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天の邪鬼と猫かぶり  作者: 陸一じゅん
五章:六人目の被害状況
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山崎梓:猫かぶり



 彼女は自分以外に見えないことをいいことに、この幽霊生活をかなり楽しんでいる。その大半が、軽い体を生かした曲芸やちょっとした悪戯、子供の様なことばかり。高校生は大人ではないだろうが、しかし自分よりは大人に近いはずだ。

 彼女は16。つまりあと四年で大人にならなければいけないはずの人間なのに。




(・・・ここは道を変えた方がいいのだろうか)

 このままいくと、例の歩道橋を通らなくてはならない。放課後の通学路で、藍は悶々と頭を悩ませていた。

 先を歩く梓は楽しげである。どうも道路に映る影を踏んで、一人遊びしているらしい。今ではそんな遊び、小学生だってそうしない。 ―――ああ、またあの駐車場だ。

 知ってか知らずか、彼女にとってこの道は、自分が命を落としたあの場所へ向かう道。どうなのだろう。怖くは無いのか。やはり避けた道を歩いてやった方が――――・・・・梓曰く「真面目な」彼は、好かないはずの彼女について、その薄い色の眉をぎゅっと寄せて考えた。

(そうだ、やっぱり)

 いつしか下がっていた視界が、少女の満面の笑顔で一杯になった。



『そうだ病院に行こう!』

 彼女はそう言って手をたたく。藍の心臓は急激に機能を速めて大量の血液を体中に送り始め、藍はとっさにその場で足を踏ん張った。

「病院?」やっと藍は訊き返した。

「どうしてまた」

『ボクの体が運び込まれてるはずだろ。ちょっとどうなってるか見てみたいんだ。嗚呼ボクはなんで忘れてたんだろ。自分の体を上空から見下す。なんていう幽霊特権!

 そして台詞は『起きなさいよ!私の体でしょっ』ふふふいいねぇいいねぇ夢だねぇ』

 彼女は楽しそうではあるが、忘れてはいないだろうか。事故から三日経過している。

「体はまだあるでしょうか。もうとっくに自宅に運ばれてるんじゃ・・・・・」

 へたしたら焼かれてるのでは。

 一瞬で行きつく考えに、すっと背筋が寒くなった。もし自分なら―――自分が居ないうちに、十数年間共にしてきた体が葬式に出され、焼かれ、灰になっていたとしたら、そうなったら、きっとどうしようもなく――――・・・・・。



「行きましょう今すぐ!」



『えぇ・・・・いいよ今度で』

 彼女はそう言って、心底面倒くさそうに髪を掻きあげた。『今度の休み、ゆっくり行こうよ。無かったら無かったでまぁその時で』

 これはぞんざいにするべきことではない。「良くないです。最優先事項ですよ」

 力強く、藍は力説した。

『ははっ、難しい言葉知ってるねェアイちゃん。中学生も恐ろしいね』

「山崎さん、これは人の生き死にのTPOに関わることです」

『TPOて。ははっ、それなんか可笑しくないかい?』

「常識的に考えて、ってことですよ。今日行きましょう」

 ぐいぐいとその背を押す。触れる背は冷たかった。この冷気は彼女自身の体がそうだからなのだろうか。なぜだろう。どうしようもなく悲しい。

『仕方ないねぇ、藍ちゃんは』梓はそう言って他人事のように笑った。





 鞄を部屋に放り込み、財布だけ持って家を出る。藍はバスか自転車かで迷ったが、結局自転車の鍵を差した。

 無言でペダルを踏むと、冷えた頭に先ほどのやり取りが思い出された。

(・・・・自分のことなのに)

 彼女は自分のことに無関心すぎるのではないか。

 自分なら、と考えてみる。ある日突然死んだとして、どう思うだろう。

 まず気になるのは自分の身。想い出、夢、将来。次に家族、友人。いるなら恋人だって。(どう見てもいそうにないが)全て彼女はどうでもよさげである。『めんどくさい』とまで態度で示す。

(・・・・・最初、彼女は何て言ったっけ)

 最初に会ったのは彼女が幽霊になってから。事故の次の日だった。

(急に、だったような気がする)

 日常がなんとなく、違うなと感じた。昨日、あんなことがあったからだろうかと思った。

(・・・・何て言ったっけ)


『ボクが最後に見たもの、何だかわかる?』

 藍の後ろで梓が言った。どんな体勢かと信号待ちの時に見てみれば、後輪に座るようにして乗っていた。どうやってバランスを取っているのだろう。不思議だ。

『満月が見えたんだ。ほら、あの日満月だったろ?落ちる時に、空が落ちるっていうけどサ、まさにそれだった。ボク、一瞬自分の眼があの月になったかと思ったんだ。』



 梓の髪がなびく。この幽霊はたまに、まるで質量があるかのような様子を見せる。

 紺と白のセーラー服。スカートはきっちり膝丈。四角い眼鏡はフレームが赤い。肌は意外に白く、眼はツリ目がちだ。ゆるく波打つ背まである髪は真っ黒。瞳は濃い茶色。

 ―――こうしていると、まるでどこぞの優等生だ。

『浅黄色って、わかるかい?』

『・・・・・新撰組の羽織の色でしょ』

 そう言うと、梓は満足そうに背を丸めて笑った。





『・・・・ボク、君に言ってないことがある』

 梓は今までになく静かに語った。

 信号が青になる。右足をペダルに乗せた。

 梓は空を見上げていた。豊かな髪からちらりと見えたそれに、細い首だ、と思いすぐ目をそらした。

『いっぱいあるよ。本当に、たくさん』

 語尾が灰色に溶けていく。

 背中越しの物体は、やはり冷たかった。













 最初、彼女はこう言った。

『やぁ、はじめまして。君に取り憑いているものだ』。

 自分にも生活があるわけで、藍は彼女が自分にまとわりつくのを放っておいた。たまに、『本当に帰れないんですか』とやんわりと促してみる。それが三日続いた。

(僕は、本当に頑張っただろうか)

―――ただ、邪魔だからという理由だけで、彼女をぞんざいに扱わなかったか?

 三日間はいつもと変わらず短かく、いつも通り緩やかな弧を描いて、陽は空を廻った。

 何かが抜けている。藍はそう感じた。彼女は、何かが足りない人間だ。

 それが情なのか、それとも他の何かか。まるで子供だ。

 興味では無い。藍には三日間共にした人間のことを、こうも何一つ分からない、そのことに抵抗があった。

 梓は自分が今まで出会った中で、一番不可解な人間だ。そう思った。そして、もう少し彼女に付き合おうとも。





 梓について語ろうと思う。前述の通り、彼女はファンタジー小説が好きな私立の女子高の生徒だった。

 それなりに、将来についての夢もある。そのために彼女は、あの語学が豊富に学べるあの高校を選んだ。



 家はまったく普通の家庭。はっきり言ってしまえば、就学生制度を使用せずにこの私立に通うというのは、かなりの負担である。何せ名門私立、三年間で五百万ほどの金がかかる。まだ十代の梓にはまだまだ縁遠いと思っていた、くっきりと浮かび上がるリアルな数字だった。



 しかし一人っ子長女と言う期待もあってか、彼女は念願叶ってこの学校に通うことが出来た。

 十一月も半ば。入学して丁度半年を切った。金欠に喘ぎながらも、親しい友人と楽しく毎日を過ごす。 勉学に励む。学校では学校の山崎梓。家では一人娘で長女の山崎梓。

 梓はそして今、藍の前での『山崎梓』が出来上がっていくことを感じていた。

 梓は自殺などをするタイプではない。それなりに思春期特有の影もある。が、夢に向かって歩いているつもりだった。彼女は、少なくとも今は、『死』を感じたこともなかった。

 あくまで梓は『落とされた』。あの歩道橋の上から。




 さて、考える。

 あの場に居たのは五人の学生。つまり梓にとって四人の容疑者だ。

 あの時のことを思い浮かべてみよう。

 蒼いランドセルの小学生。梓と反対側から歩いてくるのが見えた。――――体格的にも梓を押し上げることなんて不可能。彼女は除外。

 不良の高校生。彼も前から歩いてきた。―――――彼も除外。

 あと二人。


 梓とすれ違った男子中学生と、そして梓の後ろを歩いていた坂城藍。

 ――――私はそれなりに夢を見るのが好きだった。

 藍にはまだまだ言っていないことはたくさんあった。ひとつ。自分が『落とされた』こと。

 指を一つ立てる。ふたつ。犯人探し。みっつ――――

 落ちる直前に見えたもの。

 黄色い後ろ頭が眼に入る。振り向いたらまず、あの真っ青の眼が眼に入るのだろう。(あの色は忘れない)




 今度は梓が彼の後ろに居るがさて――――(・・・・・どうしよっかなァ)

 梓は自分のことに無関心なのではない。そんなことは彼女の性格上ありえない。

 梓は、生きることを一度も諦めたことなど無かった。




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