文字から色を見る少年
「山崎さんは待ってて下さい」その言葉に頷いて、梓は順番待ちの椅子の端に座った。平日の夕方だからか、勤め帰りの姿が目に付く。
邪魔だからと追い払われた感が否めない。
兄妹だろうか。ふと、後ろの席に座る小学生の甲高い声の会話が耳に入った。
どうしてそんな会話になったのか、首をかしげるような内容だった。
「『さしすせそ』は秋の文字だろ。だから秋の色なんだ」
「・・・・ふーん。じゃあ、『あいうえお』は?」
「水色とか~朝の色!」
「朝は水色なの?」
「ったりまえだろ。空気が水色じゃん。夜は紺色!で、夕方とか朝は青!」
「へー、じゃぁ『かきくけこ』は?」
「かきくけこも秋の色。あっでも、さしすせそは枯れた木の色で、かきくけこはこーよーの色」
「赤とか、きいろ?」
「んー・・・・あと、くだものの色!」
「たちつてとは?」
「みどり。夏のはじめの、ん~・・・・・しち月くらい」
「木の色?」
「葉っぱの色。夏のはじめのこと、初夏ってゆうんだって。だから初夏の文字」
「なにぬねの」
「むらさきとオレンジ」
「ふたつ色あるの?」
「なにぬねのも秋!」
「どう違うの?」
「なにぬねのは今くらい。じゅーいち月。『もうすぐ冬ですよ!』って感じ『なむねの』はむらさきだけど、『に』だけオレンジ。五個全部おんなじ色じゃねーもん」
「違うの?」
「あいうえおも、『え』だけきいろ。他もおんなじ水色じゃなくって、ちょっとだけ濃さが違う。
えっと、学校の帽子とかじゃなくてチョークの黄色みたいな薄いきいろ」
「違うの?」
「水色はぁ、えーとっ、チームカラーなんだ」
「ねーねー春の文字は?」
「『はひふへほ』と『あいうえお』と・・・・・あと『やゆよ』!」
「『わをん』は?」
「それはお正月」
「『まみむめもは?」
「二月。冬」
「『らりるれろ』~」
「夏!」
「なんで?」
「『らりる』に『れろ』ってすると暑そうだから」
「・・・・・意味分かんない」
「なんでだよーこう、ふいんきが」
「・・・・・ふんいきだよー」
「なんでだよふいんきっていうじゃーん」
男の子の方がむくれた声を出した。女の子の方も納得がいかないように唸っていたが、そのうち「せいこーくんがそれでいいならいいんじゃないの」と言った。
小学校低学年くらいだろうに。男の子はいつでもちょっと馬鹿だ。
「あっ!そーだあっちゃん、この前さあ、おれのワニノコがアリゲイツに進化したんだ!」
とたんに機嫌を取り戻した兄に、妹が小さく溜息を吐くのが聞こえた。
「・・・・小学生怖え」梓は思わず、聞こえもしない声で呟いた。あの兄妹の、主に妹の方の数年後が不安になる。
いや、案外自分もあんなもんだったかもしれない。梓は苦笑して、もう一度兄妹の微笑ましい会話に耳を傾けた。
「は?」
窓口の事務員が、思わず、といったふうに声を漏らした。
「あの・・・・ですから、三日前に交通事故に遭った、あの、山崎梓さんの、」
質問をそのまま言ったのが悪かったのだ。事務員は眉を下げて、困惑したように藍を見返した。
(・・・・言葉がよくわかっていないと思われてる)
胃のあたりから湧いてくるような嫌な汗と、あの感情が吹き出してくる。藍は慌てて蓋を閉めた。
「ですから、」その時だった。
「ねぇ今アンタ、『交通事故に遭ったヤマザキアズサ』って言ったよね」
肩に置かれた手。一拍置いて、藍は振り返って相手を見た。
せいこうくん(7歳)
周 晴光くん。ポケモン好き。背の順で一番後ろなのが自慢。
あっちゃん(6歳)
三浦 朝子ちゃん。マリオやぷよぷよの方が好き。正直こいつと趣味は合わないと思っているが、自分の方がお姉さんだし(※精神的に)、長い付き合い(※幼稚園から)なので遊んでやっていると主張する。