『約束しよう』
『次に会うときは、君が魔法使いだった場合と、君の体が目が覚めた時に、俺が会いに行く場合。約束しよう。君の体が目覚めたら、俺は必ず君に会いに行く。違った場合の時は謝罪させてほしい』
『さて――――俺は化け物を倒したら貴方にわかる方法で伝えましょう。化け物を倒すのは最優先事項なので、魔法使いは絶対にその後になります。もし、貴方が魔法使いなら、貴方はどうなるかわかりますか?』
眼を開けて一瞬、ここが何処だかわからなかった。
(・・・・ああ、そうだった)
住めば都を体現した部屋だった。あの男の小さな城である。
馴染まない場所で明かした夜は、体を痛めつけるばかりでちっとも休めなかった。細く、長く、息を吐き、凛は天井の木目を見つめる。
(・・・・あいつ、本当に馬鹿なんだなァ)
高台の寺。あの場所を選んだのは、他でもないあの坂城とかいう少年が居たからである。あそこで押した腕は掴まれて、可笑しいことに仲良く二人で転げ落ちたのだ。
そして気が着けばこの部屋にいて。
脳震盪を起こして気絶していた自分を、青島はご丁寧に自分の領域に運び、治療してくださったらしい。(馬鹿だな)
かつての教え子とその教師。当然の行動である。しかし、傷害未遂とその被害者なら?おかしいだろう。
彼ももう分かったはずだ。自分がなんで、この街に来たか。何をしたかったか。あの時一歩でも踏み間違えていればどうなっていたか。
――――俺は人を殺していたかもしれない。
いまさらながら実感する。怖い。怖い、が・・・・。
(・・・・まだ俺はやれる)
「・・・・やってやる」
実際に小さく呟いてみた。(大丈夫・・・・大丈夫・・・・だいじょうぶ・・・・)
意地になっているのかもしれない。しかしそれでもいい。勢いに身を任せなければ、どうしてこんなこと出来ようか。
小さな男一人消えて、何が変わるだろう?答えは簡単、一番に変わるのは自分達だ。人一人犠牲にしてでも、変えたいものがある。
陸に上がった人魚姫。そしてその姉はどう思ったのだろう。まだ彼女は十五だったのだ。
弟妹は守るものである。これは無条件だ。少なくとも、自分にはそうである。(だが、)もしかしたら責任感と罪悪感からかもしれない。(妹をこうしてしまったのは自分だ)。
身近な自分より小さな子供は、親を手本にするように、自分からも何かを吸収するだろう。それが彼女にとっては結果的に害あるものだとしたら。
そんな感情から、彼女は魔法使いに願ったのかもしれない。髪を捧げて、短剣を持って、危険な水面に顔を出して妹を救いに行った。だがしかし、ああなんてこと、自分があの時ああしていればあの子は。
救いは利かなかった。所詮、水面に顔を出した程度、陸に居た彼女には届かなかったのである。自分も声を捨て、陸に上がる足を一本骨から裂くほどでないと。
彼女はそうすべきだった。本当に妹を救いたいのなら、そうするべきだったのだ。
魔法使いは、今、分かっているのだろうか。今やろうとしていることの、その結果。彼女がいかに性格が悪いかが窺える。どうせ高見で馬鹿にしたように笑っているのだろう。
悠久の魔法使いはただ一人、全部知っていてそれを見ている。それだけの力があるのに、何もしない。
だから人は、彼に頭を下げてその力を乞うのだ。
邪魔なのは青島だったが、真に憎いのは、そんな魔法使いだ。もう“次”を考えなければいけない。
『魔法使い(・・・・)を(・)どう(・・)やって(・・・)殺す(・・)か(・)否か(・)』
その時、音も無く目の前の扉が開いた。凛は思わず身を固くする。
が、視線だけはぎらぎらと抜き身の刃のように艶めかしく光っていた。