「・・・・山崎さんが、眼を覚ましたというので。
『あ!ストップ!スト~プッ!止まれアイ!』
「ギャッ制服が伸びる!」
Y女子高まであと200mといったところで、梓が藍の裾を引いた。『いやあそこ!西藤さんがいた!』
「西藤さん!」
大中小の、中の少女が、前方から歩いてくるところだった。彼女は一瞬、驚いたように立ち止り、すぐにこちらに駆け出す。
「どうしたの?」
「・・・・山崎さんが、眼を覚ましたというので。何か知ってるかと」
「・・・・・」
西藤はグッと、眉を寄せた。一瞬のことだったが、困惑と怒りが混じったその表情に藍は驚く。
すぐにもとの無表情に戻った彼女は、じっと藍を見た。
「あの・・・・?」
『・・・・・』
梓はその姿に既視感を覚えた。そういえば、彼女をこうやって見るのは初めてかもしれない。彼女は梓にとって、クラスメイトの三人グループの一人に過ぎず、いつも三人の中では一歩引いて立っていた彼女は、外見よりも、むしろその大人しさの方が印象深かった。
よく見ると彼女も整った顔をしている。美系と言っていいだろう。あと数年して化粧を覚えると化けるタイプだ。
瓜実顔の色白で、切れ長の目。全体的に細く、腰の位置が高いので、制服でなければ少年にも見えるだろう。
異国風にも見える外見。黒髪と黒目が、あまり似合っていない。似合うとしたら・・・・。
『西藤ちゃんって、下の名前はなんだったけ』
(・・・・え?)
藍が困惑した目でこちらを見て来る。
『聞いて。下の名前』
「・・・・・あの、西藤さんって、下の名前はなんて言うんですか?」
先程のあの表情。髪をもう少し短くしたら――――・・・・。
訝しげにしながらも、爛は答えた。
「・・・・・西藤ラン。爛々と輝くとか、絢爛豪華の爛」
梓はその顔を知っていた。
『双子のお兄さんの名前は?』
藍は復唱する。「ふっ、双子のお兄さんの名前は?」
「凛と立つの凛で・・・・――ねぇ、何で知ってるの?」
爛は今度こそ、はっきりとあの顔を見せた。黒々とした眼が、さらに深い色になる。
「凛のこと、君が何で知ってるの?」西藤爛が迫る。
「やっ、山崎さんに!」
情けなく声が裏返った。
「嘘だ」
嘘ではなかったのだけれど、爛はきっぱりと言い切った。
「君は嘘をついてる。君は兄のことも、わたし達にあったことも何も知らないだろ。誰が君にそれを言わせたの?」
(・・・・そうだ、この目だ。この色)梓は唾を呑んだ。
「何で君は凛のことを聞く?何を知ってるの?凛がここに来てる理由も知ってる?」
比喩ではなく、眼の色が変わった。藍にはそうとしか見えなかった。
質問を繰り返す彼女は気付いているのだろうか。青白い瞳は、なぜだか彼女を神秘的に見せる。
息をのみ、藍は一歩、後ろへ下がった。ハンドルから手が抜け、ガシャンと大きな音を立てて自転車が倒れる。下校途中の生徒たちの視線が向けられた。
殺気迫って爛が藍の肩に手を伸ばした。「ねぇ、どういう――――」語尾が融ける。
「え?」
爛は瞳を手の平で覆って立ち尽くす。一秒、二秒―――時間がゆっくりと過ぎた。
そして叫んだ。
「嫌だっ・・・凛!」
彼女は鞄を掴んで走りだした。
「・・・え?」
その場に置いて行かれた藍は、ポカンとその後ろ姿を見送った。
『藍ほら!』梓が叱咤する。『追いかけるよ!』
『・・・・西藤さん足速いな』
梓が感嘆の息を漏らした。藍は必死でペダルを踏むものの、影すら掴めない彼女に汗が流れる。
「陸上部か何かなんですかあの人!?」
『いんや、確か、中学まで男子に混じって野球部に――――』
「ええ!?」
『あ!いた!』