「家庭の事情、だってさ」
(知ってるわよそんなことっ!)
まことは手のひらが痛むのも構わず、壁をバシンと叩いた。裏庭に面した渡り廊下。プールに続くそこは、今の季節、木の葉を被っているばかりで誰もきやしない。部活動が活発なため、この学校はきちんと体育館と小さなプールがあるのだ。
(知ってるわよ!)
(なんでこうも上手くいかないの)
(なんで私ば――――っかり!)
そもそもの間違いは、あんな男に惚れたからかもしれない。どこがいいかなど、自分でもわからないのだから。
前に聞いたことがある。「先生、好みのタイプって、どんなですか?」
まさか自分が、そんな会話を振られるとは思わなかったのだろう。驚いた顔が可愛かった。
私の髪が長かったからか、はたまた誰かを連想したのか。先生は小さく、
「ショートカットかな」と言った。
(知ってたわよ・・・・)
軽い気持ちだった。少しでも知りたくて、手を出した。それだけだった。「教えてあげるよ」、と言われたから。
どこの誰かなんてわからない。もしかしたら、人間ですら無いかもしれない。そんな彼はこうなることをわかっていたのだろうか?
ちょっとした、おまじない程度の気持ちだったのに。それがまさか、こんなことになるなんて。
今日も、先生を見ていない。(くそっ・・・)
追いこんでいるのは自分。そんな私を見て、あの人はどう思うか。
誰が言ったのか。愛は思いやり、恋は下心。
上手くいかなくなると、どうして自分の体は勝手に動いてしまう。殴った手が痛い。殴られた頬が、心臓が痛い。
(なんで私じゃないのよ!)
魔法使いは意地悪だ。
「よかったね。今日、青島も休みだってさ」
なっちゃんの言葉で、ハッと我に返った。
「・・・・・青島先生が?」
「家庭の事情、だってさ」
「・・・・・」
ミヅキの欠席理由は風邪だという。熱が39℃あると本人じきじきにメールが来た。そんなことをしているなら寝ていろと、わたし達は揃って返事を返したが、どうやら暇で暇でどうしようもないらしい。メールなのをいいことに、ちょくちょく話題を振ってくる。さすが、女の喧嘩にグーで殴ったミヅキ嬢。高熱のくせに意外と元気だ。
「帰りも病院寄るっしょ?」
「そうだねミヅキが風邪だから」
ミヅキはあれから、毎日放課後に山崎さんに会いに行っていた。
今日はミヅキの代わりに、わたし達で山崎さんには我慢してもらおう。
しかし、青島先生が欠席というのは気になる。わたしは偶然というものに敏感になっていた。
(凛・・・・・)
凛が黙っているなら、終わるまで待とう。今すべきは見守ること静観することだ。
(早く・・・・早く・・・・)早く終われ。
魔法使いはまた魔法を使いました。
今度はやさしい女の子。
友達のために腕を振るいます。
はてさて、立派な魔法使いになるでしょうか?
どきどき
どきどき
どきどき・・・・――---。