のろい
魔法使いは子供が好きである。
魔法使いにとって、子供は夢のカタマリだった。子供と夢は=で繋がる。
愛しかった。愛していた。母性か父性か、はたまた恋か。だからこそ子供たちの夢を叶えてきたし、出来るのはそれだけだった。存在意義だったのだ。
しかし彼(と、しておく)は、疑問だった。
――子供はいつまで子供だろう?
青少年が一度は考えるように、魔法使いは首をかしげ、そして唇を尖らせる。わからない。
人の多くは、この疑問を永遠の謎として、心に仕舞うこともあるだろう。もしくは自分なりの答えを導き出して、納得するやもしれない。
しかし彼は違う。彼にとってこの疑問は、ある意味で存在意義を、根本からくつがえす疑問だったのだ。
もし、もし、大人のつまらない願いを叶えてしまっていたら。
魔法使いは永遠の子供だった。ネバーランドの住人だったのだ。彼を作った誰かは言った。
(大人に魔法を使ってはいけないよ。)
その誰かはもう忘れてしまっているだろうが、彼は確かにそれを言われたのだ。
(大人は駄目。だって消えてしまうから。)
きっと消えてしまうのは、魔法使い自身だ。自分が消えれば、次の魔法使いが現れるだろう。
でも、〟自分の誰か“が、そうやって子供たちに触れていくのは、我慢がならない。
さて、目の前の子どもはまだ子供だろうか。
人魚姫は泡になって消える。目の前で消えていく。彼は魔法使いであるからして、それを見ていた。
ヒレもエラも無くして、どうして海で溺れずにすむだろうか?奪ったのは自分だけれど、とても滑稽。
どこぞの童話のさまにもあるだろう。一時の激情に駆られ、母はついに子を三人とも失くすのだ。彼はもっと、賢い子供ではなかっただろうか?最初に出会ったときは、確かにそう思ったのに。見誤ったか?
彼は子供の皮を被った大人だった。境遇を受け入れ、状況を判断して、臨機応変に最適な行動と思考を。喚き嘆いても終わったことはしかたない。妙に気持ち悪い食指の動かない子供。
そんな気持ち悪い子供だからこそ、化け物に捕まった。ツギハギちぐはぐな化け物は、あの気持ち悪い子供が何よりご馳走だったようで。かわいそうに、あんなものを食べるから、腹を下して二年もこんなところで一人寂しく。
しかし今はどうだろう。化け物が化け物だったのは二年前の話。子供の大人は何故だか、ここ二年で子供に戻ったらしい。
無鉄砲で身を滅ぼす馬鹿な子供。やがて姿を取り戻した化け物に、嬲られ食われ溶かされ一つに。
化け物退治なんて物語の中だけのことだ。化け物はもう飼う時代。身の内に飼って、鎖につなぐ時代だ。なのにあいつは、それをわざわざ鎖を解いて、包丁片手にごっこ遊び。
魔法使いは、重い腰を上げた。今の彼なら、ボク(・・)も魔法をかけてやってもいいかもしれない。
魔法使いは人から人へ、子供から子供へ、渡り歩くものなのだ。
「魔法使いは、一つだけ願いを叶える」
今、彼女の眼には自分はどういう風に映っているのか。エレベーターの鏡に映った彼女は、細い顎に白い顔で、黒目がちの眼を伏せている。まつ毛は長く、影が出来ているほど。
どう見たって人間なのに、彼女には自分たちは全く別に映っているのだろう。
「願いを叶えたらどこかに行ってしまうんだ。わたしは、彼がどんな人間で、どんな姿をしていたのかも覚えてない。魔法使いは呪い以外何も残していかない。全部消していくんだよ」
軽い音を立ててエレベーターが着いた。辛抱が利かなくなったのか、爛は走り出した。アイはそれを追いかける。
ボクは無いはずの心臓が早鐘を打つのを感じていた。本当に“早鐘”とはよく言ったもので、腹の底に響く様は、大音量の和太鼓か、目の前で突かれる除夜の鐘だ。一回一回がそんなものだから、息苦しくも感じる。
白い手がクリーム色のドアに手を掛けた。――ここに、ボクが居る。
「いらっしゃい」
枕に背を預け、笑っている自分が居た。アイはボクを見、あちらを見る。散々うろうろ彷徨った視線は、一歩下がって両方視界に入れることで固定された。
自分の顔を客観的に見るというのは、そうできる体験ではない。
『・・・確かに悪人面してるなぁ』
思っていることを正直に言うと、アイからの視線が冷たくなった(気がした)。
「ああ、そちらも、こんにちは」
『あらやっぱり礼儀正しい。さすがボクの体!』
「アンタ黙ってくれませんか」
爛がカツカツとベットに寄り、ぐっとボクの体の肩を掴んだ。指が“食い込んで痛いはずなのに、“ボク”はまだ笑っている。
「・・・・凛はどこ。魔法使い」
「・・・・一度ボクにかかった子供は、分かっちゃうもんなのかな」
(『え?何アレ魔法使い?中に入ってんの?ボクの体に?』
「自分の体なのに分からないんですか?ちょっと本当に黙ってくださいよ。学習することを覚えてください」)