張り付けたまま、ミヅキは頭を掻いた。
「んでね、話ってさ。やっぱ山崎さんのことなんだけど」
「・・・・・」
ミヅキの顔から笑みが消える。こちらを見る黒い目の色の濃さが、心なしか増したような気さえした。
「山崎さん、何で落ちたの?」
藍は首を傾げた。(それをなんで自分に訊くんだろう)
「周りは自殺やらなんやら言ってっけどさ。ありえないんだよね、あの人に限って」
「・・・・・・・」
「あの人世渡り上手だもん。――-ちょっと恥ずかしい話なんだけどさ、アタシらグループって、ちょっと居場所無いのよね。
アタシ短気は損気を体で表したこんなんで空気読んで話すっての苦手だし、なっちゃんはアタシよりKYな上に、いつもテンション高いし、西藤ちゃんは何考えてんのか分かんない子だし、ハズレてんのよ」
そう言う彼女は、口を尖らせ、まるで拗ねたような顔だった。
「山崎さんは偏見無い人で―――っていうより、あんま学校に興味が無い人でね。
いや、学校っていうより、学校行事と学校の人間に興味が無いのかな。目標があって入った人っぽいから――――そんなだから、アタシらグループと他のみんなとの大事な橋渡しの一つだったの。
うん、本人意識してなかったみたいだけど、すっごい助かってたのよ、地味にね。『楽しむ時は楽しまなきゃソン!』って考え方だったし。
縁の下の力持ちって、ああいうのなのね。いや、能あるナントカは爪を隠すってやつなのか、完璧主義なのか・・・・仕事を与えられると、きっちりしてくれるの。普段は地味なのよ?―――本当に。
あの日もさ・・・大活躍だったの。あ、アタシらからしてみれば、だけど。
ちょっとクラスの派手なグループとモメてね。どっちが悪いかっていうと、確実にアッチだし―――でも多勢に無勢って状態で、腹が立って腹が立って、どうしようもなくなくなっちゃって。
―――普段大人しい西藤ちゃんまでさ。ぶっちゃけ今も腹が立つんだけど。そこを、―――ま、山崎さん一人じゃなかったけど、ファインプレーは間違いなくあの人ね。うまいこと納めてくれたのよ。
『そういうことは心に収めておくもんでしょ』って。
正論って大事だわ。そりゃ『正しい論』だもんね、まぁよく口が巧いわ。うっかり百合に走るかと思ったもん」
冗談混じりの口調とは裏腹に、彼女の面持ちはどんどん険しくなってくる。
「山崎さん、帰宅部だから、そのあとすぐ帰ったの。本当だったらもっと早くいつもは出てるんだけど、そのせいでちょっと遅かったのよ。だいたい三、四十分くらい。
―――わかるでしょ?あの人自殺とかする人じゃないの。目標があって、いつも学校には『行かせてもらってる』って言ってた。
ウチ金持ちも多いから、家のために親のために、学校『行ってやってる』とか言う奴、結構いんのよ。馬鹿よね。
――――いつもと違ったから落ちたのか。それなら責任はアタシ達にあるわ。
・・・ねぇ、その時のこと、教えてよ。アンタあそこに居たんでしょう?・・・・馬鹿な喧嘩、買わなきゃよかった。アホ共には言わせときゃよかったのに。山崎さん目立つの、嫌いなのに頑張ってくれて。目が覚めなかったら、恩返せないじゃない・・・・・」
ミヅキは涙目でこらえる様に下唇を噛んで俯く。視線を感じ、売店を見ると、離れたそこから見守るように二人がこちらを窺がっているのが見えた。
そういうことか。彼女らは何処からか、自分があそこにあの時居た目撃者ということを知ったらしい。
しかし妙な気分だった。藍にとって梓とは、まだ出会って三日の変人幽霊だ。彼女の言うような地味な優等生ではない。出会ってまだ三日。藍はまったく梓の人格をつかみ切れていなかった。
子供っぽくてハイテンションで、ジョークが好きで、雑学をひけらかす変人。それだけだ。
この時点で親兄弟の事を何も言わない彼女を、親不孝とすら思っていた。
『親に行かせてもらってる』
『親のために行ってやってる』
はたしてどちらが普通なのだろう。確かに学費を払うのは保護者だが、今高校と言えば必ず行くものだろうに。だって高卒大卒でも就職出来ない時代なのだから。
藍は複雑な心境で、おずおずと口を開いた。
「実は僕、あまり見てないんです」
「・・・・見てない?」
「僕は山崎さんの後ろを歩いていました。けど、クラクションの音とかでやっと、気が付いたくらいで・・・・」
「・・・・でもあの歩道橋、めっちゃ幅狭いじゃない。せいぜい二メートルちょっとでしょ?後ろって、どんくらい離れてたのよ」
「五、六メートルか・・・・それくらいですね。通学路なので・・・・下校途中はあまり人を見ないんです。山崎さんが落ちた方向はネオンがきつくて、眼がチカチカするんで、いつも反対側を見て歩いてたんですよ」
「変なの。進行方向見ればイイじゃない。・・・・・でもまぁ、そういう人もいるか。うん」
納得した。ありがとう。時間とってごめんね。そんなわけはないだろうに、そう言うミヅキは調子を取り戻したようだった。今度は柔らかく笑みを乗せ、人当たりのいい雰囲気を醸し出している。
「ほらいつまで漫画読んでんの!なっちゃん行くよ!」
「・・・・え、ええ~理不尽だぁ。読んでんのは西藤ちゃんだもん」
「西藤ちゃんも!」
「・・・・ちょい待って」
「ありがとね!坂城くん。あ、そうだ、山崎さんの病室なら、一緒に行ってあげんよ。どう?」
「・・・・え?」
藍はぱちりと目を瞬いた。
数秒かけて、言葉の意味を噛み砕く。
「え?」
梓は今や、誰も居ない椅子数席を陣取ってすうすう寝息を立てていた。枕元に置いた眼鏡を踏みそうで、危なっかしい。そもそも眼鏡をはずす必要性があるのかはわからない。
「まだ眼は冷めないけど、さっきアタシらも見舞ってきたし大丈夫でしょ!ほら行くよ」
ミヅキの声が急かした。
「・・・・・ええ!?」
藍は思わず頭を抱える。
(・・・・生きてるじゃん山崎さん!)
なっちゃん
大。末っ子気質のムード―メーカーだが、意外に繊細。茶髪のパーマ。
西藤ちゃん
中。端正な顔立ちの中世的な美少女。黒髪ショートカット。マイペース不思議系。実は一番図太い。
酒氏 ミヅキ(みづきん)
小。茶髪ボブ。たれ目の童顔、ロリで隠れ巨乳。子リスの様な少女だが、我が強く短気で姉御肌。面倒見がいい肝っ玉お母さん。