<語り部さんのはなし
人は言う。『さて』という言葉は、物語を始める上で、とても大切な魔法の言葉であると。
語り部を名乗る者は『さて』の言葉から始めるべし。はてこれは名探偵の定義だったろうか。
さて、これから語りますのは、いたって普通の学生らが、魔法使いに出会ってなんちゃら~、というなんともチープな物語である。世界探せば、こんな物語はいくらでもあるだろう。最近はあれが盗作やら、どこどこの著作権やらうるさい時代だ。王道、というものもあるので、それに言い換えてもいい。ようは、これは一つの物語としてはとても有り触れたものであるということだ。
しかし普通も普通なりに、個性や考え方があるものだから、もしかしたらセオリー通りには行かないかもしれないが。
ようは見方である。ボクもある面ではとっても普通。ただの高校生だ。青臭くちょっと馬鹿で、その時楽しければ満足できる。
しかーし、 そうはうまくいかないのが世の中だ、というのはどこかのお偉いさんのお言葉である。
ボクらは大人に憧れる時はもう過ぎた。それは、大人もボクらと大して変わんないんじゃないか―――?って、気づいちゃったからなんだよね。
少年よ大志を抱け!でもその大志に致死量を超えた多大な毒を含んでいた場合、ちょっと早くに生まれちゃっただけのクラーク博士達は、はたして責任をどこまで取ってくれるんだろうか?
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半円を描くように蔦が絡むデザインの青銅の門は、この高校の象徴ともいえる存在だった。
私立の女子高。偏差値はそこそこ。
語学に強く、就職よりも、その筋の大学への進学のために通うような学校だった。高校卒業資格が欲しいだけの生徒はそうおらず、海外への留学生なども年に数人はいる。歴史は五十年ほどの、地元では名門校だ。
お洒落にうるさい年頃の女の子が通うのだから、制服も紺のセーラーとシンプルながら、シルエットが綺麗で、さらに細かい刺繍が利いていて可愛い。
そんな学校の象徴である門は、雨にも風にも台風地震、雷にも負けず、どっしりと女学生たちを迎え、見送る。
無言で佇むその姿は、まるでここの生徒を象徴しているようで、梓はそのターコイズブルーの柱の横で姑の世話に疲れた嫁の様な溜息を吐いた。
季節は十一月も半ば。門の両脇に植えられた桜の紅葉が、ちらほらと舞う。
クラス全員の顔も覚え、それぞれのキャラクターのイメージが固まり、団結力と言うものが生まれてくる。そんな季節である。
それに加え、秋と言うのはイベント事が多い。文化祭に体育祭、参観授業もあれば席替え野外実習授業、テスト・・・・。
秋は憂鬱だ。
長期休暇以外のアルバイト禁止のこの学校で、お小遣いも夏休みで出尽くし、あとは年末お年玉を待つばかり。
梓は小さいころから物語が好きだった。その多くは、童話もしくは児童文学である。
この世に生を受け16度目の秋。
夢に飛び込んだアリスではいられない。悠長に、兎なんぞを追いかけるわけにはいかないのだ。
スーザンほどすっぱりナルニアを忘れることは出来ないが、だからと言ってアンドルーおじの様に、土に植えられるわけにもいかない。そんなことをしていたら、象に光合成を求められる羽目になる。
(それなのに。嗚呼、それなのに・・・・)両手で顔を覆って泣き崩れてみるべきか。否、したくても出来ないのだが。
時間は事が起こるより、少し前のことだった。
学校からの帰宅途中。 五間目で終わる水曜日。繁華街を横切る駅前。そして歩道橋の上。東の蒼と西の橙、わずかな光の瞬き。すれ違う人。
ボクは盗まれたのだ、きっと。
さて、その時、歩道橋に居たのは五人の学生だった。それぞれ面識などは無い。ありふれた、年齢もバラバラな五人の学生である。時刻は丁度、午後4時ごろ。少しずつ下校途中の学生が零れてくる時間。
眼鏡の女子高生は歩道橋から落ちた。
金髪に蒼い目の男子中学生はそれを見た。
もう一人の蒼い目の少年はその場を何事も無かったかのように離れた。
蒼のランドセルの女の子はそっと下を覗き込んでみた。
赤い髪の不良は慌てて歩道橋を駆け下りた。
これはハッピーエンドをより盛り上げるための神様の仕打ちか。それとも頭の浮ついた近頃の餓鬼をシメるための断罪か。
それならばなぜ自分達なんだと、声を大にして叫びたい。しかし残念、彼らは魔法使いに選ばれてしまった可哀想なクソガキ達だった。
・・・さて、その日魔法使いは、子供を集めて呪いをかけたのだった。