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魔法使いに愛された恋する大きな子供の結末




 男は恋をしていた。

 とんだ馬鹿だと笑えるほど、馬鹿な恋だ。

 罵るよりも大声で笑ってくれ。本当に馬鹿で馬鹿で、自分で途方に暮れるほどだ。


 いつから中年と言うのだろう。まぁ確かに中年だけれど。学生時代、誰よりも若さに満ち溢れていた男は、不貞腐れたようにたまにそう考える。

 子供の様なところのある男だった。

 そんな彼がこの職を選んだのは恐らく必然である。とある、公立中学校の国語教師だった。

 柔道に身を焦がした過去。他校との交流会などでは必ず、体育教師と間違われる体格をしている彼は、しかし何故か、『国語教師』だと名乗ると、なるほど、と言われる。日本と言う国は、言葉を大事にする人種だ。彼はそんな国民性を分かりやすく反映した性質をしていた。

 そんな男は、当然この年齢、結婚歴があった。つまり=離婚歴、バツ一だ。

 恋やら愛やら情やら、そういったものも知らないわけではない。元妻とは恋と愛はあった。しかし情が生まれなかった。実にありがちである。

 人生というものは一冊の本に出来ると言うが、男の物語はあまりにチープ。すぐに絶版。だって男の人生には『山場』が無かった。

 読者の興味をそそる山場。物語はゆるやかに上昇し、そして一気に下降しなくてはならない。男の人生はゆるやかに波を繰り返すのみで、ガタガタと砂利道の様に不安定ではあったがそれだけだ。実に白ける。

 そんな男に『山場』が訪れた。ゆるゆると急上昇。しかし男はその急激な上り坂に、これ以上ないほど苦しむことになる。

 男は生徒に恋をした。

 それは人魚の少年に言わせれば、不幸な事故だった。たまたまその場に居たのがその男。可哀想なほどに彼に焦がれた男だった。

 それが彼自身に向けられたものなのか、それとも彼の『中』にあったものにだったのか。それは誰にもわからない。

 しかし男はそれを彼自身へのものだと純粋に信じていた。

 ただ男は少し考えてしまったのだ。性別年齢立場すべて抜きにすれば、いかに自分にとって、彼が人間として魅力的か。

 彼は同年代と比べ物にならないほど、大人びた――――否、大人そのものの考え方をしていた。そんな彼が、まさか妹のことだけには子供に戻るのだが、それはまぁ、後の話である。

 子供の様なところのある男だった。

 一時のことに身を任せたことに、男は深淵に身を漬けるほどに後悔する。男はその事故を事故とは思わなかった。男として、人として、大人として、教師として、そして彼に恋した人間としての自分の落ち度だと思った。

『山場』の急降下はここから始まる。

 二年後。男は私立の女子高に同じく国語教師として赴任。あまりのことに哀れに思った、知人からの紹介だった。若年のころ、海外に数年留学していたのが良かった。

 一度地を突き破り、地下を虫の様に這ったが、それも上昇へ向かったかと思われた。だがそれはもしかしたら、地の底ではなく、深海だったのかもしれない。月を目指したと思った魚は、より深くへ潜っていたに過ぎなかったのか。

 忘れたと思っていた彼に、良く似た少女に出会った。

 彼女は彼と同じ年だった。

 彼女は彼の双子の妹だと言う。

 何の奇跡か。すると成長した彼が現れた。

 男は度重なる偶然に、少し酔っていたのだ。少年の様なところのある男だった。久々の純粋な恋に、少年の真意すらよく見えていなかった。

 偶然はもう一度起こるのではないかと、彼も想ってくれているのではないかと。

 ――――馬鹿な勘違いをした。

 あまりに哀れ。

 いっそ笑え。彼は偶然に愛された男だったのだ。いや、愛されたのは悪戯好きな魔法使いに、かもしれない。

 男の心を一言で表せばこうだろう。

 ――――――どうしてこうなった!


 ようするに彼は、とても運が悪かったのだが。


 たとえば、人魚姫の姉はどう思っていたのだろうか。

 自分の髪を魔女に差し出してでも、妹を守ろうとした姉姫。姉妹で一番の美貌と褒め称えられる妹を、美しい自分の髪を切ってまで救おうとした。

 その妹姫はと言えば、異種族の叶わぬ恋に声を無くし、陸に上がり、やがて想いもむなしく果てる。

 姉姫はどう思っていたのだろうか。美しく純粋な妹。その最後も悲劇的かつ、美しいものだったに違いない。

 姉の犠牲と共に手に入れた短剣も、彼女は海に捨て泡になった。

 姉姫はどう思っただろうか。悲劇にただ涙を流すか、それとも最後まで気がつかなかった王子を恨むか、それとも?

 彼女の場合は三つ目の選択だった。

 他でもない、今は亡き妹姫を恨み、なじったのだ。

 彼女は自分がどうしたって手に入らないものを、生来持っていた。綺麗な心、綺麗な声、綺麗な体。

 何の不満があるという。自分はいくら着飾り化粧を重ねようと、彼女の様にはなれないのだ。それを捨て、彼女は果てた。何も手にすることなく、ただ一人で満足して。

(ふざけるな!)

 私だって人魚姫なのだ。立場は限りなく同じなのだ。なのに彼女は優遇されている。その好意をアレは、あっさりと海に捨てた。

 その理不尽さ!

 美しかった髪は短くなってしまった。年月を掛けて、いつかのためにと、伸ばした髪はもう無い。

 犠牲はその無くなった髪の年月だけあった。彼女と共に育った年月だけあった。それをアレは、剣と命と想いとを全て海に捨てたのだ。

 人魚姫の姉姫はどう思った?

 ――――さて、姉姫ならぬ、大野まことは、こうして、妹姫役を憎むようになった。

 しかし今は違う。彼女らと王子が決別した今、もはや憎んでも、その相手はそこには居ないのだ。

 ならばこうしよう。

 大野まことの恋する男は、若く美しくもなければ、権力も無い男。ただ年不相応に、幼いだけの男である。

 しかし彼女はそれで良かった。今は無理だろうと、こちらは若いのだ。何年でもかけて美しくなれる。可能性はいくらでもあるのだと信じた。

 彼女は門を睨みつけ、そして、ベルを鳴らした。

 結末が分かるのは、あと十五年後――――。

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