「・・・・なんだって言うんだ・・・」
「・・・・なんだって言うんだ・・・」
昼休み。藍はこそこそと金属の塊をポケットに忍ばせ、トイレの個室に籠城していた。誰も居ないのを確認してそっと、画面を開く。学校で携帯電話を使うのは初めてのことだ。
『めずらしいね。いつも家に置いてきてるのに』
「朝あんなことがありましたから・・・・・ああやっぱり」
【メール一件】の表示。
校則で、学業に無関係な物の持ち込みは禁止されている。中には隠れて持ってきている生徒も居たが、藍は例のごとく、それを破ったことは無かった。しかし今日は今朝のこともあり、迷った挙句に電源を切って忍ばせていたのだ。
ここ数日、トラブルが多い。この生霊女子高生の事故を皮切りに、今朝の血痕だ。そこで冒頭の、『なんだって言うんだ』の台詞に繋がる。
少し前までは、大きな出来事と言えば自分の進学か姉の一人暮らしデビュー程度。それくらだったというのに。
何かと気苦労の多い少年は、メール画面を開いて眼を丸くした。隣りから覗き込んでくる生霊が邪魔で仕方がないが、それどころではない。
『ちょっ・・・・ねぇ!なんで酒氏さんのメアドゲッチュしてんのさ!私というものがありながらこの浮気者っ』
「ちょっと黙ってください」
『なにさ女子高生キャラはボク一人で十分じゃぁないか。被るんだよ!』
「山崎さん、うるさい」
『うるさいって漢字で五月の蠅って書くんだよ!?虫かいボクは!いや無視かこの状況は!』
「・・・・・・」
『うまいこと言ったのに誰もつっこんでくれない!なんだいカチカチカチカチ画面ばっかり見てぇ!そんなに見ても三次元も二次元もひっくり返らないっつーのっ』
メール画面なので、その先にあるのはれっきとした三次元である。
「ちょっと山崎さんこれ見てくださ『また無視か!』
【12:22
(酒氏 ミヅキ)
件名(山崎さんが)
山崎さんが意識を取り戻しました。
坂城くんも知りたいかと思って。
本当はもう少し前にわかってたんだ
けど、諸事情で今の今まで報告出
来ませんでした、ごめんなさい。
「返信してみます」
藍は再び操作を始めるが、梓の右手がそれを制す。「山崎さん?」
『いいよ、後で』
「何言ってるんですか。良くないですよ」
『いいの。何かの手違いだ。ボクはここにいるんだから!』
そう言って梓は腰に手を当て。仁王立ちで自分の存在を主張して見せた。
「だから確認しないと」
『向こうも迷惑だよ。今は平日の昼間なんだ』
藍は矛盾を感じ取った。ふつふつと、怒りの感情に似た腹立たしさが湧いてくる。
「山崎さんが良くても、僕が良くないんです」
睨みつけるように、梓を見上げる。
自分の顔を見てみろ、と言わんばかりに、ぐっと真っ黒い画面になってしまった携帯を突き付けた。昼間のトイレというものは意外に明るい。暗い画面は、立派に鏡の役割を果たした。
ややあって、梓の手と、体までが一歩離れる。
「僕も無視したりしませんから。必要ならちゃんと話だって聴きます。最後まで付き合いますから、お願いします」
『・・・・うん』
梓は小さく頷いた。
藍は放課後になると早足で帰宅し、鞄もそのままで鍵だけとって、すぐに自転車にまたがった。
住宅街を抜け、大通りを横切って、例の歩道橋の下を走る。
梓は昨日と同じように、相変わらず妙なバランスで後輪にまたがっていた。
『どこ行くの!?』
「Y女子高です!
――ワッ」
キキッ
言った途端背後を急なGが襲い、慌てて藍はブレーキを引いた。「ちょっと、山崎さん・・・・」
藍の背中の制服の布を握りしめたまま、梓は噛みつく。『病院じゃないの!?』
喚く梓に、少しばかりのいたずら心が湧いたのは、仕方のないことだろう。
「――あのですね、山崎さん」藍は意外に負けず嫌いだった。
「誰が、いつ、病院に行くと言いましたか?」
藍が小さく笑う。魂が虚脱したように固まる梓に、笑みが深くなった。。
『・・・・・ああもうっ、進行方向前方!全速力っ!』