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天の邪鬼と猫かぶり  作者: 陸一じゅん
四章:村娘の証言
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子供


「凛どうしたのその怪我!」

「・・・・爛」

 平日の駅前は、主婦の姿が目立っていた。学生の放課後活動するには、まだ少しだけ早い。奇しくも、細く短いビルの群れの隙間から、あの歩道橋がすぐ側に見えた。

 通行人の好奇の眼もはばからず、爛は声を荒げた。

「わたしももう、知ってるんだから!」

 凛は、妹がこんなに取り乱したこところを始めてみた。原因は自分だ。分かり切っているが、それでもやはり、妙な気分だった。

 まだ二人の双子歴はたった二年である。片割れと言えど、二人はお互いがどんな場所で、どんなふうな経緯を経て育ったのかよくは知らない。

 凛が知っているのは、父に引き取られた爛は、中学二年まで野球部に居て、現在父違いの妹は小学生、夫婦仲は順調。円満家庭とのことだった。

 対して凛は、母子家庭と義理父の居る生活を(正確には、父親に“なりそうだった”人物が居る生活を)二度ほど繰り返して現在に至る。

 血を省けば、二人の共通点は多いようで少ない。性格も、似てはいるが爛の方が真面目だし、凛はどちらかといえば無気力で大雑把だ。友人関係も、爛は狭く深く、凛は狭く浅く。

 爛は人間好き。凛は人間嫌い。

 爛は困った人が目の前に居ると自然に助けるだろうが、凛の場合、まず目の前でそういうことが起こること自体が、うっとうしいと思ってしまう。

 頭に巻いた包帯を、隠すように被った帽子を剥ぎ取られ、凛はぼうっと声を荒げる爛を見ていた。

「ねえ凛、どうして教えてくれなかったの?」

「・・・・・『言うか』『言わないか』だったら、言わない方がいいと思ったから」

「なんでそれを凛が決めるの?」

 しかし凛は、彼女がこう突かれると弱いことを知っている。

「俺が爛の兄貴で、爛が妹だから」

「・・・・じゃぁ、わたしが姉だったら、どうだったの」

「ちょっと早く生まれただけじゃ変わんないよ。俺は姉でも妹でもこうした」

「同じ男だったら!」

「それでも爛は爛になるよ」

 凛にはわかっていた。簡単な問題だ。自分はどうなってもこうしただろう。片割れのことは分からないこともまだ多いが、それ以前に自分自身のことはよく分かるのだ。どうやっても、二人は兄妹だった。

「兄妹が兄妹を想うのに理由が居る?」

「わたしだって同じってことを忘れないで!」

 人の感情は難解なようで、意外に単純だと爛は思っている。嫌なことは嫌で、好ましいものは好ましい。

 難しくしているのは人間自身だ。わざわざ人は、理由を見つけようとする。

 そんなに理由が欲しいのか?爛は想う。

「わたしだって同じだよ!凛が大事なのも、凛と一緒にいるためならなんだって出来るのも!」

 自分の答えはそれだけだ。

 こんな簡単な答えを、どうして自分たちは見失うのだ。

 自分によく似たその顔は、今は情けなく眉を下げている。

「どうして忘れるの?わたし達が違う人間だとしても、そこだけは同じでしょ?」

「・・・・・でも、やらなきゃ。変わらないんだ。何もしなかったからほら、またこういう結果になってる」

 俺は変わりたいよ。凛は言った。彼は爛の視線から逃げた。

「二人でやろうよ」

「それは俺が嫌だ!」

 自分がやろうとしていること。人を一人、この世から抹消する行為だ。一緒に?それは嫌だ。

「絶対に嫌だ。俺一人が出来ることを、爛がやる必要はない」

「わたしだって嫌だ!凛が傷つくだけじゃないか!」

「だからといって、二人でやってどうする?どうなる?被害も二倍だ、良いことなんてない。それに俺は力がある。わかってるだろ?お前と俺の力は違う。効果も、使い時も。セイレーンの使い時は、たった今この状況だ。こういう使い方しか出来ない」

「他のやり方を探せばいいだろ!」

「それじゃ駄目だ!」

 凛は拳を自分の足に叩きつけた。

「この力っていうのはこういう使い方しか出来ないんだ。俺は今、この力はもしかしたら、この時のためにあったんじゃないかって思ってる。今回のことが全部うまくいけば、俺は楽になれるんだ。

 いいか?爛。俺だって、二年前何も思わなかったわけじゃない。何度も泣いたし、ずっと寂しかった。お母さんは飯を作って食べさせてはくれるけど、それだけだ。一緒に食事したことはもう何年も無いし、休日はあの人は自分のためだけに時間を使ってるから、出かけたこともまったく無い。そこに二年前のアレだ。

 そんなときに爛が来てくれて、俺がどれだけ救われたかわかる?お前にそんなことさせるくらいなら、その前に俺はあいつを殺して自分も死ぬだろうな。お前がやったら意味が無いんだよ。俺が一人でやらなきゃ意味が無い。

 当事者は俺とあいつなんだ。お前は俺の妹だったから、その端っこに巻き込まれた。それだけなんだ」

 凛はこのように自分のことを吐露する人間ではない。

 自分達は、どこまでも真逆なのである。外へ外へと排出するように、感情を制してきた爛に対して、凛はどこまでも内に内にと溜め込み貯蓄し、それを食って生きている。向かい合うように、背中あわせにしているように、あるいは肩を並べたように、鏡のようとは言わないが、紙一重に自分達は寄り添っていたのだ。

 自分達の共通点は、多いようで少なかった。この十五年、彼と言う人間は、何を思って生を廻してきたのだろう。

『寂しかった』

 ああ、それが全てなんだろう。

 負けた。爛はそう思った。

(・・・・・そんな風に言われたら、何もいえないじゃないか・・・・)

 自分は負けたのだ。凛の想いに。自分の想いは、彼より弱かった。彼の想いは強かった。負けて泣いたことは、たくさんある。いや、あった。久しぶりだ、この感覚は。

 火山の噴火の様に、腹の底から湧いてくるものがある。くやしい。くやしいくやしい!

 耐えるしかないのか。噴火がいつか止まるまで、自分はこの熱さにじっと耐えるしかない。

 悔しいの字は、後悔の悔だ。後で悔やむと書く。なら、自分は今、後悔しているだろうか?

 爛は雑踏に消える後ろ姿を、黙って見送った。

 本当に後悔するのは、あの姿が変わり果てて帰って来る時だ。まだ後悔には早いのだ。

(なら、わたしは――――)

「・・・・・西藤さん」

 すいません、なんて、罰の悪そうな顔で、坂城藍がそっと爛に声を掛けた。

(――――後悔しないほうを選ぼう)

 爛は藍に向き直り、懇願する。



「君のこと、教えて」




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