まじない
『君のこと、教えて』その言葉に藍は頷いた。山崎梓の身に起こったこと、彼女が今、ここに居ること、藍自信が、あの場所に居たことなどを話した。彼女は過去から、今現在の状況を順を追って話した。
部活のランニング中らしい学生の群れとすれ違った。梓の体がある病院までの道なりに肩を並べながら、藍はポツリ疑問を零す。
「・・・・なんで知ってたんだろう」
「え?」
『何が?』
向けられた女子高生二人の視線に、藍は頬を引きつらせる。藍は迷いつつも口にした。
「・・・・西藤さんとお兄さんのことを知っていたクラスメイトです。あと、山崎さんの病院に居た西藤さんのお兄さんも、何でそこに居たんだろう」
「・・・・大野さんは、『一緒に歩いていたのを見た』って言ってたけど」
「でもそれだけじゃ。その青島先生が、二年前にしたことも何でいまさら噂になるのか」
タイミングが良すぎるのではないか?
『誰かが触れまわってるんじゃないの?』
「誰かが噂を広めてる?」
噂なんて、人が関わらなければただの言葉の羅列だ。人から人へ、伝言ゲームをしなければならない。それなら、そのゲームの出題者は誰だろう。そいつは二年前のことを、確実に知っているに違いないのだ。
爛は顔をしかめて、口をへの字に曲げた。
「・・・・まだあるよ。凛が何で、山崎さんを落としたのか」
心なしか、口調が刺々しい。彼女は“梓”が居るだろう場所を睨みつけた。
「凛は二年前のことで動いてる。なら、その噂を広めた人物が自分たちに害あると思ったから、あの歩道橋から落としたんじゃないの?」
『・・・・私がその伝言ゲームの出題者だって?』
「そんなこと――――!」
爛は藍の隣の空間を睨む。その反対側、爛の肩越しに、梓は半眼で立っていた。
『そりゃ無いね。酒氏さんも言ってただろ?私は学校にも、そこで起こる教師の痴話げんかにも興味はない。もちろん君にも、君のお兄さんにあったことにもね』
「そうですよ、酒氏さんも言ってました。山崎さんは学校に興味が無い人だって。そんな人がわざわざ噂を流しますか?」
『私は決して自分の性格がいいとは言わないよ。けどね、私は少なくとも、そういう部分は学校なんかじゃ出さないって決めてんだ。地味な優等生の猫被って、そこそこ生活して。青島の噂なんざ、知らなかったよ。私はアンタの兄貴と同族だ、アンタら兄妹も青島も大野も、私にとっては興味の範囲外なんだよ』
「・・・・山崎さん、怒ってます?」
『ああ腹立たしいね!このボクが!そんなみみっちい真似する人間だと判断されたのが嫌だ。やるならとことんやるよ!』
「・・・・・喧嘩なら正々堂々買うぞ、と言ってます。やっぱり違いますよ。山崎さんじゃない。そもそも、この人にそんなことする、理由が無いじゃないですか」
「・・・・・・ごめん」
爛のしかめっ面が、拗ねたようなものに変わったように思えた。しかしとたんに、もとの無表情に戻る。また何かを考えているようだった。
止まっていた足をまた進める。
『・・・・ねぇアイ』向こう側、黙りこんでしまった人一人を隔てた向こう側で、梓が呼んだ。
『あ、そのまま黙って聞いてね、じゃないと前言ったひとり言の激しい変な人~みたいな感じになっちゃうから』
「はぁ・・・・」
ため息なのか、相槌なのか。よくわからない音を漏らしてアイは肯定した。
『うん。じゃぁまずね、ボクは君のためなら死ねると思う』
「はぁ!?」
「なに?」
「あ・・・・いえ」
とてつもなく重い話をされそうな切り出しだ。青くなればいいのか、赤くなればいいのか。
むしろ白い顔で藍は大人しく続きを待った。
『カミングアウトをしようと思う。怒らないでね?不可抗力だから。あのねぇ、前に、君に言ってないことがある、って言ったよね』
そんな重要そうな話を、なぜこのタイミングで、せめてこちら側で話さないのだろう。理由は明確かつ簡単だった。彼女自身が、彼と顔を突き合わせてそれを言えるほど、腹が決められないからだ。
『あのね・・・・えっと、たまにボクって、君の心読むだろ。君はそれをボクが取り憑いてるから起こる現象だとおもってるみたいだけどさ・・・・・えーと、実は、』
嫌な予感がした。『実はね、君の心の中、ボクにはぜーんぶ筒抜けなんだよね!』今度は叫ばなかった。
『だって君の中、ボクでいっぱいなんだもん!そういうのって恥ずかしいじゃない?言ってるボクも恥ずかしいもんね!あ、なら黙れって?駄目だよ黙らないからね。
ていうか君、ボクのこと好きなの?ってくらい悩んでくれててさぁ、嫌いと好きは紙一重ってことを心から実感したよ。あの三日間だって、なんだかんだ言いながらも、ちゃんと頭では考えてくれててさ』
今、藍は赤くなったり青くなったりと忙しい。とりあえず叫びだしはしなかった。『いつだったか、あの事故のことでさ、『山崎さんは怖くなかったのだろうか』って、考えてたでしょ』
『ボクだって、そりゃ怖かったさ。
でもね、あの状況で助けようとした人の声が聞こえて、実際助けてもらって、もうそれで安心しちゃったのかもね。
今は不思議なことに、まったく怖くないんだ。この体になって怖かったのは、ただの幽霊のままってこと。見えない触れない話せない。もうそれは人間じゃないだろ?そのほうが怖かった。終わったことはもう怖くない。
君に見つけてもらって、本当に嬉しかったんだ。たった一人でも、ボクが見えて触れて、話ができる。これがいかに貴重で幸せなことだろう!そう思った』
いつのまにか、梓が目の前に居た。最初のあの時と同じ位置だ。
ひよこ色の頭を見下ろし、手の甲で藍を撫でる。名前と同じ藍色の眼が零れそうだった。なんでこの色を間違えたりしたんだろう。
『もっと自信持ってよ。控えめなのはいいけどね、君は人を一人、それもたった三日間で、知らないうちに救ってたんだ。しかも相手は初対面の年上の女。凄くないかい?知ってた?最初っからボクは、素のまんまだったんだよ。親の前でもここ数年は、可愛い娘の皮を被ってた。君の前じゃ、ただの〟山崎梓“だったんだ。これはそうできることじゃない。
君は、普通のことをあっさり普通にしでかす、凄い奴なんだよ』
もう照れたりはしなかった。
爛が隣にいるにも関わらず、そういうことを言える彼女が、やけにうらやましい。
(・・・・・なんで、今ここでそういうことを言うんだ・・・・・)
『いやぁ、ぶっちゃけ君の反応がおもしろいか――――痛い痛い痛い!ほっぺ抓らないでっ!照れ隠しはもっと穏便に!』